HAND & SOUL

カテゴリ:「モノ」がたり( 136 )

HAND & SOUL「モノ」がたり 110 <巣箱つくりに挑戦>

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HAND & SOULは鎌倉のうねった山並み(といっても標高100メートル足らずですが)のフトコロ(谷戸)にあるので、近隣に結構たくさんの野鳥がいて多様な鳥のさえずりを聞きます。ウグイス、シジュウガラ、ホトトギス、コジュケイ、ヒヨドリ、メジロ、キジバト、それにスズメにうるさいカラスなど。
姿を見かけるのは、頻度の高い順に、カラス、スズメ、トンビ、ヒヨドリ、ツバメ、メジロ、シジュウガラ、キジバト、ハクセキレイ、コゲラなどで、ウグイスは声はよく聞ききますが姿を見ることはまれです。

鳥の姿をもう少しゆっくり観察したいとエサ台を置くと、こちらの意に反して傍若無人のカラスにエサを独り占めにされてしまいますが、スキをみてスズメやヒヨドリやシジュウガラ、それにタイワンリスがおこぼれを漁りに来ます。カラスに横取りされてなるものかとの攻防は以前にブログでも書きました。

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今回は、さらに小鳥と仲良しになれないものかと巣箱つくりに挑戦してみました。
インターネットで調べると、スズメ、シジュウガラ、ムクドリ、ヤマガラなどが巣箱を利用するとあります。10月から冬にかけて巣箱を取り付けると、その間小鳥は自分に気に入った場所を選んで、春になって子づくりに巣箱に入るらしいのです。なので、小鳥が巣箱を利用するのは産卵から巣立ちまでで、巣箱をかければ1年中小鳥と一緒に暮らすことができるというわけではないことも知りました。
ならば、小鳥から見て魅力的で、孵化、子育ての要件を満たしながらも、小鳥が巣立ったあとも庭のエクステリアの小道具として、人の目を楽しませるような巣箱はできないかとつくってみたものです。

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したがって、これらは出来たてなので、小鳥が気に入ってくれて利用したという実績はまだありません。そういう意味では「使ってくれればさらにお楽しみ巣箱」ということなのですが・・・。

小鳥巣箱(木製。屋根には車のナンバープレート、ヤシの葉、板などを使用):1つ¥6,000〜¥10,000
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by love-all-life | 2013-09-28 18:05 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 109 <捨てればゴミ、ためればタカラ>

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友人からジイジ・バアバの「センチメンタル・バリュー」を見せてよと言われていました。
「センチメンタル・バリュー」とは、お金銭とか、権威とか、肩書きとか、世間一般に通用する価値の基準とは別に、他人からみたら「何でこんなものが・・・」と思うようなモノだけど、その人にとってはかけがいのないモノ、そんな価値観です。
例えば、初恋のヒトがくれた安物の指輪とか、尊敬する先輩から「よかったら、やるよ」ともらった着古したラガーシャツといったものです。

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日頃、「うちには、人からみたらゴミだけど、どうしても捨てられないガラクタが山ほどあるの」と言っているもので、それを見る会をしようということになりました。
リビングルーム一杯に開陳されたガラクタは、立派なモノ、高価なモノはなにひとつありませんが、人生のその時その時での好み名残りであり、あちこちへの旅の痕跡であり、時を経ていまでは入手が難しいものばかりです。
狭い家のあっちの隅、こっちの奥に仕舞い込まれていたモノたちは、取り出すのに一苦労でしたが、その甲斐あって、「わー!」「へーッ!」「キャー!」「何、これ?」と、あきれと驚きの声が飛び交いました。

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とても全部というわけにはいきませんがちょっとご覧にいれると、海外での買物のショッピング・バッグ、旅行の時のチケットや入場券やレシートなど、あちこちで拾った落ち葉、マッチ箱、ブリキのオモチャやおまけ、などです。
取り出してみて、いまさらながらその子供っぽさにあきれますが、同時にいまでもそれらを入手したときを振り返るとひとつひとつに物語りが想い起こされて、愛着が薄らぐことはありません。
「捨てちゃえばいいのに」という周囲の思いは重々承知しているものの、それらのあるものは、額に入れて作品にしたり、部屋に飾るなどの楽しみを提供し続けている現役でもあるのです。

