HAND & SOUL

2012年 01月 16日 ( 1 )

道路はキャンバス?

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前回に続いて景観についてもう一言・・・
誰だったか、何処でだったか「日本人は美しさを指向するすばらしく繊細な感性をもっているが、同時に醜いものに対して恐ろしく鈍感だ」という外国人の言葉を読んだ記憶があります。
花鳥風月を愛で、町の普通のオジさんオバさんが身のまわりの些細な自然の美に目と心を向けさらりと五七五の短詩を詠む。一方で、窓には布団や洗濯物がぶら下がり、街には看板と電線がところ構わず醜く氾濫していても誰も文句ひとつ言わないというのです。

いまHAND & SOULの店先で起こっている周辺の変化を見ていて、ついこの言葉を思い起こさずにはいられません。
主のいなくなった古いお屋敷が取り壊され、分割分譲宅地となって、どうして許可が下りたのか不思議なほど狭い敷地一杯に住宅の建設が始まります。これらの新築家屋が環境を醜くするか美しくするか、それはまだ結果が出たわけではありませんが、ひたすら後者であって欲しいとハラハラしながら願うばかりです。
しかしもう結果が出ている部分もあります。それは道路です。建設のための重機が入り、水道管、ガス管工事で道路が掘り返されます。それも水道工事が終わって埋め戻されると、今度はガス工事で掘られるのです。4軒の家が建つとすると同じことが4回繰り返されるのです。

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このブログを書いている時点で4軒のうち3軒の工事が進んでいますが、周りの道路は写真のような有様です。
以前はすっきりした舗装道路だったところがご覧のような姿になり、もうこれが原状復帰されたり化粧されることはないでしょう。なぜならこんな道路は日本中いたるとことにあるのですから。みんな馴れっこになってしまって、このような道を見ても怒る人はいません。
しかし、人の家の廊下の板を剥がして、全く異なった素材や色の板で補修して、おまけに落書きまでして、サゴメンイの一言も言わないでは済まないはずです。ところが天下の公道ではこれが許されているのですから、外国人から「醜さに鈍感」と言われても仕方がありません。

路上のパッチワークアートのコンクールならかなりいい線いくでしょうが、高い文化の香りと匠の技で世界遺産の登録を目指す鎌倉でこんなことが許されてもいいのでしょうか? 市長さん。
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by love-all-life | 2012-01-16 23:07 | 時事・社会 | Comments(2)