HAND & SOUL

カテゴリ:時事・社会( 77 )

日食鑑賞、どれほど怖い?

e0153357_23273828.jpg





太陽が月に隠れてリングに見える、900年ぶりとされる金環日食がいよいよ明日に近づきました。今回は日本の広い各地で観測可能とのことで、いつになく事前の情報が頻繁に報道されています。今回を逃すと次は300年後になるとかで、となると現存する日本人にとってはこれが最後の日食ですよと宣告されているわけで、見逃がすわけにはいかないという気にさせられます。
そんな日食関連情報のなかで目立つのが目を痛めない鑑賞の仕方についての注意です。なんでも専用の鑑賞グラスを使用しないといけないのだそうで、文部科学大臣自身がお手本を示して直に国民に呼びかけるわ、テレビも一斉にニュース番組で装着の仕方まで丁寧にデモンストレーションしてみせるわで、これらを守らないと視覚障害の原因になると注意を呼びかけ、ガリレオも発症したといわれる「日食網膜症」なる聞き慣れない言葉までとび出します。消費者庁も市販のグラスで不良なものがあると銘柄名まで挙げて注意を喚起したり国民を怖がらせてくれます。
これらの一連の報道は、より安全な観察を奨励するという意味では結構なことに違いはありませんが、いささか度が過ぎているような気がしないでもありません。

e0153357_2326727.jpg






かって子供の頃ガラスの破片をロウソクのばい煙で黒くして日食観察した記憶のあるジイジにしてみれば、ここまで脅されると、近頃の視力の衰えもあの頃に遠因があるのかと疑りたくもなりますが、思い起こしてみると日食翌日の朝刊は子供たちがそろってばい煙ガラスを空に向けて日食観察してる報道写真を掲げたりしたもので、いまになってみればいてって牧歌的でした。

安全な日食鑑賞をという報道はいいことと分かっいながらもちょっとイチャモンをつけるのも、この国にとくに「フクシマ」以降、どうも安全教とでもいうような新興宗教がはびこっているような気がするからなのです。
なんでも安全ならいい、安全より大切なものはないという物言いが大手を振っていて、安全の欠如に対してはいくら厳しく断罪されて当然という風潮があります。
なにも放射能が怖くないとか、不安全がいいと言っているのではありません。ただ国民や消費者や子供の安全は保護されるのが当然で、安全が脅かされるのは、脅かす方が悪く、そのリスクの責任は誰かがとるべきだという主張はどこか危うさを感じます。危うさというのは、いざ危険に遭遇した場合に自ら守る術も知恵も欠如した安全バカになってしまわないかという心配。またどんなに守っても危険のリスクは0になるということはないので、安全のためには常に膨大なコストを誰かが負担しなければならなくなるという点です。

小学生の孫に鉛筆の削り方を伝授しようとしたら、先生からナイフは危険だから鉛筆は鉛筆削り器で削るように言われているとのことです。
近頃プラットフォームのホームドアなるものの設置が奨励されあちこちの駅に実現しつつありますが、駅単位で億から10億円単位の費用がかかるそうです。設置の理由のひとつに、近頃はスマホを見ながらホームを歩くと線路に落る危険あるからだと聞きますが、まともに公共の場を歩くこともできない人間のためになんでと思いますが、ひとたび事故が起きると、世間が、マスコミが、落ちた人の責任ではなく鉄道会社を糾弾するからでしょう。
子供の鉛筆削りから原発まで、世の中いまや安全を巡ってリスク回避と責任追求の追っかけっこゲーム花盛りですが、悪いのは国であり、企業であり、自分ではなく他人だとする風潮は、結果的に自分で自分の身を守る知恵も予知能力もない無能な人間を生み出してしまわないか。安全のために人類が進歩させてきた方法論や技術が、人を能力的に原始人からどんどん退化の道を歩ませるという皮肉を生み出しているような気がしてなりません。
[PR]
by love-all-life | 2012-05-19 23:37 | 時事・社会 | Comments(0)

コンピュータ vs 人間

e0153357_962167.jpg






5月11日付の朝日新聞に掲載された、永世棋聖・米長邦雄さんの「最善手を指したから敗れた」という記事はとても面白く読みました。
米長さんが1月に最強とされたコンピュータ将棋ソフトと対戦して敗れた経緯と彼の反省を綴った記事です。

