HAND & SOUL

81年生

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当ブログの更新が長い間途絶えているので、「どうした?」「身体の具合が悪い?」といった声やら問い合わせ
をいただいています。
いろんな事情があるにはありますが、直接の原因はジイジがお正月に大きな怪我をしたためなのです。
1月2日に冠雪の初富士を愛でようと箱根に行き、老朽ちたデッキの板を踏み抜き1.5メートルほど下のコンクリートの地面に転落してしまいました。腰に激しい衝撃と強い痛みに一瞬「やっちまったー!これで一生車椅子暮らしか」との想いが頭をよぎりました。
救急車で病院に担ぎ込まれ、検査の結果は腰椎の圧迫骨折。ひと月かふた月の入院を宣告されてしまいました。

毎年2月末の「HAND & SOUL展」をギャラリーに頼んで延期してもらい、いくつかの約束をキャンセルし、ひたすら闘病に励みました。といっても当方は何もできないわけで、バアバをはじめ担当医師、看護、介護の方々にたいへんお世話になりました。
マグロのようにゴロリと寝たきりが2週間くらい。なんとか自分でトイレに行きたいと車椅子に座ろうとベッドから足を降ろして驚きました。足に力がなく立てないのです。たった2週間で足の筋肉がすっかり衰えてしまってしまったのです。「人の身体は使わなければ衰える」を実感し・・であれば頭も・・・と心配ばかりが募ります。

この4月でアクシデントから3ケ月。目下コルセット着用ではありますが、お陰さまでほぼ平常に近い暮らしができるまでにまりました。お医者様からは桜の散る頃にはコルセットもとれるよと言われています。しかし全快までには半年かかるとも言われました。でも3月前のマグロ状態にくらべれば天と地の差です。
毎朝のベッドの上での30分ほどのリハビリは欠かしません。やがてやせ細っていた足に筋肉がつき始め、あれができるようになった!これもできた!と、回復という名ではありますが、まるで幼児の頃の成長を追体験するような嬉しさがあります。

桜の満開が待たれる4月、伸び盛りの新しい1年生が生まれます。こちらも残りかすのような老体に幾ばくかの伸びしろを期待して、3ケ月間の春休みを終えて81年生としてカンバックします。







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# by love-all-life | 2017-04-01 11:50 | その他 | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり (128) 「2016年の終わりに」

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2016年も最後の日となりました。今年はほんとうにいろいろありました。
リオのオリンピック・パラリンピックや日本人のノーベル賞受賞のような明るいニュースもありましたが、大方は嫌なニュースでした。多発する自然災害やテロそしてシリアの内戦のような怖いニュースだけでなく、トランプ氏の次期大統領当選や英国のEU離脱のように世界を不安に落とし入れるニュースにも事欠きません。当方としては今年の文字に「金」が決まったのは嫌なニュースでした。
オバマ大統領の広島訪問、そして安倍首相の真珠湾訪問は歓迎すべきことではありますが、大東亜戦争開戦から今回の「一応のけじめ」とされる75年間が、ちょうど当方が物心ついてから物心が失われつつある今日までの期間と重なり、戦争の重みを測る目安として感慨深いものがあります。

暮れのTVを観ていたら、ニューヨークの街頭でレポーターが道行く人に「今年はあなたにとってどんな年でしたか?」とインタビューしていました。
多くの人が「テロが怖い」「トランプが次期大統領に決まったのは許せない」といった類いの、世界の現状を嘆くコメントでしたが、ひとりの老婦人が「世界にとっては酷い年でしたが、私にとっては素敵な年でした」と答えたのが印象的で、何だかすごく救われた気持ちになりました。

今年のHAND & SOULは、お陰さまでというべきか、力足らずでというべきか、全体として何事もなく平穏な日々でした。気力はあるものの技力が追いつかず、いまいち成果物には物足りなさを感じざるを得ないというのが自己評価です。とはいえ、こうして日々創造的な活動に寄り添って暮らせる幸せさを有り難く感じ、ニューヨークの老婦人に習って「世界にとっては酷い年でしたが、私たちにとっては素敵な年でした」と総括したいと思います。

では2017年が皆さまにとって素敵な年でありますように。
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# by love-all-life | 2016-12-31 11:32 | 「モノ」がたり | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり (127) 「クリスマス・クリスマス展」

