HAND & SOUL

カテゴリ:時事・社会( 77 )

民主主義は民主主義か?

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長いこと生きているといろいろ得難い経験をするものです。
思わず「え〜マジかよ!」と若者のような声をあげてしまったのが、英国のEU離脱vs.残留の可否を問う国民投票の結果です。その上さらに驚いたのは、離脱の結果が出た直後から、勝った離脱側からの「あれは本心ではなかった」「私の票は無効にして」みたいな後悔の声がなんと400万にのぼりさらに今後増える見通しだというのですから、「ど−なってんの?」と言わざるを得ません。
議会制民主主義のお手本だった英国、理性的でスポーツとスマートなユーモアを愛でる紳士の国で起った騒動だけに、悪い冗談では済まされないインパクトがあります。

そもそもEUとは近代まで政治・思想・文化の面で世界をリードしてきたヨーロッパが,一方で骨肉の争いのような戦争を繰り返し、ついに大量殺人兵器よる二つの世界大戦の壊滅的な悲劇を味わった経験から、人類の英知をあつめて二度とあのような愚かさをくり返さない世界をつくろうという理想をかざして生まれた国際連盟や国際連合などの国際協調の流れのなからヨーロッパをの一つの国とする実験として発展的に機能してきたものと思っていました。

ところが今回の英国の騒動から明らかになったのは、はじめから分かっていたはずの各国の経済的な規模や事情の差異や加盟国に課せられる規制や制約に加えて、移民や難民の流入によって奪われる仕事や格差や治安の問題、さらには現政権への諸々の不満のはけ口として離脱派が勢いを得たということのようです。
それにしても、あまりにも性急で過激な結果ではないかというのが,遠く離れた日本に住むわれわれの率直な印象です。
しかしこの状況ついての我が国の治世者の関心がもっぱらお金の損得勘定に向けられていていささか悲しくなります。
この出来事がこれほどの不安感をわれわれに与えるのは、たんに損か得かということより、われわれが拠って立つ地盤が揺れるような根源的なものであるとどこかで感じるからではないでしょうか。それは民主主義とは何かという問いであり、国民投票というコトの決し方への疑問です。
民主主義というのは言うまでもなく、意見が対立した場合、お互いに議論を尽くし、どうしても折り合いがつかない時は多数決という手段で結論を出すというのが基本的なルールであり、より多くの意見がより正しい判断を下すという信念です。だからすべての国民が投票してコトを決する国民投票は究極の民主主義的な手段でるという考え方が定着していると思っていました。
ところが,今回の英国の国民投票の成り行きをみる限りとても民主主義が正しいカタチで機能したようには見えません。多分投票にいたる前にもっともっと長く深い議論が必要だったのでしょう。

英国人中の英国人ウインストン・チャーチルの言葉によれば…
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」
という警句を発しています。
つまり民主主義は他より少しはましな政治形態に過ぎないということなのでしょう。

さて、われわれ日本人は憲法9条とか原発とか沖縄といったなかなか結論が出せない重要な全国民的課題を抱えていています。そしてこれらをいずれは国民投票という方法で決着をつけざるを得ないと考えている人も少なくありません。
それなのに、この参院選で与党の陣営が逃げまくっているのがこれらのテーマについての議論です。やれやれ。
   
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by love-all-life | 2016-07-22 14:38 | 時事・社会 | Comments(0)

政治もデザインもフランスの勝ち!

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むかし図案と言われていたものがシンボルマークやロゴなどと呼ばれるようになり、近頃はもっぱらエンブレムという言葉が流行りになっていますが、さて、これは何のエンブレムでしょう?

