HAND & SOUL

カテゴリ:時事・社会( 77 )

おいしい水でお風呂に入る

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今朝の朝日新聞の「オピニオン・老朽化列島どう生きる」はとても興味深く、考えさせられることの多い記事でした。

近代文明社会は、万人のより快適、より便利、より清潔な暮らしを求めて、電気、ガス、水道、交通、通信などのインフラを整えて維持してきました。しかしいまや橋も公共の建物も老朽化し、このままでは大事故の危険もある、しかしこれらをつくり直す金があろうはずはない、では、どうする? に対するオピニオンコラムです。

わが身を振り返ってみて、75年維持してきた生命システムがどこもかしこも疲弊し、身体のあちこちに故障を意識しないわけにはいかない日々です。神の采配によって細胞の再生産を繰返す生命体でさえ永遠の命はないのですから、まして人工物のすべてに耐用年数があるのは当然で、その時期が「今でしょ」ということなのです。
「コンパクトな自立社会をつくれ」「いっそのこと補修技術で世界をリードしよう」など、三人の発言者に共通しているのは発想の転換が必要ということのようです。

なかでも水道に関する厚生労働省新水道ビジョン策定検討会委員の佐藤裕弥氏の発言には眼からウロコでした。
佐藤氏は、明治20年にスタートした日本の水道は、いまのようなカタチで将来にわたって維持することは難しいと危惧します。老朽化した施設が一斉に更新時期を迎えるからです。いまが過剰な水道施設と水に対する価値観を見直し、新しい「水社会」を練り直すチャンスだと言います。

どうもわれわれは贅沢に水道を使い過ぎているようです。日本人は幸せにも世界でも最上級の飲み水を水道で飲めることをしばしば自慢します。昨今都会のマンションなどではタンクの水を飲まなくてはならず、おいしくないといって浄水器を設けたり、飲料水はボトル入りにするという人たちが増えてはいますが、基本的に「豊かな水の国・日本」というイメージを抱いている人は多いと思いますし、小生もその一人です。
20数年前頃からでしょうか、ボトル入りの水が一般に売り出されたときには、瓶詰めの水に金を払う人がいるなんて信じられませんでしたし、宣伝にのせられた恰好つけ、外国かぶれの無駄遣いと感じたものでした。
ところが佐藤氏によると、「おいしい水で水洗便所を流したり、お風呂に入ったり、庭に打ち水するとは、何という贅沢」ということになります。水道水はコストをかけないもっと質を落とした水で充分、飲み水は家庭の水使用量のたかだか1割以下なんだから、ボトルを買って間に合わせればよいではないか、というような発想の転換が必要という意見です。
この言葉にはどこかレンホーさんの「二番じゃいけないんでしょうか?」的インパクトを感じてしまいました。

私たちはいまいろんな場面で従来から抱いて来た固定観念、イメージ、価値観を一度根本から見直してみなければならない時期にあるのではないでしょうか。次世代から膨大な借金をして「豊ないま」にしがみつこうという発想からどこかで抜け出なければなりません。そしてそのための覚悟を国民に上手に促す勇気と戦略が為政者に求められていると思います。
ところが今の自民党政権ときたら、既成の価値観にバターやジャムを塗りたくっているとしか思えないのですが・・・。


カット:朝日新聞
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by love-all-life | 2013-05-18 23:15 | 時事・社会 | Comments(0)

めでたさも中くらいなり・・・



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登録申請をしていた日本の世界遺産候補のうち、富士山が文化遺産として認められる見通しとなり、一方「武家の古都」をアピールしていた鎌倉は見送られることになりました。
富士山の世界遺産は、日本人なら喜ばぬ人はいないでしょう。それも空缶だらけの自然遺産とてではなく、見た人に精神的インパクトを与えずにはおかぬ文化遺産としての「霊峰富士」が認められたことで、かえってよかったと思う人も少なくないのではないでしょうか。

さて、鎌倉です。
鎌倉は地元でもあり、許諾の行方に強い関心はありました。かなり前から市を挙げて誘致運動をしていたし、自分の住む街が後世に残すべき高い文化価値があると太鼓判を押されるとなれば決して悪い気持ではありません。
しかし一方では、長年住んでいると、細い路地の奥の奥まで舗装され、古くからのお屋敷が次々と取り壊されて跡地が分譲され新建材の家々にとって代わられ、街角に雨後のタケノコのようにコンビニが増えるのを見ていると、「これが武家文化の街?」「これでで世界遺産とは、おこがましい」の念が湧いてくるのを抑えるのに苦労します。
ということで、世界遺産になることを期待する気持と、「なったら、恥ずかしい」という気持が半々だったというのが正直なところでした。したがって、いざ落選となると「ちょっと、がっかり」と「ホッ」というのが半々です。

