HAND & SOUL

2012年 04月 27日 ( 1 )

鬼怒鳴門さん



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鬼怒鳴門さんことドナルド・キーンさん(89歳)との出会いはいつだっただろうか。
日本文学にとりわけ強い興味も知識もないジイジがキーンさんを知ったのは多分30歳を過ぎてからではなかったと思います。
当時外資系の広告会社で主にアメリカ製品を売る広告の制作に携わっていて、アメリカで成功したCMをそのまま言葉だけ日本語に直して使うことをクライエントから強要され、日本の消費者にはそぐわないなあと悩んで、日米の比較文化といったことに強い興味をもっていたときでした。日本通のアメリカ人の随筆としてキーンさんが日本人やその暮らしや美意識などについて書いたものを読んで、わかりやすくユーモアのある語り口にすっかりファンになってしまいました。

その後60歳近くなって長岡の大学を仕事場としてみて、それまでともすると海外の風物や動向に向いていた関心が、日本の自然や季節の移り変わりの美しさの再発見に向き、越後の里山の隅々をドライブして回っていたとき、山奥の古い温泉宿の来客記帳録にドナルド・キーンの名前を発見したときは、なつかしい旧友に再会したような無性に嬉しい気持になったものです。
一流の日本文学研究者がメンタルに外国向きの日本人より「日本」をよく知っていて何の不思議もないのですが、つい彼が随筆に、彼を日本文学研究者と知っている人でもいまだに彼に「日本語がお上手ですね」と言うと、苦笑気味に書いていたのを思い出しました。

そして3.11後、多くの外国人が引き波のように日本から遠ざかるのと逆に、祖国を捨て日本人になる決意をもって日本にやってきたドナルド・キーンさんにどれほど多くの日本人が勇気づけられたことでしょう。
彼にとって日本という国は単なる研究対象以上のものであることを身をもって示したのです。
「震災があって、私は今こそ外国人は日本の未来を信じて日本人とともに生きたいという気持ちを示すのは、国籍を得ることだと思いました」という言葉ほど力強い復興支援はありません。
「愛国心」というのは、たんに戦争に勝つことでも、オリンピックで金メダルをとることでも、国歌斉唱や国旗掲揚の問題でもなく、純粋に「国」を「愛する」「心」なんだと気づかせてくれ、それがどんな姿をもっているかそのひとつの実例を示してくれました。

その彼が「率直に言うと、がっかりしています」と震災後の日本の状況に苦言を呈しました。 「日本人は力を合わせて東北の人を助けると思っていました」。ところが「東京は(電気が)明るい。必要のない看板がたくさんある。東京だけではない。 忘れているんじゃないか。まだやるべきことは、いっぱいあると思います」と語ったといいます。
「わたしは今まで、ある意味、日本のお客さんだった」と振り返ったキーンさんは、国籍取得を機に 日本の現状に意見を言うことも考えている。「もしいいことができるとすれば、私のためでなく、日本人のためだと思います」とも。

大いに怒ってください、鬼怒鳴門さん。あなたは最も信頼できる日本人なのです。


写真撮影:関口 聡
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by love-all-life | 2012-04-27 15:39 | 時事・社会 | Comments(0)