HAND & SOUL

カテゴリ:「モノ」がたり( 136 )

HAND & SOUL「モノ」がたり 90 <カマタさんの表札>

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Fさんはカメラショップに勤めながら自らもフォトグラファーとしてお仲間と作品発表したり、おシャレなショップや展覧会や映画のハントが上手で、旅行好きでお料理好きの湘南レディです。
彼女がHAND & SOULに来てくれるのはごくたまになのですが、それでもこれだけのことを知っているのは暮らしのスナップ写真で綴られた彼女のブログを通じてなのです。Fさんの興味の対象や、たくさんのお仲間の屈託ない笑顔や、誇らしげにテーブル狭しと並べられた色とりどりのお料理などから、青春真っただ中の暮らしぶりが窺えます。
それはジイジ・バアバがはるか昔に通り過ぎてきた日々の思い出写真を見るようでもあって、誰かが言った「若いときの一日の終わりは、それだけ私が生命の出発点から遠くまで歩いてきたということを意味していた。しかし、今は同じことが終点への接近を意味する。」という言葉がつい思い出れ、さちょっぴりしんみりしたりします。

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そんなFさんがブログにしばしば登場する男性を伴って久しぶりにHAND & SOULに現れました。そして「表札をつくってください。」と言うのです。!。少し前にお二人が結婚式されたのをブログで知っていたジイジは、二人を祝福して、新生活の幸せの象徴のような表札を依頼されるとは誠に嬉しいと礼を言い依頼を快諾しました。
それでどんな表札がいいの?と聞くと、おまかせしますが、アルファベットで「カマタ」と入れて欲しいと言うではありませんか。「カマダでなくカマタですね?」と念を押しました。
ジイジの名字である「鎌田」をうちのようにカマダと読む場合とカマタと読む家があることを、短くない人生で何度か経験してきました。実はカマダに嫁に来た長男の連れ合いは、いつまでたっても「カマタです」って言うのです。ジイジがムっとして、「うちはカマダだ。」と諌めると、「カマダってハマダと間違われるので・・」などとトンチンカンな言い訳をします。そんな横で電話でバアバが「はい、カマタでございます。」なんて言うのですから示しがつきません。孫たちはちゃんと「カマダ」と言います。それを考えると嫁さん達には「この家は私流にしきるのよ」という下心でもあるのではないかとの気がしてきます。「カマダ」は風前の灯火なのです。
それに比べてFさんはスタートの時点で自分の新しい名字が正しく名乗れるのはご同慶の至りです(あたりまえのことですが)。というより最初が肝心ということを知っているご亭主のしきりがよいのでしょう。つまりはジイジがだらしなかったということになる訳か、トホホ・・。

快諾したわりには時間がかかり、遅れに遅れてできあがったのが上の写真の表札です。おめでとうございます、カマタさん。
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by love-all-life | 2012-05-03 15:25 | 「モノ」がたり | Comments(3)

HAND & SOUL「モノ」がたり 89 <ノブレス・オブリージュ>

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NOBUさんとHAND & SOULとの間柄を説明しようとすると It's a long story.ですが、手短かに言うとNOBUさんはHAND & SOULをとても気に入ってくれていて、ジイジ・バアバはNOBUさんの手打ちのうどんの大ファンなのです。

関西に住んでいるNOBUさんからは、お知り合いの赤ちゃん誕生のお祝いや開業祝いなど、折りに触れ何かオリジナルなものをとHAND & SOULに注文がきます。その上年に何度か父上が打ったのスーパー手打ちうどんが届くのです。つまりNOBUさんとの関係はジイジ・バアバの圧倒的な輸入超過となっています。
また、NOBUさんの周りには関西だけではなく湘南を含めて一連のアーチストやパフォーマーたちがいて、お互いにそれぞれの「生きがい」に磨きをかけ合っているのですが、その中心にNOBUさんがいて、皆とNOBUさんの関係も多分ジイジ・バアバとの関係と同じように、NOBUさんの輸出超過ということになっているのでしょう。

