HAND & SOUL

カテゴリ:「モノ」がたり( 137 )

HAND & SOUL「モノ」がたり 101 <店の傘立て>

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HAND & SOULの店内の狭さが尋常でないことは何度も述べていますが、雨の日にはその狭さがいっそう際立ちます。そこで当然のことがらお客さんが傘を店内に持ち込まないように傘立てが必要となります。

たまたま海岸で拾った漁具の一種らしい木箱を持ち帰って店頭に置いて傘立てとして使ってきました。相当長い年月雨ざらし波ざらしになっていたらしく、古過ぎて箱そのものが崩れはじめ、「いい味」を通り越して「あわれ」な姿になってしまい、お客さんのなかには「私のすてきな傘をこんなキタナい箱に立てるのはイヤ」とばかりに傘立ての横に傘をおいて入ってくる人もいて、もはやこれまでと古い傘立てを廃棄することにしました。

といって市販のもので気にいったものが見つからず、店内の他の棚や什器同様自前でつくることにしました。野地板という安い杉板(巾180mm×長さ1800mm )1枚からの板取りでできる設計にしたのですが、できてみると、なんだか旅館の行灯のような和風の趣になってしまいました。そこで傘や雨粒のパターンを取り入れたり、仕上げのペイントのエイジング効果に頼ってどうにかHAND & SOUL風傘立てになったかなと思っているのですが、これでも「キタナいわネ」というお客さんがいるかもしれません。

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size:230mm×210mm×360mm(h)
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by love-all-life | 2012-12-26 16:34 | 「モノ」がたり | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり 100 <こころのクリスマス>

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孫娘がリビングルームにささやかなクリスマスツリーを飾りました。
近頃はハロウィンの勢いに押されてか少し元気がないようにみえるクリスマスですが、彼女とってはなんといっても自分の誕生日に次いでのビッグイベント。「新しい自転車をサンタさんはソリに乗せて持ってくることができるかな〜」などと親に聞こえるように呟いています。

日本でのクリスマスのあり方も時代とともにずいぶん変ってきています。戦前は知らず、戦後の一時期は(以前このブログで触れたことがありますが)サラリーマンの群衆が頭には三角帽子、手にはケーキの箱をぶら下げて大挙して銀座の街頭に繰り出すといった不思議な現象があり、その後だんだんとクリスマスは家族で祝うクリスマス(と言っても宗教色がないのでどこか変ですが)になり、近頃は家族同士でパーティを楽しんだり、若いカップルが高級レストランやホテルで夜を過ごすというように多様化しているようです。

ま、あまり固いことは言いたくありませんが、財布の中味で工夫をこらすばかりでなく心の中味でクリスマスと向かい合うといったことが少しはあってもよいのではと思うのです。
感謝の気持、自己犠牲、人を愛すること、といった普段ともすると忘れがちで、ときどき思い出してはちょっと後ろめたさを感じるようなこととまじめに向き合ってみる機会としてはどうでしょうか。
クリスマスにご馳走を食べるのもいいけど、心にもご馳走してあげる。仲良しにプレゼントするのもいいけど、どこかの知らない人の笑顔のために何かする。そういうことは、お金を使って一夜を楽しむ以上の満足感や幸福感をあなたにもたらすに違いありません。

昔読んだ、敬虔なクリスチャンである曾野綾子さんのご本にこんな一節がありました。
「人は誰でも愛されたいと願いますが、愛は要求しても得られないし、愛されることのみを求めていると、人生は失敗する。どんな小さなことでも能動的に生きなければ、多くのものを受けることはできないような気がします。
人間は赤ん坊の時、抱いてもらって、ミルクをもあって、おむつを替えてもらうでしょう。受けるだけ、というのは子供であって、与える側に回って初めて大人になれる。いただいたら、お返しをする。成熟というのは、そういうことだと思います。
聖書は『受けるより与えるほうが幸いである』 というのですが、私はちょっと強欲だから、『多く受けて多く与えるのが幸い』だと思っているのよ。
与えることは、決して失うことではありません。あらゆる物質は、こちらが取れば相手の取り分は減る、というのが原則ですが、愛だけはこの法則を受けない。与えても減らないし、双方が満たされる。愛は与えれば与えるほど、増える。変なもですね。」


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上の写真は、前にHAND & SOULでつくった「樅の木移し」パズルの雪景色バージョンです。中心の三角片を一ずつ隣のポールに移動して、最終的に樅の木を隣のポールに移し替えるのですが、その過程で小さい三角片の上に大きな三角片を乗せないのがルールです。