今年も長岡のギャラリーmu-anから「クリスマス・くりすます展」への参加のお誘いをいただき、地域の元気なアーチストのお仲間に入れていただいてバアバと二人で作品を展示しています。
足掛け15年あまり居住した長岡から鎌倉に帰ってきて8年、県知事さんも変わり、市長さんも変わり、籍をおいた大学も市立大学に変わりと、いろいろな変化があってもいまだ長岡を身近な存在に感じられるのはこのmu-anとの絆のお陰です。今年は作品だけを送っての展示になりましたが、毎年この時期の展示ということもあって、さまざまなジャンルのクリエイティブな楽しい作品でギャラリーが満たされます。
テーマは「小さな贈り物」、HAND & SOULからの作品は以下の通りです。

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バアバの「エンジェル人形」です。泰西名画の白衣の天使とちがって、どこかヒト癖もフタ癖もありそうな天使です。「ヒトは皆どこかで天使よ」というメッセージかも。
家の周辺の葛の蔓、沼津海岸で拾った流木とバアバが溜め込んだ膨大な古布のコレクションが材料です。

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静岡県沼津市の千本浜は、かって歌人若山牧水等の自然保護運動があって保たれた長い砂防の松林が続き、波打ち際まではすべて小石で、いつ行っても流木が散乱し、背後には富士山がそびえる美しい海岸です。そこで拾った小石と流木を材料にしたメッセージ額です。
「LESS IS MORE 」(左)は、20世紀の近代主義建築のコンセプトを確立した巨匠ミース・ファン・デル・ローエの言葉ですが、俳句や水墨画などの日本独特の省略の美意識とも通じますし、飽満な消費文明への警句としてもジイジが大切に感じている言葉です。
「LOVE NATURE」(右)、一見大いなる混沌・融通無碍に見えながらすべてを包み込む秩序であり、限りない恵みでありかつ厳格な戒め、そして究極の美の源泉である自然、それははHAND & SOULにとって神なのです。

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野地板という最も廉価な杉板でつくった「壁掛け飾り棚」です。バアバが企画しましたが,肘の故障で思うように作業ができないのでジイジが製作した共同制作です。  

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チーズの空き箱に熱した蝋を流し込んで、固まる前にメッセージをスタンプした小石を埋め込んでつくった「STONE CANDLE」です。
昔、終戦前後に停電がよくあり、使い残したロウソクの破片を集めて缶詰の空き缶に入れて溶かし、ロウソクの代用の照明にした記憶が発想の原点かも知れません。クリスマスディナーのテーブルに、ちょっと特別な雰囲気を演出してはとの提案です。

では、みなさま Have a Merry Christmas!
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# by love-all-life | 2016-12-14 17:10 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり (126) 「ボブ・ディランのポスター」

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13日夜リビングルームでテレビを観ていて「2016年のノーベル文学賞はボブ・ディラン氏に決定」のニュースに、思わず壁に掛けてあるボブ・ディランのポスターに「乾杯!」のエールを捧げました。
日本での大方の関心が村上春樹の受賞成るかに向けられていただけに、一瞬の意外感はあったものの、次の瞬間に「うん、なるほど」と納得した人は少なくなかったのではないでしょうか。
20世紀後半から今世紀にかけて、これほど多く詠われ、地域を越えて人々の考え方や、行動に少なからざる影響を与えた「詩」があっただろうかと考えると、多分この文学賞を決めた後に起るであろう反発も織り込み済みで賞を決定した審査員にも賞をあげたくなりました。

1967年、外資系広告代理店で駆け出しのアートディレクターだったボクは、思いがけなくも提携しているニューヨークの広告代理店で研修するよう命じられました。当時先進的とされていたアメリカの広告づくりの現場を見てこいとのことでした。
自分の英語能力のへの大きな不安と、憧れのハリウッド映画の世界に直に触れることへの大きな期待、両方を携えての初めての海外旅行でした。
ニューヨークに降り立った第一印象は「あっ、見たことがある!」という既視感でしたが、肌に触れる大気の感触、匂い、地鳴りのような遠い音、聞き慣れない街の喧噪やすぐ近くの会話の声などが加わることで成り立つ臨場感はスクリーンの世界とはまったく異なった、「来たのだ」という気持ちの高まりを呼び起こしました。
いざマンハッタンの街を歩くと、既に爛熟期に入っていたアメリカの消費社会に反発するヒッピーたちの姿をいたるとこで見かけましたし、セントラル・パークやワシントンスクエアーではベトナム戦争に反対する長髪の若者達がたむろしてしていて、彼ら周囲のいたるところにピースマークやマリワナのビジュアルシンボルがちらちらしていました。ところがある日曜日の五番街で行われた在郷軍人会が主催したデモはベトナム戦争支援を標榜し、「WE PROUD OUR SON IN BIETNAM.」と大書した横断幕を通り一杯に掲げて延々と続く長蛇の大パレードでした。こうした一筋縄では行かないアメリカの混沌や矛盾や苦悩をややけだるい旋律と詩で歌い上げたのがボブ・ディランの「Blowin’ In The Wind」で、いまでも当時を懐かしむボクの思い出のニューヨークではいつもこの曲が流れています。