そんなわけで、つい先日NOBUさんのお誕生日が近いので、みなでサプライズ・パーティをしようではないかという計画が聞こえてきました。
NOBUさんシンパのひとりであるNから、メッセージ入りの額を贈りたいのでつくって欲しいと連絡がありました。ならばこちらも乗るよとOKしたら、「NOBLESSE OBLIGE」とメッセージを入れたいのだと注文をつけてきました。

NOBLESSE OBLIGEとは「位高ければ、徳高きを要す」、つまり「高貴な人は、それにふさわしい(社会的)義務を果たさなければならない」という意味の仏語で、英語ではNoble Obligationです。
階級制度がまだはっきりあった第一次世界大戦では、上流階級の子弟がすすんで志願し多数の戦死者がでたのは、この考え方が浸透していたからだったとされています。最近では、裕福な企業や個人が公共への寄付や、災害の際に多額の義援金や支援をするのが当然とされるのも、この考え方に発しています。(参考:Wikipedia)

もちろん、この単語がNOBから始るシャレから選んだのでしょうが、それにしても凝ったアイディアだねと訝しがると、実はNOBUさんのまわりにいる若い仲間たちが、みんなが一緒に乗り込んで旅に出かけられるようなバスを買ってくれないかとNOBUさんに要望しているというのです。お仲間の活動の象徴にしたいということらしいのですが、お祝いのメッセージにさりげなくお願いを忍び込ませるとはなかなかしたたかです。
人の良いNOBUお父さんが「オレンジのバス買ってよ」 なんて言われて困ってるのを面白がったり、みんなで旅に出る夢を語り合うというのが最近のお楽しみだとか。ま、それなら太っ腹のNOBUさんにメディチの気分を味わってもらうのも一興だろうと引き受けたのでした。

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この額がオンリーワンである所以はメッセージにあるのですが、もうひとつは中の板にあります。新潟にいたとき出雲崎の骨董屋さんの軒先にあったのを求めたものです。漆の器を塗る時に乾燥用に置く棚板で、漆の汚れが巧まずして面白いパターンを描いているのです。その上に手近な木片をサイコロに刻んで、スタンプでメッセージの文字を押して並べました。
メディチ家に献上するにはとてもじゃないけど貧弱すぎる額ではあることはよくよく理解していますが・・・。
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by love-all-life | 2012-03-13 09:04 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 88 <WISH BONEの額>

HAND & SOULから直近の銭洗弁天は、世の中の不景気が後押ししていることもあって、近頃は年間100万人の参拝者があるというのですから驚きです。

100万人といえば半端な数ではありません。しかしHAND & SOULは弁天さまへの参道から脇道を10数メートルほど入ったところなので、お店を覗いてくれる人はほんのわずかです。と言っても4人も入れば一杯になってしまう手狭な店にはこれで充分なのですが、もともと弁天さまに参拝にくる人たちはお金を増やしたいと願ってくるのですから、財布の紐はなかなかゆるめてはくれません。なかにはさっき洗ってまだ濡れた万札を出す人もいますが、ほとんどが9千円以上のお釣りを出すお買物です。
ま、若いお客さんがきてくれて、「わーッ、カワイイ!」「オシャレーッ」って言ってくれればそれで満足という年金暮らしのキリングタイム(killing time)商売ですから、それでべつに文句はないのです。
とは言いながら、この大量の参拝者をHAND & SOULの潜在顧客とみることもできるわけで、少しはうちもあやかることができないかと考え、「そうだ、縁起物がいい」と思いつきました。
そして生まれたのが「WISH BONEの額」です。