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by love-all-life | 2013-08-22 22:29 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 108 <ガラス・ボトル讃>

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昔、理由あってバアバと一緒にオクラホマのロートン(Lawton)に旅したことがあります。アメリカの田舎も田舎、かってはコマンチ族などのインデアンの居住地域で、ゴールドラッシュ時代に移り住んだ白人がつくった街ですが、辺り一帯は草原で野生のバッファローがのんびり寝転んでいたりする、まさに西部劇の世界です。また竜巻の多発地帯でもあります。

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その一画にザ・ミアーズ(The Meers Store & Restaurant)というハンバーガーショップがあります。
ここのテキサス・ロング・ホーンという角長の牛肉のステーキやハンバーガーは地元の人が絶対的な全米一(ということは世界一)と胸をはる店です。店の構えも、内部もフロンティアー時代そのものです、といっても、つまりはハリウッド西部劇のセットそのままということです。客席は太ったジョン・ウエイン、太ったバージニア・メイヨで大盛況です。
この店の定番は直径7インチのハンバーガーで、ジイジ、バアバが二人がかりでも持て余すほどの大きさなので、おいしかった?と聞かれても、実のところ、残さないで食べられるかどうか、隣席のジョン・ウエイン爺さんの目線が気になってゆったり賞味するどころではなかったのですが・・・。

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じゃ、なんでこの店の話をするかと言えば、ジイジ・バアバが、オッ!と顔を見合わせたものがあったからです。
それは、この店ではジュースやアイスティなど飲み物を、指が引っ付く程ギンギンに冷やしたリユースの空き瓶に入れてサービスするのです。大きさもネスカフェの大壜や大型のマグカップくらいあり、これもジョン・ウエイン級ですが、口のところがネジ溝があるのでリユースなんだとわかります。いかにも西部の荒くれ男相手の商売って感じです。そうか、西部開拓時代には鍋ひとつ、ビン一本にしてもすごく大切だったんだろうな、と巧まず歴史に想いを巡らす心憎い演出になっていて、えらくカッコ良く感じられたのでした。

それ以来ということでもなく、以前からガラス瓶が好きで、使用済みのビンはゴミ回収に出す前に選別してリユースをしています。
ジャムやスパゲッティソースやインスタント・コーヒーやワインや香水などの空き瓶、シンプルなフォルムのもの、変ったフォルムのもの、欧文字が彫り込んであるものや、古くて質の悪いガラスビンなどです。
ホームメイドのピクルスやバジルペーストを入れたり、拾った石や葉っぱ、作業道具や小物作品の収納に、中味が見えるし、無用な色もないし、重みもあるし、とても重宝です。
それに一度お役目を終えた後に再びカンバックという空き瓶たちの境遇が、幾分うらやましくもあります。

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The Meers Store & Restaurant : http://www.meersstore.com/menu.html#goldbeer
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by love-all-life | 2013-08-01 18:26 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 107  <額縁は友だち>


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いろんなモノを額縁にいれてきました。古くは額縁の中味は学生時代に描いた油絵でしたが、社会人になって絵を描かなくなってからは、額の中味は海外旅行などで拾った葉っぱとか劇場の切符のとかレストランのメニュやコースターなどをコラージュして額に納め部屋に飾る楽しみを覚えました。


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25年くらい前でしょうか、バリ島のウブド村でお土産にちょっと大きめの絵を買って、キャンバスをくるくる巻いて持って帰ったのはいいのですが、その絵を入れる額を買うとなると買った絵よりはるかに高い出費になることがわかり、ではと頑張って自分で作りました(上)。
以来、人に頼まれたり、自分の作品を入れたりする額をつくるようになりました。職人さんのつくった精度の高い凝った豪華なものではなく、手近にある材料でつくる簡素なものですが、そうなって、ふと、人は何故絵などを額に入れるのだろうかを考えることがあります。

額縁の発祥はその原型はギリシャ・ローマだという説もありますが、やはり一般化するようになったのはルネッサンス以降ではないかと思います。それ以前の絵が聖書の教えを説くものから次第に鑑賞するものに変っていき、それにつれて描かれるスペースも壁画の大画面から小型化して、絵画は所有物として家のなかに飾られるものになり、鑑賞のために絵を周りの世界から切り離し、また絵そのものを際立たせるものとして額縁が生まれたのではないかと考えられます。

