HAND & SOUL

2012年 11月 06日 ( 1 )

大人の社会とは

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1960年代、初めてアメリカ大陸に渡り、車を借り、国際免許証でビクビクしながら走っていたら、「YEILD」という文字の道路標識がよく目に飛込んできます。交通標識っていうものは、大体が文字を理解しなくても分かるように図形化されているものですが、このYEILDは文字標識なので、当時のあやしい英語力では単語の意味がわらなくて、後で辞書で調べて「譲れ」という意味であることを知りました。交差点や追い越し車線で相手の車を優先させる指示標識なのでしょうが、「う〜ん、さすが車の成熟社会だなあ」と感心したものでした。当時の日本ではまだマイカーの普及が始まったばかりで、車を運転する人は「オレはエライんだぞ」とばかり、車所有を誇示するかのようにスピードを出していた時代でしたから、運転者の譲り合い精神に委ねる標識とは、なんと大人の態度なのだろうと感じたわけです。
また、街中で人の前をすり抜けるようなときに「Excuse me.」と小声を発したり、ちょっと肩が触れたりすると、瞬間的に「Pardon.」と謝す言葉が返って来るといった習慣に、身に付いた社交マナーが生み出す心地よさに触れた気がし、「大人の社会」ってこういうものかと思たものです。
しかし、その後アメリカに触れる機会が増えるに連れて、そのような一見洗練された社会の中味が、実は大変な弱肉強食の厳しい競争社会であることを知るのにあまり時間はかかりませんでした。そしてそのような激しい競争で世の中を醜くさせないようにする手だてとしての洗練された社交マナーが欠かせないのだろうと理解し、結果として出現するのが「大人の社会」なのだと気づくことになります。


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この大統領選挙戦は、まあアメリカの競争社会の極限の姿でもあるわけです。3回にわたるオバマ対ロムニーのディベートをテレビで観ていて、当初はむき出しの闘争心を上回る知性とユーモアのジャブの応酬がとても興味深く、なぜ日本の政治家は、こんなにかっこよく振る舞えないのだろうと思って見ていましたが、回を重ねるに従って、だんだんなり振り構わずの様相を呈してきました。垣間みるテレビCMの泥仕合は、アメリカのバックボーンであるはずのフェアプレイの精神さえ失われてしまったかのようです。それほどの激戦なんでしょう。

ま、対岸の火事だから勝手なことが言えますが、翻ってこちらの岸辺の離島問題はどうなるのか。
因縁試合ともいえる対立で、わんぱく小僧の一言でお互いに刀を抜いてみたものの、刃を交わさずにらみ合いを続けているといった状況です。弱者のそしりを受けながらも先に刀をサヤに納めるのが真の勇気だと思いますが、政治家ひとりが勇者になってもしょうがないので、国民が勇者と讃えられるにはどんな道があるか。ああ・・・政治は難しい。
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by love-all-life | 2012-11-06 13:06 | 時事・社会 | Comments(0)