将棋というものは、一つひとつの局面で「これしかない」という最善の手を見つける、いわば「盤上の真実」を追求する営みであると子供のころからずーっと思ってきた米長さんですが、最善手をぶつけ合ったら勝てない相手が現れた。それがコンピュータだということを思い知ったのです。人間がスポーツカーと競争するようなものだと彼は言います。
敗戦後3日間は、勝敗の分け目となった局面を思い返して眠れなかったそうです。
コンピュータは、過去の何万局ものデータを蓄え、1秒に最大1800万手を読みます。米長さん自身が忘れてしまった棋譜さえ知っていて、「米長さんはこういうとき、こう考えるでしょ?」とこちらの手を見抜いているかのようなのです。
そこで米長さんは対策を考えます。その対策とは「最善の手はとらない」ということです。通常ならあり得ない手をわざととり続けます。するとコンピュータは「米長さんの陣形は変な恰好だな」と混乱して乱れてきます。ところが我慢に我慢を重ねていた米長さんはついにイライラしてきて、「ここいらで決着をつけるぞ」と最善の手を指してしまいます。それが痛恨の一手、「スポーツカーと競争しちゃったわけです」と悔しがります。

e0153357_965315.jpg











人間がコンピュータをもっと研究すれば、人間が完全に負けるのはまだ先だろうが、コンピュータが棋士を抜きさってしまうことがあるとすれば、棋士のデータを参考にしなくなったときだろうと米長さんさんはみています。
しかし棋士が脳から汗をかくように苦悩しながら勝負に挑む姿が感動を呼ぶのであって、そんな人間の姿を美しいと思ってくれる世の中であり続けて欲しいというのが米長さんの願いです。

この話をジイジから聞いたバアバが「つまりはテニスでどんな上級者も、初心者のフレームショットは受けられないということよね」と言いました。
米長さんを初心者に例えるのは失礼というものですが、人間が産み出したコンピュータが人間を打ち負かす、このSFの世界が現実になろうとしているのを、人間のなかでも最上質の頭脳をもった人の口からきくのはどこかつらい気がします。しかし米長さんも記事で結んでいるように、人がスポーツや種々の勝負に熱くなるのは、たんに勝つ負けるの結果だけではなくて、そこに至る過程で展開される心のドラマに興奮したり感動したりできるからでしょう。この精神性こそ人間の聖域としていつまでも誇りにしたいものです。


写真(下):将棋ソフトと対局する米長邦雄元名人。樫山晃生氏撮影
[PR]
by love-all-life | 2012-05-14 09:11 | 時事・社会 | Comments(0)

鬼怒鳴門さん



e0153357_15372769.jpg











鬼怒鳴門さんことドナルド・キーンさん(89歳)との出会いはいつだっただろうか。
日本文学にとりわけ強い興味も知識もないジイジがキーンさんを知ったのは多分30歳を過ぎてからではなかったと思います。
当時外資系の広告会社で主にアメリカ製品を売る広告の制作に携わっていて、アメリカで成功したCMをそのまま言葉だけ日本語に直して使うことをクライエントから強要され、日本の消費者にはそぐわないなあと悩んで、日米の比較文化といったことに強い興味をもっていたときでした。日本通のアメリカ人の随筆としてキーンさんが日本人やその暮らしや美意識などについて書いたものを読んで、わかりやすくユーモアのある語り口にすっかりファンになってしまいました。

その後60歳近くなって長岡の大学を仕事場としてみて、それまでともすると海外の風物や動向に向いていた関心が、日本の自然や季節の移り変わりの美しさの再発見に向き、越後の里山の隅々をドライブして回っていたとき、山奥の古い温泉宿の来客記帳録にドナルド・キーンの名前を発見したときは、なつかしい旧友に再会したような無性に嬉しい気持になったものです。
一流の日本文学研究者がメンタルに外国向きの日本人より「日本」をよく知っていて何の不思議もないのですが、つい彼が随筆に、彼を日本文学研究者と知っている人でもいまだに彼に「日本語がお上手ですね」と言うと、苦笑気味に書いていたのを思い出しました。