しかし近頃の暮らしをみると、名のある画家の絵を麗々しく飾るというようなことより、自分の気に入った額をインテリアの小道具として飾る、または自分の感性の遊びとして楽しむ対象となってきているようにみえます。例えば、雑誌に掲載されていて気に入った写真やイラストを切り取って額にするとか、赤ちゃんの初めての靴下を思い出として額に入れるといったように額のカタチも多様化しています。
だとすると、絵が主役、額縁は脇役という上下の関係でなく、額の中味も枠も一緒にして作品というお友達関係の額縁があってもいいのではないかと思うのです。

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このところ、写真館が写真を楽しむ自由な発想の額縁を提案して欲しいという依頼や、エドワード・ホッパーのカレンダーの一葉を額装して欲しいという注文があったりして、いくつかの額をつくりました。

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これは、太い枠木に傾斜をつけてあるので、縦にも横にもそのまま立てて使える置き額です。手前に
奥行きがあるので、思い出の品やちょっとした小物を置くという楽しみもあります。

「なにも額にしなくったっていいじないか」という考え方もあるでしょうが、枠組みがあるとなんとなく気が落着くというのは人間普遍の心理ですかね。
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by love-all-life | 2013-07-21 16:24 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 106  <お飾り、二態。>

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6月20日に、21−21デザインサイトでの「カラーハンティング展」のプレビューショーがあり、会場の入り口にバアバのおひな様が来館者を迎えるという大役を担って鎮座しておりました。
デザイン界のトップランナーのひとりである藤原 大の企画展とあって、少なからずの著名人の顔も見える賑々しさのなかで彼のプレゼンテーションや、何人かの顔見知りと久しぶりの再会の挨拶を交わしたりして楽しい時間を過ごしました。
バアバのおひな様は、藤原さんが3月3日に八ヶ岳でカーラハントした10色の自然の色をベースとしているので、衣装の色も落ち着いたトーンになっていて、江戸時代の古雛と見間違える方もいましたが、顔などのつくりはいつもの三重子雛なので、その組み合わせが面白いと感想を述べる方もいました。4ヶ月の長丁場を無事にお役目を果たして欲しいと願っています。
3時間ほども会場で過ごしたあと、旧知の仲間と食事に出ました。クリエイティブ・ディレクターやアド・ウーマンやインテリアデザイナーたちで、いわゆる業界で働き盛りの中堅どころです。何年も足を向けたことのない六本木の若者が集まる飲み屋に連れていかれたのですが、周囲の喧噪に負けない大声で話を交わすのにエネルギーを使い果たしました。これも何十年ぶりの横須賀線の最終電車に乗っての午前さま。久しぶりに吸った娑婆の空気でした。

以上のような嬉し楽しのバタバタがあって、やっと一息ついて取りかかったのが、遅れ遅れの注文の流木のリースづくりです。ついでにお店に置く作品も同時進行でつくりました。

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リース飾りはクリスマスのオーナメントと看做されがちですが、古代ローマの時代から輝かしい業績や威信の象徴として身に付けて用いられました。いまでは植物などの自然素材を用いた室内の装飾品となっていますが、HAND & SOULでは流木の小枝を組み貝殻などをあしらってつくります。
今回のリースは、沼津の千本松海岸の流木と、長い間にどこからともなく集まった南洋の貝殻や、わが家のイタリアンで中味は家族の胃の腑に収まったムール貝の貝殻などをあしらってつくったものです。
潮騒やウクレレの音にとても似合うんですよ。
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by love-all-life | 2013-06-25 16:25 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 105 <5月の花物語>

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「春の東雲のふるえる薄明に、小鳥が木の間で、わけありそうな調子でささやいている時、諸君は彼らがそのつれあいに花のことを語っているのだと感じたことはありませんか。」


岡倉覚三(天心)は、『茶の本』(村岡 博訳)の「花」章の冒頭の一節にこのように述べて、人は花とともに祝福され、悲しみ、花とともに飲み、食らい、歌い、踊り、戯れ、花からの多くのものを授かる一方、花の命を奪うこで成り立つ花と茶道の関係について、夢のような美しい文章で綴ってます。