ところで、世界遺産とは、言うまでもなく後世に残すべき環境や文化を人類の宝物として指定して、世界レベルでみなで守っていこうという試みです。
それに指定されるかどうか一喜一憂の大騒ぎをするのは、地域の名誉という側面もあるでしょうが、実際は観光資源としての価値に大きな影響を与え、地域に莫大な経済効果が見込めるからでしょう。
しかし、もしそれが本当だとしたら怖いことです。世界遺産になって、そこに群れをなして人が集まり、莫大なお金を落として、その地の行政や市民の自尊心が満たされ、商業関係が潤うことがあったとしても、世界遺産にとって多分ロクなことは起こらないでしょう。
世界遺産は現存する人々のためのものではなく後世の人のものなのです。それによって現存する人々が甘い汁を吸えば、後世にはまずいカスしか残らないでしょう。
後世に甘い果実を残そうとするなら、現存する人々は後世の人々の感謝を夢見ながら、そのために汗を流し、空腹を我慢しなければなりません。その覚悟があってはじめて世界遺産を受け入れる準備が整ったといえるのではないでしょうか。
その覚悟と準備ができたとき、再挑戦しようではありませんか。
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by love-all-life | 2013-05-03 00:35 | 時事・社会 | Comments(0)

逆ってオモロイ

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前回のブログのなかでご紹介したように、大阪ではエスカレーターは人は右側に立ち、左側を急ぐ人が追越していくというカタチをとります。これは東京圏に住んでいるジイジにとってはちょっとびっくりでした。
かって20年前くらいまでは仕事で頻繁に大阪出張をしていたのですが、これに気付いたことはありませんでした。もちろんその頃にも大阪にエスカレーターはあったわけで、そのことに気付かなかったことにも、ちょっとびっくりです。もしかしたら、その頃はまだ大阪でも右立ちがはっきりしていなかったのかもしれません。

さて、エスカレーターは東京は左側立ち、大阪は右側立ち。新幹線で3時間たらず走っただけで起こるこの真逆の現象は何が原因なのか?
この謎を先日パーティで会った大阪からの女性が解いてくれました。
彼女は「それは70年の大阪万博のときからなんです」、「万博のとき海外からのお客さんに対応するため、海外で一般的な『右立ち』が取り入れられたのです」。というのです。また、「その昔武士は刀を左に差していたので、刀が人と接触しないように道の左側を歩く習慣が残っているからともいわれている」と説明してくれました。
その他にも、阪急電鉄が昭和40年代に梅田駅に設置したときにそのように案内したためとも言われているという説もあります。
う〜ん、なるほど。じゃ、東京の『左側立ち』の理由は?と調べると、「通路では右側通行を案内しているので、エスカレーターも左側に立ち止まって右側を歩いてもらおう」と決めたのが原因とされているようです。

では、東の『左立ち』と西の『右立ち』との境目はどのあたりかということになると、かなりしっかり調査した人がいて、静岡、名古屋、米原などは総じて左派、京都まで行っても左なんだそうです。つまり右派は大阪周辺だけということになります。このことは「万博説」を裏付けているように見えます。

因みに、エレベータ協会では「エスカレーターでは、歩いたり走ったりすることは、危険であるので立ち止まる」ことを勧めているようですので、念のため。

ま、たかがエスカレーターの立位置の問題じゃないかと言ってしまえばそれまでですが、ジイジにとって結構思いがけないショックでした。ショックというのは少し大げさですが、日本の代表する二つの現代都市の今の風物を代表する設備の使い方にこれほどの差異が現れることがとても面白く感じられるのです。
すべてがマニュアル化されたシステムのなかにも、アナログとしての人間がつけ入ることのできる隙間では、思いもかけない事象が起こり得るということが面白いのです。
大阪までやってきて、「エッ、エスカレーターの乗り方が逆じゃん」とい驚くことが単純にオモロイのです。