そして3.11後、多くの外国人が引き波のように日本から遠ざかるのと逆に、祖国を捨て日本人になる決意をもって日本にやってきたドナルド・キーンさんにどれほど多くの日本人が勇気づけられたことでしょう。
彼にとって日本という国は単なる研究対象以上のものであることを身をもって示したのです。
「震災があって、私は今こそ外国人は日本の未来を信じて日本人とともに生きたいという気持ちを示すのは、国籍を得ることだと思いました」という言葉ほど力強い復興支援はありません。
「愛国心」というのは、たんに戦争に勝つことでも、オリンピックで金メダルをとることでも、国歌斉唱や国旗掲揚の問題でもなく、純粋に「国」を「愛する」「心」なんだと気づかせてくれ、それがどんな姿をもっているかそのひとつの実例を示してくれました。

その彼が「率直に言うと、がっかりしています」と震災後の日本の状況に苦言を呈しました。 「日本人は力を合わせて東北の人を助けると思っていました」。ところが「東京は(電気が)明るい。必要のない看板がたくさんある。東京だけではない。 忘れているんじゃないか。まだやるべきことは、いっぱいあると思います」と語ったといいます。
「わたしは今まで、ある意味、日本のお客さんだった」と振り返ったキーンさんは、国籍取得を機に 日本の現状に意見を言うことも考えている。「もしいいことができるとすれば、私のためでなく、日本人のためだと思います」とも。

大いに怒ってください、鬼怒鳴門さん。あなたは最も信頼できる日本人なのです。


写真撮影:関口 聡
[PR]
by love-all-life | 2012-04-27 15:39 | 時事・社会 | Comments(0)

魔法のフライパン

e0153357_16484393.jpg













今朝の新聞のコラム「ひと」は興味深い記事でした(朝日新聞4月22日)。「極薄の『魔法のフライパン』で世界デビューする鋳造会社長」錦見泰郎さん(51)です。

三重県木曽岬町の従業員二人の鋳物会社を経営する錦見さんは、バブル崩壊時に大変な苦戦をするなか、「3分の1の価格競争で戦うか、3倍の困難な技術で戦うか」という新聞で見た記事に奮起して、9年研究を重ね、厚さ4〜5ミリが常識とされる鋳物で1.5ミリの「魔法のフライパン」を開発しました。
熱伝導に優れ、焼きムラができない画期性で、有名レストランのシェフから「鉄板、フッ素樹脂に続く第三のフライパン」と絶賛され注文が殺到し、納品まで3年待ちの人気商品になったとの記事です。

おや?と感じたのは、フライパンは肉厚のものがよいとされていたのでなかったかと思ったからです。
というのも65年ほど時代が遡りますが、太平洋戦争終戦後あらゆる物資に不足するなか、ときどきアメリカに移住した母の遠縁からありがたい救援物資が届くことがありました。段ボールの箱を開けるとなかから独特の甘い香りが部屋に広がり、キャンデーや厚手のブリキのオモチャなどが出てくるのです。それらはいずれも当時国内では到底入手できないものばかりでした。無論送られてくるのは子ども向けのものだけでなく、衣類や生活用品などもあります。そんななかに黒々と分厚い鋳物のフライパンがありました。大小あり、大きいものは子どもでは持てないほどの重さがあります。母はそのフライパンをとても自慢にし大事に使っていました。それは母からバアバに引き継がれ、今は次男の家で使っています。

e0153357_16443495.jpg




そんなフライパンをずーっと脇からみてきたジイジは、フライパンといえばなんとなく分厚いものがよいものという既成概念をもってしまったようです。フライパンを自分の道具として使ったことのないジイジには、よいフライパンがどのようなものか評価することはできませんが、その重い鋳物のフライパンは置いてあっても使っていてもどっしりとした貫禄があって、それがあるだけで「私にまかせればすべてうまくいくよ」と約束してくれているような存在感があるのです。

ところが新聞記事によると、薄さこそがよいフライパンの極意だということなのです。
時代が変わると人の求める料理が変るのか、シェフの調理法が変ったのか、本当は薄いものがよいのにいままで技術的にできなかっただけなのか、単に新しいからもてはやされているのかそれは分かりません。多分、厚いもの薄いものそれぞれの持ち味があって、使い手の使い分けこそが料理の極意に繋がるということなのでしょう。もっともあんな重いフライパンでは忙しいシェフの俊敏な手さばきにはなじまないだろうなという気はします。

