HAND & SOUL

カテゴリ:時事・社会( 77 )

稔りの秋?

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車が行き来する車道を2頭のクマが悠然と歩いています。人と野生の動物が共生する楽園のような情景を思いきや、北海道斜里町で町中にヒグマ3頭が現れ、地元ハンターに追い回され2頭が射殺されたという新聞記事の報道写真でした(朝日新聞10月19日朝刊)。近くにいた人にとってはまるで地獄のような場面だったい違いありません。

このところクマによる被害が急増しています。すでに100人がケガをし、死者も4人出たということです。今年の猛暑でクマの食料となるドングリが落ちてしまったからだとか、里山が荒廃したからだとか、人の居住区域がクマの生息エリアに接近してきたからだとか、いろいろな原因が言われています。

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連日のようにTVでクマ出没のニュースが流され、寂しげな目つきで人家の周りを徘徊するクマの映像を見る度にやるせない思いにかられます。被害に遭った人にとって彼らは許すことができない害獣でしょうが、クマたちにとっては飢えか弾丸かの命をかけた切羽詰まった選択しかありません。
人は動物園でしかお目にかかれない動物の野生の姿を旅先で目にしたりすると豊かな自然に触れて得をしたような満足感を味わうのですが、その彼らが少しでも不利益をもたらすとなると情け容赦なく抹殺しようとするのですから身勝手です。

折しも「国連地球生きもの会議」(COP 10)なる国際会議が名古屋で開催されています。地球上の生物の多様性の保全と、資源としての生物から得られる利益をどう分配するか、この2つが議論されるとされています。

地球上のすべての生物は、生きるに必要なエネルギーの摂取と種の伝承の営みだけによって何億年もの調和を保ってきました、「人」が出現するまでは。
ところがこの地球上に後からやってきた「人」は、道具を発明し、それを改良する技術を開発するとともに、幸か不幸か「欲望」を創造する術を身につけてしまったのです。
欲望があるから人は一生懸命努力して「安楽な生」を手に入れますが、その「安楽」は手に入った瞬間に「不満」と入れ替わってしまうのです。人はこのジレンマとともに一生を送る宿命なのですが、やっかいなのはこのジレンマの過程で膨大なエネルギーの浪費をし、傍若無人ともいえる自然破壊をしてしまうことです。
「生きもの会議」にしても、議論のベースに人類が長年行ってきた他の生物への迷惑に思いを馳せ、「謙虚」を共通言語とする態度がまず必要ではないかと思うのですが、参加者が「国家」を背負っているということになると、そのようなことは望むべくもないと考えざるを得ません。

ひとたび生み出してしまった「欲望」を押さえ込む術、これを発明した人にノーベル賞100個あげましょう!


写真資料:朝日新聞
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by love-all-life | 2010-10-21 10:00 | 時事・社会 | Comments(1)

戦争体験

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昨日は終戦65年目の8月15日、バアバの誕生日でもありました。敗戦の日バアバは11歳、ジイジは9歳、ちょうど孫たちと同じ年齢だったわけで、彼らにもわれわれの戦争体験を伝えておこうと思い、さて何を話したらよいのだろうかと考えてみました。

10歳そこそこの子供が75歳の老人の子供時代の思い出話を聞くということはどういうことなのだろうか、自分のことに置き換えてみると、ちょうど明治維新直後に生まれた古老の幼少期の話を聞く感じになると気づいて、エーッそんな大昔のことになるのかと時代の落差の大きさに驚きます。それは例えば、チョンマゲをした人がまだ歩いていた話、食べてはいけないとされていた牛肉を恐る恐る食べたら意外とおいしかったというような話になるのです。

ジイジ・バアバの戦争体験といっても戦争に行ったわけではありませんから、いわゆる銃後の暮らしと戦後体験であって、それも大人たちが家族の命を守るのに大変な思いをしている姿を通じてのものです。
現にジイジにしたところで、一夜にして10万人もの戦災犠牲者をだした昭和20年3月10日の東京の下町の大空襲の記憶ははっきりありますが、目黒の家の防空壕から大人が止めるのも聞かず怖いもの見たさで顔を出して見たら、サーチライトが交錯するなか真っ赤に染まった東北方の上空にB29の編隊が悠々と爆弾を投下しながら飛行する周りをからみつくようにパラパラと飛ぶ赤とんぼのような日本軍の戦闘機や、敵機には届かない高射砲の炸裂の様子を見上げて「わーッ、スゴいな、きれいだな」と感じたものです。命の危険を直接感じる歳ではなかったのです。