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ウイッシュボーン占いというのをご存知ですか?
食べ終わった七面鳥の胸にあたるところにWISH BONEという二股に別れた形をした叉骨(さこつ)があります。それを二人が両方から引っ張ると二つに割れますが、根元がついた長い方をゲットした人の願いが叶うという占い遊びです。子どもが双葉の松葉を引っ張り合って勝負するあのやり方です。
うちでは結構な数の家族が集うクリスマスにターキーを焼きますが、食べ終わった後子供たちはプレゼントの交換に夢中になり、ウイッシュボーン占いのような単純な遊びはに見向きもしません。その時を待っていたジイジは食べ残しのガラのなかからウイッシュボーンをつまみ出し、「へんなモノ」コレクションに加えます。
そんなウイッシュボーンを二つ小さな額に納めてみたのが「WISH BONEの額」です。

近頃は「願い」や「望み」をすぐにお金で解決しようとしがちな世の中ですが、本当に大切な「願い」は往々にしてお金では解決できないぞ、ということを忘れないように掲げておいてはどうかとの念いをこめてみたのですが、考えてみると、これでは弁天さまの参拝者のこころに楯つくことになるわけで、売れるはずもなく、クリスマス以後ずーっと店の壁に鎮座しています。こういうのを武士の商法というのでしょうか。
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by love-all-life | 2012-03-05 13:17 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 87 <靴型のランプ>

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青山でのバアバの「雛展」の最終日の日曜日、搬出のこともあって神宮外苑の絵画館の駐車場に車を置いてギャラリーに向っていたら途中の明治公園でフリーマーケットが開かれていました。
波打ち際のゴミのなかから恰好の良い流木を探す要領で重箱の隅をつつくのがフリマの流儀でしょうが、ギャラリーの時間を気にしながらなので、駆け足で一巡り、たった一品だけゲットしました。今日の主役の靴型です。
それは靴職人が手づくりの靴をつくるときの型ですが、いつ、何処で、どのように使われていたものか、売り手に尋ねなかったのでわかりません。べつに取り立てていわくある風でもない平凡な靴型です。木の質感と手の触覚を感じさせるフォルムが気に入って「これ、ちょうだい」って言ったら無言で袋に入れてくれました。1足で1,000円でした。ま、言うところの無駄遣いです。

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バアバの展覧会の後始末の手伝いなどでバタバタと追われる日が続いていましたが、その間も次の店に展示する作品として、あの靴型を何とかできないかという想いが頭をよぎります。
袋から取り出して改めて眺めてみるのですが、なんとも不思議なカタチです。恐らく何百年にもわたって職人たちが試行錯誤の末に、靴をつくるにはこのカタチ、この構造でなければならないという必然から生まれたモノなのでしょうが、靴型以外のモノとしてはおよそ役立たずというか、意味のないフォルムです。世の機械化の波に押されてか、職人が消えてしまったためか、靴型としての役割も終えて、廃棄物同然にフリマのシートに横たわっていたのです。

偶然とはいえこちらの手許に流れ着いた以上、もうひと花咲かせてやりたいものだという、老い衰えたものへの憐憫の情のようなものを感じてしまうのは、決して人ごとではないという想いがどこかにあるからでしょう。
どうせならできるだけいままでとかけ離れた役割の方が面白いだろうなと、いろいろ想い巡らせて、バラせるところはバラして、裏返したり、立てたり、寝かしたり、いじくっているうちに、足先の部分のカタチがどこか生き物めいていて、こんなモニュメントがあったら面白いななどと考えていて、ふと裏に電球を置いてテーブルランプにするアイディアを思いつきました。

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かくして明治公園で保護したホームレスのおじいちゃん靴型は、今度はホタルになって世の中をほんのちょっと明るくする仕事に就きます。


<靴型のランプ> 180mm(H)×180mm(W)×110mm(D)       ¥15,000
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by love-all-life | 2012-02-27 12:20 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 86 <船板のベンチ>

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何枚かの瀬戸内の船板などの廃材が手許にあります。2010年に開催された瀬戸内国際芸術祭のお手伝いで訪れた男木島で行われた「島・こころ・椅子」プロジェクトに参加した記念にと、プロジェクトリーダーのWさんから送ってもらった品です。

