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HAND & SOUL

庭で見た神の技

今朝、庭で蝉が羽化しているのを発見しました。
この時期、朝起きると庭の木の枝や葉っぱの裏に蝉の抜け殻を見かけますが、通常羽化は人が目覚める前に行うので、羽化の現場に出会うことはめったにありません。

発見したのは8時頃で、庭の作業机のベニヤ板の角で羽化が始まっていました。すでに庭には梅雨開けの朝日がたっぷり射しているなかでの羽化です。多分何かの事情があってこんなこんな時間にこんな場所での羽化になってしまったのでしょう。
まわりには蟻がせわしく動き回っているし、無事に羽化し終えるのは難しいだろうと危惧するも、どうしてやることもできず、とりあえずカメラで記録することにしました。

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近づいて観るとよれて濡れた羽が震えるようにかすかに動いています。

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強い日差しや乾燥に耐えられるだろうか心配なので、ビニールシートで陰をつくってやりました。
やがてうす水色の羽が美しく形づくられていきます。

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創造主たる神の技を目前にして敬虔な気持ちになることを抑えることができません。

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時折ゆっくりと動きながら、、少しづつ薄緑から茶系統の色に変化していきます。

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だんだんアブラゼミだとわかる姿になっていきます。

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カメラを近づけて撮影しているので、彼にとっては危険きわまりない状況のはずですが、
まだ逃げることはできず、ひたすら時間が彼に力を与えてくれるのを我慢強く待っているかのようです。

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ちょっと目を外した間に脱出を試みたのか、羽をばたばたしながら地面に落ちていました。
手で近くの紅葉の幹に置いてやりました。
身体に緑色を残す彼はまだ飛び立つことはできず、ゆっくりと木を登り始め・・・・

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紅葉の幹に取り付けてある鳥の巣箱と幹の間の隙間に身を潜めました。

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おそらくここに隠れることは、非力な彼がいまなし得る最善の対処であるにちがいありません。

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この世に現れて間もない右も左も分からない彼が何故このような適切な行動がとれるのか驚くほかありません。

待つこと小一時間、すっかり茶の鎧兜を纏った彼は元気よく飛び立っていきました。 

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GOOG LUCK!
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# by love-all-life | 2016-08-04 21:33 | 自然 | Trackback | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり (125) 「鎌倉・夏・ART」

今では一年を通し週末や祝日には観光客やウォーキングの人々で賑わいをみせる鎌倉ですが、かっては(というのは50年ほど前ですが)鎌倉の賑わいといえば、お正月の八幡様の初詣と夏の海水浴客でした。
海岸近くはまだ砂地の道が多く残っていましたし、町中といえども裸のままで麦わら帽をかぶった大人や浮き輪をもった子供たちが闊歩していました。ビーチにはよしずを張った海の家だけでなく、コルクの弾で人形を落とす鉄砲打ちゲームや卓球台を備えた店などもあって、海岸はちょっとした遊園地でした。
そんな海の家の中に、先日亡くなった大橋巨泉の店があって、そこだけジャズが鳴り響いていて,周辺と異なった雰囲気を醸していたことが今となってはなつかしく思い出されます。

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今どきのビーチではよしずはすっかり影をひそめ、ハワイのビーチを模したようなヤシを植えデッキを備えたペンキ塗りのビーチハウスが並び、パッとみると日本語より英文字ばかりが目に飛び込んできます。
朝、東京あたりから普通の恰好でやってきて、着付けの店で浴衣や着物姿に着替えたり、サーフショップでサーフィン用の出で立ちに変えて日中を過ごし、夕方着替え直して帰るのが流行っているそうです。
いずれにせよ風俗は時代とともに変わるのは当然としても、夏の鎌倉の独特の賑わいは相変わらず健在です。