4月の桜から始まる花の響宴は5月なって一層賑わいを増します。
この季節、スーパーやホームセンターの店先にこれ見よがしと並ぶ花やハーブの苗鉢の前を素通りするのはなかなか難しく、ついつい今日はペチュニア、次はゼラニウムと持ち帰ることになります。
世の中にはグリーン・サム(Green Thumb=緑の親指)と呼ばれる園芸上手がいて、彼らの手にかかるとどんな植物も園芸雑誌の表紙のように立派に育つのですが、それに比べてこちらは何を植えてもフラストレーションばかりを育ててしまうブラウン・サム。でも、さすがこの一両日のように天候に恵まれると、家の花壇もそれなりに花の園らしい体裁をなしてきます。

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再び『茶の本』の言葉を引用するなら、

「花をちぎる事によって、新たな形を生み出して世人の考えを高尚にする事ができるならば、そうしてもよいではないか。われわれが花に求むるところはただ美に対する奉納を共にせん事にあるのみ。われわれは「純血」と「清楚」に身をささげる事によってその罪滅ぼしをしよう。こういうふうな論法で、茶人たちは生花の法を定めたのである。」

こんな言葉に促されて、前に小ブログ(2013.02.17)でご紹介した、越後・筒石の漁師小屋に放置されていた漁船の板で、庭の花を生ける花器をつくろうと思いたちました。
滅相もなく、秀吉の小田原攻めに従った千利休が、箱根の竹を伐って花器としたという有名な竹の花入れの話がちらっと頭をよぎったのは事実です。

e0153357_834548.jpgつくりはいたって簡単で、細かく切り分けた船板の小片にドリルで穴を穿ち台木とし、試験管を立てただけの花挿しです。しかし、ただ板を切るといっても船板はなかなかの曲者で、表面から見えないところに釘や鉄の鋲が入りこんでいたり、砂を噛んでいたりしていて、製材所に切断を頼んでも工具を傷めるというので断られます。今回もバンドソーで鉄の鋲を切断してしまったので刃が一発でダメになりました。
切り口には錆の色がにじんでいたり、理由の分からない変色の箇所があって、ホームセンターで買う木材とは味わいが大きく違います。この巧まず生まれた風情を活かしたいと思いついたのがこれらの一輪挿しですが、利休のワビに比べれば天と地の差があるのはよくよく承知しています。


船板の一輪挿し 1個 ¥2,000から
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by love-all-life | 2013-06-01 22:37 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 104 <バアバの「ミーちゃん人形」>

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バアバは今では珍しい9人兄弟姉妹の末っ子です。すぐ上の姉とは3才違い、一番上のお兄さんとは15才も違います。小さい頃はいつもまともに遊んでもらえず、ミソッカスとかオミソと言われていました。77才になった今でもそのままオミソです。
着るものやオモチャはいつも上からのお下がりで、バアバのために新調してもらえることはあまりありませんでしたし、末っ子の主張がまわりから注目されたり尊重されることはメッタにありませんでした。
なのでバアバは独りで自分の世界をつくって、そのなかで自分を主人公にして遊んで楽しむ時間が多かったようです。

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50才を過ぎてバアバが雛人形をつくるようになったのも、きっかけは初孫娘のためですが、もうひとつ動機があって、幼いとき家にあったお雛様の衣装を着せ替えしようとしたら、布が張り付いていてできないので、なんとか着せ替えができる雛人形が欲しいとずーっと思っていて、ついに自分でつくることでその夢を叶えたのでした。
そうしてみると、バアバにとってお人形は、たんに買ってもらうもの与えられるオモチャではなく、自分らしさを表現する相棒であり、自分でつくるものだったことがわかります。

ここでご紹介する「ミーちゃん人形」も、そんなバアバが子供の頃、独ぼっちの時間に自分の言いなりになってくれる家来、自分の分身、自分の友だち、自分の子どもとしてつくり出したバアバのお人形の原点とも言えるお人形なのです。
同じものを14年前、初の孫娘Hのためにつくり、いまでは4才の妹のKが、ヨダレと汚れで真っ黒になった「ミーちゃん人形」を片時も離さず持ち歩いています。