どこへ行っても同じコンクリートの道路、ビルの林立、街角のコンビニ。ユニバーサル・デザインで同じような安全と快適を提供されることで人々がなんとなく感じている倦怠(贅沢な話ですが)が、このゴールデンウィークの空前の国内旅行ブームと無関係ではないように思えます。
みな、ちょっとした「逆」を求めて旅にでるのでは・・・。
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by love-all-life | 2013-04-26 16:32 | 時事・社会 | Comments(0)

「舌を巻く」

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天野祐吉さんのコラム「CM天気図」を読むのは毎水曜日の朝刊の楽しみのひとつです。
今朝は、「『舌を巻く』というのは『キスがうまい』という意味だと思っている若者がいた。」と、”からだ言葉”が通用しなくなっていくことを嘆いているのを読んで、思わず苦笑・・・を通り越して、カラカラと笑ってしまいました。
というのも、たまたま昨日小学五年の孫娘の国語のドリル本を見ていたら、[ ]を巻く、[ ]をこまねく、[ ] を長くして待つ、[ ]をうたがう、[ ]をなで下ろす、[ ]が高い、などの”からだ言葉”の慣用句の問題がならんでいました。
つまり天野さんを嘆かしめた件の若者は、小学五年の学力にも満たないお脳の持主でありながら、男女の身体の付き合い方では大人も「舌を巻く」ほどのテクニシャンということのようです。
孫娘がキスの味を体験するときまで、小学五年で覚える”からだ言葉”を忘れないようにと願うばかりです。

近頃この手のカルチャー・ショックというのかジェネレーション・ギャプというのか、ま、当方の歳を痛感することが日ごとに増えていくような気がします。
これも朝日新聞からの引用になりますが、「ある人が幼稚園で講演したとき、若い母親に『お茶って自分の家で作れるんですか』と聞かれた。『はい』と答えると、彼女はこう言ったそうだ。『私のお母さんがお茶を作っているところを見たことがない。いつもペットボトルのお茶を飲んできた』。彼女はどうやら、お茶を「いれる」という言い方も知らないらしい。(中略)福岡県の県立高校の家庭科教諭が生徒にアンケートしたら、冬に家で飲むお茶を『急須でいれる』と答えたのは2割しかいなかった。」という一文がありました。
この記事を読んでから、会う人ごとに「こんな記事があったよ」と話すと、そう言えばうちでも最近はペットボトルからしかお茶を飲まない、という人が案外多いのにさらに驚いて、こちらの認識を変えざるを得ないの感を抱きます。
「日常茶飯事」という言葉がありますが、昔にくらべ「飯」の内容がすっかり異なってしまったとこは承知していますが、いまや「茶」も「チャ」とか「ティ」に変じているようです。
お膳で食べるご飯も、急須で点てるお茶も、いつの間にか文化の仲間入りをして、そのうちこの世から消えて行くのでしょうか。
「日常茶飯事」を「毎日セックスをすること」と答える若者が現れる日もそう遠くないかも・・・、くわばら、くわばら。


カット:芹沢銈介
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by love-all-life | 2013-01-30 15:48 | 時事・社会 | Comments(0)

どんな巳年

あけましておめでとうございます。
新年が皆さまにとって良き年となりますよう心よりお祈りいたします。

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今年は巳年。どなたも年賀状などでたくさんの蛇に会われたことと思いますが、加えて、昨日は3日で初巳ということで、蛇を神のお使いとする銭洗弁天こと銭洗弁財天宇賀福神社としては、「ミ」が三つ重なる、まことにまことに目出たい日だったわけで、朝から初詣と金運を求める善男善女(?)で大変な賑わいでした。

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そもそも銭洗弁天はなぜ金運と縁があるのか、今更ですが少し調べてみました。(50年間卑近に住んでいてこの不真面目さですから、金運から見放されても仕方ないのかも・・・)
一般にベンテンさんというのは、七福神のなかの弁才天のことですが、それが弁「財」天となって金運と繋がりができたらしいです。
弁才天はもともと水の神であって、蛇が水神の使いであることから巳の日が弁才天の縁日になっているのです。

