HAND & SOUL

カテゴリ:未分類( 3 )

「知識」の使い捨て時代

e0153357_946860.jpg




















古本屋の店頭の平台には、少々手あかのついた文庫本や、時代遅れになった実用本や、長編小説の一編だけといった類いの本が身を寄せ合ってそれぞれの生涯の最後の姿を晒しています。
ときにはそんな中にこちらの好みの作家の小説や、めずらしいノンフィクションものが混じっていたりしていることもあり、そんな時には100円ショップで「エッ、こんなものが100円で!」と感動する時のような驚きがあって、なんとなく気になる場所ではあります。

e0153357_9484222.jpg








先日もふらっと立ち寄った古書店の平台に、他の本を圧倒するような立派な洋書がデンと置いてありました。この本どこかで見たことがあるなと手に取ってみると、かって所属していた大学の図書館の蔵書に同じものがあったことに気づきました。
それは「ULTIMATE VISUAL DICTIONARY」という本で、大型で幼児では持ち上げられないくらい重く、660ページもあって、全ページが種々の絵や写真とそれらを説明する短い文で埋め尽くされていいます。つまりこれは文字でひいて単語の意味を調べる辞書ではなく、目で見て調べる辞典なのです。
文章が英文だという不便さはありますが、「あれ、どんな姿をしていたっけ?」とか「これって,何?」というようなときや、実物を見ないで絵を描くときなどに恰好な資料となる手引書です。
内容には、宇宙・地球・天体・植物・動物・人体・地質・気象・物理・化学・鉄道・道路・海・大気・美術・建築・音楽・現代世界などの項目がずらりと並んでいます。
ひとつひとつの絵や写真の質も高く、レイアウトもスマートで、とくに目的がなくてもパラパラページをめくっているだけで、なんだか物知りになったような気分になれるし、子どもなどに現物を前にしないで物事の説明をするときなど重宝するだろうと思われます。
e0153357_9553165.jpg

今回この本をブログでとりあげようと思ったのは、実はこの本の中身ではなく、お値段がなんと108円だったからなのです。
調べてみると初版が1994年で、本国アメリカで40$、カナダで60$で出版されたことが分かります。買った本のブックカバーには日焼けして茶色くなったシールに¥3,306 とタイプされいて、別の場所に¥108の小さな新しいシールが貼ってあります。つまり日本で当初3,306 円で売られていた本が十数年経って、古書業者がただ同然に仕入れ、いま¥108というほとんど無価値の烙印を押されて店頭に並んでいるということなのです。
何でこんなことが起るのだろうかという疑問への答えは、言わずとインターネットやWikipediaの存在であることは明白です。

いまや、あらゆる「知識」は、まるでアラジンの魔法のランプのようにスマホを操る指先から寸時に現れてくるのです。
かってのように図書館に行く、本をめくる、資料を漁る、自ら訪ねる、恥をかきながら人に尋ねるといった手順は一切不要の世の中になってしまったのです。いや,そのような錯覚が錯覚とも自覚しないで済むご時世のようです。
大学、高校生の孫を身近でみていて、彼らは「知らない」とこに劣等感をもつこともないし、「知らない」うことを自覚しさえしない世代だということを感じます。会話をしていて、何か分からないコトがあると、瞬時にスマホをとりだし、瞬時に答えを明らかなにして会話は続きます。
ほとんど老年期に達してパソコンを手にしたジイジ世代にとって、そういう情景は「おまえ、それって知っているんじゃなくて、ほとんどカンニングじゃないか」感じてしまいます。キイを押せばお金が出て来るATMでさえ苦労して貯めた預金が必要ではないか。こんな知識のただ乗りのようなことが許されてよいのかと当惑するばかりです。

スマホに触れる指先で森羅万象を操れるような気分でいる若者たちへのぐだぐだしたお説教は彼らから相手にされそうもないのでこれくらいにして、いまだスマホをもたない当方としては、せめて路上で寂げな姿を晒してる老学者のような古本を見て哀れを感じ、求めて家の本棚に安住の場をつくってやることにしました。


*上の写真のブックエンドはHAND & SOULオリジナルの「PUSH MANブックエンド」 1対で¥5,000
[PR]
by love-all-life | 2016-05-28 18:00 | Comments(1)