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今回、青山のタンバリン・ギャラリーと、長岡のギャラリーmu-anの展覧会の展示に、バアバは久しぶりに「ミーちゃん人形」をつくりました。
タンバリン・ギャラリーでは昔の人形と並べて展示しようと、Kに貸してちょーだいと頼みましたが、しぶるKを説得して「ウン」と言わせるのに一苦労でした。

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展示した「ミーちゃん人形」はそれぞれ新しい持主が決まり、いなくなってしまい、いまバアバの手許には1体も残っていません。
バアバは孫娘の持ち物になってしまった人形に未練がありますが、たまにしか会うことができず、クレイマークレイマーのダスティン・ホフマンの心境です。
成長する孫娘たちが歩む今後の人生に「ミーちゃん人形」の痕跡がどのように残るのか、バアバが自身の眼で確かめることができるかはビミョーです。
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by love-all-life | 2013-03-09 21:06 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 103 <筒石の船板>

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中越の長岡から日本海に出て北陸道を南西に下って上越市を過ぎると、左手の山が海岸に迫ってきてやたらにトンネルが増えます。あまりのトンネルの多さにいい加減嫌気がさすころに糸魚川市にさしかかり、その手前にいまは糸魚川市に併呑された能生の町があり、その入り口に筒石という集落があります。
長い海岸線に沿った国道8号線ならどこで車を停めても海岸の漂着物を漁ることは可能ですが、どこでもよいとなるとかえってどこで停めてよいか迷います。そんな迷いながらのドライブを重ねているうちに、いつしかこの筒石にさしかかるといつも車を止めるようになりました。
海岸ぎりぎりまで迫る山と国道とのわずかな隙間にひっそり肩を寄せ合って並ぶ集落に人影はなく、国道の下の狭い浜辺には朽ちかけた無人の漁師小屋が寂し気に並んでいます。
この筒石の港は近くに小さいながらも新しい漁港ができて、いまでは人も仕事もそちらに移ってしまったらしく、波や風に晒されっ放しですっかり忘れ去られ、地域そのものが漂着物といった感じなのです。

ある日ジイジ、バアバがビーチコミングなどという洒落た感じではなく、バタ屋さんよろしく流木などを漁っていると、向うの漁師小屋の前に老人がひとり立っているのが見え、ジイジ、バアバは思わず顔を見合わせました。というのも漁師小屋の中には朽ちかけた漁船や漁具や古びた木材が雑然ながら山積みされているのを以前から知っていて、「いいねェ、欲しいね」「こんなの安く売ってくれないかしらね」などと話し合っていたからです。

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こういうときのバアバは敏捷です。おじいさんに近づいて何やら二言三言話して、息づかい荒く戻ってきて言うには「タダで持って行っていい」と言っているというのです。「エッ、本当に?」と宝の山を掘り当てたような気持でしたが、もちろん素手で持ち帰るわけにもいかず、取りあえずおじいさんの名前と電話番号を聞いて、お礼を言って別れました。その後、いろいろな人のお世話になり、結果的にウン十万円かけて我がものになるまではIt’s a long story.なのですが、おじいさんが言った「タダ」というのは本当で、かかった費用は大部分が運搬費でした。

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あれから8年、6センチ厚の船板8枚や古い柱などを大工の次男の下小屋に置いてもらい、2月末の青山での展覧会に向けて、そのうちの2枚を実家に運び込んで作品づくりに用いることにしました。
北海の波涛を潜ってきた荒くれ男といった風貌の船板は、普段扱っている手軽で安手の板材とはわけが違い、釘や砂を板の中の中まで含んていて製材所でも加工を断られてしまう曲者です。2階級、3階級上の相手と試合をする柔道選手の気持といったらいいのでしょうか、いつも鯵や鯖をさばく包丁でマグロをさばくといった感じです。
改めて当方の技量の拙さを痛感しながらなんとかモノにしようと悪戦苦闘の末に完成したのが、小型のテーブルと腰掛け2脚のティテーブル・セット、「Tea for tow」です。

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筒石写真:jhomonjin














































































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by love-all-life | 2013-02-17 21:46 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 102 <自分のためのモノづくり>

