HAND & SOUL

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ありがとうございました

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昨日、タンバリン・ギャラリーでの「HAND & SOUL 2013」の展示が無事終了しました。
お忙しいなか、また遠くからもたくさんの方に来ていただき、暖かいご支援の言葉やエールをいただいて、うれしく、ありがたく、老骨には多少のムチだったかもしれませんがやってよかったと感じました。
昨夜は展示終了後、ギャラリーの皆さんに荷造りを手伝って(というよりほとんど全部やって)いただいて、4月10日からの大阪・星丘のソーイングギャラリーで展示のために送るものと、家に持ち帰るものを分けて、やっと家にたどり着き、それぞれのHAND とSOULに「ご苦労」と言ってやりました。

バアバは間もなく卒寿、ジイジは喜寿とオメデタイ夫婦ではあります。「お若いですね」と人さまに言われて、「確かに」と思わないでもないですが、モノづくりに3歳児も100歳もない、つくられたモノの魅力でナンボという風に考えると、自分の歳をあまり意識することなく日々を過ごすことができるような気がするのです。
日々の暮らしのありのままをてらいもなくモノに託した結果が人さまの心に触れることがあると知るのは幸せなことです。少々の恥ずかしさはあっても健康が許す限り続けていきたいものと願っています。

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by love-all-life | 2013-03-04 23:17 | その他 | Comments(0)

遊びをせんとや・・・

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風刺の効いた警句で知られるあのバーナード・ショウによれば、「老いたから遊べなくなるのではなく、遊ばないから老いるのだ」そうです。彼が94年の長寿を全うしたと知れば、この言葉はさらに重みと説得力を増します。
おつむの単純なわれわれは、この言葉を「フムフム、得たり賢し」と真に受けて、バーナード・ショーにあやかろうとモノづくりの遊び三昧です。

日頃は鎌倉・佐助のHAND & SOUL小屋がジイジ・バアバこと内藤三重子と鎌田豊成のホームグラウンドですが、時には他流試合もしなければと心がけています。
今回は2月26日から東京・青山のタンバリン・ギャラリーで「HAND & SOUL 2013展」です。
作品の守備範囲を広げたり、小屋に置ききれない作品などを観ていただく機会になればと思っています。
なお2月末には新潟・長岡のGallery mu-anの「春祭り」に作品参加、4月には大阪・星ヶ丘ソーイング・ギャラリーでも展示の予定を予定しています。

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ま、遊べば遊ぶほど寿命が延びるというものではないでしょうが、ジイジ・バアバともに、これまで長年誰かのために生きて来たという思いがあって、いまやっと自分のための時間を手にした嬉しさで、手が、心が、モノづくりへとかりたてられるのです。

Tambourin Gallery : http://tambourin-gallery.com/
Gallery mu-an : http://muan.sblo.jp/
Sewing Gallery : http://sewing-g.com/sg/info/
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by love-all-life | 2013-02-06 22:29 | その他 | Comments(0)

HAND & SOUL まとめて近況


このところジイジ・バアバの活動情報が少し遠のいておりますが、近況のご報告です。

お陰さまでバアバもこのところずいぶん元気になりまして、会う人ごとに「お元気になりましたねー」と言われるので、さらに元気になって、ジイジとの随のかたちが戻りつつあります。



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目下、12月11日から長岡のギャラリーmu-anで開催している「christmas・christmas」展に、地元の若いアーチストのお仲間に混ざって作品を展示させていただいています。
バアバが収納ボックスを兼ねた仕事用腰掛けと、等身大のぬいぐるみ人形、ジイジは飾り脇卓2点です。
いつものことながら締切ぎりぎりまでの作業で、写真撮影する時間もなく宅配便で送り出してしまったので、作品をお見せすることができません。
12月22日会期終了日に合わせて、搬出を兼ねて、久しぶりにスノータイアを履いての長岡行きです。
作品が帰ってきたらブログでご紹介しましょう。


<臨時休業と振替営業>
ということで12月22日(土)と23日(日)はHAND & SOULは臨時休業となります。しかし24日(月)の振替休日は、HAND & SOULは振替営業日とします。