「たからモノ」がたり 1 <東京オリンピック入場券>


e0153357_21153646.jpg











HAND & SOULにみえたお客様で出版関係のお仕事をしているKさんから、いま企画している本のための取材をしたいと声をかけていただきました。
Kさんのテーマは「箱」で、いろいろな人が大事にしている「箱」を取材して、「箱」にまつわる物語や魅力や魔力をまとめてみたいという趣旨でした。
箱といっても当方の箱といえば、長年にわって集め溜め込んだガラクタを投げ込んだ汚い箱ばかりですよとお話ししたのですが、それでもよいということなので取材していただくことになりました。
撮影の前日に溜め込んだしょうもないJUNK類の入った箱を、押し入れや戸棚の奥から引っ張りだし、中身を改めると、30年、40年、50年という過ぎ去った時間が現在形で転がり出てきます。
撮影当日、KさんとカメラマンのTさんが「箱」をそっちのけで中のガラクタをおもしろがるのを見て、これらのモノたちをひとつづつ取り上げるブログも「アリかな」とのアイディアが浮かびました。


そこで第一回目です、初回で取り上げるのは「東京オリンピックの入場券」です。2020年の東京オリンピックの入場券をいち早く確保したというお話ではありません。50年前の1964年東京オリンピックの入場券のことです。それも未使用なのでちょっとしたレアものの類いといえます。50年前に購入し採っておいたものというより、使えなくなったチケットがそのまま放っておかれて50年たってしまったものなのです。

e0153357_21162700.jpg









このチケットは1964年10月11日駒沢陸上競技場のサッカーの試合の観戦チケットです。
北朝鮮の出場試合ですが、対戦相手国がどこだったか記憶がありません。Wikipediaで調べてみるとハンガリー、ユーゴースラビア、モロッコのいずれかですが、いずれにせよ実現しなかったゲームです。
というのも、出場予定の北朝鮮は試合の直前になって失格となり、選手団が帰国してしまったのです。その結果チケットは無効となりました。もちろん直後には払い戻しもできたのですが、無精もののジイジが怠けていたため未使用のまま生き残ったというわけです。
北朝鮮が失格となった理由は、同国の陸上競技と水泳競技選手が非承認の競技大会に出場したということなのです。なぜそれがペナルティの対象になったのか詳しくはわかりません。サッカー競技ではチームにプロの選手がいたということでイタリアが出場停止となったりしていて、時代の差を感じます。

e0153357_22452064.jpg
















手もとのチケットのデザインは、日本を代表するグラフィック・デザイナー故亀倉雄策のシンボルマーク・デザインが汎用されておりなかなかスマートです。
中央のサッカー・ゲームであることをわからせるパターンは、英語表記に弱い当時の日本人のために初めて日本の国際競技に採用されたピクトグラム(絵文字)です。
チケットの半券(もぎられる部分)は3つに分かれていて、ゲート(門)と、エントランス(入口)で2回もぎられ、席の部分だけが手もとに残ることなっていて、なんだかすごく厳重な感じです。
開催競技場である駒沢陸上競技場の収容人数は約2万人ですから、次期東京オリンピックのメーン・スタジアムが8万人収容であることを考えると、オリンピックも随分スケールアップしたものだと思います。
因に、このチケットにはどこにも「サッカー」という文字が見当たりません、「蹴球」か「FOOTBOLL」です。次の東京オリンピックでも「サッカー」という文字は使われないのでしょうか。
一緒に画像に入っているコインは、当時発行された100円の記念硬貨です。こんなものまでとっておいたのですから、ずいぶんオリンピックに熱くなっていたいたものです。

当時夢中になって白黒テレビで観戦し、その後映画やビデオで何回も観、東京を、日本をすっかり変えてしまった、遥かなるなつかしい東京オリンピックの生の姿の一片が、偶然のこととはいえいま手の中にあります。
2020年の東京オリンピックを自分の目で観ることが危うい歳であることを思うと、自分がやはり「あのオリンピック」世代の人間なのだということを改めて認識し、ほろ苦い感じです。









[PR]
by LOVE-ALL-LIFE | 2014-06-14 21:22 | Comments(0)

臨時休業のお知らせ

8月7日(日)は。都合により臨時休業とさせていただきます。
[PR]
by love-all-life | 2011-08-05 08:49 | Comments(0)