子供ごころに身体で直に感じた戦争の記憶は何と言っても「ひもじさ」、つまり空腹感です。とにかく一日中お腹が空いていました。煎った大豆を一粒一粒数を争いながら食べた記憶、サツマイモの茎の味、母が隣家に茶わん一杯のお米を貰いにいった姿。そういう中で畑の大麦をとって口に入れてガムをつくる方法とか、白い絵具が甘いことを知って食べたことなど子供ながらの工夫もありました。
つらい思い出とは裏腹に「おいしさ」の体験も鮮やかです。甘いものと云えばサトウキビをまるかじりするくらいだった戦後しばらくして食べたカリントウの豪華な甘さ、親が進駐軍のベースで働いている子が分けてくれた一片の食パンのとろけるようなおいしさ。

親が「もっと食べなさい」と云い「もうお腹一杯」と云うの孫たちの暮らしをみていると「ひもじさ」とこれほど遠い生活はないと感じます。この子供たちはいままでに身体が震えるような「おいしさ」を知らないだろうことの不幸を思わざるを得ません。
まずは、普段好き嫌いを決して云わないジイジがサツマイモやカボチャを食べない理由あたりから話し始めるとしますか。
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by love-all-life | 2010-08-16 11:38 | 時事・社会 | Comments(0)

感じるこころ

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井上ひさしさんが亡くなった。個人的なお付き合いはなかったが、拙宅と井上さんのお住まいはほんの3分ほどの距離で、鎌倉駅へ出る道は同じなので、よく少し猫背気味に歩く井上さんをお見かけすることがありました。

井上さんがコーヒーをお代わりしながら長時間外を見ながら過ごす姿がなつかしいと、駅近くの喫茶店の主の話が今朝の新聞にでていました。
井上さんが普段どれほどの行動力をもって日常を送っていたかはよく知りませんが、この話からきっと井上さんは「じっと眺める眼と、細かく感じる心」をもっていた人だったに違いないと想像しました。
というのも神谷美恵子さんが書かれた「生きがいについて」の言葉を思い出したからです。
こういう文章です。

「変化や発展というものは、たえず旅行や探検に出たり、新しい流行を追ったりしなくてはえられないものであろうか。決してそうではない。ほんとうは、おどろきの材料は私たちの身辺にみちみちている。少し心をしずめ、心の眼をくもらせている習俗や実利的配慮のちりを払いさいすれば、私たちをとりまく自然界も人間界も、たちまちその相貌を変え、めずらしいものをたくさんみせてくれる。自分や他人の心のなかにあるものもつきぬおもしろさのある風景を示してくれる。わざわざ外面的に変化の多い生活を求めなくても、じっと眺める眼、細かく感じとる心さえあれば、一生同じところに静かに暮らしていても、全然退屈しないでいられる。エミリー・ブロンテは一生ひとりで変化に乏しい生涯を送ったが、あの烈しい情熱と波瀾に富む『嵐が丘』を造り上げる心の世界をもっていた。むしろ精神の世界が豊かで、そこでの活動が烈しいほど、外界での生活に変化を求める欲求が乏しいとさえいえるかも知れない。」

言うところの年金生活に入って2年。大部分の暮らしの場が自宅と家の崖の7メートルほど下の小屋店になってしまっても、ヒマやタイクツを感じることなく毎日を過ごせているのも上の神谷さんの言葉が支えになっているような気がします。
神谷さんは同じ本で、「もっとも多く生きた人は、もっとも長生きをした人ではなく、生をもっとも多く感じた人である。」というルソーの言葉も紹介しています。

「求める人」より「感じる人」、これがこれからの残された時間を過ごすテーマです。

そういう意味で「感じる」超人は熊谷守一でしょう。
彼の言葉、

「私は石ころ一つでも十分暮らせます。
 石ころをじっと眺めているだけで、
 何日も何日も暮らせます。
 監獄に入って、一番楽々と生きて行ける人間は、
 広い世の中で、この私かもしれません。」

「感じる」大先輩に合掌。


カット:熊谷守一
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by love-all-life | 2010-04-13 23:05 | 時事・社会 | Comments(2)