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湘南に住んでいると、釣り人やヨットマンでないかぎり海の景色というのは1本の線です。ところが瀬戸内海には水平線がありません。視界には点在する島影があり、行き交う船があり、橋があります。歴史や、暮らしや、産業に囲まれている実感があります。ところが周囲の近代化や文明の発展が却って島から若い働き手を吸取ってしまい、男木島は昨年最後の3人の中学卒業生を送り出して以来、島の住人は殆どお年寄りと猫だけになってしまった小さな孤島です。
島にはコンビニはおろか、まともな店一軒ありません。だから新しいもの、キレイなもの、便利なものはありません。しかし何もないわけではなく、古いもの、錆びたもの、汚れたものはいくらでもありますし、ゆったりと流れる時間と自然の営みがあるのです。
つまりジイジにとって男木島は可哀想な離島ではなく宝島だったのです。この島の廃材で再生椅子をつくって「椅子だった椅子」として小ブログで紹介したこともあります。

芸術祭から2年たったこの2月末から男木島文化祭なるものが開催されることになりました。島の住民とニ年前に島のプロジェクトに参加したアーチストたちが一緒になって、島の魅力をアート・文化の面から見直してみようとの企画で、こちらにも声がかかりました。

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ちょうどバアバの「雛展」の展示台として、船板のベンチを2つつくったところだったので、そのひとつを送ることにしました。
厚さ6センチの船板には、組木や釘の跡、はげたペイントやタールの痕跡、そして数えきれないほどの大小さまざまなキズがあります。それはまさに苦節に耐えて生きぬいた島の古老の潮焼けしたシワだらけ皮膚のようです。
島のお年寄りがこのベンチを見たときどんな評価を下すか、そこいらにいくらでも転がっている廃材で安直につくった安物の腰掛けとみるか、誰も省みないと考えていた自分たちの生活の痕跡も見方を変えると、かけがいのない財産なんだと気づいてくれるか、興味津々です。

・ベンチ(手前)1,100mm(W)×230mm(D)×420mm(H)
・ベンチ(奥) 1,400mm(W)×300mm(D)×430mm(H)
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by love-all-life | 2012-02-08 13:10 | 「モノ」がたり | Comments(0)

「雛展」in Galleries in Web

友人のMさんが、こんなすてきなWeb Galleryをつくってくれました。
ジイジはとてもこんな精度の高い写真は撮れません。
どうぞご覧ください。
http://www.mmdesign-jpn.com/kamada3/index.html
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by love-all-life | 2012-02-03 23:24 | 「モノ」がたり | Comments(0)

「雛展」初日

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6時起床。忠犬同様のパジェロミニにバアバの作品をぎゅうぎゅう詰めに、ついでにバアバも押し込み、展覧会初日の朝、青山のタンバリン・ギャラリーに搬入しました。11時の開場ぎりぎりにどうにか展示を終えたところに最初のお客様が。
若い奥様とお母様がきて熱心に作品を観てくれています。バアバがごあいさつの声をかけると、次男の嫁の村椿菜文が書いた「内藤三重子さんのこと」を読んで興味をもってくださった娘さんが女児誕生で、ご主人のご両親が山口から上京されるのに合わせてお雛様を飾りたいと、母様と作品を見に来てくださったとのことです。

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長い時間をかけて丁寧に作品を観てくださって、「これにしますと」小さな内裏雛を選ばれました。そして「開場でいちばん立派な三段飾りのセットにしようか随分迷ったのです。援助するから母もこれにしてはと言ってくれたのですが、いまの私の力に合ったものにしたかったのです。できればそのうち三人官女や五人囃子を追加して作っていただくことって可能でしょうか?」と言われます。
バアバは「わー、素敵なお話。ぜひご協力させていただきます!」、これは責任重大、長生きしなくては、生きがいをいただきましたと二つ返事です。
お客様の方も、そうすればお雛様とながく一緒だけではなくて、作者とも長いお付き合いができてうれしいですと、これもうれしいお言葉。
昔はあたりまえで、いまはなくなってしまった作り手と買い手のこのような関係、「うれしいね」とジイジ。