  
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by love-all-life | 2012-12-03 21:32 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 99 <小鳥が集う墓標>

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親しい長岡の画廊mu-anでHAND & SOULのことを知ったNさんが、上京のついでにと逗子在住のお友達のMさんと一緒に鎌倉まで足を延ばして訪ねてくれました。
Nさんと長岡時代の昔話に花を咲かせている間、Mさんは狭い店の中を丁寧に見ておられましたが、2週間ほどして、今度はご主人とご一緒に来られて、可愛がっておられるネコちゃんの墓標をつくって欲しいと言われるのです。
愛猫の「ひかる」がかなりの高齢で弱っており、余命いくばくもないと思う。人はお墓つくっておくと長生きできると言われるので、動物にも当てはまればと願い、墓標を用意しておきたいとのことした。
そしてデザインは、お店に展示してある小鳥のエサ台型の墓標にして欲しいというご希望です。いずれ「ひかる」が眠る場所にいつも小鳥が集まってくれれば「ひかる」も寂しくないだろうというお気持ちのようでした。

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いろいろな注文があるものだと思いながら、早速設計図などをメールでやりとりしていたら、Mさんからハナコの食欲が出てきたとのメールが入り、何日かして奇跡的に元気を取り戻したとの知らせがきました。「エッ!」と驚き、これはあまり完成を急がないほうがよいのではないか、いや,早くつくって「ひかる」が自分の墓標と長い時間共に過ごすのがよいのか迷いましたが、すべては天命のままにと、マイペースで制作を続けていたら、5日後にMさんから「ひかる」が逝きましたとお知らせがありました。Mさんの膝の上でとても安らかな最後であったとのことでした。
なんだかオペラ「椿姫」のヴィオレッタのような最期だなと、「ひかる」の冥福を祈った次第です。


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生前の「ひかる」が見ることは叶いませでしたが、これができあがった墓標です。下の小さな3つパネルにはMさんの直筆で銘が入ることになります。

合掌
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by love-all-life | 2012-11-21 08:55 | 「モノ」がたり | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり 98 <言葉なしで見る>

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バアバがお客さんからの注文でフリースを素材のベビー服をつくっていたら、その横で孫たちが、余ったフリースの端布で遊んで絵をつくりました。
もう5年ほど前ですから女の子のHが小4年、男の子のRが小2年だったでしょうか。バアバが使い残した切れ端の布で無心に遊んだ結果は、「おッ、かわいいね」と思わずこちらの顔がほころぶ作品でした。もちろん彼らに作品をつくっている気負いも意識もありません。その証拠に半時もしたらつくりかけのモノを放ったらかして別の遊びに興じます。
5年たった今、もはや彼らが同じような「かわいい」作品をつくることはなく、もっぱらスマホの画面に見入って一日の多くの時間を費やしています。

幼稚園児や小学校低学年児童の絵画に見られる、大胆な色づかいや、大人には思いもかけない表現の発想というのはどこから生まれるのでしょうか。
多分それは生まれてくるというより、人はみな生まれつきそういう能力をもっていて、歳とともに失われていくという方が正しいようです。
小林秀雄は、大人から瑞々しい感性が失われてしまうのは、言葉でモノを捉えるからだと言います。何かを、あッ、美しいなと感じた次の瞬間に、「なんだ、スミレか」と気づき、その正体があきらかになった途端に最初に開いた感動のドアは閉じてしまうというのです。つまり理性が感性を妨げるということです。
幼児のように言葉の邪魔が入らないまま素直に花を見続けることは大人には極めて難しいことで、画家は、大人になっても、幼児のように花を見ることができる人なのだと言っています。

とうが立ってしまった大人であり、画家でもないジイジとしては、幼児のように素直な気持でモノづくりをしたいと念じても、絶望的にならざるを得ないわけですが、せめて「虚心で見る」眼をなんとか維持したいものだと思っています。さりげないモノ、なにげないモノ、誰もが見過ごすモノ、みなが汚いと避けるモノ、いわゆる「美しい」とされないモノのなかに隠れたダイヤモンドに気付く「眼」を持っていたいと思うのです。

