HAND & SOUL

戦争体験

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昨日は終戦65年目の8月15日、バアバの誕生日でもありました。敗戦の日バアバは11歳、ジイジは9歳、ちょうど孫たちと同じ年齢だったわけで、彼らにもわれわれの戦争体験を伝えておこうと思い、さて何を話したらよいのだろうかと考えてみました。

10歳そこそこの子供が75歳の老人の子供時代の思い出話を聞くということはどういうことなのだろうか、自分のことに置き換えてみると、ちょうど明治維新直後に生まれた古老の幼少期の話を聞く感じになると気づいて、エーッそんな大昔のことになるのかと時代の落差の大きさに驚きます。それは例えば、チョンマゲをした人がまだ歩いていた話、食べてはいけないとされていた牛肉を恐る恐る食べたら意外とおいしかったというような話になるのです。

ジイジ・バアバの戦争体験といっても戦争に行ったわけではありませんから、いわゆる銃後の暮らしと戦後体験であって、それも大人たちが家族の命を守るのに大変な思いをしている姿を通じてのものです。
現にジイジにしたところで、一夜にして10万人もの戦災犠牲者をだした昭和20年3月10日の東京の下町の大空襲の記憶ははっきりありますが、目黒の家の防空壕から大人が止めるのも聞かず怖いもの見たさで顔を出して見たら、サーチライトが交錯するなか真っ赤に染まった東北方の上空にB29の編隊が悠々と爆弾を投下しながら飛行する周りをからみつくようにパラパラと飛ぶ赤とんぼのような日本軍の戦闘機や、敵機には届かない高射砲の炸裂の様子を見上げて「わーッ、スゴいな、きれいだな」と感じたものです。命の危険を直接感じる歳ではなかったのです。

子供ごころに身体で直に感じた戦争の記憶は何と言っても「ひもじさ」、つまり空腹感です。とにかく一日中お腹が空いていました。煎った大豆を一粒一粒数を争いながら食べた記憶、サツマイモの茎の味、母が隣家に茶わん一杯のお米を貰いにいった姿。そういう中で畑の大麦をとって口に入れてガムをつくる方法とか、白い絵具が甘いことを知って食べたことなど子供ながらの工夫もありました。
つらい思い出とは裏腹に「おいしさ」の体験も鮮やかです。甘いものと云えばサトウキビをまるかじりするくらいだった戦後しばらくして食べたカリントウの豪華な甘さ、親が進駐軍のベースで働いている子が分けてくれた一片の食パンのとろけるようなおいしさ。

親が「もっと食べなさい」と云い「もうお腹一杯」と云うの孫たちの暮らしをみていると「ひもじさ」とこれほど遠い生活はないと感じます。この子供たちはいままでに身体が震えるような「おいしさ」を知らないだろうことの不幸を思わざるを得ません。
まずは、普段好き嫌いを決して云わないジイジがサツマイモやカボチャを食べない理由あたりから話し始めるとしますか。
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by love-all-life | 2010-08-16 11:38 | 時事・社会 | Comments(0)