バアバの疲れも吹っ飛んだようで、よい展覧会になりそうです。


内藤三重子の「雛展」1月31日(火)〜2月5日(日) TAMBOURIN GALLERY (http://tombourin-gallery.com)
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by love-all-life | 2012-02-01 08:58 | 「モノ」がたり | Comments(0)

バアバの「雛展」間近

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バアバこと内藤三重子の「雛展」が近づきました。
バアバがお雛さまをつくり始めて12、3年ほどでしょうか。最初は流木の胴体にアイスクリームのスティックを手足にして、手持ちの手拭でつくった着物を着せて、初の女孫のためにつくりました。それを見た次男の友だちにせがまれて翌年娘さんのためにつくり、またそれが次のリクエストに繋がり・・・といった具合にだんだん数が増えて、毎年展覧会をするようになりました。鎌倉や長岡の何カ所かで展示していただいていますが、幸か不幸かどれも人手に渡って、結局手許にはバアバのお雛さまは一体も残っていないのです。

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最初の雛をつくった孫もいまはバトミントンの部活に明け暮れ、よしもとばななを愛読する中学生。バアバの雛づくりもいまやベテランの域に達したかというと、必ずしもそうではないようです。
毎年梅雨が明ける頃からお雛さまにかからなくてはと言い始めて、実際に手が動き始めるのが秋。桂の角材で頭を彫り、小さな手足を何組もつくりますが、毎年少しずつ形が異なるのです。同じものができないのではなく、つくらないようにしている風なのです。やがて長年人からいただいたり集めた古布を押し入れから出して眺めて過ごし、江戸期の布を観てはやはり古い布はいいわねぇとため息をつくのです。お雛さまの着物づくりにはとても長い時間をかけ、目が悪くなったとか歳ねぇとか言いながら、着せ替え遊びをする少女のように楽しんでいるように見えます。
この間ジイジはなす術も無く、これで会期に間に合うのかとハラハラするばかりですが、ただ分かってきたのは、バアバのお雛さまの人気は、いまだに最初のお雛さまをつくるときの作者のためらいや逡巡のような趣をわずかに留めていて、どこかにただよう未完成の初々しさみたいな魅力から生まれると感じるようになりました。それはあたかも人のチャームが完全無欠な美からではなく微かな欠点から生まれるように。
本人は「上手につくろうと、いつも思っているのだけど」言っておりますが・・・

展覧会のご案内
内藤三重子の「雛展」1月31日(火)〜2月5日(日) TAMBOURIN GALLERY (http://tombourin-gallery.com)
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by love-all-life | 2012-01-21 23:39 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 85 <戦後のクリスマス狂想曲>

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毎年この時期になると、クリスマスにはセールみたいなことやらないの?って聞かれたりします。
改まってクリスマスセールなんて、なんか大げさだなぁなんていっているうちに、ずーっと先のことのように思っていた12月に入ってしまいました。師走という言葉が今年はなんかすごくよそよそしく感じられます。

クリスマスといえば、社会に出たての50年ほど前のクリスマスが忘れられません。
前にも書きましたが、ジイジもバアバも最初の職場は女性専門の百貨店・銀座4丁目の角の三愛で、主にディスプレイの仕事などをしていたのですが、なかでも大仕事といえばクリスマスの飾り付けです。飾り付け自体はひと月以前に済みますが、仕事はクリスマス当日まで続くのです。