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12月15日には毎日テレビ(MBS)の取材が入りました。1月5日(土)の朝7時半からのTBS系列の番組『知っとこ』でHAND & SOULを紹介してくれるのですって。
ファッションモデルでタレントの敦士クンが店に訪れて、ジイジ・バアバの作品紹介やインタビューがあったり、敦士クンの手づくり体験などが内容になるはずです。狭い店内をなめるように取材していきましたが、TVに出るのはほんのちょっぴりかもしれません。どんな編集になるのか現在進行中なので、当日までお預けです。

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なにせ身長188センチの敦士クンと、160センチのジイジと145センチのバアバの組み合わせですから、そちらのほうが見ものかも。お正月にお餅を食べる以外に時間を持て余している方はご覧ください。



+BOOKS
毎週金曜日は村椿ナーヤの本屋さんを併設していますが、来年から本屋さんの日を増やす計画です。ナーヤは日本一小さな、日本一素敵な本屋さんを夢見ているようです。日取りが決まったら改めてお知らせします。



鬼が笑うかもしれませんが・・・
来年3月には青山のタンバリン・ギャラリーで作品展示の予定です。去年まではバアバのお雛さまの展示をしていましたが、バアバの体調のためペースダウンしたので、既にいただいている注文に対応するだけで精一杯というこことで、雛展開催が難しくなりました。
そこでジイジ・バアバの作品発表の場にすることにしました。また、それらの作品が主体となりますが、3月末には大阪・枚方市の星丘ソーイング・ギャラリーでの展示も計画されています。ここの展示は長年お付き合いがあって、昨年惜しくも亡くなった敬愛するアーチスト永井宏さんのオマージュといった気持を込めたものにできればと考えています。


来年は、バアバは79歳、ジイジは喜寿と、文字通りの老いぼれコンビです。ほんの限られた能力としても、天から授かったHANDとSOULを大切に、無駄にしないように、錆び付かないように、命ある限り・・・・ガ・ン・バ・リ・マ・ス。
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by love-all-life | 2012-12-17 23:53 | その他 | Comments(1)

MAD MENとの再会

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ひょなんなきっかけから「MAD MEN」というアメリカの連続TVドラマがあるのをサイトで知りました。
1960年代のニューヨークの広告マンたちの世界を舞台にした、今ではタブーとされる喫煙、職場での飲酒、セクハラといった、当時の風俗が克明に描かれた評判のテレビドラマで、多くのエミー賞やグローブ賞を獲得しています。
MAD MENとは、大手広告会社がひしめくマンハッタンのMadison Ave.の Menの意です。
二人の知人に聞いてみたら、一人は好きで前から観ていると言い、もう一人は友人がドッポリはまっているということで、すでに日本も相当に「MAD MEN」に浸食されているようなのです。

60年代・ニューヨーク・広告となると、1963年から26年間外資系広告会社に身をおき、67年にニューヨークの親会社で研修を受けていたジイジとしては、遅ればせながらも見過ごすわけにはいきません。
さっそく近くのTSUTAYAで第一巻をレンタルしてきました。DVDには3話入っていて、その第3話は、主人公のクリエイテブ・ディレクターが通勤電車のシートで雑誌に掲載されたフォルクスワーゲン(VW)の広告を見ているシーンで始まります。

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オフィスに着くや、朝一番の会議が始まりますが、担当する便秘薬の広告アイディアを出す会議のはずが、もっぱら話題は今朝のVWの広告で終始します。面白いというもの、地味すぎる、オレなら西ドイツ帰りのエルビス・プレスリーを使うという意見、ユダヤ人のディレクターがよくドイツの車の広告をつくるものだと揶揄するもの。貴重な朝の時間が担当商品のためにではなく、VWで浪費されているとぼやく担当役員・・・と言ったシーンです。

ジイジにとって、とりわけこのシーンの印象が強かったのは、実はジイジが広告業界に入ろうと思ったきっかけがこのVWの広告だったからです。
大学卒業後入社した女性専門のデパートは、職場としては申し分ないほど楽しく、やりがいのあるところでした。しかしときは日本の高度経済成長が始まった時期であり、大量生産、大量消費にギアが入り、広告すればモノがどんどん売れるといった時代にさしかかっていました。
1959年のご成婚、1964年の東京オリンピックと、日本のビッグイベントの度にテレビの普及率は一挙に高まり、テレビコマーシャルが広告媒体として大きな力を持つようになりました。
画家がタブローを1点描いても、たかだか数百人の鑑賞者を得る程度でしょうが、若いいちデザイナーが考えたアイディアが日本全国の人の眼に触れて、それで人々の心や行動に影響をおよぼすことができるなんて、なんとエキサイティングでやりがいのある仕事なんだろうと思えたのです。