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というわけで、身内の作品をダイヤモンド呼ばわりするつもりはさらさらありませんが、孫がむかし何気なくつくった「かわいい」布の貼り絵を、孫だからというのではなく、「どうです、なかなか面白いでしょう」と、見てもらいたいと思いました。そこで写真にとって、ちょっと文字を入れて(このへん、大人の理屈づけから抜け出ていませんが)、Tシャツにプリントしてみました。
これって、やっぱり親馬鹿ならぬ、ジジ馬鹿ということになるんだろうなぁ。
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by love-all-life | 2012-10-30 10:27 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 97 <アナログは永遠なり>

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ご近所に住む長年の友人Iさんから、「おふくろが使っていた古いシンガーミシンがあるんだけど、お宅で要るならもらってくれる?」と話がありました。おばあさまの代からI家で使い継がれてきた年代ものとのことです。
「いります、いります」と二つ返事で有り難く頂戴することにしました。というのも、以前に古いシンガーミシンの脚でガーデンテーブルを作って好評だったことが頭にあったからです。

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いただいたミシンを家に運び上げて見ると、年代ものらしく百戦錬磨のエイジングがかかったなかなかの貫禄です。
上下の車輪を繋ぐベルトが切れている以外はさしたる損傷は見当たりません。
ならば、解体してモノづくりの素材とする前に、ミシンとしてのお付き合いがどこまでできるか、やれるとこまでやってみることにしました。

まずは、ベルトを新調して機械の動き具合をみてみようと、最寄りのシンガーミシンの取扱店に写真を撮ってもっていったところ、「この手のネット模様の脚のものはアンティック愛好家に人気の機種なんですよ」と言うではありませんか。
シリアル番号「Y1326328」を手がかりにWikipediaで素性調べをしてみたところ、次のようなことが分かりました。

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このミシンは1923年にスコットランド/クライドバンク工場で製造された約86万台のシンガーミシンのひとつであること。この年にはアメリカ、ニュージャージ州/エリザベス工場でも84万台が製造されたことが資料から分かるので、おそらくシンガーミシンの製造が最も盛んな時期のものと考えられます。つまり、知る人には昔懐かしいシンガーミシンの最も典型的なモデルのひとつなのです。
1923年生まれとすると、今年89歳、この世での大先輩です。1923年といえば、大正12年9月1日の関東大震災の年です。
シリアルナンバーからみて、この年の後期の製造とみられるので、ちょうど日本が大災害に喘いでいる時期にスコットランドで生まれ、復興の鎚音高い日本へやって来たものと思われます。
震災後およそ9万台のミシンが日本に輸入されているとのことですから、壊滅した首都圏の復興に呼応して進んだ近代化の流れのなかで、この種のシンガーミシンは日本人の「衣」が和装から洋服へと転換するのを大いに後押ししたのに違いありません。
「相手を知ることが仲良くなる秘訣」の通り、だんだんこのミシンに愛着が湧いてきて、念入りにクリーンアップに取りかかりました。出てくるホコリも年代もののアンチックと思うと、なんだかおろそかに扱いかねて、丁重に塵取りで掬いとってゴミ箱にうやうやしく納めるという感じになります。

このミシンがわが家にやってきて面白い発見がありました。小5の孫娘と、中1の孫息子が「わーッ、かっこいい!」とミシンに取り付いて離れないのです。
ペダルを踏む力加減に応じて車輪の回転速度が変化する(この当たり前の)ことに感動していますす。鉛筆ひとつ削るのも鉛筆削り器を使うよう学校から指導されて育った彼らデジタル世代の体内にも、手加減とか塩梅によってしか得られない感触を快感と感じるDNAが組み込まれているらしいのです。
「やっぱり、人間の道具はこうでなくちゃ」と、したり顔のジイジ、日頃のデジタル機器での肩身の狭さを忘れて俄然元気なバアバ、母親の威信にかけてミシンの解説をするママ、ただただ夢中にミシンにしがみつく孫娘。三世代の女性を惹きつけて離さない吸引力は、さすが名器というべきでしょうか。

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by love-all-life | 2012-10-13 21:48 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 96 <内藤三重子 誕生>

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前回のブログは、バアバの古い端布のコレクションからTシャツのデザインの素材をいただいた話でしたが、
今回は、そのとき端布のなかから発見したバアバがデザインした古くて、懐かしいプリント柄が出てきたので.その話をしましょう。