それにしても「3分の1の価格競争で戦うか、3倍の困難な技術で戦うか」という言葉は言い得て妙です。この言葉に敏感に反応しただけでなく3倍の困難に挑戦し、「努力は人を裏切らない」を実践した錦見さんは賞賛に値します。
中小企業が生き残るには「3倍の強みが必要、2倍では追いつかれてしまう。」と錦見さんは言います、努力を続ける原動力は「好き」という気持だとも。
錦見さんをかくも努力にかりたてた薄いフライパンは彼とってまさに「魔法のフライパン」だったわけです。



錦見さん写真:朝日新聞
[PR]
by love-all-life | 2012-04-22 16:50 | 時事・社会 | Comments(0)

わが家の桜事情



e0153357_2301635.jpg








春爛漫。今年は冬が長かったせいか暖かい春の日差しがとりわけ有り難く感じられます。桜の開花が例年より3日遅いと聞いて、おや?そんなものか、もっと遅かったのではと思うのはそれだけ春が待ち遠しかったからでしょう。
この時期テレビでは、ワシントンのポトマック河畔や、千鳥が渕などの見事な桜の名所の映像が報じられます。
鎌倉には鶴岡八幡宮の段葛、鎌倉山、源氏山公園、逗子ハイランドなど多少まとまった桜のスポットがありますが、満開の桜の下で賑やかなお酒盛りという風景はあまりみられません。それよりあちこちの社寺の境内や路地で周囲の木々のなかでパッと際立つ桜を楽しみながら、花のミツを求めて集まる小鳥やリスを見ながらブラブラ歩きをしたり、旧市街を巡る山が一斉に芽吹いた木々と山桜の色を交えてやさしくパステルカラーに輝くのを愛でるというのが鎌倉のお花見の流儀のように思います。

e0153357_2305089.jpg













さほど広くもないわが家の敷地内にも3本の桜があります。小高い崖の斜面に自生した山桜と、知人が孫の誕生の祝いにと庭に植えてくれた寒桜と思しき小木ですが、この山桜の方が昨年存亡の危機に曝されました。
近年わが家の周辺はかってのお屋敷の跡地が造成され人家が立て込んできました。そのほとんどが小学低学年児童や幼稚園児をもつニューファミリーです。そのうちの道路を挟んでわが家の下のお宅から、崖上の桜は有事の際危険だから伐って欲しいという要望が出てきました。え?うちは40数年ここに住んで、崖崩れや木が倒れるなどのトラブルは1回もなかったのにと放っておきました。そうしたら市の職員が現地調査にやってきて、呼び出されて現場検証ということになりました。道路の上に伸びた枝は伐ったほうがよいかななどと言っています。木を伐ってしまうと今まで根が支えている土が崩れてかえって危険ではないかと反論すると、んー、それはそうだと煮え切りません。結局、もし伐るなら市が費用の半額を負担しますからと下駄をこちらに預けて帰ってしまいました。勝手にこのような条件の土地を選んで移り住んだはずなのにエゴではないかと当方としては憤懣はありますが、有事の際にと言われてしまうと時期が時期だけに、人さまの安全にかかわることなので敏感にならざるを得ません。結局、ん十万円かけて道路の上に伸びている大きな枝をカットしてあとは下の家の了解を得て残すことにしました。
ふと先日テレビの報道番組で、放射能汚染されていない被災地の瓦礫撤去を引き受けるかどうかを問う地方自治体の市民説明会で、うちには乳飲み子がいるので断ってくださいと涙ながらに訴える母親の姿が思い出されました。
崩れた安全神話の反動として、安全への過敏症候群がみられるのではないかという気がしないではありません。自然を求めながらリスクはゴメンというのは、原発は反対だが省エネはゴメンという身勝手さとどこか通じるものを感じます。

そんな経緯があったので、今年は果たして花をつけるかどうか不安でしたが、いつもよりやや少なめではありますがけなげに開花して「ここにも春が来た」を宣言しています。
[PR]
by love-all-life | 2012-04-08 23:06 | 時事・社会 | Comments(2)

銭洗い

e0153357_9592879.jpg










HAND & SOULは、店を開ける金、土、日のうち毎金曜日は、物書きで本の虫のである次男の嫁の村椿菜文が自分で選んだ古書を持ち込んで棚にならべ、HAND & SOUL+ BOOKに早変わりします。
出掛けなくても本が買えるし、そして安いので、バアバはときどき棚の本を買っきてます。お酒を売って一儲けしようと花見の場所に出掛けた八ッつあんとクマさんが、自分が飲みたくなって二人でお互いに売り買いをして樽のお酒を全部飲んでしまって売り切れたと喜ぶ、落語「花見酒」よろしく、身内同士で経済の支え合いをしたつもりのようです。

