HAND & SOUL

HAND & SOUL「モノ」がたり 41 <陰翳礼賛>


e0153357_05452100.jpg







ジイジは夜コンビニの前を通るときいつも一緒にいる人に、誰も一緒にいないときはこころの中で、つぶやきます「明るすぎるッ」。
店内が非常に明るいだけでなく、店そのものが発光体のように道路にまで光を発散しているコンビニが消費者の欲望喚起とエネルギー浪費の象徴のように見えるからです。
もちろんこのような光の消費はコンビニに限ったとこではないし、明るい夜はわれわれの暮らしの便利さや安全を守っているということは十分承知してはいますが、一方で闇や影といった「暗さ」や「陰翳」がつくり出す世界がどんどん失われていくことにどこか不自然さとある種の怖さを感じます。
物事にはすべて陽と陰、表と裏があって、裏がなければ表は存在しないわけで、すべて表、すべて裏なんていうことは本来あり得ないのに、現代社会は便利だから安全だからと、科学技術の力でなんとか世界を表だけにしようとしているように見えます。

かの「陰影礼賛」の中で谷崎潤一郎は「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生まれているので、それ以外は何もない。」と、住まいから食事までかっての暮らしの隅々にまで入り込んだいた陰翳をわれわれは美にまで高めたことを強調しています。

谷崎に異論を差し挟むわけではありませんが、影や暗黒の文化は何も日本だけのものではありません。
高級だ老舗だと連れていってもらったドイツやフランスのレストランで店内の明かりが少なく、テーブルの小さなキャンドルの光だけで向かい側の人の顔さえよく見えないほどの暗さのなかで食事をしたことも一再ではありません。
ヨーロッパに限らずアメリカでも天井からのライトを煌煌と点けて部屋全体を明るくするのは稀で、トップライトは食卓の上に下げて、部屋の隅々に影をつくり、フロアスタンドやテーブルスタンドを随所に配置して明かりの演出を工夫するというのが一般的のように思います。
もともと天井から電灯を下げるというのは、太陽の代用としての電灯でなんとか昼間に近づけようという努力なのでしょうが、せっかくの夜の暗さをわざわざ昼と同じにしようとするのでなく、昼にはない光と影の空間づくりを楽しみたいものです。

ないことに不満をもつのでなく、あるものを愛することが幸福の秘訣だそうですよ。


ジイジがホムセンターで買ってきた桂の角材でつくったちょっとユーモラスなスタンド・ランプです。

e0153357_0554094.jpg



















「Hug Me」 W280×H450mm  ¥15,000


e0153357_0562082.jpg



















「Nature Call」  W350×H200mm  ¥8,000
[PR]
by love-all-life | 2010-02-21 01:12 | 「モノ」がたり | Comments(0)