HAND & SOUL

ゲンジボタル

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佐助稲荷の近くに住むTMさんから「蛍が出たよ」と電話がありました。もうそろそろだと思って、出たら知らせて欲しいと頼んでいたのです。早速孫たちを連れて出掛けました。
ここ佐助稲荷は、源頼朝が不遇の身で病についていたとき、夢に現れた、かくれ里に住む仙人のお告げに従って病を癒し、鎌倉幕府を開くことができたという故事があり、頼朝が幼少のころ「佐(すけ)殿」と呼ばれていたことから、佐助稲荷となったのが来歴です。
ということで、ここに出る蛍は源氏の正統の流れを継ぐ、言わばサラブレッドのゲンジボタルなのです。

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今年は気温が低いせいか、まだ4、5匹ですが、かくれ里の山懐の暗く沈んだ窪みにゆらゆらと小さな光が漂っています。道々賑やかにはしゃぎながらやって来た孫たちもシーンと息をつめて目を凝らします。
ゲンジボタルは、平家に敗れた清和源氏の頼政の哀れな運命を偲んで、夏の夜に漂うはかなげな光と命を、平安時代に生まれた「もののあわれ」という日本固有の美意識に重ねた命名とされています。
小学生の子供たちにとっては「もののあわれ」を理解すべくもありませんが、ふだんテレビ画面から発せられる激しい閃光とノイズを浴びることに馴れっこの彼らにとっても、虫の声さえしない静寂、かすかな草の匂いとほのかに点滅しながら浮遊する光の舞は、すべての刺激がわずかであるのでかえって内なる感覚が覚醒され、あえて言えば、日本人としてのDNAが呼び覚まされていくようです。彼らの沈黙がそのことを物語っています。


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アイルランドに生まれ、日本を愛し、明治37年に日本人として没した、かの小泉八雲に「虫の演奏家」という、秋の虫を愛でる日本の文化について書いた随筆があります。季節は異なりますが、結びの文章をこの時期にご紹介するのは意味あることと思います。

「虫の声一つあれば優美で繊細な空想を次々に呼び起こすことができる国民から、たしかに私たち西洋人は学ぶべきものがある。機械の分野ではそういった国民の師であることを、全て人工的に醜く変えてしまうことでは教師であることを、私たちは誇ってもよいであろう。だが、自然を知るということにかけては、大地のよろこびと美とを感じるということにかけては、いにしえのギリシャ人のごとく、日本人は私たちをはるかにしのいでいる。しかし、西洋人が驚いて後悔しながら自分たちが破壊したものの魅力をわかり始めるのは、今日明日のことではなく、先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園を駄目にしてしまったとき、つまり美のかわりに実用的なもの、月並みなもの、品のないもの,全く醜悪なもの、こういったものをいたるところで用いたときのことになるであろう。」(「日本の心」平川祐弘編・講談社学術文庫)

日本人としてやや恥かしい思いを禁じえませんが、何という先見、何という正確な予言でしょう。
フクシマが起こってしまった今、次の予言を異国の誰かにされる前に、われわれ自身が先見性を示すときではないでしょうか。
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by love-all-life | 2011-06-20 15:41 | 文芸・アート | Comments(0)