HAND & SOUL

カテゴリ:カマクラある記( 23 )

カマクラある記 12 <砂茶わん>




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海岸の漂着物に興味をもちはじめた頃、波打ち際に黒いゴムの帯を短く切ったものをクルリと巻いたような物体が一面に散らばっているのを発見しました。沖で船が座礁でもして積み荷の工業製品が岸辺に流れ着いたのかしらとなどと思いながら近寄って見ると、それは濡れてつやつや光って見えましたがゴムではなく砂でできていることがわかりましたが正体はわかりませんでした。その後ビーチコミングの会に参加したときリーダーの海洋研究員の方にあれは一体何だったんだろうと聞いてみたら、
「あ、砂茶わんですよ」と教えてくれました。そう言えばお椀を伏せたような形とも言えなくもありません。
「ツメタガイの卵なんです」
「エっ、あれが貝の卵??」
「砂を分泌物で固めて卵をその中に練り込むんでああいう形をつくるのです」
「?、 そうなんですか!」というわけで正体はわかりましたが、
目も手もない、もちろん道具も使わず殻をとったらギニャグニャの軟体動物が一体どうやってあんなに精巧な造形物をつくることができるのだろうか、驚きと言うほかありません。

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砂茶わんは、砂でできた底がない赤ちゃん用のお椀のような形で一方が開いています。伏せたお椀の下の縁は波形のフレアになっていてちょっと洒落っ気を感じさせます。観察していると、波を受けて波打ち際まで運ばれてきますが一方が開いていることが水を受けるのに具合がよく機能するようです。そして寄せては返す波に揺られているうちに次第に砂の中に埋没していきます。ここでは波形のフレアが役立っているように見えます。これはまったくジイジの個人的な見解であって学術的な裏付けははありませんが、そのように考えて見ると砂茶わんのフォルム、構造などすべてが類い稀なデザインの成果あるように思え、こんなすごい仕事をあのグニャグニャ野郎が成し遂げられるはずがない、どこかに全てを超越した創造の主の存在を感じざるを得ません。

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ところで親のツメタガイですが、わりあい何処にでもいる巻貝の一種で、獲物の貝を見付けると強い酸性の液体を噴射して相手の殻に穴を開け、中の実を吸い取ってしまうという結構なワルなのです。海岸で貝殻など拾っていると穴の開いたものがありますが、あれがツメタガイの仕業です。

近頃は砂茶わんを見つけることも少なくなってしまいました。以前はあれほど海岸に散らかるようにあったのに、今朝の散歩では由比ケ浜、材木座合わせて4キロの海岸線を歩いて見つけたのはたった1個だけ。(一番上の写真)
ツメタガイが減ったのかそのエサになる桜貝などの貝類が減ったのか、いずれにせよ海岸の生態系が侵されつつさることは確かです。そして見たのです、ツメタガイなんか足下にも及ばないワルを。
それは海水浴シーズンの海岸整備と称して波打ち際を走り回るトラクターの傍若無人の姿でした。

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by love-all-life | 2010-07-18 22:18 | カマクラある記 | Comments(0)

カマクラある記 11 <早起きは・・・>


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昨日は予報どおりの晴天、5時半に家を出て海岸へ。同じコースを歩く楽しみは時とともにうつろう自然の変化が感じられることです。家々の植込みの草花の背丈がひとまわり大きくなり、先週までのジャスミンの香りは夏の到来を予告する卯の花にとって代わられ、早起きしたせいか小鳥のさえずりも一段と多様になり、なかでもウグイス、コジュケイ、ホトトギスなどの声が際立ちます。
デジカメを手にいつもと同じ径を歩くとなると観察者の目はいきおいディテールに向きます。
そうして得た三文の得ならぬ早起きで発見した七不思議です。


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藤村が詠んだヤシの実は確か遠州灘だったのでは。人恋しいヤシの実がなんと由比が浜に・・・・


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砂浜に表れた老人の皮膚の血管のような筋は何? 生き物の痕跡には違いありませんが、いったい誰が何のために?