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バアバのモノづくりはいつも暮らしの中から生まれます。
バアバがお雛さまをつくり始めて15年ほどになりますが、次男の家族に最初の女孫が生まれたのがきっかけでした。でも、もとはと言えばバアバが子供の頃に、家にあった雛人形の着物を着せ替えたいのにのり付けしてあって脱がすことができまくて、着物を取り替えられるお雛さまがあるといいなぁとずーっと憧れていて、その夢を孫のための最初のお雛さまで実現しようとしたからでした。
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バアバがデザインするTシャツやYシャツなども、自分で着たい、あの人に身に付けてもらたいと思ってつくったものなのです。絵柄に登場するモチーフも、たとえば昔うちの庭に迷い込んで居着いたチャボだったり、蛙の鳴き声が聞きたいねと孫たちが池をつくって、オタマジャクシを採ってきたりしてるうちにバアバのTシャツにカエルの刺繍がついたりといった具合です。
このようにバアバのモノづくりは、お客さんのためではなくて、いつも最初は自分のため、家族のため、親しい人のためなのです。

バアバは1年半ほど前にお医者さまから狭心症ですと宣告されました。元気印で通してきたバアバとしてはまったくの青天霹靂だったのですが、入院してカテーテルという管を血管に通して血流を通す処置をしてもらいました。お陰さまで元気になったのですが、いまは万一の時のためにということでニトログリセニンというなんだかちょと怖い名前のクスリを肌身離さず携帯する身となりました。
バアバははじめニトロの名前が覚えられず、でもなんだか「これはえらいことになったものだ」と思ったようです。というのも会う人ごとに「わたしダイナマイトを身につけることになったのよ」と話していました。日頃から何か人に決められたことをキチッと守ることを嫌うタチのバアバは、このニトロの携帯をあまり重荷に感じずに、しかし決して忘れないようにするにはどうしたらいいかいろいろ考えました。そして思いついたのが「オシャレにならないかしら」でした。

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そうして生まれたのがこのポシェット型ネックレスです。愛蔵の1850年代からのプリントの古布コレクションから選んで手縫いで作ったポシェットにビーズのラインです。
ニトロでなくてもピルだったり、コインだったり、リングだったり、切符だったり・・・と小さくて大切なものを文字通り肌身離さず身に付けて、さらにオシャレをしてしまおうという魂胆です。
「リスクをチャンスに変える」なんてどこかのビジネス書の宣伝コピーみたいですが、そういうことを肩肘はらないでやってしまうのも「自分のため」が根っこにあるからなんでしょう。


ポシェット型ネックレス  ポシェエット部分、約40mm角   ¥3,000
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by love-all-life | 2013-01-21 13:17 | 「モノ」がたり | Comments(3)

HAND & SOUL「モノ」がたり 101 <店の傘立て>

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HAND & SOULの店内の狭さが尋常でないことは何度も述べていますが、雨の日にはその狭さがいっそう際立ちます。そこで当然のことがらお客さんが傘を店内に持ち込まないように傘立てが必要となります。

たまたま海岸で拾った漁具の一種らしい木箱を持ち帰って店頭に置いて傘立てとして使ってきました。相当長い年月雨ざらし波ざらしになっていたらしく、古過ぎて箱そのものが崩れはじめ、「いい味」を通り越して「あわれ」な姿になってしまい、お客さんのなかには「私のすてきな傘をこんなキタナい箱に立てるのはイヤ」とばかりに傘立ての横に傘をおいて入ってくる人もいて、もはやこれまでと古い傘立てを廃棄することにしました。

といって市販のもので気にいったものが見つからず、店内の他の棚や什器同様自前でつくることにしました。野地板という安い杉板(巾180mm×長さ1800mm )1枚からの板取りでできる設計にしたのですが、できてみると、なんだか旅館の行灯のような和風の趣になってしまいました。そこで傘や雨粒のパターンを取り入れたり、仕上げのペイントのエイジング効果に頼ってどうにかHAND & SOUL風傘立てになったかなと思っているのですが、これでも「キタナいわネ」というお客さんがいるかもしれません。

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size:230mm×210mm×360mm(h)
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by love-all-life | 2012-12-26 16:34 | 「モノ」がたり | Comments(1)