HAND & SOUL

記憶のキルト

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西高東低の典型的な冬型気圧配置で寒い晴天がつづく日、バアバと新年の散歩をしました
HAND & SOULから銭洗弁天への初詣の人並みを吸い込むトンネルがある坂道をさらに登り、葛原が岡神社からそれほど長くないハイキングコースを抜けて行くと20分ほどで北鎌倉に出ます。
JR北鎌倉駅に隣接する円覚寺境内にある踏切を渡って20メートルほどの線路沿に大きな古民家を移築した北鎌倉古民家ミュージアムがあります。開催中の前田順子・和のキルト展「紅絹でつないだ記憶」を、何の予備知識もないままふらりと入ってみました。http://kominka-museum.com/kikaku/20014.html

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昭和12年生まれの前田さんの祖父母、両親や姉妹が子供の頃から着ていた着物や、戦後の暮らしの大転換のなかで放出された和の布を丹念に集め、それらをキルトに綴った作品が、これも同じようにどこからか放出され再利用された古民家の空間のなかに具合良く調和をもって展示されています。様々な布片と手技が生み出す美の響宴に、思いがけないご馳走をいただいたような良い気分になって、足も軽く八幡様から鎌倉駅を回って一万歩ほどのウォーキングとなりました。


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その夜、かって会社勤めをしていた頃にチームを組んで毎週のように大阪のクライエント通いをしていた古い付き合いの仕事仲間から久しぶりに新年の挨拶めいたの電話がありました。
必然的に、彼は元気か?誰はどうしている?といった話しなりますが、この歳になるとそのなかに少なくない物故した面々も含まれるのはいたしかたありません。
そうした故人の思い出は、付き合いのあった人々の頭の中にちぎれちぎれの記憶として残っているだけで、それらの記憶の小片はお互いに繋がる部分もあるし、繋がらないところも少なくありません。やっぱりたまにはそんな記憶のかけらをみなで持ちよって故人を偲ぼうではないかという話になりました。

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そんな話しをしていて頭をよぎったのが「紅絹でつないだ記憶」で見たキルトのことでした。様々な暮らしの破片ともいえる古布を集めて繋ぎ合わされることで新たな命が現れる・・・かって親しかった故人を偲ぶのという行為も、まさにみなで記憶の小片を繋ぎ合わせるキルトづくりと似ているのではないか。そこに出現する記憶の集合体はもちろん生前の故人そのものの姿ではありませんが、故人の存在なしでは決して存在し得ない固有の絵柄に違いありません。

人が生前の造形活動によって残した作品はもちろんその人の生存の証しではありますが、それは作者の一方的なメーッセージに終始するのに比して、人の記憶のフィルターを通して現れ出るイメージは、彼または彼女の社会人としての質の高さまたは低さを映し出す鏡でもあるといえるのではないでしょうか。
そう考えてみると、自分がどのような記憶のキルトとして残されるのだろうか・・・すごく気になることです。

キルト作品 : 前田順子 作
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by love-all-life | 2013-01-12 18:53 | 文芸・アート | Comments(0)