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命を落として浜辺に打ち上げられる水鳥は少なくありませんが、自分の墓標まで立てるとは・・・


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波がつくった小堀遠州なみのシブい漂着物


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地上30センチから見る、天空5,000メートルからの眺望


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なぜか橋の上に地下道が・・・


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いくら近づいても決して逃げない不思議な猫
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by love-all-life | 2010-05-23 20:07 | カマクラある記 | Comments(4)

カマクラある記 10 <ツワモノどもの夢のあと>


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ほとんど完璧といっていいほどのお天気続きのゴールデンウィーク。鎌倉は未曾有の混雑の声を聞きながら、「ヒトが遊びぶときはこちらは仕事」という商いの鉄則に従って3日、4日、5日の月、火、水も店を開けました。「1周年でしょ、おめでとう」と祝福してくれるご近所の方、わざわざ遠方から来てくださる友人・・・
心細い思いをしながらもHAND & SOULをやっていなかったらこんな喜びは味わえなかったなァと、たくさんの方、いろんな幸運に感謝、感謝です。

お花見以来の散歩で海の方へ出てみました。休み明けの朝、パワーチャージしていつもより早足で仕事に向かう勤め人たちに逆らって由比が浜へ出ました。

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閑散とした砂浜には沢山の足跡、崩れた砂山、散乱した海藻などが、昨日まで戦場のようにごった返した海岸の情景を彷彿とさせますが、いまは生きものといえば若干のサーファーと散歩のお年寄りなどいずれも世の流れの埒外にいる人間のほかにはたくさんのカラスだけです。

例によって、目線を足もとに落としてゆっくりゆっくり歩きながら気になるものをパチり、パチり、デジカメハンティングします。

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何かの不幸に襲われて命を落とした上にカラスの空腹を満たすために無惨な姿と化した海鳥や魚、死んでいるのだろうけど朝日を受けて宝石ように輝くクラゲたち、謎の物体・・・・
おそらく砂の下、波の中には何万もの命が生息しているのだろうけど、視野に入る限りではいくつかの死だけが昨日までのツワモノたちの夢の跡を演出しているが如くです。

行楽客からは忌み嫌われるような物体ばかりですが、結構それなりに美しいと感じるジイジは変態でしょうか?幸せ者でしょうか?
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by love-all-life | 2010-05-07 18:47 | カマクラある記 | Comments(3)

カマクラある記 9 <鎌倉お花見事情>


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鎌倉の桜の名所はどこ?と聞かれたら何処と言えばいいのだろう。八幡様の参道の段葛(だんかずら)や鎌倉山が頭に浮かびますが、段葛は桜並木としては小ぶりだし、鎌倉山の桜並木はすっかり老木になってしまってかっての威勢はなくわが身をみるようでセツナイし・・・、近年はHAND & SOULの裏の源氏山に来る人も結構多いですが、桜の本数といえば知れたものです。本数でいえば逗子との境の逗子ハイランド住宅地内の自動車道の桜並木くらいのものでしょうか。
ということで鎌倉には上野公園や千鳥が渕みたいな満開の桜の下にブルーシートを敷いて「花より団子」といった情景を見る、いわゆる「名所」はないのです。

とは言いながら,この季節にはお花見が目的とおぼしき人の群れが鎌倉中に満ちあふれます。さて、みな何処へ?とこちらもデジカメを携え久しぶりの「カマクラある記」をしました。
群生しているわけではないけれど市内いたるところに桜があります。知識不足で名を特定できませんが、葉をつけた山桜、代表選手のソメイヨシノとおぼしきものから、しだれ桜、それも大きいもの、小さいもの。花弁の大きいもの、小さいもの、色も白から紅まで、まるで地面に散った花びらのように、空から満開の桜をばらまいたかのごとく春らしさを競っています。
花見客はというと、みな何処へ行くというのではなく、ゆっくりと歩みを進めながら出会う桜を楽しんでいる風です。桜+何かを一緒に観るというのが鎌倉流お花見だと思います。桜と若葉の樹々、桜と社寺の屋根の甍、桜と時期を同じく咲く花々、桜と苔、桜と竹林、桜と石畳・・・桜だけを楽しむというのではなく、桜以外のものとの取り合わせの妙を味わいながらの散策は鎌倉ならではのものですし、それは取りも直さず鎌倉そのものを楽しむことになるというわけです。