このエンブレム、NHK BS1のドキュメンタリー「食料廃棄物ゼロにせよ」を観ていて初めてお目にかかりました。
深刻な格差や資源の枯渇などが問題視される一方で、世界中の食料生産量の1/3が捨てられている状況は許せないと、フランスではすべての大型スーパーに売れ残りの食料品の廃棄を禁じる「食料廃棄禁止法」が制定されました。番組では国が決めたこの思い切った制度に対応して、食品廃棄物ゼロをめざすスーパーやフードバンク、慈善団体などの取り組みが紹介されます。なかでも家庭から出るゴミは食品廃棄の最大のものとして、消費者の意識や,購買行動へのアプローチが示されますが、そのなかで紹介されるのがこのエンブレムなのです。

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このエンブレムは言ってみれば「キズもの」表示です。形の整ったアスパラガスは売れるが、曲がっていたり、キズがあると売れ残ります。そのような「キズもの商品」を値下げして、このエンブレム・シールを貼って「よい味を、無駄なく食べましょう」と呼びかけるのです。
日本でも「キズもの」は安売りの手法として定着していて、なかにはおせんべいをわざわざ割って「キズもの」として販売増進を謀るといった不純な手口もあるようです。
このフランスのエンブレムでは、「よいものを、無駄なく」と呼びかけて、消費者を地球市民とみる視点が、「キズもの商法」とはっきり異なっています。

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デザインは「少々の問題があるリンゴ」を擬人化したものですが、醜さをおかしさ・親しみやすさにすり替えた巧みなデザインで、日本にあふれるカワイイ系、癒し系ユルキャラの幼稚性は感じられなくて、ややシニカルな趣もただよっていて大人の心に触れるユーモアのセンスを感じます。
日本ではこのところのオリンピックのエンブレム騒動で、にわかに「デザイン」が広く一般の関心事となっているのは本来的には歓迎すべきことですが、ことの流れをみていると、公平・公正といった観点に話題が集中し、「デザインの世界も民主主義だぜ」みたいな空気なっていくのには違和感を覚えます。
ま、いまのデザイン界に誰もが認めるようなプロの不在を世間一般が何となく感じていて、そのフラストレーションの現れとみるべきでしょうか。

政治も、市民も、デザインも、「フランスって大人だなぁ」と感じた番組でした。


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by love-all-life | 2016-04-20 18:14 | 時事・社会 | Comments(0)

清貧の政治思想

4月1日。世の中、新しい年度がスタートしました。安倍政権は金さえあれば何でもできると史上最大の国家予算を懐に、安保法施行、国防費増強、ニッポン一億総活躍プラン、同一労働同一賃金と、強くて豊かな国づくりの演出に躍起です。
しかし一旦決めた消費税増税をやるのかやらないのか、そのおずおずした様子をみていると、やっぱり心の奥を支配する想いは「国民」より「選挙」なんだと思わざるを得ません。

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そんな年初の日の朝刊(朝日新聞)のなかで当方の心を捉えたのは前ウルグァイ大統領ホセ・ムヒカさんへのインタビュー記事「清貧の政治思想」でした。(www.asahi.com/opinion)
在任中も立派な大統領公邸を拒み小さな平屋に住み、愛車の1987年製のフォルクスワーゲンを駆る氏の発言は、地球の裏側のどこかの国の政治家に聞かせたい言葉に溢れています。

「『貧しい人』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ」

「生きていくには働かなくてはいけない。でもだけでは働くだけでの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買物をした引き換えに、人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう。簡素に生きていれば人は自由なんだよ」

「私たち政治家は、世の中の大半の国民と同じ程度の暮らしを送るべきなのだ。一部特権層のような暮らしをし、自らの利益のために政治を動かし始めたら、人々は政治への信頼を失ってしまう」

「怖いのは、グローバル化が進み、世界に残酷な競争が広がっていることだ。すべてを市場とビジネスが決めて、政治の知恵が及ばない。まるで頭脳のない怪物のようなものだ。これはまずい」


そして、
「日本のいまを、よく知りたいんだ。世界がこの先どうなるのか、いま日本に起きていることのなかに未来を知る手がかりがあるように思う。経済も技術も大きな発展をとげた働き者の国だ。結局、皆さんは幸せになれたのですか、と問うてみたいな」


