HAND & SOUL

ラカンさんがそろったら・・・

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先週、晩秋の京都へ行ってたくさんの羅漢さんに会ってきました。

ボクらの歳では羅漢さんというと、 ♪ラカンサンガソロッタラマワソジャナイカ ヨイヤサノ ヨイヤサ ヨヤサノ ヨイヤサ・・・♪ という遊び歌を思い出します。
子供たちが円陣をつくって、上のわらべ歌を唱いながら左隣の所作を次々にまねてリレーする遊びです。何度かやった記憶があります。単純ですが、みなが別々の所作をするので、混乱してつい間違った動作をしてしまい、するともう一度やり直すのです。5、6歳のころだったと思います。
ラカンさんとは何か、いっこうに分からず、ただ、心地よいリズムに気持がはずみ、ラカンさんに友だちのようなすごく身近な親しみを感じたことを覚えています。しかし76のこの歳まで羅漢さんが何ものであるか、まともに考えたことはありませんでした。

今回の旅行で、伏見深草の石峰寺と、嵯峨野の愛宕(おたぎ)念仏寺でたくさんの羅漢さんに会うことができました。
石峰寺の羅漢さんは、近頃とみに有名になった江戸中期の絵師・伊藤若冲がつくったとされるもので、天衣無縫で稚戯に富んだ五百羅漢です。若冲が下絵を描き、石工が彫ったもののようです。
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愛宕(おたぎ)念仏寺は、嵯峨野めぐりの始発点にありました。お寺の起源は鎌倉期ですが、境内にさざめきながら立ち並ぶ1,200体の羅漢さんは昭和56年から10年間に、一般の参拝者によって彫られ奉納された、『昭和の羅漢彫り』といわれる羅漢さんたちです。ありとあらゆるアイディア、ありとあらゆる表情の羅漢さんたちは、とても新参者には見えない古びた趣で愛嬌をふりまき、訪れる人の微笑みを誘います。
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では、羅漢, who?と調べてみると、『お釈迦様の弟子で、悟りを伝承する崇高な修行者』とあり、とてもお偉い方なのです。キリスト教では「聖人」にあたるのでしょうか。聖人というと、なにか近寄り難い崇光なイメージですが、われわれが知っているラカンさんは、煩悩から解放された求道者という実体とは裏腹に、むしろ煩悩を体現しているような、喜怒哀楽をむき出しにしたり、子供のように無邪気に戯れるラカンさんであって、極めて人間臭く親しみ易いイメージです。
イスラム教にしてもキリスト教にしても、神は厳しい戒律を人々に課す厳父のような存在ですが、仏教では、仏門の世界ではいざ知らず、普通の人々には「『南無阿弥陀仏』さえ唱えていればよいのですよ」ととても寛容です。
そのやさしさのせいか、私たちは、良寛さん、一休さん、ダルマさん、エビスさん、と身近に感じる「さん」づけのヒーローをたくさん知っています。これが仏さんの戦略なのかなぁなどと、鎌倉ではあまり意識しないことに気がおよぶのは、「やっぱり、京都だから」なのかなぁと思いました。
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by love-all-life | 2012-12-13 23:02 | 文芸・アート | Comments(0)