銭洗弁天の境内の解説板によると、源頼朝が、1185年(文治 元年)巳の年、巳の月、巳の日、夢の中に宇賀福神が現われ,『この水を汲んで神仏を供養すれば天下は平和に栄えるであろう』とお告げを受けたので、早速この地におまつりしたといわれています。その後、北条時頼がこの霊水で銭を洗い、一家繁栄を祈ったのが今日の銭洗信仰の始まりだといわれている、とあります。
こんな謂れを知ってか知らずか、とにかくここでお金を洗えば何倍にもなるというのならそれで充分とばかり、近頃は参拝客が急増していますが昨日は特別でした。

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一般車通行止めをいいことに、いつもの数倍の人力車が客引きに集まり、それらのリキシャが走りづらいくらいの参道の人通りで、境内に入ると銭を入れるザルを手にした行列が参道の下まで長く続きました。

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ほんの目と鼻のさきにこれだけ人が群れているのに、当方のHAND & SOULにはそれほどのご相伴にあずかれません。
訪れるお客さんのなかには、店頭でしばらく中を覗き込んだ後で「ここは何屋さんですが?」と聞くお客さんがいた
りして、お金を貯めようとやってくる参拝客の心理と、お金を使ってもらいたい店のミスマッチを実感せざるを得ません。

巳年は金運の年、脱皮の年と,人によって期待値は様々ですが、当方を含め多くの高齢者には「細くも長く」という心境でしょう。ま、今年もあわてず、騒がず、その日その日を大切にすることを心がけようと思います。
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by love-all-life | 2013-01-04 10:54 | 時事・社会 | Comments(1)

大人の社会とは

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1960年代、初めてアメリカ大陸に渡り、車を借り、国際免許証でビクビクしながら走っていたら、「YEILD」という文字の道路標識がよく目に飛込んできます。交通標識っていうものは、大体が文字を理解しなくても分かるように図形化されているものですが、このYEILDは文字標識なので、当時のあやしい英語力では単語の意味がわらなくて、後で辞書で調べて「譲れ」という意味であることを知りました。交差点や追い越し車線で相手の車を優先させる指示標識なのでしょうが、「う〜ん、さすが車の成熟社会だなあ」と感心したものでした。当時の日本ではまだマイカーの普及が始まったばかりで、車を運転する人は「オレはエライんだぞ」とばかり、車所有を誇示するかのようにスピードを出していた時代でしたから、運転者の譲り合い精神に委ねる標識とは、なんと大人の態度なのだろうと感じたわけです。
また、街中で人の前をすり抜けるようなときに「Excuse me.」と小声を発したり、ちょっと肩が触れたりすると、瞬間的に「Pardon.」と謝す言葉が返って来るといった習慣に、身に付いた社交マナーが生み出す心地よさに触れた気がし、「大人の社会」ってこういうものかと思たものです。
しかし、その後アメリカに触れる機会が増えるに連れて、そのような一見洗練された社会の中味が、実は大変な弱肉強食の厳しい競争社会であることを知るのにあまり時間はかかりませんでした。そしてそのような激しい競争で世の中を醜くさせないようにする手だてとしての洗練された社交マナーが欠かせないのだろうと理解し、結果として出現するのが「大人の社会」なのだと気づくことになります。


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この大統領選挙戦は、まあアメリカの競争社会の極限の姿でもあるわけです。3回にわたるオバマ対ロムニーのディベートをテレビで観ていて、当初はむき出しの闘争心を上回る知性とユーモアのジャブの応酬がとても興味深く、なぜ日本の政治家は、こんなにかっこよく振る舞えないのだろうと思って見ていましたが、回を重ねるに従って、だんだんなり振り構わずの様相を呈してきました。垣間みるテレビCMの泥仕合は、アメリカのバックボーンであるはずのフェアプレイの精神さえ失われてしまったかのようです。それほどの激戦なんでしょう。

ま、対岸の火事だから勝手なことが言えますが、翻ってこちらの岸辺の離島問題はどうなるのか。
因縁試合ともいえる対立で、わんぱく小僧の一言でお互いに刀を抜いてみたものの、刃を交わさずにらみ合いを続けているといった状況です。弱者のそしりを受けながらも先に刀をサヤに納めるのが真の勇気だと思いますが、政治家ひとりが勇者になってもしょうがないので、国民が勇者と讃えられるにはどんな道があるか。ああ・・・政治は難しい。
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by love-all-life | 2012-11-06 13:06 | 時事・社会 | Comments(0)

「子供のケンカに親が出た」

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できればあまり考えたくもないのに、毎日「おまえはどうなんだ?」と、踏み絵を目前に突きつけられているような気持にさせられるのが、このところの離島の領有権の問題です。