さて、随分ご無沙汰してしまった当ブログですが、HAND & SOULがいまだこの世に存在するかいぶかる向きもお有りかと思いますので、ジイジ・バアバ二人合わせて精神年齢20歳、実年齢160歳のパワーはいまだ健全であることをご報告するとともに、「清貧」という日本語の美しい響きにかぎりない共感を寄せ続けたいと思っています。
この2月末には青山のタンバリンギャラリーにて6回目のHAND & SOUL展を催し、5月の開店8周年を期して、店の外壁の塗装を行い心機一転、あたかも新しいランドセルを手にしたような若やいだ気持ちで張り切っております。
今後ともによろしくお引き立てのほどを・・・・。
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by love-all-life | 2016-04-01 18:35 | 時事・社会 | Comments(1)

舌を刺す

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「舌を刺す」という言葉を知ってる?と家人に聞いたら誰も知りません。
ではとパソコンの国語辞典に聞いても「国語辞書に一致する情報は見つかりません」と相手にしてくれません。
「えッ、そんな馬鹿な・・・腐敗しそうな食べものを口に入れたときにピリっと舌にくる、あの感触だよ」と
言ってみたものの、そもそも近頃では腐敗しそうな食べ物を口にすることなどないのだと気づきました。

そう「舌を刺す」という言葉は少年時代の戦後の食料不足の思い出と直結します。
美味しいもの、新鮮なものなどと贅沢は言っていられません。「食べられれば食べる」というのがあたりまえのことでした。冷凍庫も冷蔵庫もなし、まして賞味期限などいう言葉なんてだれも知りませんでした。
魚はその日その日に魚屋の店頭でハエを追い払いながら買って来たものを晩に食べるのが当たり前のことで、当然日を越すと腐敗が始まります。それでも残った食料を捨てるということは極力しないで食べます。そんなとき母親が「舌を刺したらやめなさい」と言うのです。
だから子どもにとって「舌を刺す」は、自らが下痢や腸チフスのリスクから逃れるための大切なサインであったわけで忘れようもありません。
ちなみにジイジより二つ年長のバアバに聞いたら「知ってるわよ」と、なんでそんなこと聞くのと怪訝な面持ちです。

相変わらずの昔話をもち出したのは、このところの廃棄食品問題のニュースを見聞きする度に、おだやかな気分でいられないからなのです。
廃棄物処理業者が廃品として受け取ったものを食品と偽って流通するのは廃棄物処理法に反するというのです。
それはそうだが、その後の議論がともすると食品安全管理の見地から、このような手口が起らないようにするには、といった方向に動いていくのをみてちょっと違うんじゃないの?と言わざるを得ません。

このような事件を誘発する原因は、かくも大量の食品が廃品業者に流れることだが、何と言ってもその根幹はあまりにも多くの食べ物を捨てるという世の中のあり方が問題なのではないか。
国内で出る食品の産廃は年間250万トンにも及ぶと聞いてもそのスケールの大きさにはいまいちピンときませんが、その一因とされる食品業界の「3分の1ルール」というのを知ると驚きです。
製造から賞味期限までの3分の1を過ぎた商品は小売店へ納品できず、小売店は3分の2を経過した時点で店頭から下げるという商習慣が存在するのです。
賞味期限というのは、知ってのように美味しく食べられる期間という意味で、その食品が食べられなくなる期限ではありません。つまり日本では食べ物は美味しいうちに捨てるというのが食品業界の暗黙のルールだというのです。
捨てられたものを食品と偽って売るのもいけないが、食べ物は美味しいうちに捨てなければいけないというのも、同じように良くないことではないか。
ただ、廃品業者の方は法律に違反するので対処は比較的簡単ですが、一方賞味期限は食の安全、消費者の健康のためといった大義名分があるので簡単に悪者にしてしまうにはためらいます。