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広告に興味がわいて、広告先進国とされたいたアメリカの雑誌を何誌も定期購読したりしました。
広告の参考というだけでなく、そこには大判カラーページに豊かなモノに囲まれた夢の暮らしがワンサと載っていたからです。
そうした華やかなページの中にひとつだけ白黒ページで写真は商品だけという、他と全く異なった地味ではあるが眼につく広告がありました。
”Lemon”という1語のキャッチフレーズの意味が分からず調べてみたら「欠陥品」という意味であることがわかりました。
自社の商品に欠陥品のレッルテを貼るとは、一体どういう訳で?と本文を読むはめになります。
辞書を頼りに読んでいくと、写真のVWは車内の一部のクロームに眼に見えないほどのキズがあるので、欠陥品として出荷を取り止めたました。VWでは他のどこの車より厳しい検査をして、ユーザーにより長くVWを楽しんでもらうよう心がけているというような内容がユーモアを含んだ文で述べられています。
ん〜、一般にキレイキレイのイメージで消費者を子供扱いするような広告が多い中で、読者の知性と判断力を信じていなければできない、こういう知的でユーモアのある広告もあるんだとすっかり感動し、広告の仕事の魅力と奥深さに触れた気がして、そういう仕事に就きたいとの思いを決定づけたのがこの広告でした。
若い頃のジイジにとってひとつの事件であったこの同じ広告が、半世紀前に本場のプロたちの世界でもやはり事件であったこととして「MAD MEN」で描かれていることが、すごく感慨深かったのです。

前に韓国の歴史ドラマ「チャングム」を韓国語の勉強にとハングルで見始めたら、何の話かさっぱりわからず、日本語に切り替えたら面白くて、それ以後延々と日本語で見続けてしまったというほろ苦い経験があります。
「MAD MEN」はすでに4年分の話があって、これからも続きそうなので、付き合っていたら、長〜い長〜いノスタルジーの旅することになりそうだけど、ま、いいか。
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by love-all-life | 2012-11-25 21:54 | その他 | Comments(2)

猫の額は狭くて広い

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長年の夢でありながら、いつまでも実現しないのが「家庭菜園」です。いや、庭はないことはないのです。猫の額ほどですが、小さな花壇まがいのスペースがあり、毎年土をほじくったり、種や苗を植え付けたりしてはいるし、肥料だってたまにはやってはいます。しかし、いつまでたっても「菜園」という体裁にはならないのです。
うすうす原因は分かっているのです。まずは土づくりを徹底してやらないこと。花のこと、野菜のことを然るべき参考書でちゃんと勉強しないこと。それでいて結果にはこだわるくせにプロセスにこだわらないこと。資金を充分注がないことなどです。ま、これだけ理由があれば「菜園」などと口にする資格はないことは重々自覚してはいるのですが、でも、やっぱり「隣家の芝生」を見てしまうと・・・。

今年は、トマトの苗を2本植えましたが、やっと数個の実が色づきはじめたと思ったらすべてカラスにやられ、カボチャは花は咲いても雄花ばかりで実をつけることなく萎れてしまい、園芸店でずいぶんいろいろな花の苗を買って植えましたが、どれもこうなるだろうと思っていた期待値の半分くらいしか花をつけないし、高温つづきと台風の塩害でラベンダーもローズマリーもすっかり弱ってしまったし、とぼやきの種は尽きません。

そんななかで唯一の収穫らしい収穫はバジルでした。5月に買ったバジルの苗がよく育ちました。朝、そっと葉に触れたときに発する香りは爽やかな一日を約束してくれるかのようです。バジルが添えられるだけでトマトは味も見た目も価値が倍増するように感じられ、自家製の自然の恵みを味わうことができました。
9月に植え足した苗も今年の高温つづきでよく育ち、先週それらの8割ほどを採ってバジルペーストにしました。