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4月6日、晴。
裏の源氏山の桜をチェックして→葛原が岡神社→ハイキングコースを浄智寺へ→北鎌倉駅で線路を渡って→円覚寺→建長寺→鶴岡八幡宮→西御門→鎌倉宮、ここでバアバの車にピックアップしてもらって→瑞泉寺→逗子ハイランド→大町→帰宅。
鎌倉にはまだまだたくさんの桜の魅力があるとは思いますが、3時間ほどの個人的な体験レポートです。
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by love-all-life | 2010-04-07 11:28 | カマクラある記 | Comments(1)

カマクラある記 8 



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今日は春めいた暖かな陽気になるとの予報だったので、久しぶりに「カマクラある記」にでも出かけようかと考えていた矢先に「八幡様の大いちょうが倒れた!」というニュースが飛込んできました。スワッとばかりデジカメをポケットに八幡様に駆けつけました。

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まだ朝9時、がらんとした境内の中央石段下に古都鎌倉の歴史を見守り続けてきた大いちょうは倒れ、まわりに数人の神官さんたちが右往左往しています。今朝5時頃倒れたということです。
昨夜からの冷雨雪風は春を待ちわびる気持ちにまさに冷や水ではあったものの、とても大木を倒すほどの厳しさではなかったのに、かろうじて余命を保っていた老木にとっては必殺の一撃だったようです。精魂尽き果てたとでも言うように文字通り根こそぎ状態ですが、その根の大部分は腐って周辺の細い根で地面にしがみついていたのでしょう。よくぞ今まで頑張ったというほかありません。大往生として労をねぎらってあげたいものです。

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県の天然記念物のこの大いちょうは言わずと鶴岡八幡宮のご神木であり、鎌倉幕府の歴史を語る時に必ずその名が出てくる日本で最も有名な銀杏です。知られているように3代将軍源実朝の暗殺を企んだ公暁(くぎょう)が身を潜めていたとされているのですから、800年前に既に人が隠れることができる太さがあったわけで、そこから樹齢1,000年という数字がでたのでしょう。もっともこの樹は2代目で、樹齢はたかだか400年という説もあるようです。
ご本体が絶命してしまった今となっては真相は天国に持ち去られてしまったわけですが、でもひょっとすると、これから倒れた材木を用いて科学的に徹底究明することが可能になるのかもしれません。

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いずれにせよ八幡様を訪れる人々にとって鎌倉の歴史をしのぶよすがのひとつが消えてしまったというだけでなく、世界遺産を目論んでいる鎌倉市としても少なからぬ打撃でしょう。
しかしこの大いちょうをねぐらとしていたカラスや、ここを遊び場としていたリスたちにとってはもっと切実で悲しむべき出来事ではあるはずです。                                    
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by love-all-life | 2010-03-10 12:38 | カマクラある記 | Comments(1)

カマクラある記 7


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レオナルド・ダ・ビンチは「才能あるものは壁のシミから創意を得る」というようなことを言っているらしい。


何気ないものや、とりとめないものにも「何か」を感じ取る力、これを感性だとすれば、感性を磨くにはそれほど面倒な手続きや手間は要らないのではないかという気になります。

なにせ何かを感じる対象は、そこいらにいくらでもある「何でもないもの」なのだから、特別なものを探す必要はないわけで、しいて言えば「何でもないもの」に「特別」を見つける作業ということになるのでしょうか。

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その「何でもないもの」を「地面」としてみました。これは「何でもないもの」の代表ではないか、だって自分がいるところにはいつも地面があるのだから。

というわけで、近頃「地べたの景色」を撮り歩いています。
ジイジにとって地面がさらに都合がいいのは、拾いものの好きなジイジはいつも下を向いて歩いているからです。

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こんなことで感性が磨けるのか?と問われれば、もちろん責任はとりません。
ただ、ジイジのボロボロに錆びついた感性が崩れ去っていくのをいくらかでもスローダウンできればという、かすかな望みを託すけなげな努力(それにしてはイージーな)だと思ってください。

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それにしてもこのカマクラ、アスファルトだらけで、改めて自動車天国、公共事業王国を再認識。
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by love-all-life | 2009-09-21 09:40 | カマクラある記 | Comments(0)