竹島も尖閣諸島も法的に日本の領土であることは明白であるとする政府の見解にウソはないでしょう。しかし、韓国、中国いずれも、それはウソだと言い、過去に日本が犯した侵略の歴史の負の遺産だと猛烈に反発を強めています。
日本は国際法廷の場で正々堂々と議論しようではないかと主張しますが、相手国は応じる気配をみせないばかりか、昨今のニュースでは、英国他の外国報道スタッフが韓国の手引きで竹島に乗込み世界へ向けての情報発信をしたようです。当然、報道内容は韓国の実行支配の実態をドキュメントすることになり、国際世論の形成に韓国が実質的な一手を打った感じです。
わが政府はできるだけ冷静な対応に努めていますが、それが弱腰外交、敗北外交とする右寄り勢力へのシンパシーを増幅する結果となっています。

違った国との付き合いが人と人なら仲良くできるのに、国と国となると途端にぎくしゃくするのは不思議です。多分外交というものが国益を守ることを大前提にしているので、こちらの得は相手の損、相手の得はこちらの損というわけで、相手と不信の目を通してやり合うからでしょう。
もうひとつは国境というものの不思議です。いくつかの部族と羊が平和に暮らしていた広い草原に、国境という目に見えない一本の線が引かれたとたんに、人々は国籍という目に見えないレッテルによって区別され、そこで異なった国籍の相手と利害が対立するという幻想が生まれ、そして幻想はやがて実情となっていきます。

さて、国家とは何でしょう? 確認のためにウィキペディアにお伺いをたててみると、
「国家(こっか)は、領域と人民に対して排他的な統治権を有する政治団体もしくは政治的共同体である。」とあります。なるほど上記の不思議の謎が解けました。「国家」はその概念そのものに潜在的に紛争の種を宿しているのです。

ということで、尖閣の領有権の問題がこれほどこじれるのは、東京都知事の発言よって顕在化した摩擦が、総理の国有化発言で、『子供のけんかに親が出てきた』カタチとなり、双方ともに引くに引けない状況になってしまったのです。

「近代国家」の概念は、唯一絶対の正義が存在するとするヨーロッパで生まれたわけですが、国際紛争時には、双方が「正義は吾にあり」と主張し合うのですから、戦争が無くなるはずがありません。
日中、日韓の問題も、「ヨーロッパ流国家」の枠組みで争っている限り,解決は難しいのではないか、そういう枠組みを超える次元で話し合うということはできないものだろうか、と思います。

頭をよぎるのは、西洋の論理によって支配されて来たこの世界に、オリエントの英知を注ぎ込むことはできないものだろうかという考えです。
狩猟的発想から農耕的発想へ。古の老子の教えや良寛さんの生きざまを辺境の知恵として仕舞い込んでおかないで、グローバルの英知として国際秩序に役立てていくことはできないだろうかと思うのです。

どうでしょう、こう考えると近辺の国際紛争に、アジアらしい解決の糸口が見えてくるような気がしませんか。


写真:Wikipedia/Record China
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by love-all-life | 2012-10-07 11:02 | 時事・社会 | Comments(0)

近頃の小学校事情

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「今日、E子の運動会だけど、行ってみます?」と嫁から小5の孫娘の小学校の運動会のプログラムを見せられました。
ピンク色の小型の変形紙に、あきらかに子供の描き文字とイラストでつくれられた、お誕生会のパーティの招待状のような体裁です。生徒の自主性を重んじる学校の方針なんでしょう。
「こりゃまた、ずいぶんかわいいね」と言ってみたものの、秋の運動会といえば来賓を招いての学校の公式行事だろうに、こんなにくだけちゃっていいのだろうかと、いささか違和感を覚えたのは確かです。

なにせジイジの子供の頃(またもや昔話ですが)は、遠足と学芸会と運動会といえば、学校の3大イベントで、子供たちにとってお正月と同じように待ち遠しくて、前の晩はよく眠れないくらい興奮したものでしたし、運動会の徒競走で入賞してノートをもらうか、鉛筆に終わるかは子供にとって決定的な重大事でした。
子沢山の時代でしたから生徒数も1,000人を超えていましたし、家族構成も3世代居住が一般的でしたから、運動会の応援には家族総出で、場合によってはご近所までが応援にかけつけるといった塩梅で、運動場一杯が喧噪と熱気に満ちていて、一小学校のイベントというより地域が一緒になって応援する大事な催事だったように記憶しています。
ところが今朝のE子にはどこにもそんな気負いはみられません。いつもの給食ではなくママのお弁当が食べられるのと、ママが後から見に来てくれるとの期待感で、ややウキウキしていたかなぁという程度でした。

