HAND & SOUL

2011年 03月 13日 ( 1 )

3月11日の夜

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子供の頃から大震災のイメージというと大正12年の関東大震災でした。平成7年の阪神・淡路大震災の惨状をテレビで見ても、平成16年の中越大震災を直近に体感しても、もっと酷い地震はあり得るし、関東大震災がそれであったという意識でいました。ところがついにそれを越える最悪の地震災害が起こってしまいました。

地震発生時の午後3時前、HAND & SOULの店番をしていてめまいのような感覚に襲われ、それが地震の揺れだと気付くまでに少し時間がかかりました。緩慢で大きな横揺れ・・・長岡の大学にいたきの中越地震の体験から、震源地は遠くしかもこの揺れなら震源地は相当の被害に違いないと予想はできました。
しかし停電が解除されてTVで見たツナミのによる被災地の映像はこちらの想像をはるかに越えるものでした。

TV映像を見ていてしきりと思い出されたのは太平洋戦争時の敗戦から戦後の悲惨な国難の状況でした。
今回の災害は東日本大震災と命名されましたが、これはまさに国難です。ですから一地方の災難として罹災した方々を気の毒がるだけではなく、自分の国の災難として国民全体で対処するくらいの覚悟をもつべきでしょう。
戦後の奇跡の復興がそうであったように、日本人は切羽詰まればスゴい能力を発揮する民族であると自ら信じようではありませんか。この災害を、国力がどんどん低下の一途をたどっているこの国にとっての「泣きっ面にハチ」とするのでなく、なんとか起死回生のきっかけとするというくらいの政治指導の道もあるのではないか、と戦後世代のジイジ、バアバは考えるのですが。

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さて11日の夜、逗子に住んでいる次男の家族が津波を避けて高台の鎌倉の家に避難してきて、二家族が停電の一晩を過ごしました。テレビもなしゲームもDVDもなし、ケイタイさえ思うように使えない時間をどう過ごしたらよいか一同が戸惑うなか、ロウソクの明かりを囲むいつもと違う雰囲気に、一番下の2歳の孫とジイジ・バアバが妙に元気です。
「これが江戸時代の人びとの暮らしなんだよ。それに戦争中や戦後、ジイジがちょうどお前達の歳の頃にはこんなことはしょっちゅうだったんだ。空襲警報のサイレンが鳴ると・・・」、絶好のお説教の機会到来というわけです。
年長のKはホルンの練習を始める、小学生の男の子たちは将棋を、女の子はロウソクの明かりでお絵描きと、ジイジ・バアバにとっては図らずもかなり満足すべき、まるで17世紀の画家ラ・トゥールの世界が出現したのでありました。
(災害写真:産経ニュース)

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by love-all-life | 2011-03-13 15:45 | 時事・社会 | Comments(2)