カマクラある記 6


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ご近所から孫たちに地引き網の体験のお誘いがありました。ご好意をすごく拡大解釈してジイジもタンコブとしてついて行きました。
朝9時、晴天、集合場所の材木座にはすでに子供たちや保護者100人近くが集まっています。
主催者の挨拶に続いて全員で体操。心身ともに爽やかで、いい日というのはこんな日なんだという気分です。

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地引の網が上がるまでの待ち時間にパン食い競走や、スイカ割りなどが予定されていましたが、漁師さんとの行き違いで、すぐに地引ができるということになり、子供たちは大急ぎで綱にすがりつきます。漁師さんの大きなかけ声で力いっぱい綱を引いてきてはまた波打ち際にかけ戻って綱をとることをくり返します。綱を引くこと20分あまり、獲物の小魚が見えてきます。皆の期待は否応なく膨らみますが、網にかかった収穫は期待ほど大きくなく、相当量の小魚と小・中型のサバのほかに名前のわからない魚少々とフグなどでした。

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「毒のあるのがいるから魚に触ってはいけない!」という漁師さんの声に、魚を仕分ける漁師さんを十重二十重と取り囲んで作業を見守ります。とても大量とはいえない漁でしたが、自分自身で引き寄せた獲物だけに一同満足の面持ちです。
プラスチックのフネに入った硬直した状態や切り身ではなく、ピチピチと跳ね回る魚を見るのは多くの子供たちにとって初めてなのでしょう。眼は興味と驚きで一杯に見開かれています。
生きた魚が食欲と結びつくのはおじいちゃんおばあちゃんたちだけのようです。

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イワシの稚魚らしい5、6センチの小魚とサバを選り分けて、網にからんだ海藻や食べられない雑魚を捨てます。
砂地に放られたフグをかわいそうだからと、こっそり指でつまんで波打ち際に放してやる親子もいます。生き物の命を大切にする気持ちは尊いですが、わたしたちの「生」もこのような殺生に支えられているのだということを何人の子供たちが気づいてくれたでしょうか。

最後にそれぞれの家族がビニールの袋にサバ1尾と雑魚を分けていただきました。
この雑魚どう料理するのですかと少し困った表情で若いお母さんに聞かれたので、唐揚げかかき揚げ天ぷらでしょうねと、少し自慢げに答えてあげました。
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by love-all-life | 2009-09-11 10:38 | カマクラある記 | Comments(0)

カマクラある記 5

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6時起床、快晴。
早朝の冷気と、庭に仰向けになって転がっているアブラ蝉の姿に、ヤヤッ、やっと夏が来たと思っていたら、もう秋かよと、なんだか訳もなくあせりました。

散歩。
いつもの海岸へのコースですが、今日はビジュアル・ハンティングの獲物を和風の門構えと、道すがらの草花に絞りましょう。


HAND & SOULから海岸までは、住宅地→市街地→住宅地→海岸と、旧市街を南下することになります。

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家並みの間を車がやっとの細い道をくねくねと歩くのですが、純和風の古い門構えが結構残っていて、その多くがしっかりと手入れされている立派な現役です。鎌倉らしさのひとつの側面でしょう。

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もちろん大部分の家は洋風、プレファブ住宅、商家などですが、それぞれがどこかしらにこだわりを感じさせる部分をもっていて、散歩者の目からは、それは表札だったり、門灯だったり、玄関や垣根の植込みだったりします。

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夏場は春に比べて花の種類はやや少なめですが、それでも道ばたの玄関先の鉢や植え込み、垣根の上から顔を出す花々、生垣にからむつる花など、その気になって見ると種類も表情もとても多様です。

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ガーデニングの成果を誇っているようなお宅もありますが、多くは家主とあまり関係なく草花が勝手に枝やつるを延ばし花をつけているように見えます。でもそれも自然の趣を大切にという計算づくなんでしょう。

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もっと花の名前や生態に詳しかったらなぁという思いと、いや、きれいなものを素直にきれいと感じればそれでいいじゃないかという開き直りが交錯しながら、てくてくと歩きます。