e0153357_1143280.jpg自己流ですが、バジルペーストの作り方をご紹介しましょう。
バジルの葉っぱだけを獲り、水洗いし水を切ります。中くらいのザル一杯の葉っぱに対して、アバウトですが、コップ半分くらいのオリーブオイル、松の実コップ3分の1、小さめのガーリック1個、塩をバジルの葉と一緒にミキサーにかけます。上からスリコギのようなもので軽く押さえながらどろどろのペースト状になるまでミキシングします(パルメザンチーズやコショウを入れる人もいるようです)。
ジャムやスパゲッティソースなどの空き瓶を熱湯煮沸して乾かし、冷やしてからペーストを詰めて蓋で密封し、冷蔵保存します。蓋を開けておくとペーストは茶色く変色します。ポリ袋に平に入れて冷凍し、板状になったペーストを割って使う手もあります。
バジルペーストの使い方としては、まずバジル・スパゲッティでしょう。うちのやり方は、フライパンにオリーブオイルをひき、鷹の爪少々、みじん切りのガーリックを加えて軽く炒め、固茹でのスパゲッティを入れ、バジルペーストをからめで、アンチョビーと塩コショウで味を整えて仕上げます。これはいつ食べても、何回たべても飽きません。
その他ピッツア、トマトサラダなど、イタリア系テーブルには欠かせませんし、ガーリックトーストの香り付けにぴったりですし、ただのトーストにバターと一緒に塗ってもいけます。オムレツの上にひと塗りしてもグーです。

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今回つくったバジルペーストのビンには「from CATBROW GARDEN Sasuke Kamakaura 2012/Oct.」と入れたラベルを貼りました。因みにCATBROW GARDENとは「猫の額の庭」の意です。
大きなビンは自家用、小ビンはどちらかへのクリスマスプレゼント用です。

バジルペーストつくりが終わって、さて今年のガーデニングは一段落、来年の春までのんびりできるのかと思いきや、カレル・チャペックの「園芸家12ヶ月」の10月のページを開いてみたら、なんと、「園芸家は諸君に言うだろう。10月は4月と同じくらい楽しい月だ、と。このことはぜひ知っていてもらわないと困る。10月はじめて訪れる春の月、地下の芽がうごきだし、ふくらんだ芽がのびはじめる月だ。(中略)だからすべての月のうちでも10月は、とくに植え付けと植え替えの月だ。」ですと。
やれやれ・・・・

カット・イラスト:ヨゼフ・チャペック
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by love-all-life | 2012-10-21 11:43 | その他 | Comments(0)

老いてますます子供

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ウォルト・ディズニーはディズニーランドをつくったとき、そのコンセプトについて「あらゆる年齢の子供たちのための、地上で最も幸せな場所 (The happiest place on earth) 」だと言ったといわれます。
あらゆる人間のなかに潜む「子供」という普遍性に目をつけてあの巨大なディズニー王国を築き上げたわけです。

新潟にいたころ、お隣の県立近代美術館に毎年巡回されてくる「ジュニア美術展」を観るのを楽しみにしていました。幼稚園児の自由奔放な作品に目を奪われる一方で、小学校高学年、中学と年齢が上がるにつれて、だんだん絵が巧みにはなっても心が奪われる作品が少なくなるのを訝しんだものです。
常識や論理的思考が、絵から「感じる」を次第に消し去っていって、「わかる絵」を指向する結果だろうと推測されます。これが人間が成長するということであり、その道程を一心不乱に辿ることによって人類は今日の世の中の発展、近代化を成し遂げられたとも言えるわけです。
とは言いながらひとりの人間に戻って考えてみると、この道筋が必ずしも「幸せ」を約束してくれたわけではないことは誰もが感じているところです。
しかし「感じる」は実は消え失せてしまったわけではなく、すべての大人の心のなかに押さえ込まれているだけで、ほんとうは表に出たくてしょうがないということを誰よりも敏感に察知した天才がウォルト・ディズニーだったということなのでしょう。

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「わかる絵」が苦手な、ということはいつまでたっても精神的に未熟なジイジは、いまでも子供だましのジャンクを山ほど溜め込んで、時折引っ張り出しては眺めたりいじくったりする時間を楽しむこと幼児の如くです。そしてしばしば作品づくりのヒントを得てもいます。

上の写真はそんな悦楽の時間にスナップショットしたものです。呉越同舟で平和裏になにやら話し合う動物たちの姿はどこかの国の政治家に見せてやりたいくらいで、ジイジは気に入っていますが、家族はそうでもないらしく現在はわが家のトイレに冷遇されて掲げてあります。
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by love-all-life | 2012-06-04 16:31 | その他 | Comments(0)

