HAND & SOUL

孤独な漂着物

メキシコ湾でのBP原油流出事故による環境破壊/生態系破壊が深刻な問題となっています。
ジイジは新潟にいて、1997年の日本海でのロシア船籍タンカーの座礁による重油流出事故を柏崎の海岸に流木拾いに行って体験しています。波打ち際のあちこちにへばりついたベトベトのアスファルトの塊のようなものはどんな機械力をもってしても除去できず、結局何10キロにもおよぶ汚染された海岸を漁民やボランティアが悲痛な表情でコツコツとヒシャクで掬い取っている姿が忘れられません。今回の事故はそれとは比較しようもないほど大きなスケールのようで、オバマさんの政治的立場さえ危うくしています。
時を同じくして宇宙の果てまで生活圏にしようとの実験がくり返される一方で、すぐ足元の海底に開いたほんの小さな穴が塞げないとは、科学技術がいかにいびつなかたち進展しているかを象徴する皮肉な話と言うほかありません。

海岸というところは鳥瞰すると開放的な大自然を愛でる癒しの場であるかのようでいて、虫の視点で見ると人間社会の歪みや矛盾を映し出す鏡でもあります。
ジイジ、バアバの流木拾いも決して白砂青松の気楽なぶらぶら歩きではなくて、波打ち際に吹き寄せられたゴミの山との格闘となります。そこはあらゆる傷ついたもの、捨てられたもの、壊れたもの、死んだものの集積場なのです。幸いにして波や風や光といった悠久の自然の力によって浄化されていく過程なのか、醜悪や不潔を感じることはあまりありませんが、どれもどこか寂しさや孤独感をにじませて佇んでいます。


ひとつひとつの「ゴミ」が辿って来た身の上話を聞きとれる詩人の感性があったらなぁと悔やんでいます。

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by love-all-life | 2010-06-07 23:13 | 文芸・アート | Comments(0)