そんな鎌倉の夏の新しい試みとして、いま「KAMAKURA DESIGN+ART WALK みずたまてん」が開催されています。
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鎌倉駅から長谷観音に至る由比ケ浜通りと、江の電長谷駅から大仏への長谷通りを中心として、多くの店が店頭に水玉模様のフラッグを掲げ、そのなかの20数店では、デザインやアート作品を店内に展示をして街の賑わいに彩りを添え、夏の鎌倉を訪れる人々に楽しんでもらおうという企画です。
仕掛人は,世界をまたにかけて活躍してきた鎌倉在住のデザイナーで、そのキャリアとデザインセンスとエネルギーを地元にも向けようと思い立って始まりました。
参加アーチストは東京、湘南、鎌倉の各方面の若手のグラフィック・デザイナー、イラストレーター、パケージデザイナー、クラフト・デザイナーなどの面々ですが、仕掛人の彼が子供の頃からの旧知の仲だったことでHAND & SOULにも声がかかりました。

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私たちは、由比ケ浜通りにある「するがや本店」という昭和12年創業で、戦前・戦中の兵隊さんから「長谷の大福餅」と評判だったという和菓子の老舗の店内をお借りしました。
手狭の店ですし、話が急だったこともあり手持ちの作品を持ち込んでディスプレーしただけの展示です。
「二人合わせて精神年齢20歳・実年齢160歳が、勝手気ままにつくりました」をショルダー・フレーズにして、参加作家の平均年齢を一挙に引き上げています。7月16日から31日までの展示なので、もうすぐ終わってしまいますが、今年が出発点ですので、これからが楽しみです。

KAMAKURA DESIGN + ART WALK みずたまてん 特設サイト HTTP://MIZUTAMATEN.COM/
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# by love-all-life | 2016-07-29 19:47 | 「モノ」がたり | Trackback | Comments(0)

民主主義は民主主義か?

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長いこと生きているといろいろ得難い経験をするものです。
思わず「え〜マジかよ!」と若者のような声をあげてしまったのが、英国のEU離脱vs.残留の可否を問う国民投票の結果です。その上さらに驚いたのは、離脱の結果が出た直後から、勝った離脱側からの「あれは本心ではなかった」「私の票は無効にして」みたいな後悔の声がなんと400万にのぼりさらに今後増える見通しだというのですから、「ど−なってんの?」と言わざるを得ません。
議会制民主主義のお手本だった英国、理性的でスポーツとスマートなユーモアを愛でる紳士の国で起った騒動だけに、悪い冗談では済まされないインパクトがあります。

そもそもEUとは近代まで政治・思想・文化の面で世界をリードしてきたヨーロッパが,一方で骨肉の争いのような戦争を繰り返し、ついに大量殺人兵器よる二つの世界大戦の壊滅的な悲劇を味わった経験から、人類の英知をあつめて二度とあのような愚かさをくり返さない世界をつくろうという理想をかざして生まれた国際連盟や国際連合などの国際協調の流れのなからヨーロッパをの一つの国とする実験として発展的に機能してきたものと思っていました。

ところが今回の英国の騒動から明らかになったのは、はじめから分かっていたはずの各国の経済的な規模や事情の差異や加盟国に課せられる規制や制約に加えて、移民や難民の流入によって奪われる仕事や格差や治安の問題、さらには現政権への諸々の不満のはけ口として離脱派が勢いを得たということのようです。
それにしても、あまりにも性急で過激な結果ではないかというのが,遠く離れた日本に住むわれわれの率直な印象です。
しかしこの状況ついての我が国の治世者の関心がもっぱらお金の損得勘定に向けられていていささか悲しくなります。
この出来事がこれほどの不安感をわれわれに与えるのは、たんに損か得かということより、われわれが拠って立つ地盤が揺れるような根源的なものであるとどこかで感じるからではないでしょうか。それは民主主義とは何かという問いであり、国民投票というコトの決し方への疑問です。
民主主義というのは言うまでもなく、意見が対立した場合、お互いに議論を尽くし、どうしても折り合いがつかない時は多数決という手段で結論を出すというのが基本的なルールであり、より多くの意見がより正しい判断を下すという信念です。だからすべての国民が投票してコトを決する国民投票は究極の民主主義的な手段でるという考え方が定着していると思っていました。
ところが,今回の英国の国民投票の成り行きをみる限りとても民主主義が正しいカタチで機能したようには見えません。多分投票にいたる前にもっともっと長く深い議論が必要だったのでしょう。

