HAND & SOUL

12月8日

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12月8日。若い人にとってジョン・レノンの命日のこの日は、われわれ世代にとっては大東亜戦争の開戦の日であり、多くのアメリカ人にとっては「リメンバー・パールハーバー」の日です。

この日に5歳だったジイジはその日がどんな有様だったかあまり憶えていません。ただ周辺がなんだか騒がしく、父も母もとても興奮していたようでしたが、どんな発言をしたか、喜んだでいたのか、怒っていたのか、恐怖におののいていたのか定かではありません。ただ悲しみに打ち沈んでいた印象ではありませんでした。
ジイジにとってこの日のイメージは、その後くり返しメディアによって報道されてきた、真珠湾奇襲の新聞記事や写真や、「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。・・・・・アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」という大本営発表のラジオの音声によってカタチづくられています。

開戦直後の連日の連勝で「米・英、何するものぞ!」と日本中が沸き立っていたことはなんとなく憶えていますし、大人たちは本気でこの戦に勝てると信じていたようでしたが、もしかしたら信じようとしていただけなのかもしれません。
ジイジがはっきり知っていることは、毎日のように戦闘機や軍艦の絵を描いていたこと、当然火を噴いて撃墜される飛行機や戦艦にはアメリカのマークをつけていたことです。
しばらくしてラジオを聞いていた母が、ボソっと「この辺でやめればいいのに。」と言っていたことや、戦争末期になって、やはり母が「日本の軍隊って、ほんとうにイヤ」とつぶやいたことは、わりあいはっきり記憶にあります。
その頃から連日のB29の爆撃が激しくなるなか、貧しいものを食べ、貧しいものを着たことは憶えていますが、生活といえるような記憶はなにもありません。そして、間もなく疎開先の和歌山県の農家の炎天下の庭先で、ほとんど何を言っているか聞き取れない玉音放送なるものを聞いて戦争は終わりました。小学3年生の時でした。

近頃、何故日本は勝目のない戦争をしてしまったのか?を解き明かそうとする少なからずの書物が出たり、開戦はアメリカの謀略だったという説を廻っていろいろな議論があるようです。
何故あんな戦争をしてしまったか?
ひとりの善良な個人が、企業人として考えられないような非倫理的な行動をとるというような例はオリンパスに限りませんが、狂気の行動をとった旧陸軍の参謀も、ひとりの父親としては多分とてもやさしい人間だったのでしょう。
人間は、組織や集団の一員となったときには機械の部品のようになってしまうように創られているのでしょうか。

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9.11の同時多発テロの後のアメリカを観ていて、戦争はこのようにして起こるのかと目からウロコでした。というのも昭和16年12月8日にはまだ世の中を視る力もなかったジイジにとって、まるであの頃をリプレイされているようで、記憶のネットから抜け落ちてモウロウとした部分が補われたように感じたものです。
戦争は人間の性なのか、国家の意思の必然なのか・・・、いずれにせよ、「誰でも『戦争は悪いと』言ってるのに、どうして戦争はなくならないの?」という、終戦時のジイジと同じ歳ごろの孫からの質問に答えることは容易ではありません。
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by love-all-life | 2011-12-08 17:23 | 時事・社会 | Comments(0)