HAND & SOUL

"HAND & SOUL"

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前回はケンケンが電気屋Nさんのことを書きましたが、もう一人うちと関係があった職人さんについてお話します。
いま住んでいる家はジイジ、バアバが48年前に結婚したとき買ったものです。
駆け出しのデザイナーがちょっと無理をして買えたほどの格安の物件でした。
当然ながら相当のボロ屋だったので、購入後原形をとどめないほど増・改築など手入れを繰り返してきました。
そのほとんど全ての仕事をしてくれたのが大工のSさんです。

Sさんは存命なら90歳を超えているはずですが、好きなお酒が入ったとき以外は、腰の低いお人好しで、いくぶんそそっかしいところがありました。
軍隊にいたとき戦友たちが腕に刺青をするので真似をして、自分の名前を彫ったまではよかったのですが、うっかり名前を間違えて彫ってしまったという人です。

しかしこのSさん、仕事でポカをしたことは一度もありません。
外国雑誌の写真などを示して「こんな窓できない?」などと、従来工法とは違うような無理難題をもちかけても。
はじめはちょっと困った顔をしますが、落ているベニヤ板の端くれに鉛筆でちょこちょこと図面らしきものを描いただけで、見事な結果を出します。
「お助け」と称する木片を使って、一人では無理と思えるような大きな材木を魔法のように屋根にあげてしまいます。
このような職人の智恵と技の記憶はいつまでも消えることはなく、フッと天井をみ見上げたときSさんはどうしているかなと思い出したりします。
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今日の工業化社会では、日常いろいろなモノを使っていて、モノの後ろにそのモノをつくった人を思い浮かべることはできません。
使う側は誰がどんな気持ちでつくったか知る由もなく、企業名やブランドといった茫洋としたものをあてにして製品を選びます。
つくる側も、個々の人はビスを止めたり基盤にハンダづけしたり、自分がモノをつくているという実感さえなく、ましてや使う人の顔を思い浮かべることなどあるはずもないでしょう。
こうした、つくる「人」と使う「人」との断絶が結果として耐震強度や食品の偽装問題などを生みだしているようにも思います。

一方に、つくる側の技やクセや想いや遊びの結晶としてのモノがあり、もう一方に、量ではなく質で暮らしを面白くしようとするモノの使い手がいる。
この両者が出会える場をつくってみたい、私たちの店を「HAND &SOUL」としたのもそんな気持ちからでした。
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by love-all-life | 2009-03-23 09:44 | その他 | Comments(0)