英国人中の英国人ウインストン・チャーチルの言葉によれば…
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」
という警句を発しています。
つまり民主主義は他より少しはましな政治形態に過ぎないということなのでしょう。

さて、われわれ日本人は憲法9条とか原発とか沖縄といったなかなか結論が出せない重要な全国民的課題を抱えていています。そしてこれらをいずれは国民投票という方法で決着をつけざるを得ないと考えている人も少なくありません。
それなのに、この参院選で与党の陣営が逃げまくっているのがこれらのテーマについての議論です。やれやれ。
   
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# by love-all-life | 2016-07-22 14:38 | 時事・社会 | Trackback | Comments(0)

「知識」の使い捨て時代

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古本屋の店頭の平台には、少々手あかのついた文庫本や、時代遅れになった実用本や、長編小説の一編だけといった類いの本が身を寄せ合ってそれぞれの生涯の最後の姿を晒しています。
ときにはそんな中にこちらの好みの作家の小説や、めずらしいノンフィクションものが混じっていたりしていることもあり、そんな時には100円ショップで「エッ、こんなものが100円で!」と感動する時のような驚きがあって、なんとなく気になる場所ではあります。

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先日もふらっと立ち寄った古書店の平台に、他の本を圧倒するような立派な洋書がデンと置いてありました。この本どこかで見たことがあるなと手に取ってみると、かって所属していた大学の図書館の蔵書に同じものがあったことに気づきました。
それは「ULTIMATE VISUAL DICTIONARY」という本で、大型で幼児では持ち上げられないくらい重く、660ページもあって、全ページが種々の絵や写真とそれらを説明する短い文で埋め尽くされていいます。つまりこれは文字でひいて単語の意味を調べる辞書ではなく、目で見て調べる辞典なのです。
文章が英文だという不便さはありますが、「あれ、どんな姿をしていたっけ?」とか「これって,何?」というようなときや、実物を見ないで絵を描くときなどに恰好な資料となる手引書です。
内容には、宇宙・地球・天体・植物・動物・人体・地質・気象・物理・化学・鉄道・道路・海・大気・美術・建築・音楽・現代世界などの項目がずらりと並んでいます。
ひとつひとつの絵や写真の質も高く、レイアウトもスマートで、とくに目的がなくてもパラパラページをめくっているだけで、なんだか物知りになったような気分になれるし、子どもなどに現物を前にしないで物事の説明をするときなど重宝するだろうと思われます。
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今回この本をブログでとりあげようと思ったのは、実はこの本の中身ではなく、お値段がなんと108円だったからなのです。
調べてみると初版が1994年で、本国アメリカで40$、カナダで60$で出版されたことが分かります。買った本のブックカバーには日焼けして茶色くなったシールに¥3,306 とタイプされいて、別の場所に¥108の小さな新しいシールが貼ってあります。つまり日本で当初3,306 円で売られていた本が十数年経って、古書業者がただ同然に仕入れ、いま¥108というほとんど無価値の烙印を押されて店頭に並んでいるということなのです。
何でこんなことが起るのだろうかという疑問への答えは、言わずとインターネットやWikipediaの存在であることは明白です。