由比ケ浜海岸で折り返し、若宮大路を廻って帰宅。7,833歩、でした。
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by love-all-life | 2009-08-17 20:51 | カマクラある記 | Comments(0)

カマクラある記 4

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旧市街の鎌倉は海に開いた部分を除いて、入り組んだ丘陵が周囲をぐるりと囲む地形ですが、その山裾の谷の部分を「谷戸(やと)」と言います。机に置いて開いた手のひらの指と指の間のような平地の部分です。その昔は畠だったところに今は人家が浸食していますが、今も昔も人の暮らしと自然の接点であることにかわりはありません。
鎌倉のお寺の多くがそうした森閑とした谷戸の懐に位置しています。お寺の境内を含めその周辺の自然と調和した人家の佇まいは「鎌倉らしさ」のひとつの典型でしょう。

HAND & SOULの裏山の源氏山公園から、丘陵の尾根のハイキングコースを北鎌倉方面の谷戸に下り切ったところに浄智寺があります。鎌倉五山の4位の古刹で、四季折々の花が楽しめる禅寺ですが、その浄智寺に到る谷戸の道に沿った人家の佇まいは、かっては日本のいたるところにあって、いまは失われてしまった美しい「日本の住まい」の姿をそのまま残していて、ジイジが大好きな散歩コースです。

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住宅地でありながら、主役はあくまで自然、人はちょっと場所をお借りしているという風情です。
散歩ですから、見えるのはあくまで背景としての谷戸の緑と、家の門構え、生垣、生垣越しの庭木や屋根といった外観ですが、色彩も素材も簡素にして控えめ。われわれが皆こころのどこかに持っていながら、どこにあるかさえ忘れてしまった日本人固有の美意識を、ちょっと恥ずかしい気持ちとともに蘇らせてくれます。

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by love-all-life | 2009-08-08 08:51 | カマクラある記 | Comments(0)

カマクラある記 3

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「カマクラある記」とい言うには憚れる、HAND & SOULから歩数にして250歩たらずのところに「銭洗弁天」があります。正式には「鎌倉銭洗弁財天宇賀福神社」といいます。

鎌倉の観光名所といえば大仏さん、鶴岡八幡宮、円覚寺、建長寺などが代表格ですが、弁天さんは規模で言えば、それらのBIGには比べようもないほど小粒ですが、参詣者の数では遜色ないほど多くの人が訪れます。
その理由は言うまでもなく、弁天さんの清い湧き水でお金を洗うとお金が増えると信じられているからです。
北海道や九州から飛行機でやってくる人もいるそうで、そんなうわさがさらに人を集めているようです。
休祭日と巳の日はあまりに人出が多いので、弁天さんに到る道は車輛規制になるほどです。

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竹のザルに入れたお金を、池の水を柄杓で掬って洗い清めるのですが、硬貨を洗う人はむしろ少数派で、大抵は紙幣です。
濡れた万札を一枚大事そうにハンカチで拭う人、束の万札をビニールで包んで何回も洗う人、なかには株券や預金通帳を洗う人も少なくありません。
人の欲がとても素直な形で現れるところです。
当然のことながら、経済不況は弁天さんにとっては福の神です。

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HAND & SOUL も商売を始めたのですから、当然のことながら弁天さんのご利益(ゴリヤク)に大いに預かりたいところですが、実は残念ながらあまり期待できないのです。
というのは、たしかにHAND & SOULのすぐ近くの参道は相当の人通りですが、その人たちはお金を増やすことには関心があっても、使うことにはあまり関心がないからです。
実はもうひとつ期待薄の理由があるのです。
うちの息子(現在44才と42才)たちが小学校にあがる前、与えた憶えのないお金をもっていたので問いただしたら、弁天さんの池の底に落ちている小銭を拾って来たことが判明、バアバ(当時はママ)が慌てて弁天さんに連れて行って平謝りに謝ったのですが、それ以来何度お参りしてもどうもご利益がないのです。
その時の罰(バチ)が当っているのではないかと思っています。
神さまが与える罰にも時効があってくれればと、それだけが切ない神頼みです。

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by love-all-life | 2009-08-01 19:35 | カマクラある記 | Comments(2)