孫のボランティア



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東北に災害支援のボランティアに出た孫のKが帰って来ました。朝、鎌倉駅から電話があったので母親が車で迎えにいくと言ったら、「いや、歩いて帰る」との返事。普段はちょっとでも荷物があると車の迎えを断ることなど決してないのに、15分の登り勾配を10キロ以上の荷物を持って歩いてくるというのですから、その変身ぶりに「ん、効果あり」とニンマリ。

ホルンに憑かれて芸大を目指したものの、頂点にいたる道は険しくあえなく挫折。1年だけの期限付きで浪人生活の許可を親からとりつけたものの、次のエンジンがいつかかるのやら、アイドリング状態の孫をみて、「被災地のボランティアでも行ってみたらどうだ」と声をかけたのでした。さりげなさを装っていましたが、実はそれなりの深謀の結果なのです。
1年間を後悔と無念にさいなまれてクヨクヨ過ごすのではなく、浪人して良かったと結果オーライにして欲しい。こんな時に被災地のボランティア活動に参加するのは彼にとって絶好のチャンスではないか。
座してホルンを吹くだけでなく、世の中には苛酷な状況に苦しむた多くの人たちがいることを知り、自分のためだけでなく他者のために何かする体験を積み、未知の地で未知の人と出会う。良いことずくめではないかといろいろな理屈はつけられるものの、本心をいうと本当は自分自身で現地に行ってみたいが、この歳では手足まといになるだけともどかしい思いのジイジと、新しい楽器が欲しいが金がなく体力だけを持てあましている孫、この二つをを掛け合わせると、「ジイジが費用を出して、孫が汗を流す」という答えが出てきたわけです。

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孫は友人と二人で、お膳立てができているボランティアのバスツアーではなく、卒業高を通じて自分で調べたルートで出掛けたものの、交通機関を乗り継ぎ、さらに10キロ歩いて目的地に着いてみると、なんとその日と翌日はボランティアセンターが休み。何をするにもバスや鉄道が遮断されていてなす術も無く呆然としていたら、運良く現地で知り合ったボランティアの人の車に便乗することができ、思いがけなく目にすることができた広域の被災地の惨状に息を呑み、残りの日を土砂を被り瓦礫の埋まった畑の整備をしてきたとのことです。

帰宅後、興奮のはけ口を求めてか、スポンサーへの気遣いか、いつもより饒舌な孫の報告を聞きながら、ジイジは子どもの頃の太平洋戦争の敗戦と戦後の記憶と重ねていました。この世は昨日の続きの単調な連続ではなく、ある時とんでもないことが起こって、昨日と違う明日が始まることがあることを知った経験です。そんなことはできれば起こらないに越したことはないが、そういう経験を積むことが人の人生に陰翳を与えるのではないか。
とすれば今回得た衝撃や感動の体験が彼の目指す「音楽」にも影響を与えずにはおかないはずです。

彼がいつの日か自分の息子や孫に、18歳のときの3.11の体験を話しながら、「自然の脅威」とは、「人の絆」とはを語る日がくるのだろうかと夢想しています。
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by love-all-life | 2012-03-24 23:27 | その他 | Comments(1)

「雛展」記事

展覧会場のタンバリン・ギャラリーのブログで紹介された「雛展」報告です。
よろしかったらごらんください。
http://tambourin-gb.blogspot.com/2012/02/blog-post.html

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by love-all-life | 2012-02-02 07:30 | その他 | Comments(4)

あけましておめでとうございます

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なにかと多難で騒がしかった年が去って新らしい年が開けました。子どもの頃お正月というと、旧年の悪いこと嫌なことがリセットされて、真っ白な新しい紙に新たな日々を刻むスタートの日というイメージでした。今年こそはと、新しい日記帳を机の上に用意したり、挨拶をきちっとするぞなどと、いろいろな決意をしたものです。またそのような気にさせる正月らしい儀式が存在していました。
元旦の朝は皆が早起きして一家全員で挨拶を交わし、子どももお屠蘇の杯を廻され、女達が大晦日の晩遅くまでかかって用意したおせち料理のお重を卓上に並べて、ひとりひとり名前の入った箸を使い、カズノコやスルメやゴマメや昆布巻きや黒豆がおせち料理にある由来などを聞きながら、子孫繁栄、家族の長寿や健康を願ったり、仕事の尊さなどを教えられたりしてるうちに、「今年は良い子になるぞ」などと決意を新たにしたものです。
ひらがなが読めるこどもは百人一首のカルタとりに加わります。意味も解らずひたすら歌を丸暗記するうちに、日本の言葉や雅の雰囲気の一端を体感します。「む・す・め・ふ.さ.ほ.せ」で始まる句は1枚しかないから、読み手の1語が発せられた瞬間に手が出せると教えられると、反射神経では負けない子どもは結構大人と競うことができるのです。