世話をしてくれるクリエイティブ・ディレクターの秘書が用意してくれるスケジュールに沿って、アートディレクターやコピーライターたちと会って質問したり、プレゼンテーションを受けたり、社内会議やクライエントへのプレゼンテーションを傍聴したり、コマーシャル製作の現場を見学したりといった日々でしたが、希望すれば美術館巡りをしたり、見学と称して、急遽呼び寄せた妻の三重子を伴ってデパートやファッションスポットやギャラリーを徘徊したりと、かなり自由気ままな行動も大目に見てもらえました。
そんなある日、ボクがニューヨーク流おしゃれを最も体現していると感じて大好きだったプッシュピン・スタジオを紹介状をもらって訪れました。社長のミルトン・グレーサーに迎えられて、スタジオを案内してもらい、ポール・デービスやシーモア・クワストなど、日本ではなけなしのお金をはたいて買った洋書のページでしかお目にかかれなかったあこがれのアーティストたちに会って直に話を聞き、こちらの英語能力から多分半分くらいしか理解できなかったとしても、残りの半分を想像力で膨らませて、満ち足りた時間を過しました。
見学を終え別れ際にミルトン・グレーサーが、スタジオでデザインした代表的なポスター10数枚をぐるぐると巻いてお土産に手渡してくれました。そしてそのなかにボクが大好きなボブ・ディランのポスターが入っていたのです!
以来50年間、ニューヨークから東京の事務所、鎌倉の自宅、その後新潟へ、再び鎌倉へと、いつもボクの暮らしのスペースのどこかに掲げてきたのがミルトン・グレーサー作のこのボブ・ディランのポスターであり、それ故にこれはボクの青春の一部なのです。
ボクが今年のノーベル文学賞の発表でポスターのボブ・ディランに向かって乾杯した気持ちがわかるでしょ。
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# by love-all-life | 2016-10-16 12:00 | 「モノ」がたり | Comments(0)

逝きし世の面影

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これらは江戸末期に兵庫県豊岡市城崎町でつくられた麦わら細工の皿や小箱です。
先日千葉・佐倉の国立歴史博物館で開催された「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」(注)にシーボルトのコレクションのひとつとして紹介されていたものです。

麦わら細工は、大麦の管(稈…かん)の堅牢性とそのつややかな表情を活かして、暮らしの道具をつくったり飾ったりするもので、昭和の初期までは割合身近に見ることができましたし、箱根の寄木細工やこけしとならんで伝統工芸品としてよく知られた土産品でした。関東では大森の麦わら細工が知られていましたが、いまは兵庫県の城崎で伝統工芸の土産物としての余命を永らえているようです。上の麦わら細工にも「城崎湯嶋 御麦藁細工 美濃屋兵三郎」と印のある包装紙が一緒に展示されていました。
昭和11年生まれのボクの子どもの頃の記憶でも駄菓子屋の店先やオモチャ屋で見かけましたし、ストローは蝋紙やプラスチックのものになるまでは麦わらでした(ストローという言葉そのものが麦わらの意ですからね)。

