HAND & SOUL

HAND と SOUL

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1冊の岩波文庫が手許にあります。「民藝」という言葉の生みの親、柳宗悦著の「手仕事の日本」という本です。大正から昭和初期にかけて、まだ日本各地に残っていた優れた「手仕事」を、20年かけて自身で歩いて調べ綴った、いわば「民芸の日本地図」です。

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彼はその前書で、「機械によらなければ出来ない品物があると共に、機械では生まれないものが数々あるわけであります。機械は世界のものを共通にしてしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、出来る品物が粗末になりがちであります。それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人から悦び(よろこび)を奪ってしまいます。」「(手仕事は)品物が手堅く親切に作られることであります。そこには自由と責任とが保たれます。そのため仕事に悦びが伴ったり、また新しいものを創る力が現れたりします。それ故手仕事を最も人間的な仕事と見てよいでありましょう。」と書いています。
ここにはバアバがいつも自分の個展のタイトルとして掲げ、いまアトリエ・ショップの名前をHAND & SOULとしている気持ちの根本が述べられています。

「考えるヒト」であるホモ・サピエンスは、アイディアをカタチにする「つくるヒト」ホモ・ファーベルであり、それはいつも手を通じて行われてきました、ほんの200年前までは。

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これは、人間の脳のどの部分がどんな機能を司るかを示した、いわば人間の脳地図です。これを見て気づくのは手や指が他の器官に比べて異様に大きいことです。これは手の役割が脳の働きのうちで非常に大きな比重を占めていることを意味します。脳のエネルギーの大きな部分が手の働きのために費やされているとも言えるし、また手の働きが脳を活性化し刺激を与え続けるとみることもできます。いずれにせよ人間の精神と手の深い関係を可視化したものと言えるでしょう。

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「手仕事の日本」にこんな記述もあります。「そもそも手が機械と異なる点は、それがいつも直接に心と繋がれていることであります。機械には心がありません。これが手仕事に不思議な働きを起こさせる所以だと思います。手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。そうしてこれこそは品物に美しい性質を与える原因であると思われます。それ故手仕事は一面に心の仕事だと申してもよいでありましょう。」
柳宗悦の文章を借りて、ジイジ・バアバがHAND & SOULに托したモノづくりの気持ちを語ってもらいました。

柳は本書のなかで紹介されている手仕事がどんどん消えつつあることを危惧していますが、出版から60余年を経て事態は彼の危惧をはるかに超えて深刻になっていると言わざるを得ません。
心をこめてつくって、大事に使う。「昔はそうだった」で済まさないようにしたいものです。
HAND & SOULのモノづくりは民芸のような伝承された技の冴えはないかもしれませんが、「つくり手」の悦びや楽しさを「買い手」や「使い手」に伝えたい、そして「手」と「手」をつなぐ絆でありたいと願っています。


カット=芹沢銈介
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by love-all-life | 2010-01-23 09:52 | 文芸・アート | Comments(1)
Commented by chatnoirN at 2010-01-23 10:04
「手仕事は一面に心の仕事」、胸に刻みました。
駒場の民芸館で浜田庄司さんの大皿を眺めるのが好きです。
あの力強さ。
あの意気。
人の手でなければ造り出せないものですね。
「手仕事の日本」、注文しました。