HAND & SOUL

教えることはできない、学ぶことはできる。

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いけ花作家・中川幸夫さんが亡くなりました。享年93歳の老衰ということですから大往生です。
生前の彼とはまったく接触をもったことがなかったのにもかかわらず、このニュースは突然鈍器で殴られたような痛みを感じました。それは日頃「創造」とか「前衛」とかいった問題に接する折りにいつも中川幸夫の言動や作品や存在が、わたしの頭の中や心の奥でモゾモゾと動き始める感じをもってきたからでしょう。

いけ花の世界に疎いジイジは、かっては中川幸夫といっても名前は聞いたことがあっても異端のいけ花作家というくらいのイメージしかありませんでした。
20年近く前に長岡に新設された大学の設立に関わり、デザイン教育を仕事とすることになり、それまで得てきた自分の経験や知識を学生にどのように伝えたらよいかいろいろ考えたり、シラバスをまとめているときに出会ったのが「教えることはできない、学ぶことはできる」という言葉でした。そしてそれを発した主が中川幸夫だったのです。
この言葉は、それなりの情熱と意気に燃えた新米教員にとって、前途にドーンと高い壁が落ちて来たようなショックを覚えたものです。

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なぜだ?との興味から彼について調べ、作品の写真を見るにつれて、ともするとアートの傍流とされがちな「いけ花」の世界に、かくも力強く、斬新で、鋭い表現があるのかと驚きと感動の連続でした。そして彼の生きざまや造形に一貫するのが「厳しさ」であるように感じました。
彼は、流派に属さないことは作品の発表の場がもてないことを意味するいけ花の世界で、流派に属さず、弟子もとらず、ひたすらいけ花を造形の芸術として探求した孤高の前衛であり続けました。
そうか、自分に厳しく、人にも、体制にも厳しい彼の哲学から生まれたのが「教えることはできない、学ぶことはできる」だったのだ。
また彼はこんな言葉を残しています、「天才とは努力し得る才だとの言葉のように、まことの天才は、努力を発見するものだと思います。凡才が容易と見るところ、天才は、何故という困難と抵抗につき当たり、それへいどむ、努力を重ね得る者だからです。」
与えられるものを受け取る訓練しかしていないいまの若者が、どれほど「厳しさ」というものを理解できるだろうか、そして耐えることができるだろうか不安は大きいのですが、新入生の最初の授業はいつもこの言葉から始めることにしていました。

いつかNHK制作の、彼の制作過程を追ったドキュメント番組を観たことがあります。脊椎カリエスで曲がった体躯でどこへでもヒョイヒョイと出歩く彼の顔からやさしい笑顔が絶えることはありまん。小さな身体からとてつもなく大きな命の表現がほとばしり出ます。90年を超える歳月を経てなおいささかの曇りもない前衛であり続けた彼の姿はひとつの奇跡のようでもありました。   合掌

写真:「花坊主」 1973年
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by love-all-life | 2012-04-17 00:45 | 文芸・アート | Comments(0)