HAND & SOUL

HAND & SOUL「モノ」がたり 105 <5月の花物語>

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「春の東雲のふるえる薄明に、小鳥が木の間で、わけありそうな調子でささやいている時、諸君は彼らがそのつれあいに花のことを語っているのだと感じたことはありませんか。」


岡倉覚三(天心)は、『茶の本』(村岡 博訳)の「花」章の冒頭の一節にこのように述べて、人は花とともに祝福され、悲しみ、花とともに飲み、食らい、歌い、踊り、戯れ、花からの多くのものを授かる一方、花の命を奪うこで成り立つ花と茶道の関係について、夢のような美しい文章で綴ってます。


4月の桜から始まる花の響宴は5月なって一層賑わいを増します。
この季節、スーパーやホームセンターの店先にこれ見よがしと並ぶ花やハーブの苗鉢の前を素通りするのはなかなか難しく、ついつい今日はペチュニア、次はゼラニウムと持ち帰ることになります。
世の中にはグリーン・サム(Green Thumb=緑の親指)と呼ばれる園芸上手がいて、彼らの手にかかるとどんな植物も園芸雑誌の表紙のように立派に育つのですが、それに比べてこちらは何を植えてもフラストレーションばかりを育ててしまうブラウン・サム。でも、さすがこの一両日のように天候に恵まれると、家の花壇もそれなりに花の園らしい体裁をなしてきます。

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再び『茶の本』の言葉を引用するなら、

「花をちぎる事によって、新たな形を生み出して世人の考えを高尚にする事ができるならば、そうしてもよいではないか。われわれが花に求むるところはただ美に対する奉納を共にせん事にあるのみ。われわれは「純血」と「清楚」に身をささげる事によってその罪滅ぼしをしよう。こういうふうな論法で、茶人たちは生花の法を定めたのである。」

こんな言葉に促されて、前に小ブログ(2013.02.17)でご紹介した、越後・筒石の漁師小屋に放置されていた漁船の板で、庭の花を生ける花器をつくろうと思いたちました。
滅相もなく、秀吉の小田原攻めに従った千利休が、箱根の竹を伐って花器としたという有名な竹の花入れの話がちらっと頭をよぎったのは事実です。

e0153357_834548.jpgつくりはいたって簡単で、細かく切り分けた船板の小片にドリルで穴を穿ち台木とし、試験管を立てただけの花挿しです。しかし、ただ板を切るといっても船板はなかなかの曲者で、表面から見えないところに釘や鉄の鋲が入りこんでいたり、砂を噛んでいたりしていて、製材所に切断を頼んでも工具を傷めるというので断られます。今回もバンドソーで鉄の鋲を切断してしまったので刃が一発でダメになりました。
切り口には錆の色がにじんでいたり、理由の分からない変色の箇所があって、ホームセンターで買う木材とは味わいが大きく違います。この巧まず生まれた風情を活かしたいと思いついたのがこれらの一輪挿しですが、利休のワビに比べれば天と地の差があるのはよくよく承知しています。


船板の一輪挿し 1個 ¥2,000から
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by love-all-life | 2013-06-01 22:37 | 「モノ」がたり | Comments(0)