HAND & SOUL

HAND & SOUL「モノ」がたり 96 <内藤三重子 誕生>

e0153357_19394031.jpg






前回のブログは、バアバの古い端布のコレクションからTシャツのデザインの素材をいただいた話でしたが、
今回は、そのとき端布のなかから発見したバアバがデザインした古くて、懐かしいプリント柄が出てきたので.その話をしましょう。

バアバは1959年大学を出て就職しました。三愛という前にもブログで紹介したことがある、銀座の女性専門のデパートです。
就職といっても最初はアルバイト扱い。何をどうしてよいのやら分からずうろうろしているバアバに、この新入の女の子にどんな能力があるのか確かめようと、上司の宣伝課長さんがくれた仕事がハンカチのデザインでした。
当時、いまよりはるかに社会的な存在感があった森永製菓が、近く執り行われる皇太子と美智子さんのご成婚の祝賀記念のイベントとして、森永チョコレートにハンカチーフのオマケをつける企画があり、そのデザイン・コンペに応募せよとの命令でした。勝てば大きなビジネスチャンスとなるそのコンペには多くのデパートや繊維メーカーから応募がありましたが、結果はバアバの案が採用となり、同時に正社員の座も確保することができ、新入社員のお手柄ストーリとなったのです。
e0153357_19404297.jpg

バアバは「ワーッ、みせないでー」と言っていますが、53年たったヴィンテージもののハンカチです。
邪気のない、怖い物なしといった軽いタッチと、ご成婚カップルの仲睦まじさの象徴となっていた、軽井沢でのテニスをテーマにしたアイディアが勝因だったのでしょう。バアバこと「内藤三重子」の誕生です。


e0153357_20121275.jpg三愛は、いまで言う情報発信性の強い店で、バレンタイン・セールやパリ祭セールや洋画とのタイアップなど、その頃まだ聞き慣れないイベントを次々と打ち出して注目を集めていました。
まだ戦後の匂いが抜け切らない日本で、人々はアメリカ文明の吸収に躍起になっていましたが、三愛がフラッグ・イメージとしていたのはフランス、それもパリでした。生活再建に一生懸命だった人々にとって、アメリカは日常生活の憧れの対象だったのに比して、パリはオシャレで憧れの対象だったのです。一方の象徴するものが「文明」であるのに比して,もう一方が「文化」であったともいえるかもしれません。
フランス映画が根強いファン層をもっていて、新宿の日活名画座では懐かしのフランス名画に長い列ができたりしてました。
その頃、一度もパリに行ったことがないのに、パリの地図を開いてシャンゼリゼの店を片っ端から1軒1軒名前を挙げることができる男がいました。そんなちょっと変な人がいた、面白い時代でもありました。
文明開化の明治に、日本はヨーロッパ文明のカタチを取り入れることに急で、その根にある精神を学ぶことに疎かったとはよく言われることですが、復興を急いだ戦後でも似たことが繰返されたような気がします。

下のプリント柄は、そんな時代にバアバがパリ祭・セール用にデザインした三愛オリジナルのプリントのサンプル端布です。
e0153357_19524143.jpg
e0153357_19505813.jpg

バアバはこれらを見て「よくもまあ、こんなに天真爛漫に描きまくっていたものね」と感慨深気に言いました。
「でも、とても今はできない・・・」とも。
ジイジは「いやいや、あなたは今でも結構天真爛漫ですよ」と、口には出しませんでした。
[PR]
by love-all-life | 2012-09-23 20:14 | 「モノ」がたり | Comments(2)
Commented by remmikki at 2012-09-25 07:55 x
まあ、なんと素敵なデザイン!両陛下のご成婚ハンカチも素敵だけど、パリの絵柄もどれもお洒落です。

バアバさん、天真爛漫ですばらしい才能が今でもおありになり、お雛様の作品にも表れていますね。

またいい作品を見せてくださいませ。お体にはじゅうぶんご自愛を。
Commented by love-all-life at 2012-09-30 11:00
remmikkiさんへ

温かいコメント、ありがとうごうございました。
パソコンがダメなバアバは横でぺこぺこ頭を下げています。

ジイジ