忘れ得ぬ写真

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忘れ難い1枚の写真があります。昭和20年8月に長崎で撮られました。
廃墟と化した焼け跡に立つ少年は背中にこと切れた幼児を背負っています。両親をすでに失った彼は弟の遺体を焼くための順番を待っているのです。

この写真を撮ったのは終戦直後に日本にやって来たアメリカ空爆調査団・公式カメラマン、ジョー・オダネル。
彼の任務は原子爆弾などの成果を記録するためで、一般の市民などを撮ることは禁じられていたにもかかわらずこっそり個人的に撮られた写真の1枚です。
この世のあらゆる不幸を一身に纏ったような少年の前に突然カメラを携えて現れたのは数日前まで鬼畜とされていたアメリカ人でした。その姿が目に入らなかったはずはありませんが、少年は一切の悲しみや惨めさを見せまいと有らん限りの精神力を振り絞って直立不動の姿勢をとっています。その姿からは、人間の尊厳とでもいうような「凛々しさ」が感じられます。こんなに残酷な写真、そしてこんなに美しい人間の姿を見たことがありません。
昭和11年生まれのジイジはこの写真が撮られたとき少年とほぼ同じ歳であったことを思わずにはいられません。
今の日本からは消えてまった、もっともみすぼらしい子供が見せるもっとも崇高な人間の姿と言えるでしょう。

以下は撮影者ジョー・オダネルのコメントです。

佐世保から長崎に入った私は、
小高い丘の上から下を眺めていました。
すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は
当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。
しかも裸足です。

少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。
男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、
焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年の
まだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に
血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年があまりきつく噛み締めている為、
唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、
沈黙のまま焼き場を去っていきました。

(インタビュー・文 上田勢子)
「写真が語る20世紀 目撃者」(1999年・朝日新聞社)より
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by love-all-life | 2010-03-27 22:28 | 時事・社会 | Comments(3)

情→報→情

引き続きメディア関連で・・・

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上の写真は朝刊を見ている小学2年の孫娘です。

うちの孫はこんなに賢いというところをお見せしようとしているわけではありません。朝日新聞の読者なら知っていますが、しばらく前から朝刊の第一面にほんの小さなコラムで「しつもん!ドラえもん」というのが載っています。e0153357_18261199.jpg
子供向けのクイズで、答えがその新聞のどこかに掲載されているのです。興味をもった子供が答えを探すうちに新聞のすべてのページに目を通すように仕向けられています。
結果としてそれまで新聞なんか見たこともない孫娘の一見賢そうな写真も撮れるということになるわけなのです。

このところネットに押されっ放しのマスメディアですが、マスメディアにもマスメディアでなければできないことがいろいろあるはずで、タワイナイことのようですが、「しつもん!ドラえもん」はそのようなヒントのひとつのように思えます。

e0153357_1943969.jpgその昔、岡部冬彦さんの漫画で「アサヒビールはあなたのビールです!」というコラム型の新聞広告のシリーズがあったのを65歳以上なら記憶しておられる方も多いと思います。ほんのちっぽけな広告ですが、アサヒビールを友だちのように感じさせてしまう不思議な力をもった広告でした。そして半世紀たっても人の記憶から消えないインパクトを保ち続けているのです。
よく言われるように「情報」というのは「情け」を「報せる」または「情け」に「報せる」ことです。つまり心と心を結びつけるのが情報ですが、いま情報といわれているものはどうもそうではなさそうです。パソコンと目、あるいは脳を繋ぐことはしても、心にまで届く情報というのはきわめて少ないのではないでしょうか。
テクノロジーが進化しても人間はそう簡単に進化しないのだから、「情」に届けるためには機械ではなく送り手も「情」をもってしなければならないでしょう。この場合の「情」とはアイディアとかウイットといったものでしょう。

ネットの利点が「早い」「多い」「便利」「自由」と聞いて、おやッ、いつか来た道だなと思い至ります。物質的豊かさを追い求め旗を振り続けたついこの間までのうたい文句とまさに同じではないか。ぬるま湯の快楽に浸っている間にお湯の温度が命に危険なまでに上昇してしまって、あわててもがいている地球人の愚をまたもやくり返すことにならなければよいがと、老婆心いや老爺心ながら思わざるを得ません。
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by love-all-life | 2010-03-26 19:32 | 時事・社会 | Comments(0)

