HAND & SOUL

2012年 10月 07日 ( 1 )

「子供のケンカに親が出た」

e0153357_10564934.jpg








できればあまり考えたくもないのに、毎日「おまえはどうなんだ?」と、踏み絵を目前に突きつけられているような気持にさせられるのが、このところの離島の領有権の問題です。

竹島も尖閣諸島も法的に日本の領土であることは明白であるとする政府の見解にウソはないでしょう。しかし、韓国、中国いずれも、それはウソだと言い、過去に日本が犯した侵略の歴史の負の遺産だと猛烈に反発を強めています。
日本は国際法廷の場で正々堂々と議論しようではないかと主張しますが、相手国は応じる気配をみせないばかりか、昨今のニュースでは、英国他の外国報道スタッフが韓国の手引きで竹島に乗込み世界へ向けての情報発信をしたようです。当然、報道内容は韓国の実行支配の実態をドキュメントすることになり、国際世論の形成に韓国が実質的な一手を打った感じです。
わが政府はできるだけ冷静な対応に努めていますが、それが弱腰外交、敗北外交とする右寄り勢力へのシンパシーを増幅する結果となっています。

違った国との付き合いが人と人なら仲良くできるのに、国と国となると途端にぎくしゃくするのは不思議です。多分外交というものが国益を守ることを大前提にしているので、こちらの得は相手の損、相手の得はこちらの損というわけで、相手と不信の目を通してやり合うからでしょう。
もうひとつは国境というものの不思議です。いくつかの部族と羊が平和に暮らしていた広い草原に、国境という目に見えない一本の線が引かれたとたんに、人々は国籍という目に見えないレッテルによって区別され、そこで異なった国籍の相手と利害が対立するという幻想が生まれ、そして幻想はやがて実情となっていきます。

さて、国家とは何でしょう? 確認のためにウィキペディアにお伺いをたててみると、
「国家(こっか)は、領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。」とあります。なるほど上記の不思議の謎が解けました。「国家」はその概念そのものに潜在的に紛争の種を宿しているのです。

ということで、尖閣の領有権の問題がこれほどこじれるのは、東京都知事の発言よって顕在化した摩擦が、総理の国有化発言で、『子供のけんかに親が出てきた』カタチとなり、双方ともに引くに引けない状況になってしまったのです。

「近代国家」の概念は、唯一絶対の正義が存在するとするヨーロッパで生まれたわけですが、国際紛争時には、双方が「正義は吾にあり」と主張し合うのですから、戦争が無くなるはずがありません。
日中、日韓の問題も、「ヨーロッパ流国家」の枠組みで争っている限り,解決は難しいのではないか、そういう枠組みを超える次元で話し合うということはできないものだろうか、と思います。

頭をよぎるのは、西洋の論理によって支配されて来たこの世界に、オリエントの英知を注ぎ込むことはできないものだろうかという考えです。
狩猟的発想から農耕的発想へ。古の老子の教えや良寛さんの生きざまを辺境の知恵として仕舞い込んでおかないで、グローバルの英知として国際秩序に役立てていくことはできないだろうかと思うのです。

どうでしょう、こう考えると近辺の国際紛争に、アジアらしい解決の糸口が見えてくるような気がしませんか。


写真:Wikipedia/Record China
[PR]
by love-all-life | 2012-10-07 11:02 | 時事・社会 | Comments(0)