バアバは1959年大学を出て就職しました。三愛という前にもブログで紹介したことがある、銀座の女性専門のデパートです。
就職といっても最初はアルバイト扱い。何をどうしてよいのやら分からずうろうろしているバアバに、この新入の女の子にどんな能力があるのか確かめようと、上司の宣伝課長さんがくれた仕事がハンカチのデザインでした。
当時、いまよりはるかに社会的な存在感があった森永製菓が、近く執り行われる皇太子と美智子さんのご成婚の祝賀記念のイベントとして、森永チョコレートにハンカチーフのオマケをつける企画があり、そのデザイン・コンペに応募せよとの命令でした。勝てば大きなビジネスチャンスとなるそのコンペには多くのデパートや繊維メーカーから応募がありましたが、結果はバアバの案が採用となり、同時に正社員の座も確保することができ、新入社員のお手柄ストーリとなったのです。
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バアバは「ワーッ、みせないでー」と言っていますが、53年たったヴィンテージもののハンカチです。
邪気のない、怖い物なしといった軽いタッチと、ご成婚カップルの仲睦まじさの象徴となっていた、軽井沢でのテニスをテーマにしたアイディアが勝因だったのでしょう。バアバこと「内藤三重子」の誕生です。


e0153357_20121275.jpg三愛は、いまで言う情報発信性の強い店で、バレンタイン・セールやパリ祭セールや洋画とのタイアップなど、その頃まだ聞き慣れないイベントを次々と打ち出して注目を集めていました。
まだ戦後の匂いが抜け切らない日本で、人々はアメリカ文明の吸収に躍起になっていましたが、三愛がフラッグ・イメージとしていたのはフランス、それもパリでした。生活再建に一生懸命だった人々にとって、アメリカは日常生活の憧れの対象だったのに比して、パリはオシャレで憧れの対象だったのです。一方の象徴するものが「文明」であるのに比して,もう一方が「文化」であったともいえるかもしれません。
フランス映画が根強いファン層をもっていて、新宿の日活名画座では懐かしのフランス名画に長い列ができたりしてました。
その頃、一度もパリに行ったことがないのに、パリの地図を開いてシャンゼリゼの店を片っ端から1軒1軒名前を挙げることができる男がいました。そんなちょっと変な人がいた、面白い時代でもありました。
文明開化の明治に、日本はヨーロッパ文明のカタチを取り入れることに急で、その根にある精神を学ぶことに疎かったとはよく言われることですが、復興を急いだ戦後でも似たことが繰返されたような気がします。

下のプリント柄は、そんな時代にバアバがパリ祭・セール用にデザインした三愛オリジナルのプリントのサンプル端布です。
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バアバはこれらを見て「よくもまあ、こんなに天真爛漫に描きまくっていたものね」と感慨深気に言いました。
「でも、とても今はできない・・・」とも。
ジイジは「いやいや、あなたは今でも結構天真爛漫ですよ」と、口には出しませんでした。
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by love-all-life | 2012-09-23 20:14 | 「モノ」がたり | Comments(2)

HAND & SOUL「モノ」がたり 95 <Tシャツ物語り>


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Tシャツというものをいつから着るようになったか、どうもあまりはっきりした記憶と結びつきません。

もちろん昔から、白の綿シャツは長袖、半袖、ランニングシャツとあって、子供の頃夏はランニングで遊びまわっていましたが、それらは本来下着であり、下にはステテコが似合うといったもので、アウターウエアーではなく、ましてオシャレとして着るものではありませんでした。

e0153357_71020100.jpg昨今のオシャレ着としてのTシャツを意識させてくれたのは、やはり戦後のハリウッド映画でした。
「理由なき反抗」のジェームズ・ディーン、「欲望という名の電車」のマーロン・ブランド、「アメリカン・グラフィティ」のビッグ・ジョン・ミルナーがTシャツの袖にシガレットの箱をくるりと巻いて持ち歩く姿など、「ん〜、なるほど!」とわけもなく納得して、そういったTシャツを自分が着た姿をジェームズ・ディーンに重ね合わせようと空しい努力をしたものです。

Tシャツを最初に買ったのは多分ニューヨークに行った時でした。でもそのときは、エンパイア・ステイト・ビルやイタリア街やミュージアムショップでお土産として買ったもので、それらのほとんどは当時「安かろう,悪かろう」の代名詞だったMade in Japan製品でした。1967年のことです。