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日本が敗戦の廃墟からどうにか復興をとげ、暮らしを楽しむ多少のゆとりが出たことや、アメリカン・カルチャーの洗礼もあって、戦後のこの時期にクリスマス狂想曲といでもいうような不思議な社会現象がありました。
クリスマスイブとなるとすごい数の勤め帰りのサラリーマンが、一様にサンタのとんがり帽子をかぶり、手にクリスマスケーキの箱をぶら下げて街に練り出すのです。
六本木も青山もまだ田舎っぽかった当時、東京の繁華街といえば銀座でした。4丁目の交差点あたりは繰り出した人でギュウギュウ詰め状態で、地下鉄入り口の屋根にはその有様を撮ろうと報道のカメラが陣取って鈴なりです。歩道のあまりの混雑に、4丁目の角のウインドウが人々の圧力で割れると危険だからと、新兵のわれわれは上司の命令でウインドウのガラスを中から押さえていなければなりませんでした。
バーやキャバレーで大騒ぎする面々もいますが、多くは当時いたるところにあった喫茶店で500円(今の感覚でいえば5,000円くらいでしょうか)の目の玉の飛び出るような値段のコーヒーとケーキのセットメニュをオーダーし、あとはジングルベルを口ずさみながらひたすら憑かれたように練り歩いてから家路につくのですが、ケーキが家族に届くころにはよれよれになっていたに違いありません。
昨今の家族中心の落着いたクリスマスから考えるとそれはまさに狂態としかいいようのない、それ以後始まる空前の消費社会の予兆のような出来事でした。

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そんな体験をしたジイジ&バアバはクリスマスというと、商業主義にスポイルされる困ったイメージと、ビング・クロスビー主演の映画「ホワイトクリスマス」の甘いイメージがない交ぜになっていて、ワケもなくウキウキしてしまう一方、あんあまり騒ぎたくないなぁと引いてしまう気分が同居しています。
で、結局今年もクリスマスといってあまり特別なことはしないのですが、新潟時代にバアバがつくって長年わが家に住みついているサンタさんに店頭に出てもらい、いくつかの手づくりのプレゼント・アイテムを用意して、いつものHAND & SOULにちょっとしたクリスマス・タッチの味付けをしました。

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写真:
① 海岸で拾った流木と貝殻のリース(直径25cm) ¥4,000 ② PUSH MAN ブックエンド 1組 ¥4,000 
③ ターキーのウイッシュボーンの額 (13cm×23cm) ¥6,000 ④ 樫の木移しパズル(26cm×10cm×h13cm) ¥5,000
⑤ 卓上エンジェル・スタンド(高さ30cm) ¥6,000 ⑥ウォールデンの森の家の香炉(12cm×9cm×h12cm) ¥4,000 
⑦ バアバの手づくりクリスマス・オーナメント1個 ¥300から ⑧”LOVE & PEACE” STONE BOX(直径9cm) ¥1,500

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by love-all-life | 2011-12-04 01:08 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 84 <バアバの雛つくり>

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この70年以上ずーっと元気印を看板に生きて来たバアバが、2年ほど前から体調を崩し病院通いが続きました。
いままで人の世話や心配ばかりして過ごしてきたので、この立場の逆転には相当戸惑い、気落ちもしていました。あまりなかったことに周囲も驚き、ありがたいことにたくさんたくさんのお見舞いをいただき、「70年もつ機械なんて世の中にないよ」と慰められて、やっと元気を取り戻しました。お医者さまからも「もう大丈夫でしょう」と言われたとたんに、声が大きくなり、自らを奮い立たせるかのように、翌日には1月に青山のタンバリン・ギャラリーでの雛展の予約をしてきてしまいました。

というわけで、いまバアバは来年春のお雛さまづくりの真っ最中です。「無理は禁物だよ」と周りがさかんに釘を刺しますが、体力の衰えを気力で補うかのように、バンドエイドの缶を横に桂の木片と格闘しています。なかば義務とでも思っているかのようにスタートした作業も、そのうちだんだんエンジンがかかっていき、あたかも気力が元気を彫り上げていくようにみえます。

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喜寿の大台の高みでの作業というのは、所詮体力勝負はあり得なくて気力の勝負でしょう。
バアバの場合は指にバンドエイドを巻いたHANDとSOULの切れ味勝負ということになるのでしょうか。

お雛さまの頭、手、足、が針金で繋がれて次第に形を成していくにつれて、それらはバアバの子分か応援団のようです。

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by love-all-life | 2011-11-22 12:55 | 「モノ」がたり | Comments(4)