バアバが下の店から買ってきた、田村隆一の「詩人ノート」のページを何気なく開いたら、冒頭から銭洗弁天の話が出てきました。
鎌倉住いの田村隆一夫妻と親しい文士仲間が、銭洗い詣でをしてそれぞれがご利益にあずかり、銭洗信仰のひそかなブームがまきおこったというような話で、詩人や翻訳家やフランス文学者といった、一見金銭と疎遠と思える人たちのご利益への執着がおかしいタッチで書いてあります。本は昭和51年の出版ですから、どんな時代にも銭洗弁天のご利益には何人もあがらえない威力があるようです。

アメリカのクリントン国務長官がまだ大統領夫人だった時期に、お忍びで弁天様に来たことがあり、買物帰りのバアバが偶然家の下の道で一行と遭遇、握手をするという幸運(?)に恵まれたことがあります。先日来日したオバマ大統領は大仏なのに、なぜクリントン夫人は銭洗弁天なのか理由はわかりません。大統領夫人として内助の功を発揮しようとの心遣いからなのか、それとも側近が銭洗弁天を「マネー ローンダリング シュライン」とでも訳したのでしょうか。

HAND & SOULの開店が週末ということもあり、小屋の小さな窓から三々五々と弁天様の坂道を登る絶えない人の流れが見えます。なぜあちらはあんなに繁盛するのに・・・とぼやくつもりはありませんが、年間100万人の参拝者はいささか異常に感じられます。そうしたら新聞記事(朝日新聞3月30日)に「ため込んで安心感 空前のマネー信仰 成熟社会の病理」という見出しに出会いました。
経済音痴のジイジ・バアバ ストアの主としては「あー、やっぱり病気なんだ」と、少しホッとしたような気分になりました。
[PR]
by love-all-life | 2012-04-01 10:09 | 時事・社会 | Comments(2)

食卓一杯の瓦礫

e0153357_12223046.jpg












一昨日、朝刊を開いたら視野一杯に被災地の瓦礫の山が飛込んできました。環境省が瓦礫撤去に国民の理解と協力を求める広告です。

「復興を進めるために、乗り越えなければならない『壁』がある。」
新聞紙2ページの見開き一杯に広がるの石巻市の瓦礫の写真が、いままで朝食をとっていた食卓を覆ってしまいました。

この手の映像はもう見馴れてしまったくらい何度もテレビで見ていますが、こうして眼前30センチでじっくりと見てみると、印刷された静止画像なのでテレビと違って凝視がきくだけに、非現実な現実と対峙せざるを得なくなります。被災の現場を肉眼で見た人は多分この何十倍ものインパクトを体験するのでしょう。

全体が木屑の堆積のように見える瓦礫のなかに人の暮らしのすべてがミキサーにかけられたように引き裂かれ砕かれて混在しています。ソファがあります。縫いぐるみのクマがあります。しかしほとんどのモノはカタチをなさず、その素材さえ定かでありません。何百年もかけて人類の英知が築き上げて来た「安全」「快楽」「便利」は、1時間にも満たない自然の力の前に脆くも崩れ去ったのです。そそり立つ瓦礫の山はバベルの塔の再現のようにもみえます。
モノはこわれても人の心は壊れないということを示さなくてはなりません。被害を被った人、被害を免れた人の間に『壁』があってはなりません。
いまこそ、人と人との絆が断たれたことによって崩壊したバベルの塔の故事を活かすときなのではないでしょうか。


近頃は広告の存在感や役割が希薄になったと感じできましたが、久しぶりに一つの広告を前にして、気持を動かされ、考えさせられました。
しかし、この広告は国民に何かを「する」よう呼びかけているのですがら、ただよい広告だったネで済ますわけにはいきません(そう思わせるところがよい広告の証拠なのですが)。
さて、70半ばのジイジにできることはといえば・・・現地で瓦礫撤去のお手伝いといっても手足纏いになるだけだろ
うし・・・、そこで大学受験に失敗した孫に復興支援のボランティア・ツアーに行くことをけしかけ、こちらが費用を負担することにしました。
[PR]
by love-all-life | 2012-03-08 11:46 | 時事・社会 | Comments(0)