現在手許に残っている一番古いTシャツのひとつは、何回目かのニューヨーで買った「THINK BIG」のシャツです。

e0153357_711067.jpgTHINK BIG STOREはマンハッタンのアップタウンにあった、いまでいえばデザインショップです。その店で売っているのはすべてがBIGなのです。2メートルほどの鉛筆とか、1メートル50センチくらいのクレヨンとか、50センチほどの消しゴム、1メートルの電球、30センチくらいのピル・カプセルなどなど。いずれもモダーンとノスタルジーとユーモアがブレンドされたすてきなグッズで、ニューヨークのアートディレクターのオフィスの壁にでっかい鉛筆が立てかけられていたりしました。
この店でTシャツも売っていましたが、それは小錦でもブカブカの超デカだったので、自分用にお土産品として売っていた普通サイズを買ってきました。Wikipediaで調べたらこの店は1979年から1994年存在したとありますから、80年代の始めに買ったのでしょう。物持ちのよいことです。



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さて、HAND & SOULでもオリジナルTシャツを用意していますが、今回ストライプ・シリーズをつくってみました。バアバが山ほどストックしている端布をひっくり返していていたら、シートが破けたデッキチェアの修理用にCONRAN SHOPで買った縞の布がきれいだったので、それをスキャンして柄にしてみたシリーズです。
Tシャツシーズンが過ぎた今頃じゃ遅いよと言われるのですが、上衣の下から覗かせてもいいし、少々寒くても、「痩せ我慢こそオシャレの極意」などとブツブツ言いながらアイロンプリントシートで絵つけしたものです。
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Tシャツ 1枚   ¥2,000〜¥2,500   (オリジナルTシャツのデザイン・制作承ります)
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by love-all-life | 2012-09-19 14:57 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 94 <佐助のさんぽ市>

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今日から始まる「佐助のさんぽ市」用のアクセサリー・キットやサンプル作品づくりに昨夜は遅くまでかかってしまったので、今朝6時半からのラジオ体操に100メートル近い裏山の葛原が岡神社の境内まで行くのはつらかったのですが、夏休み中の孫との約束なので仕方がありません。
やっと出来上ったサンプル作品の撮影もしなければとあせる気持を抑えながら体操をしていて、ふと見ると境内の一隅に大きな木を伐採した新鮮な切り株が目に入りました。!あそこの上に置いて撮影しようと決めて、ラジオ体操のリーダー格の神社の住職(というのかしら?)にお願いして許可をもらいました。
一旦山を下り朝食を済ませて、カメラと作品をもって神社の境内に戻り撮影をしていると、住職がやってきて「あんた、こういう細工をやってんの?」と声をかけてきました。このところ毎朝ラジオ体操で顔を合わせていても先方はこちらが何者か知るはずもなく、いつも女の子を連れて来るおじいちゃんでしかないわけでが、はじめてこちらの正体の一部を垣間みたということでしょうか。それにしても「細工」ということばは嬉しかったなぁ。

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凧糸に、篠竹や小枝をカットしたビーズや貝殻、サンゴのかけら、松ぼっくりの片などを通してつくるネックレスです。特別の道具を一切使わずに簡単につくれるキットをつくるのに一苦労しました。

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フランス製のかわいい安全ピンに、丸い木のビーズや、PEACEという文字や、LOVEや、模様を描いた木片をピンに通して繋げたブレスレットです。作業はいたって簡単な割に仕上がりのオシャレ感はなかなかのものです。左は、竹の輪切りのパターンの板片と、箱根の寄木片を鉄板に接着したブローチです。

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それぞれの部品で一度完成品をつくってみて、それをバラして、袋に小分けして、説明書とセットにして販売品となります。やれやれ、完成品だけで販売した方が手間はよほど楽ですが、そこは「手づくり体験」が売りなのですから仕方がありません。
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by love-all-life | 2012-08-03 18:05 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 93 <海岸漁りとモク拾い>


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海岸でモノ拾いをするようになって、もう20年経ちます。ずいぶんあちこちの海岸で漁りました。由比ケ浜から始まって、近辺の三浦の海岸を捜し廻り、駿河湾、遠州灘(藤村のヤシの実につられて)、伊勢志摩、瀬戸内の小島、しばらく住みついた新潟の日本海沿岸をあちこち(ここでの収穫は大きかった)、旅行先のアメリカのヴェニスビーチ(ほとんど収穫なしでした)といった塩梅で、海さえあればところ構わずです。
近頃はビーチコミングなどという言葉が定着して、エコロジーやリサイクルといった言葉のようになにやら今風の趣をもっていますが、ジイジ・バアバたちのそれは、75歳をとっくに超えた後期高齢者が、海岸の吹きだまりでモソモソとうつむき加減になにやら探し物をしているのですから、客観的にも実態も日本語の本来の「ゴミ拾い」の姿です。