それにつけても、飢えた幼児がティシュを口にする母子家庭の話、食費に事欠いて1日2食で我慢する多くの非正規雇用サラリーマン・・・・、王侯貴族の食卓と敗戦直後の貧困が同居するこの不条理な社会を生み出したのは誰か?
その責任は国民みんなでシェアすべきものですが、その先頭にいるのが金、金、金のシュプレヒコールのもと、アベノミックスとやらの錦の御旗を振りかざす品のない為政者だとなると、つい「舌を刺す」感覚が蘇ってきてしまうのです。
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by love-all-life | 2016-01-27 00:15 | 時事・社会 | Comments(0)

自然は恵みか災いか

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北関東の記録的豪雨で河川の決壊などにより、またしても自然災害の過酷さをいやというほど見せつけられました。
資源の乏しい日本で唯一といってもいいほどの豊かさを享受している水資源の、普段とは全く異なった恐ろしい姿です。
緑豊かな起伏に富んだ国土、清らかな水の流れ、変化に富んだ四季折々の表情。こういったわれわれが日頃誇りに感じている自然の恵みは、一方でどれも災害の元凶でもあり得ることを再認識させられます。

以前住んでいた米どころの中越・長岡では、5月に入ると田んぼに水を引きます。市街地近くの台山に登って見下ろすと、長岡は見渡す限りの水面が広がって市街地が水にぽっかり浮いたようになり、それはまるでヴェニスのようで、毎年その景色を愛でるのを楽しみにしていました。
ところがマスコミが報じる今般の災害の遠景写真は(こういう見方は不謹慎と思いながらも)、あの5月連休のころの長岡の高地からの眺めとそっくりなのです。
一方は豊かな実りを秘めた希望の水、もう一方は人の暮らしを破壊する災いの水です。
「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増す。」とは寺田寅彦の言葉です。
河川の決壊による濁流のなかに点々と沈む数えきれないほどの自動車が、その言葉の今日性を感じさせます。


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一昨日こんなことがありました。
早朝、「すわッ、首都直下型地震!」と一挙に目を覚まし、「な〜んだ…」と、早く目覚めた分だけいつもよりのんびりゆっくりと裏山の神社のラジオ体操へ向かいました。
6時半からの体操は、机の上の携帯ラジオから流れる号令に合わせて老男老女が身体を動かすのですが、この日ラジオはずーっと「マチダ震度5弱、ヨコハマ震度4、・・・」と地震速報をやっていて、6時半になっても一向に終わりません。一同一瞬顔を見合わせました。と、誰かがラジオ体操第一の動きを始めたのです。するとそれ合わせて皆が「カワサキ震度4、チバ震度3・・・」の声に動ぜず黙々とラジオ体操第一、第二を規律正しく無事やり終えたのでした。
自然災害なれした近頃の世相の一こまと言うべきか、百戦錬磨の老男老女ならではの胆の坐りなのか、とても不思議な体験でした。

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自然災害はいつかはわが身に降り懸る。それは多分想定以上のものだろうという覚悟をもちながらも、できる備えはする。今日まで当事者でなかったことを感謝しつつ、自然の恵みも戒めも甘受するということでしょうか。











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by love-all-life | 2015-09-13 20:02 | 時事・社会 | Comments(0)

政治家の言葉

安倍首相が「積極的平和主義」とう言葉を掲げて以来ずーっと違和感をもってきました。
この言葉と抱き合わせに持ち出される集団的自衛権や抑止力という言葉との整合性がつきかねるからです。
ところで今朝の新聞で「積極的平和主義」の提唱者であるノルウェーのヨハン・ガルトゥング氏のインタビュー記事を読んで、ひっかかっていたもやもやがすっきり晴れた感じです。

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「積極的平和は平和を深めるもので、軍事同盟は必要とせず、専守防衛を旨とします。平和の概念が誤用されています。」