空は誰のもの?

e0153357_1527154.jpg






少し前小ブログに、周辺の道路が度々の修復舗装でパッチワークのように醜いと書き、世界遺産を目指す鎌倉の景観がこれでいいのですか?と市長に問いかけました。間もなく市から、いまの状態は仮舗装であっていずれキレイに舗装されますのと返事がきました。まずはしっかりウオッチするつもりです。

さて、もうひとつ前から気になっている都市景観の問題に空中を縦横に走る電線があります。
19世紀が煙突の世紀であったとしたら、20世紀は電線の時代であり、21世紀にはいずれ電線も旧弊なものとして消えて行くのではないかと考えたいのですが、実情はそのようになりそうもありません。

時代劇ドラマや映画のロケハンで、100年、200年昔と変らぬ景色を探すことはそれほど難しくはないが、いざ撮影しようとすると電線が邪魔して使いものにならないというボヤキを聞いたことがあります。すばらしい風景写真を狙うカメラマンにとってもこの悩みは深刻なはずです。
世界の多くの国からみれば考えられないほど豊かな緑と水に恵まれていながら、そこから生まれる美しい景観を日本ほど無神経に扱っている国はないでしょう。まるで雪舟の山水画の上に鉛筆で殴り書きしたような電線、電線、電線です。
e0153357_15274874.jpg
e0153357_15281133.jpg
e0153357_15282644.jpg
ここに示した写真は、べつに特別な場所を選んで撮ったわけではありません。近所の散歩の道すがらカメラをちょっと上に向けてシャッターを切っただけです。つまり日本はどともかしこもこのような状態だということです。

鎌倉にも電線埋設をした区域があります。鶴が丘八幡宮から海岸へ通じる若宮大路です。しかし世界遺産を目指す観光都市鎌倉にしてほんの一部だけなのです。ま、電線の埋設が都市の美観上好ましいという意識だけは一応あるわけです。でも玄関だけちょっと掃除してあとは散らかしっ放しというのが現状なのですからまだまだ民度が低いと言われても仕方がありません。
もちろん電線埋設には莫大な費用がかかるでしょう。地方都市だけで解決できる問題ではないかもしれません。東電をはじめとする電力会社にひと肌もふた肌も脱いでもらわなければならないでしょう。しかし原発事故で放射能に汚染された地面をすっかり削りとってもその土の処分のメドがたたないというような滑稽とも言える愚かしさに莫大な費用をかけるのなら、この際思い切って空中の汚れもとってしまったら?
[PR]
by love-all-life | 2012-02-17 15:25 | 時事・社会 | Comments(1)

道路はキャンバス?

e0153357_2331167.jpg








前回に続いて景観についてもう一言・・・
誰だったか、何処でだったか「日本人は美しさを指向するすばらしく繊細な感性をもっているが、同時に醜いものに対して恐ろしく鈍感だ」という外国人の言葉を読んだ記憶があります。
花鳥風月を愛で、町の普通のオジさんオバさんが身のまわりの些細な自然の美に目と心を向けさらりと五七五の短詩を詠む。一方で、窓には布団や洗濯物がぶら下がり、街には看板と電線がところ構わず醜く氾濫していても誰も文句ひとつ言わないというのです。

いまHAND & SOULの店先で起こっている周辺の変化を見ていて、ついこの言葉を思い起こさずにはいられません。
主のいなくなった古いお屋敷が取り壊され、分割分譲宅地となって、どうして許可が下りたのか不思議なほど狭い敷地一杯に住宅の建設が始まります。これらの新築家屋が環境を醜くするか美しくするか、それはまだ結果が出たわけではありませんが、ひたすら後者であって欲しいとハラハラしながら願うばかりです。
しかしもう結果が出ている部分もあります。それは道路です。建設のための重機が入り、水道管、ガス管工事で道路が掘り返されます。それも水道工事が終わって埋め戻されると、今度はガス工事で掘られるのです。4軒の家が建つとすると同じことが4回繰り返されるのです。

e0153357_231240.jpg






























このブログを書いている時点で4軒のうち3軒の工事が進んでいますが、周りの道路は写真のような有様です。
以前はすっきりした舗装道路だったところがご覧のような姿になり、もうこれが原状復帰されたり化粧されることはないでしょう。なぜならこんな道路は日本中いたるとことにあるのですから。みんな馴れっこになってしまって、このような道を見ても怒る人はいません。
しかし、人の家の廊下の板を剥がして、全く異なった素材や色の板で補修して、おまけに落書きまでして、サゴメンイの一言も言わないでは済まないはずです。ところが天下の公道ではこれが許されているのですから、外国人から「醜さに鈍感」と言われても仕方がありません。