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買物ついでに、近頃の小学校の運動会なるものを覗いてみようと出掛けました。E子の学校は、以前にも紹介したことがありますが、鎌倉にかって存在した御用邸跡の敷地に昭和9年にできた、なかなか由緒ある小学校で、緑繁る小山の裾に広がる土の運動場は広く、正門の他に2カ所の通学口があります。
家から近い通学口から入ろうとしたのですが、施錠がしてあって入れません。普段は学童の通学時間だけに施錠を解いておくらしいのですが、今日、応援にくる保護者や家族への配慮は必要はなしと学校は考えたようです。児童の安全性の観点から不審者などが入りこむことを嫌ったものと思われます。聞いてみると,普段も生徒が放課後に校庭を使用することは事前の許可がなければ禁止されているとのことです。こんなに広大な広場から子供たちをシャットアウトするとは! 不慮の事故への責任回避が、結果的に子供たちから健全な遊び場を奪っているのです。
正面門へ回って運動場へ入ると、そこはそのときまでジイジが学校の運動会運営について抱いた若干の疑念を一挙に吹き飛ばす、明るい賑わいが弾けていてホッとしました。しかし過保護下の運動会というイメージがすっかり払拭されることはありませんでした。


近頃の小学校がらみの話題といえば「いじめ」ということになりますが、繰返される学校側の隠蔽体質へのブーイングと、最後の最後になっての学校の歯切れの悪い謝罪をTVで観ていて、やりきれない思いに心が沈みます。
なぜ「いじめ」というと学校ばかりが悪者になるのか? 学校を糾弾する厳しい世間の目が学校側をいっそう隠蔽体質に追い込んでいるとしか思えません。
家庭側に問題はないのか? わが子に「非」はないという親の思い込み。たとえ親がわが子に「非」があったと薄々感じても、学校の「非」をいい募れば世間の北風は学校に向けて吹くという風潮がこの問題に真剣にとり組むことを妨げます。
一部の親が言う、親は学校に子供を「人質」にとられている弱い立場という、学校を敵とみなす卑劣な言い逃れに象徴されるように、ことの根本に相互不信があることはあきらかです。

この不信と不信の絡みをどこから解きほぐしていったらいいか、もちろん一言で断じる妙案はありません。
ただ解決の糸口は親の方に、地域にあると思います。少なくとも、そう考えることからスタートすべきでしょう。
とりあえず、親は、地域は、子供の前で決して学校や先生への不満や悪口を言わない、ということから始めてはどうかと思いますが、どうでしょうか。

晴天のもと、汗を拭いもせず走り回る若い先生方の笑顔をみての感想です。
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by love-all-life | 2012-09-29 17:58 | 時事・社会 | Comments(0)

小さなハゲの教え

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8月15日はバアバの誕生日ですが、世の中一般的には67回目の終戦記念日です。
戦争の体験者、原爆の被害者が年々高齢化するなかで、生きた過去の歴史を風化させないように記憶を語り継いでいこうという機運が高まっていることは結構なことです。
ジイジが大学で教鞭をとっていたとき、敗戦直後の貧しい日本社会に雪崩込んできたアメリカ文化がいかに輝かしく見えたかを伝えようとしたところ、ある学生に「え?日本ってアメリカと戦争したことがあるんですか?」と聞かれて、腰を抜かさんばかりに驚いたことがあります。
すでにジョン・レノンの命日としての12月8日以外を思い浮かべる若者は少数でしょう。風化は恐ろしいい速度で進んでいるのです。