「参院で審議中の安全保障関連法案は、平和の逆をいくものです。成立すれば、日本は米国と一致協力して世界中で武力を行使していくことになるでしょう。そうなれば、必ず報復を招きます。日本の安全を高めるどころか、安全が脅かされるようになります」

「日本外交の問題は、米国一辺倒で政策が硬直していることです。創造性が全くありません。」

「軍縮を訴えているのに、軍縮を実現するために必要な国際問題の解決策を打ち出そうとはしません。」

実に明快で、まさに快刀乱麻です。(全文:8月26日付け朝日新聞<インタビュー>「積極的平和主義の真意」)

政治家の命が言葉であることは言うまでもありませんが、安倍首相は、「中国が攻めてくるぞ」という類いの脅しと、この積極的平和主義にしても、安全保障法案を平和安全法案と言ってみたりといった、「平和飾り」のついた語句を繰り返すばかりです。
それで人々の「安保関連法案」への理解を得ようとしてもそれは無理というものです。




政治家の発した、心に響く、忘れられない言葉があります。

我が国の魂、それは「自然」「愛」です。
「愛」の対象はつねに「自然」に向けられています。
それらは古い伝統や芸術に生きています、そして、現代にも受け継がれています。
しかし、「自然」と「愛」はいずれも傷つきやすく、いつも悲しみと痛みがあるのです。

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 ランズベルギス (リトアニア国家最高議長)









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by love-all-life | 2015-08-26 13:43 | 時事・社会 | Comments(0)

第3回 ピースパレード in かまくら

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「安保関連法案に反対するピースパレードin かまくら」第3回の日程が決まりました。9月6日です。
第1回目の参加者は500人、第2回目は600人、呼びかけ人も697人となり、ますます意気盛んです。

われわれに選ばれた首相がわれわれの意に背く行動をとるとき、それを正すに座して次の選挙を待つわけにはいきません。
いま大きな声を上げましょう。








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by love-all-life | 2015-08-22 08:49 | 時事・社会 | Comments(0)

暑い夏

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どうやら安倍首相にとっては、日本国民の叫びより米国議会での口約束のほうが大切らしい。
安保関連法案について、世論の動向がどうあろうと、自分自身でも国民の理解が進んでないことを自覚していようと、9月の立法化はだけは絶対視する強引さをみているとそう思わざるを得ません。

米国の9.11からイラク戦争までのブッシュ大統領のやり口をみて「あぁ、戦争というのはこうして始まるのだ」と思ったものです。敵をつくり、相手の悪意をねつ造し、恐怖をあおり、正義と愛国心に訴える・・・。でもあのときは(ウソの情報によるものだったにせよ)少なくとも国民の圧倒的支持がありました。
でも今回の日本のゴタゴタでは、議論を重ねれば重ねるほど国民の支持は遠のいていってます。議論を重ね、説得によって国民の心をつかむのが真っ当な政治家というものではないでしょうか。私たちはたへんなリーダーを選んでしまったものです。
次の選挙が待ち遠しいわけですが、それもすぐにはやってこないとなっては、当面できることと言えば、小さくともひとり一人の肉声を結集して、安倍政権が国民の支持を失ったことを世界に知らしめることでしょう。

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ということで、7月11日に「安保関連法案反対ピースパレードin かまくら」に参加しました。
遅梅雨の合間の嘘のような晴天に恵まれて500名のパレードが鎌倉で肉声を挙げました。ボクにとってこのような政治行動は生まれて初めてのことです。子ども時代に戦争末期・戦後の空気を吸ったものとして、もう傍観者ではいられないという気持ちです。
今日、法案は衆議院を通過しました。法案阻止は容易なことではありません。しかし実行委員会ではまだ2回、3回を計画しています。憲法によって不戦を誓った国民の平和を希求する心を世界に示すには「この夏までに」はありません。





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by love-all-life | 2015-07-16 23:40 | 時事・社会 | Comments(0)

