HAND & SOUL

さよなら、天野祐吉さん。

e0153357_11463471.jpg










天野祐吉さんが亡くなりました。突然でした。前日朝日新聞の書評欄でお目にかかったばかりだったので、それはまさに天声人語が惜しむように「きのう会った人が亡くなったような喪失感」です。

朝日新聞に足掛け29年間にわたって連載された「CMウォッチング」「CM天気図」を毎週読むのを楽しみにしていました。
昔、広告制作を生業としていた身として、近頃の広告のつまらなさを悲憤慷慨するだけの当方とは違って、天野さんは最後まで広告が好きで、広告の魅力や力を信じ、凡百のCMのなかにわずかに輝く一粒に光をあて、ほめたり嬉しがったりする姿勢に、エライなと感心するとともにご苦労なことだとも感じてきました。
天野さんの言葉は、「むずかしいことを やさしく やさしいことを おもく 重いことを おもしろく」という井上ひさしの座右の銘を地でいっているようで、それはそのまますぐれた広告コピーのようでもありました。
しかし、広告は文化であり批判精神であるとの信念を実践するがごとき洒脱な文章の対象はいつも「世の中」でした。ですから彼の「CM天気図」は「世の中天気図」だったわけで、そしてそれはいつも曇りがちでした。

そんな天野さんを、去年11月28日付けの「CM天気図」の一文を掲げて偲びたいと思います。

「近頃何がぶったまげたって、自民党などいくつかの政党が、経済成長の達成を公約にかかげているのには驚いた。いくら景気が悪いからって、そんな点数かせぎはいいかげんにしてほしい。
いま20世紀の成長至上主義の弊害が世界のあちこちに現れ、21世紀型の『脱成長社会』への転換が大きなテーマになっている時である。多くの人が言っているように、いまの成長は『人間のための成長』ではなく、『成長のための成長』になり果ててしまっているのだ。 成長に欠かせないのは国民の消費支出だが、経済をもっと成長させようと思ったら、国民にもっともっと消費させることが必要になってくる。でも、福袋しか買うものがないようなこの時代に、これ以上何を買えっていうのかね。
『地球は人類の必要を満たすには十分だが、あくどい欲望を満たすには小さすぎる』とガンジーさんは言ったが、こんな成長路線を走り続けていたら地球がぶっこわれるのは目に見えているし、『日本再生』だって危ない。
そうでなくても、成長がそのまま景気回復につながるわけじゃない。そんなまやかしより、ぼくらが政治家に聞きたいのは、明日の日本像だ。文化人類学の渡辺靖さんの言葉を借りれば、あすのぼくらが住む国の『物語』である。たとえば経済学の浜矩子さんが言うような、多様性と包容性に富んだ『老楽(おいらく)国家』も、そういう物語の一つだと言っていいだろう。
成長にこだわるから大量生産・大量消費の歯車をまわすための原発も必要になる。国民をのせるための甘い言葉より、いまみんながほしがっているのは、明日のこの国の物語を語る政治家の誠実な言葉じゃないのかな。」

合掌
[PR]
by love-all-life | 2013-10-26 11:50 | 時事・社会 | Comments(0)