路上のパッチワークアートのコンクールならかなりいい線いくでしょうが、高い文化の香りと匠の技で世界遺産の登録を目指す鎌倉でこんなことが許されてもいいのでしょうか? 市長さん。
[PR]
by love-all-life | 2012-01-16 23:07 | 時事・社会 | Comments(2)

ペリグーの標識

e0153357_16572546.jpg






テレビのBSチャンネルが増えて、各地への旅行番組を選んで観ることができるようになりました。
海外へ出ることがめっきり少なくなったこの頃の楽しみのひとつです。
そんな番組を観て感じるのは、欧米とくにヨーロッパの街の美しさです。この現代によくもこんなに美しい景観を保っていられるものだと感心することがしばしばです。水も緑も豊かな日本の自然は世界に屈指ものですが、街が美いと感じることは極まれです。
人の生活が街を美しくするとはどういうことなのか、街を美しくする人の暮らし方というのがあるのだろうか、長い間この答えを見付けたいと思っていました。ところがこんな疑問に目からウロコの映像に出会ったのです。
それは先日観た「ペリグー」というフランス南部のボルドー近郊の街を探訪する番組でした。この地はフォアグラの産地としてグルメにはよく知られているようですが、近くにカトリックの聖地があることで巡礼の街道町として古い歴史を保つ観光地でもあります。
そんな町中をカメラが探っていくなかで映し出したのが小路地の石畳です。中央の敷き詰めた石の間に小さなホタテ貝の形のレリーフが埋め込まれてます(写真)。その金属のレリーフは長年にわたって人馬や車に踏まれ、擦られツヤツヤしていて、地面に埋め込まれた街のアクセサリーのようですが、それはここが巡礼路であることを示す道路標識なのです。
えッこれが道路標識!なんと美しい道路標識なのだろう!

e0153357_16575437.jpg








一般的に道路標識といえばまずは見やすく、老人でも子どもでも間違いのないように解り易くなければならないとされています。自動車道路ともなると高速の移動中にも視認できるようにと相当の大きなものになります。誤解のないようにとの老婆心か親切心からか、国で設置するもの、市で設置するもの、私製のものも混ざって各種の標識が立ち並びます。その上サイン類としては、さらにその何十倍、何百倍の一般の商業看板がこれ見よがしに街中に氾濫しているのですから、これらがの日本の街の姿を形づくっているといっても大げさでないくらいです。
それに比してペリグーの貝型の標識のなんと慎ましやかなことか。これでは見つけにくいとか、解るだろうか?といった批判はいろいろできますが、これが何百年もにわたって実用されてきたという事実はとても重いと思うのです。

そもそも標識やサインというものは、その場所、その道に不案内の人のためのもので、そこで生活している人にとって必ずしも必要なものではありません。言い換えると、人は常にたまたまにそこを訪れるよそ者のために設けられた標識類によって、古来から存在しているその地の景観を汚されるという皮肉のなかで生きているということでもあるのです。
ペリグーの貝型標識にはこのような皮肉を寄せつけない古人の英知の存在を感じますし、何でも解り易ければよい安全が第一といった短絡的な価値基準を超えた人の知的能力への信頼、先人の歩みを大切にするこころ、そしてなによりも街の美しさへの敬意を感じます。考えてみると日本でも昔は一里塚や、家の入り口に石を一つ置いて立ち入り禁止の印にするといった周囲の環境に美しく溶け込む標識のアイディアがありました。
細かくこころを砕いたり、頭や時間や手間をかけるより簡単で解り易い方がよいとする態度が、識字率も教育程度も世界トップレベルの日本で大手を振っているというのは、もう一つの皮肉というよりほかありません。
[PR]
by love-all-life | 2012-01-13 17:04 | 時事・社会 | Comments(0)