こんなお正月の姿がだんだん薄らいできたのは、核家族化や、住まいからお座敷がなくなってきたという事情もありますが、戦後テレビでNHKの紅白歌合戦が始まり、子供たちが大晦日の深夜まで起きているようになってからのように思います。家族が勝手な時間に起きるようになり、朝の儀式が簡素化され、年代別にそれぞれが別な楽しみ方をするようになりました。
お正月から文化の伝承という意味合いがなくなれば、「紅白」を観ても誰がだれだかさっぱり分からず、若者達のゲームに全くついていけない老人は端役の端役に転落するしかありません。

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それでも、元旦の朝、孫たちを連れて出掛けた近所の銭洗弁天への初詣では、家族の無病息災と東北で被災された方々の復興を祈念し、引いたおみくじはなんと「大吉」! <願望(ねがいごと)>は「段々吉運に向かひて思はず早く叶うべし」でしたし、<商法(あきない)>では「ひそかにすれば吉」とあるではありませんか。まだ神様は吾を見捨て給わずです。

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この写真、元旦に目にしたでなかで最も正月らしく威儀を正した装束です。弁天様に中年の女性のお供で初詣に連れられてきたワンちゃんです。紋付の紋が丸に一の字で、なんとわが家の家紋と同じなので驚きました(ただし、横一文字は骨でしたが)。
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by love-all-life | 2012-01-02 16:41 | その他 | Comments(3)

国境のトンネルを抜けると・・・



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長岡へ行ってきました。
懇意にしていただいているギャラリーでの展示が終わって作品の搬出をしてきたのです。
いつものように、老いたわれわれに似合いのオンボロ軽自動車(車に聞こえると気を悪くするので、ここだけの話ですが・・・)で、往復600キロを走ってきました。
鎌倉、長岡間を関越自動車道で往復するのは、この20年間におそらく300回を下らないと思いますが、東京を抜け、しばらくはやや退屈な平地を走ってから徐々に山地に向かい、分水嶺の越後山脈の下をうがつ関越トンネルを抜けて、今度は徐々に日本海へと下っていく関越自動車道は、何回走っても飽きることがありません。
越後川口から堀之内にかけての越後三山や魚野川を望む自然景観など見どころは少なくありませんが、なかでも関越トンネルを挟む景観の変化は旅の楽しみの文字通り山場です。

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かのノーベル文学賞作家の有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の言葉通り、カラッと乾燥しきった青空の下、柳宗理デザインの関越トンネルを東京側から入って7分(多くの車は5分で)、パッと一面の銀世界が目に飛込んでくるというような、越後側に抜けた瞬間の南北の景観の落差が楽しみなのです。あるときは晴天が吹雪になったり、夏の名残りがいきなり紅葉の錦になったり、またあるときは萌える若葉が満開の桜に戻ったり、逆に越後側が濡れ布団のように重い曇天だったのに水上側では天高く馬肥ゆるの秋だったりと、二つの天候や季節が行き来します。

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天気情報であらかじめその日の雲行きは知ってはいるものの、肉眼が捕えた視覚情報が直に脳に与えるインパクトは知識をはるかに圧倒します。お芝居の舞台装置が幕の上げ下げでガラッと変るように、まさにドラマッチックな転換なのです。
普通、道を南北に長距離走れば、高い山に登るのと同じように季節感が変るのは当たり前のことですが、それは、いつの間にか咲いている花が変ったとか、なんだか少し寒くなったとか徐々に進行します。しかし関越トンネルの場合は、目をつぶって開いたらすべてが変ってしまったというような文字通り劇的な変化なのです。
これを越後山脈を舞台装置とする演劇空間として越後の観光資源としてもっと売り出せばいいのにと思うほどです。
それにつけても昭和6年に完成して間もない上越線の清水トンネルを越後へと旅した一人の作家が、その体験を自作の小説の冒頭で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という端的な表現に凝縮させた慧眼は、たしかにノーベル賞ものとい言えるのかも知れません。
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by love-all-life | 2011-12-25 00:51 | その他 | Comments(0)