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ゴミ拾いと言えば昔「モク拾い」という言葉がありました。この言葉、いまでは知らない人のほうが多いと思うので少し解説します。
終戦後の間もない頃、多くの生活物資が統制品、つまり国からの配給によってしか手に入らなかった時代があり、タバコもそうでした。世の男がほとんどすべてモクモクとタバコを吸っていた時代ですから、少量の配給タバコは貴重品でした。
そこで、吸い終わって捨てられたタバコ(これをシケモクと言います)を拾い集め、燃え残ったわずかな部分を集めて再び紙を巻いてタバコの姿にして売ることを職業する人たちがいたのです。これをモク拾いと言いました。
1メートルくらいの竹棒の先に針をつけて、シケモクを刺しては背負った籠のなかに入れます。ポイと捨てられた吸い止しのシケモクに複数のモク拾いの竹棒がすっと出てくるなんていう光景も珍しくありませんでした。
ついでに言うと、一時はタバコの刻んだ草と紙が別々に配給され、それを自分で巻くのです。タバコ巻き器という不思議な道具も発明され、子供もタバコ巻きの手伝いをさせられたものです。
脱線はこれくらいにしますが、言いたかったことはジイジ・バアバのビーチコミングがいかにカッコイイとはほど遠いかというイメージが少しは伝えられるかなと思ったからです。

先日も久しぶりに沼津の海岸へ行きました。若山牧水が日本で初めて景観保全運動をして残された千本松原が続く見事な海岸線ですが、美しい松林にお尻を向けて台風4号で大量に打ち上げられた漂着物と格闘してきました。
その結果どのような成果物が生まれるやら、それはこれからのお楽しみですが、上の写真はその時漂着物の山のなかから姿を見せた面々です。
炎天下のもと、ずた袋を背負い、腰を屈めた眼前に、時おりこんな愉しい顔が出現するのですから、やめられません。
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by love-all-life | 2012-06-30 00:05 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 92 <雨音を聴きながら>

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この週末を山に紫陽花見物の人で鎌倉の街が人であふれかえります。かっては北鎌倉の明月院が有名でしたが、近頃は長谷寺や海と紫陽花が同時に楽しめるという成就寺が人気のようです。
空色、コバルトブルーから青紫の透明水彩の絵具を大量にちらしたような眺めは陽もよし雨もよしでお天気に関わりない人出です。
うちにも何本か紫陽花がありますが、日当りの関係で貧弱な花しかつけません。日当りに比較的恵まれたHAND & SOULの脇に一本だけ元気な株がありますが花の色が妙に赤くて瑞々しさに欠けるのがどうも気に入りません。
調べてみると、紫陽花は土壌が酸性だと花は青、アルカリ性だと赤になるとあります。青くするには4月頃から硫酸アルミニウムの液を施すなどと出ています。いまさら手遅れとは思いながらとりあえず台所に余っている食用酢をドボドボとジョウロに注ぎ水で薄めてくだんの株の根元にやってみました。手荒過ぎたかなとの反省もありますが、せめて赤紫くらいに変色してくれればと念じているのです。


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さて、長岡のギャラリーmu-anから、長岡を中心とした若い作家さん達の作品展「雨音を聴きながら」というこの時期にふさわしい企画に参加しませんかとのお誘いがあって、よろこんで混ぜていただくことにして、搬入には久しぶりの新潟への一泊旅行を楽しみにしていました。
ところが会期の直前になってバアバが頭にケガをしてしまって、大事にはいたらなかったのですが、旅行は取りやめて、どうにか作品だけ送って展示を画廊にお願いしてしまいました。長岡時代からのおなじみの面々との旧交を温めることもできず誠に残念でした。


例によってぎりぎりまで制作して、あたふたと梱包・宅配便へ持ち込んだので、スナップの記録しかありませんが・・・
これがジイジの作品です。流木でつくったヒトデやイソギンチャクを船板の上に並べてくださいとお願いしました。

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こちらがバアバの作品で、流木の芯に布やボタンなどで着付けた人形3体です。これは海賊?、これはトナカイ?、これはヒツジ?と聞いたのですが、バアバの答えは「森の妖精よ」ということでした。

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by love-all-life | 2012-06-15 18:21 | 「モノ」がたり | Comments(0)