HAND & SOUL

2012年 08月 15日 ( 1 )

小さなハゲの教え

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8月15日はバアバの誕生日ですが、世の中一般的には67回目の終戦記念日です。
戦争の体験者、原爆の被害者が年々高齢化するなかで、生きた過去の歴史を風化させないように記憶を語り継いでいこうという機運が高まっていることは結構なことです。
ジイジが大学で教鞭をとっていたとき、敗戦直後の貧しい日本社会に雪崩込んできたアメリカ文化がいかに輝かしく見えたかを伝えようとしたところ、ある学生に「え?日本ってアメリカと戦争したことがあるんですか?」と聞かれて、腰を抜かさんばかりに驚いたことがあります。
すでにジョン・レノンの命日としての12月8日以外を思い浮かべる若者は少数でしょう。風化は恐ろしいい速度で進んでいるのです。

人と同じでどの国でも、歴史というものを自国の輝かしい実績や苛酷な試練で語りたがりますが、不正なこと卑劣な面は過小評価しがちです。
だから戦中・戦後の体験談となると、さすがに戦の自慢話は表向きは出てこないにしても、失敗の経験や加害者としての告白は概して少なく、いかにひどい目にあったかという被害者の視点からの記憶集めという傾向を帯びます。
戦争体験に関わる報道が、戦争勃発の12月8日周辺より8月6日の原爆被災日や敗戦の8月15日周辺に集中するというのもこのことと無関係ではないでしょう。
イジメられた口惜しさは決して忘れないが、イジメた経験は早く忘れたいのです。
ジイジが中学生のとき、ある日下校の途中で待ち伏せられて石を投げられ頭にケガしたことがあります。ことの起こりが何であったか忘れましたが、石を投げた相手の名前もその時の痛みも鮮明に覚えています。出血がひどかったので問題になり、あとで加害者の少年が親に連れられ謝りにきました。60年前のことです。彼はいまは同窓会の永年幹事をする世話好きのなかなかいい奴ですが、同窓会での会話から彼の頭のなかからこのイジメの記憶がすっかり消えていることは明らかです。

イ・ミョンバク大統領が竹島に上陸し韓国の占有権をアピールしたと思ったら、今度は「天皇が韓国訪問を希望するなら、抗日運動による犠牲者へ謝罪してからにしなさい」と発言する事態が起こりました。日本に対して柔軟な姿勢をとってきたのに、従軍慰安婦の問題などで日本側からの歩み寄りが一向に見えないことへのいら立ちが原因だとか、不利を噂される大統領選をにらんだ上の対策だなどと憶測されていますが、これからの日韓関係の悪化が懸念されます。
これも、足を踏んだ側はとうに忘れていても、踏まれた側は決して忘れることはないということの事象の典型でしょう。
やれやれ、いつまで謝れば気が済むんだというのが多くの日本人の本音でしょうが、謝ったじゃないかという言い分で被害者が納得することはまずないということを前提で外交をすすめる以外に解決への道はないと、ジイジの頭の傷跡の小さなハゲが教えてくれます。

写真:終戦。皇居前で土下座する人々=1945年8月15日(毎日新聞)
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by love-all-life | 2012-08-15 22:43 | 時事・社会 | Comments(0)