HAND & SOUL

2012年 04月 08日 ( 1 )

わが家の桜事情



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春爛漫。今年は冬が長かったせいか暖かい春の日差しがとりわけ有り難く感じられます。桜の開花が例年より3日遅いと聞いて、おや?そんなものか、もっと遅かったのではと思うのはそれだけ春が待ち遠しかったからでしょう。
この時期テレビでは、ワシントンのポトマック河畔や、千鳥が渕などの見事な桜の名所の映像が報じられます。
鎌倉には鶴岡八幡宮の段葛、鎌倉山、源氏山公園、逗子ハイランドなど多少まとまった桜のスポットがありますが、満開の桜の下で賑やかなお酒盛りという風景はあまりみられません。それよりあちこちの社寺の境内や路地で周囲の木々のなかでパッと際立つ桜を楽しみながら、花のミツを求めて集まる小鳥やリスを見ながらブラブラ歩きをしたり、旧市街を巡る山が一斉に芽吹いた木々と山桜の色を交えてやさしくパステルカラーに輝くのを愛でるというのが鎌倉のお花見の流儀のように思います。

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さほど広くもないわが家の敷地内にも3本の桜があります。小高い崖の斜面に自生した山桜と、知人が孫の誕生の祝いにと庭に植えてくれた寒桜と思しき小木ですが、この山桜の方が昨年存亡の危機に曝されました。
近年わが家の周辺はかってのお屋敷の跡地が造成され人家が立て込んできました。そのほとんどが小学低学年児童や幼稚園児をもつニューファミリーです。そのうちの道路を挟んでわが家の下のお宅から、崖上の桜は有事の際危険だから伐って欲しいという要望が出てきました。え?うちは40数年ここに住んで、崖崩れや木が倒れるなどのトラブルは1回もなかったのにと放っておきました。そうしたら市の職員が現地調査にやってきて、呼び出されて現場検証ということになりました。道路の上に伸びた枝は伐ったほうがよいかななどと言っています。木を伐ってしまうと今まで根が支えている土が崩れてかえって危険ではないかと反論すると、んー、それはそうだと煮え切りません。結局、もし伐るなら市が費用の半額を負担しますからと下駄をこちらに預けて帰ってしまいました。勝手にこのような条件の土地を選んで移り住んだはずなのにエゴではないかと当方としては憤懣はありますが、有事の際にと言われてしまうと時期が時期だけに、人さまの安全にかかわることなので敏感にならざるを得ません。結局、ん十万円かけて道路の上に伸びている大きな枝をカットしてあとは下の家の了解を得て残すことにしました。
ふと先日テレビの報道番組で、放射能汚染されていない被災地の瓦礫撤去を引き受けるかどうかを問う地方自治体の市民説明会で、うちには乳飲み子がいるので断ってくださいと涙ながらに訴える母親の姿が思い出されました。
崩れた安全神話の反動として、安全への過敏症候群がみられるのではないかという気がしないではありません。自然を求めながらリスクはゴメンというのは、原発は反対だが省エネはゴメンという身勝手さとどこか通じるものを感じます。

そんな経緯があったので、今年は果たして花をつけるかどうか不安でしたが、いつもよりやや少なめではありますがけなげに開花して「ここにも春が来た」を宣言しています。
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by love-all-life | 2012-04-08 23:06 | 時事・社会 | Comments(2)