EMOJI広告 出現

ゼネラルモータース(GM)が2016年型「シボレー・クルーズ」の登場を告げるプレスリリーズをすべて絵文字で表現して発表したというニュースを新聞で知りました。

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この文章(?)を絵解きするのは、絵文字を使い馴れている若者諸君にとってもそう簡単なことではないでしょう。
ま、こんなチンプンカンプンのメッセージを発信したGMの「こころ」は「新しい2016年型シボレー・クルーズを言葉だけで説明することはできません」ということのようです。しかし真意は新車に対しての話題性と広告文の内容についての強い関心を喚起しようとするしたたかな広告戦略に違いありません。その証拠に、GMは翌日にちゃんと翻訳テキストのプレスリリースを発表しています。

当方がこのニュースに興味をもったのは、絵文字が最早こんな風にコミュニケーション・ツールのひとつとしての新しい姿を得つつあるという現象に対してです。たしかに、このGMの広告文は、誰も読解できないことを逆手にとった面白さという意味では絵文字の限界を示した例と言えなくもないですが、絵文字が日向に躍り出た出来事ではあります。

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そもそも絵文字は、古代エジプトのヒエログリフをはじめとして、人類が情報を伝え、残す手段として、文字より古くから使ってきたものです。近・現代の国際化にともなって民族的な言語を越えた情報伝達手段として交通標識やオリンピックのような国際的な場ではピクトグラムとして一定の役割を果たしています。
今回驚いたのは(当方のような老鳥だけかもしれませんが)、「絵文字」は「MOTTAINAI」や「TSUNAMI」や「MANGA」のように「EMOJI」として日本の風土・文化が生み出した国際用語となっているということでした。

WEBの情報伝達が視覚的であることは言うまでもありませんが、モニター上の光る文字を長時間読む煩わしさは歳のせいばかりではないと思うし、ましてスマホの小さな画面ではいきおい文章は短絡的だったり省略が多くなりがちだし、情感的表現にもなじまないと感じる人は多いでしょう。その点、例えばバナナの「絵」を見せれば「バ」「ナ」「ナ」と3文字使わなくても済むし、「笑顔」の絵文字ひとつが、相手に長い文章に匹敵する発信者の気持ちを伝える効果を期待できるのです。そういう意味で絵文字は、単純化したり省略することによって相手からより多くのアウトプットを引き出すという、日本特有のコミュニケーション作法と通ずるところがあり、俳句的でありマンガ的であると言えなくはないと思うのです。

GMのこの広告は米車を売るのに日本発のEMOJIを使うという懐が深いというか、思いがけない切り口ですが、近頃の日本のテレビCMの消費者の感性や知性を踏みにじるようなえげつない使用前・使用後の表現に比べると、この広告の方がはるかに消費者の知性やユーモアセンスを前提としてつくられたものと言えるのではないでしょうか。



因に、残ながら絵文字画像が不鮮明ですが、絵文字解読と英文に自信のある方のために、翻訳英文を掲げておきます。

DETROIT-In two days at the Fillmore Theatre at 7 p.m., a new Cruze will be born and you are going to love it.

The all-new 2016 Cruze blends innovative technology, striking design and impressive efficiency into one sporty ride.
It’s the best new thinking since sliced bread for stylish and socially connected people. A Chevrolet spokesperson said:
“We had the idea that the new Cruze could change the world..”

• Design: Athletic build, stylish and good looking.
• Technology: 7 connected devices with available 4G LET Wi-Fi. Cool First in its class to offer compatibility with Apple CarPlay and Android Auto. Bluetooth compatible. Touch screen. Speakers/music.
• Seating: Seat 5
• Fuel efficiency: The 2015 Cruze offers an EPA-estimated 35 mpg hwy. The 2016 Cruzu is expected to offer better fuel economy, which is awesome. Look at how much time will pass before you need to fill up your tank again!
• Safety: 10 air bags. Comes with OnStar standard for 6 months.
• Available: Soon! Coming in Spring 2016.
• Available: Globally

In conclusion, get ready to go places in your Cruze. It has the technology and fuel efficiency you need wrapped up in a fun ride. Prepare to fall in love.