いまや、あらゆる「知識」は、まるでアラジンの魔法のランプのようにスマホを操る指先から寸時に現れてくるのです。
かってのように図書館に行く、本をめくる、資料を漁る、自ら訪ねる、恥をかきながら人に尋ねるといった手順は一切不要の世の中になってしまったのです。いや,そのような錯覚が錯覚とも自覚しないで済むご時世のようです。
大学、高校生の孫を身近でみていて、彼らは「知らない」とこに劣等感をもつこともないし、「知らない」うことを自覚しさえしない世代だということを感じます。会話をしていて、何か分からないコトがあると、瞬時にスマホをとりだし、瞬時に答えを明らかなにして会話は続きます。
ほとんど老年期に達してパソコンを手にしたジイジ世代にとって、そういう情景は「おまえ、それって知っているんじゃなくて、ほとんどカンニングじゃないか」感じてしまいます。キイを押せばお金が出て来るATMでさえ苦労して貯めた預金が必要ではないか。こんな知識のただ乗りのようなことが許されてよいのかと当惑するばかりです。

スマホに触れる指先で森羅万象を操れるような気分でいる若者たちへのぐだぐだしたお説教は彼らから相手にされそうもないのでこれくらいにして、いまだスマホをもたない当方としては、せめて路上で寂げな姿を晒してる老学者のような古本を見て哀れを感じ、求めて家の本棚に安住の場をつくってやることにしました。


*上の写真のブックエンドはHAND & SOULオリジナルの「PUSH MANブックエンド」 1対で¥5,000
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# by love-all-life | 2016-05-28 18:00 | Trackback | Comments(1)

政治もデザインもフランスの勝ち!

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むかし図案と言われていたものがシンボルマークやロゴなどと呼ばれるようになり、近頃はもっぱらエンブレムという言葉が流行りになっていますが、さて、これは何のエンブレムでしょう?

このエンブレム、NHK BS1のドキュメンタリー「食料廃棄物ゼロにせよ」を観ていて初めてお目にかかりました。
深刻な格差や資源の枯渇などが問題視される一方で、世界中の食料生産量の1/3が捨てられている状況は許せないと、フランスではすべての大型スーパーに売れ残りの食料品の廃棄を禁じる「食料廃棄禁止法」が制定されました。番組では国が決めたこの思い切った制度に対応して、食品廃棄物ゼロをめざすスーパーやフードバンク、慈善団体などの取り組みが紹介されます。なかでも家庭から出るゴミは食品廃棄の最大のものとして、消費者の意識や,購買行動へのアプローチが示されますが、そのなかで紹介されるのがこのエンブレムなのです。

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このエンブレムは言ってみれば「キズもの」表示です。形の整ったアスパラガスは売れるが、曲がっていたり、キズがあると売れ残ります。そのような「キズもの商品」を値下げして、このエンブレム・シールを貼って「よい味を、無駄なく食べましょう」と呼びかけるのです。
日本でも「キズもの」は安売りの手法として定着していて、なかにはおせんべいをわざわざ割って「キズもの」として販売増進を謀るといった不純な手口もあるようです。
このフランスのエンブレムでは、「よいものを、無駄なく」と呼びかけて、消費者を地球市民とみる視点が、「キズもの商法」とはっきり異なっています。

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デザインは「少々の問題があるリンゴ」を擬人化したものですが、醜さをおかしさ・親しみやすさにすり替えた巧みなデザインで、日本にあふれるカワイイ系、癒し系ユルキャラの幼稚性は感じられなくて、ややシニカルな趣もただよっていて大人の心に触れるユーモアのセンスを感じます。
日本ではこのところのオリンピックのエンブレム騒動で、にわかに「デザイン」が広く一般の関心事となっているのは本来的には歓迎すべきことですが、ことの流れをみていると、公平・公正といった観点に話題が集中し、「デザインの世界も民主主義だぜ」みたいな空気なっていくのには違和感を覚えます。
ま、いまのデザイン界に誰もが認めるようなプロの不在を世間一般が何となく感じていて、そのフラストレーションの現れとみるべきでしょうか。

政治も、市民も、デザインも、「フランスって大人だなぁ」と感じた番組でした。


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# by love-all-life | 2016-04-20 18:14 | 時事・社会 | Trackback | Comments(0)