人と同じでどの国でも、歴史というものを自国の輝かしい実績や苛酷な試練で語りたがりますが、不正なこと卑劣な面は過小評価しがちです。
だから戦中・戦後の体験談となると、さすがに戦の自慢話は表向きは出てこないにしても、失敗の経験や加害者としての告白は概して少なく、いかにひどい目にあったかという被害者の視点からの記憶集めという傾向を帯びます。
戦争体験に関わる報道が、戦争勃発の12月8日周辺より8月6日の原爆被災日や敗戦の8月15日周辺に集中するというのもこのことと無関係ではないでしょう。
イジメられた口惜しさは決して忘れないが、イジメた経験は早く忘れたいのです。
ジイジが中学生のとき、ある日下校の途中で待ち伏せられて石を投げられ頭にケガしたことがあります。ことの起こりが何であったか忘れましたが、石を投げた相手の名前もその時の痛みも鮮明に覚えています。出血がひどかったので問題になり、あとで加害者の少年が親に連れられ謝りにきました。60年前のことです。彼はいまは同窓会の永年幹事をする世話好きのなかなかいい奴ですが、同窓会での会話から彼の頭のなかからこのイジメの記憶がすっかり消えていることは明らかです。

イ・ミョンバク大統領が竹島に上陸し韓国の占有権をアピールしたと思ったら、今度は「天皇が韓国訪問を希望するなら、抗日運動による犠牲者へ謝罪してからにしなさい」と発言する事態が起こりました。日本に対して柔軟な姿勢をとってきたのに、従軍慰安婦の問題などで日本側からの歩み寄りが一向に見えないことへのいら立ちが原因だとか、不利を噂される大統領選をにらんだ上の対策だなどと憶測されていますが、これからの日韓関係の悪化が懸念されます。
これも、足を踏んだ側はとうに忘れていても、踏まれた側は決して忘れることはないということの事象の典型でしょう。
やれやれ、いつまで謝れば気が済むんだというのが多くの日本人の本音でしょうが、謝ったじゃないかという言い分で被害者が納得することはまずないということを前提で外交をすすめる以外に解決への道はないと、ジイジの頭の傷跡の小さなハゲが教えてくれます。

写真:終戦。皇居前で土下座する人々=1945年8月15日(毎日新聞)
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by love-all-life | 2012-08-15 22:43 | 時事・社会 | Comments(0)

政治家はどこに



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こんな小話があります。

淑女と政治家は正反対の言葉遣いをする。淑女が「No」と言ったときには「May be」であり「May be」と言ったときには「Yes」であり、「Yes」と言ったら、その人はもう淑女ではない。政治家が「Yes」と言ったときには「May be」であり、「May be」と言ったときは「No」であり、「No」と言ったら、その人はもう政治家ではない。

昨日の、野田首相の大飯原発稼動についての原発推進派の旗をもぎ取って振り回したような発言を聞いて、やっぱり小話のなかの政治家かとの思いでした。
管さんが爆死みたいに退場したあと、この人で大丈夫かなと半信半疑で迎えた野田政権ですが、ひょっとすると自らの信念を貫く覚悟の人ではないかとの淡い期待もないことはありませんでした。
選挙を恐れて増税はタブーとする政治にNoを言い、原発に敢然とNoを言う政治家かなとの思いもありました。
それが堪忍袋の緒がきれたような高飛車な物言を原発再開に向けるとはどうしたことでしょう。
増税問題にしても、原発の問題にしても、いずれ増税は必要だろうし、原発だっていますぐ全廃というのは無理だろうと国民はおしなべて冷静に状況を理解していると思います。だから野田さんが野党と身内の両面からの攻撃に耐えてよく頑張っているなと、タテマエはともかく内心では感じている人も少なくないはずです。だからこそ近隣の首長や大阪市長も限定的な容認というとこまでたどり着いたのです。
なのに肝心のところで大見得を切るタイミングと勘所を間違えたとしか思えません。強調すべきは反原発の原則であって、その上でいますぐの全廃は困難だと理解を求めるべきでした。

柄にもなくちょっと力が入ってしまいましたが、とにかくもう一日も早く決着をつけて欲しいというのが多くの国民の本音でしょう。そうでないととんでもない魑魅魍魎の跋扈を許すことになりかねないというのがいまの日本です。

もう一つ小話を、
第一次大戦のころ、ある新聞記者が晩年のクレマンソーに尋ねました。「あなたの知っている最悪の政治家はだれか?」するとクレマンソーが答えました。「さよう。最悪の政治家を選ぶのはじつにむずかしい。これこそ最悪と思ったとたん、もっと悪いやつかならず出て来る」ですと。



ジョーク:阿刀田 高「ジョークなしでは生きられない」から。
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by love-all-life | 2012-06-09 18:21 | 時事・社会 | Comments(1)