Follow #ChevyGoseEmoji to learn more and join the fun!

Founded in 1911 in Deteroit, Chevrolet is now one of the world’s largest car brands, doing business in more than 115countries and selling around 4.8 million cars and trucks a year. Chevrolet provides customers with fuel-efficient vehicles that feature engaging performance, design that makes the heart beat, passive and active safety features andeasy-to-use technology, all at a value. More information on Chevrolet models can be found
at http://www.chevrolet. com.










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by love-all-life | 2015-06-26 17:09 | 時事・社会 | Comments(0)

義兄の人力ヘリコプター

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「シコルスキー賞」というのをご存知でしょうか?
レオナルド・ダ・ヴィンチが考案したヘリコプターの飛行の原理を実現しようと、アメリカ・ヘリコプター協会が1980年に設立した賞で、ヘリコプターの父とも言われるイーゴル・シコルスキーの名前をとって名付けられました。
「人力で60秒間以上」「一度は3メートルの高さに到達し」「10メートル四方の範囲内に機体を制御する」ことが条件で、賞金は25万ドルです。

何でこんな話を持ち出したかというと、近頃話題の多いドローンなる飛行物体が、6年前に他界した義兄(ということはバアバこと内藤三重子の実兄です)が日大工学部の院生を指導しながら開発し、あわやシコルスキー賞か!というところまでいって注目を集めた人力ヘリコプターと外形が良く似ているからなのです。

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義兄・内藤 晃は、太平洋戦争末期に東大で流体力学を学んでいましたが、空軍士官であった長兄が帝都防衛で戦死したことで戦後は航空の道には進まず、エンジニアとして世界初の自動エンジンの車や、農地での種の空中散布用ヘリコプターの開発に携わったりしていました。定年後になって大学で教鞭をとる傍ら、空への想いは止みがたく人類未踏の夢のヘリコプターを目指しシコルスキー賞に挑んだのです。
義兄が考案した、人がペダルを漕ぐ力で4つのプロペラを回転させ浮力を得る人力ヘリコプターは、現物は相当大きなものですが、彼が書斎でつくっていた模型は、最近テレビなどで見る首相官邸に転げ落ちたドローンと良く似ていました。
義兄の人力ヘリコプターとドローンの間にどのような技術的な関係があるのかないのか当方には皆目見当がつきませんが、そのころ彼はマサチューセッツ工科大学などのライバル・チームがいる研究機関へ講演や会議に出かけたりしていて、彼の研究が相当先駆的なものなのだろうとは感じていました。
彼は2008年に愛妻の名前をとって名付けたYURI-1号で最後の人力ヘリコプターの飛行実験を行いました。機体は実際に浮上し、あわや達成かと興奮しましたが、浮上時間20秒で条件のクリアには今一歩届きませんでした。その後しばらくは受賞に最短距離にありながら2009年に88歳で他界しました。

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その後シコルスキー賞は、義兄の死から4年経った2013年にカナダのトロント大学のチームによって達成されました。
先日NHKのTV番組「サイエンスZERO」でその時の様子を見ることができましたが、受賞者の喜びの弁で「われわれはYURI-1のアイディアに啓発された」と述べているのを知って、当方も何とも言えないような達成感を味わった気になりました。

いまドローンがまるでテロの凶器であるかのように危険視される一方で、新しい産業革命の寵児として「打ち出の小槌」でもあるかのように騒がれてもいますが、科学技術のシーズが研究者の手からうまいカタチで人間社会に引き継がれることの難しさを痛感するにつけても、ひたすら「飛ぶ夢」だけを追い続けた義兄は幸せだったと思わずにはいられません。


写真:NHK映像







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by love-all-life | 2015-05-29 10:31 | 時事・社会 | Comments(2)