HAND & SOUL

落ち葉は、汚い? 美しい?

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先日の台風15号の塩分を含んだ強風の影響なのでしょう、落葉樹の葉が色づくまえに、くすんだ緑色に変色しパラパラと落ちてきて、今年は早くも落ち葉掃除の時期となりました。

落ち葉は汚いか、美しいか、毎秋の庭木の落ち葉をどうするか、残しておくか、掃き清めるか、なかなか悩ましいことです。
わが家が人里離れた一軒家だったら、多分落ち葉は散るにまかせて、一面(と言っても猫の額ですが)の錦の絨毯を楽しみたいところです。ところが近隣に人家が迫ると、落ち葉の処理を自分の趣向だけで決めるわけにはいかなくなります。
庭木の落ち葉は、当然のことながら自分の家の敷地内だけに落ちるわけではありません。ましてわが家のように、崖の小高いところに住んでいると、わが庭木の落ち葉は下の路地や隣地に降り注ぐことになります。
隣近所もうちと同じ趣向なら問題はないのですが、大抵のお宅では落ち葉をきれいに掃き清めることが礼儀と心得ています。

昔からのお屋敷が分譲宅地になって新築工事が始まり、騒音に加えてガス工事だ水道工事だと交通規制で少なからず迷惑を被ったあげくに、引っ越してきたら、今度は落ち葉が汚いと陰で苦情を言われては、「じゃ、なんで引っ越して来たの」とこちらも苦情を返したくもなります。
しかし、地形から当方の落ち葉が近隣に飛び散る比率が、他家のものがわが家に飛んでくるより圧倒的に多いとなると、昔と同じ暮らしをしていても近所迷惑をしていることになってしまうのです。

江戸期の俳人鬼貫は、秋の七草ススキについて「心なき人には風情を隠し、心あらん人には風情を顕はす。只その人の程々に見ゆるなるべし」と説いたそうです( 2011.10.2 朝日新聞「天声人語」)。
ススキを落ち葉におき代えれば幾分心も安らぐし、苦役と思えた落ち葉掃除の日課も、自然との戯れのひと時との境地になれれば、人生の持ち時間を少しでも無駄にしないで済むというものです。
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by love-all-life | 2011-10-02 10:23 | 自然 | Comments(0)