情報化世界

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Googleが中国から撤退するというニュースが驚天動地のできごとのように感じられたのは、情報化社会では一企業が国家と対峙するという構図です。
いまどき巨大市場である中国から企業が撤退を決断するのは余程のことのはずですが、Googleは情報の自由に社運をかけたのか、それともビジネス上の計算なのか・・・、情報が自由に行き交うことが中国政府にとってどれほど具合の悪いことなのか・・・、本当のところはよく分かりません。でも前世紀に国運を分けたのが「オイル」だったのに21世紀は「情報」かと、世の中が変わったんだなぁということはアナログ人間のジイジにもひしひしと伝わってきます。

つい先日のNHKスペシャル「激震 マスメディア〜テレビ・新聞の未来〜」を見たら、いまや若者たちにとってニュースはインターネットから得るものであって、もはやテレビや新聞を情報源とは考えていないことをアメリカの実情と数字をあげて示していました。
番組のなかでマスメディア側の経営者とネット側の若い経営者、ネット評論家、有識者などが討論していましたが、ネット側の発言が元気がよいのに比べてメディア側の発言がいまいち歯切れの悪いのを聞きながら、かってテレビが台頭してきた頃、テレビの影響で本が読まれなくなったことを嘆いて社会評論家の大宅壮一が「一億総白痴化」などと喝破していたことが思い出され、昔は負け戦をしている側ももうちょっと元気だったなぁなどと懐かしく感じたりしました。
討論のなかで若いネット経営者が、今の若者はマスメディアが支配する国とは「別の国に住んでいる」と言ったのは、ネットサービスと国家が対等に争う現実とどこか呼応しているようで、なるほどと思った反面少し不気味でもありました。
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by love-all-life | 2010-03-25 10:33 | 時事・社会 | Comments(0)

刺激と感動


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息子の家族がアカデミー賞3部門をとって話題の映画「アバター」を観てきました。帰ってきたときの反応はというと、出かけるときの大騒ぎに比べて、小学生の孫たちは久しぶりにママに映画に連れて行ってもらったことの嬉しさの余韻を残してはいるものの高校生の長男と大人たちの反応は「疲れた・・・」というものでした。
ヤッパリ。
というのも、瞬間的に吉田直哉さんがかって書いていた話が思い出されたからです。

NHK の才能を代表するディレクターで2年前に他界された吉田直哉さんはテレビドラマやドキュメンタリー番組に従来の概念を超越した新しい手法を開発して映像文化の発展に大きな足跡を残した人です。
彼はNHKの最初の大河ドラマ「太閤記」を演出しましたが、その冒頭が当時まだ新しかった新幹線の走りのシーンだったので、番組担当の人たちが何かの間違いと思い一時騒然となったという逸話がのこっています。

デザイナーの矢萩喜従郎さんとの共著で「<映像の時代>を読み解くためのヒント」と副題のついた随筆集「森羅映像」(1994)のなかに吉田さんのこんな文章があります。

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近年映像技術の発達で立体映像を体験する機会も少なくないが、いつも「何のために?」という疑問がつきまとう。そしてそういう映像を見て驚くことはあっても感動するということがないのは何故なんだろうと考えてみた。平凡のようだが、理由はこの世が三次元で成り立っていることにあるのではないだろうか。「洋の東西を問わず絵画の歴史は、身のまわりの三次元の世界をいかにして二次元に写すか、その工夫と苦闘の歴史であった。ところが、科学技術の進展の結果、三次元のまぼろしを現出する方法が出現しはじめた。これは面白い、と立体の映像を創作して提出してみても、それは客にとって有難迷惑なだけなのではあるまいか。二次元で描かれたものから三次元に復元するために大脳を使う、無意識の楽しみすら奪われるからである。」
目でとらえた平面の視覚情報を人間の脳が立体に再構築して読み解く作業が「鑑賞する」ということではないか。立体映像はそういう「鑑賞の楽しみ」を奪ってしまうものではないかと言っているのです。
この話は、アナログ時代の視覚映像の世界に関わってきてたものの、デジタルの大波をサーフするにはもはや体力的に無理と感じていたジイジにとっては我が意を得たりでした。

「アバター」の強烈な視覚刺激シャワーで満身創痍になった息子家族の疲れ切った顔を眺めながら、手のひらに包んだ石の感触で人の心を察し合うという古人の知恵に再び思いを馳せました。
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by love-all-life | 2010-03-16 18:00 | 時事・社会 | Comments(1)