展示された江戸期のシーボルト・コレクションの麦わら細工をあらためて観ると、「雑貨」の類いと思っていた麦わら細工が、他に展示されている螺鈿や漆器に一歩もひけをとらないクラフトワークであることを再認識するとともに、こんなに美しいものかと驚きます。舌を巻く精緻な細工の技もさることながら、モノとして格調が高いのです、品があるのです。
でもこれらの王侯貴族への献上品でもないし、大金持ちのパトロンのためにつくられたものでもない、ごく一般の庶民が使ったり飾ったりする日用品がこれほど精緻で趣味がよいとはどういうことなのか・・・。それは多分その時代にそういうものを求め、それを使いこなし、愛でる人びとがいたからに違いありません。
こういう推察を後押ししてくれる資料があります。
それは、江戸末期から明治にかけて、すでに産業革命を経て工業化社会へ歩み出した欧米の諸国からやって来た異邦人の眼に映った、後進国日本についての証言を満載した「逝き世の面影」(渡辺京二著 平凡社ライブラリー)です。
証言は国土、自然、人々、暮らし、労働、性、信仰・・・と多岐にわたりますが、まとめると「日本という国は自然が美しく、清潔で、人々は陽気で礼儀正しく利発であり、暮らしは簡素で貧困ではあるが貧しくはなく、みな幸せそうである」といった賞賛の声です。しかしながらまたそれらの声は、われわれがこの150年ほどの間に何を失ってしまったかを明らかにせずにはおきません。

ここで彼らの証言が日用品について触れた箇所を二三紹介しましょう。

「(150年前、スイスの使節団代表として日本を訪れた)アンベールは『江戸の商人街の店頭に陳列された工芸品』には『一貫した調子があること』に気づいた。誰が何といおうと、自分はそれを『よき趣味(ボン・グウ)』と呼びたい、と彼は言う。『江戸の職人は真の芸術家である』。種子屋で売っている包みには、種子の名前とともにその植物の彩色画が描かれている。『これらの絵は何か日本の植物誌のような冊子から写し取られたかと思われるほどの小傑作である』。ところがそれは、畳の上に寝そべって筆を走らせている年端もいかぬ店員の作品なのだ。アンベールはまた,『鉢、盃、台皿、小箱類、漆の盃、瓶、茶碗、上薬をかけた茶瓶』など、『美しい食器類』を器用かつ優雅に使いこなしている人びとを見ると、食事というより、まるで大きな子どもたちがままごと遊びをしているように思えるのだった」。

「『日本の職人は本能的に美意識を強く持っているので、金銭的に儲かろうが関係なく、彼らの手から作り出されるものはみな美しいのです。……庶民が使う安物の陶器を扱っているお店に行くと、色、形、装飾には美の輝きがあります。』彼女(アリス・ベーコン)は『ここ日本では、貧しい人の食卓でさえも最高級の優美さと繊細さがある』と感じた。」

「(日本家屋の欄間について)モースにとって印象深かったのは、それがいずれも『名もなき地方の職人の手になるものだ』ということだった。『遠隔のさまざまな地方の、比較的小さな町や村に、素晴らしい芸術的香りの高い彫刻のデザインを考え、これを彫るという能力を持った工芸家がいるらしいことは、顕著な事実であると同時に注目に値する事実である』。彼は、母国アメリカでの地方の大工がこんな場合どんな仕事をするか考えて、怒りにとらわれた。日本ではなぜこのようなことが可能なのだろうか。それは日本の職人が『たんに年季奉公をつとめあげたのではな』く、『仕事を覚えたのであって』、従って『自由な気持ちで働いている』からだ。日本人は『芸術的意匠とその見事なできばえを賞揚する』ことができる人びとなのである。(中略)すなわちモースは、日本におけるよき趣味の庶民のレベルでの普及こそ、職人が叩き大工でない一個の芸術家的意欲を保持しえている根拠とみなしたのである。文明とはまさにこのことにほかにならなかった。」


冒頭に示した麦わら細工の魅力も、こうしたお互いに美的価値観を共有するというベースがあり、一方に作り手の技への敬意があり、もう一方に自分のつくったもの大切にし、愛でてくれる使い手がいると信ずることができるといった関係があってはじめて生まれるものだと納得します。
まことに憚りながら、われわれHAND & SOULが細々と続けているのも、ここで紹介したような「逝きし世の面影」をたんなるノスタルジーで済ませたくないいう気持ちから発したささやかや動きなのですが。


(注)「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」:ドイツ人医師・博物学者で19世紀に2度に渡り来日したフィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトは、膨大な日本の自然や生活文化に関わる資料を収集し、ヨーロッパに持ち帰り紹介・展示することに情熱を注ぎ,その後のヨーロッパにおけるジャポニズムの先駆けともなりました。今回の展示は,コレクションから300点ほどを当時の彼自身の展示プランに沿うかたちで展示するものです。
江戸東京博物館で9月13日〜11月6日が開催されています。

麦わら細工写真:「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」図録より
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# by love-all-life | 2016-09-18 08:21 | 文芸・アート | Comments(0)