HAND & SOUL

2010年 03月 27日 ( 1 )

忘れ得ぬ写真

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忘れ難い1枚の写真があります。昭和20年8月に長崎で撮られました。
廃墟と化した焼け跡に立つ少年は背中にこと切れた幼児を背負っています。両親をすでに失った彼は弟の遺体を焼くための順番を待っているのです。

この写真を撮ったのは終戦直後に日本にやって来たアメリカ空爆調査団・公式カメラマン、ジョー・オダネル。
彼の任務は原子爆弾などの成果を記録するためで、一般の市民などを撮ることは禁じられていたにもかかわらずこっそり個人的に撮られた写真の1枚です。
この世のあらゆる不幸を一身に纏ったような少年の前に突然カメラを携えて現れたのは数日前まで鬼畜とされていたアメリカ人でした。その姿が目に入らなかったはずはありませんが、少年は一切の悲しみや惨めさを見せまいと有らん限りの精神力を振り絞って直立不動の姿勢をとっています。その姿からは、人間の尊厳とでもいうような「凛々しさ」が感じられます。こんなに残酷な写真、そしてこんなに美しい人間の姿を見たことがありません。
昭和11年生まれのジイジはこの写真が撮られたとき少年とほぼ同じ歳であったことを思わずにはいられません。
今の日本からは消えてまった、もっともみすぼらしい子供が見せるもっとも崇高な人間の姿と言えるでしょう。

以下は撮影者ジョー・オダネルのコメントです。

佐世保から長崎に入った私は、
小高い丘の上から下を眺めていました。
すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は
当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。
しかも裸足です。

少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。
男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、
焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年の
まだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に
血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年があまりきつく噛み締めている為、
唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、
沈黙のまま焼き場を去っていきました。

(インタビュー・文 上田勢子)
「写真が語る20世紀 目撃者」(1999年・朝日新聞社)より
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by love-all-life | 2010-03-27 22:28 | 時事・社会 | Comments(3)