HAND & SOUL

HAND & SOUL「モノ」がたり (117) 「バアバの流木人形」

バアバが流木のお人形をつくりました。これまでにも随分たくさんの流木人形をつくってきたバアバですが、今回は南海の楽園から流れ着いたネイティブ・ピープルのような面々です。


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流木拾いも長年やっていると、どんな流木がどの辺にあるかおおよそ見当がつくようになります。だいたいは波頭が寄せては返す当たりに、ありとあらゆるゴミや漂着物と一緒になって集まります。大物は海が荒れた後に高波が押し寄せて返す地点のあたりにデーンと転がっていますが、残念ながらこういうものはわれわれにはとても重くて手がでません。
バアバが人形に使う流木は、小枝のかけらのような流木で、波打ち際から離れた砂浜で干からびたように散らかって落ちています。だからゴミとかクズとか言ってしまうのですが、バアバはそういう言い方をするとすごく怒ります。
どれもひとつひとつ命の痕跡を残す自然の造形物なのに「失礼じゃないか」という思いがあるからでしょう。
山ほどの流木を集めても、いざ使うとなると役に立つものはほんの少々です。しかし別の時には別の少々を血眼になって探すことになるのです。ですからどんなクズのような流木片も、いつレアメタルのような貴重品に変身するかわからないのです。

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人はよくお落ちているものを拾って「安上がりでいいね」と言います。われわれに言わせれば「とんでもない!」です。
どんな収穫があるかなんの保証もなく、3時間4時間と車で遠乗りして海辺まで行き(近くの鎌倉の海岸にも流木は流れ着きますが、すぐに清掃されてしまいます)、軍手にズタ袋を背負って、海岸をバタ屋よろしくほっつき歩き、ときには見知らぬ人に「ご苦労さん」などと哀れみっぽい声をかけられ、シワシワの皮膚は潮風と日に焼かれてさらにシワシワシワとなり、なにやら流木の趣のようになりながらの悪戦苦闘なのです。
それでもその都度一期一会の喜びや驚きをかみしめるという報酬を手にするので、「一度やったらヤメられない」わけで、これはもうほとんどお乞食さんです。

バアバにとって流木人形つくりは、そうして手にした流木との戯れでもあり、打ち捨てられた命の痕跡に再び命を吹き込む崇高な儀式でもあるようです。








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by LOVE-ALL-LIFE | 2014-09-26 17:44 | 「モノ」がたり | Comments(0)