HAND & SOUL

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HAND & SOUL「モノ」がたり 53 <夏休み気分>


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ずーっと以前会社勤めをしていた頃、先生業と云うのは夏休みがあっていい職業だなと羨んでいました。しかしいざ自分が大学の先生になってみると、学生は休みでも先生は授業がないだけで夏休中も勤務時間なんだと知って愕然とした記憶があります。いまやそれも卒業して一年中が夏休みのような暮らしになってしまったわけですが、毎日となると興奮してハシャギ続けているわけにもいかず、何事につけ欲しい欲しいと思っているうちが華なんだと改めて思い知りました。

HAND & SOULにお客さんとして来店されて以来友だち付き合いをさせていただいているM夫妻が土曜日に猛暑のなかやって来ました。自然大好き、子供大好き人間のMさんは植物好きの孫娘のために「作ろう草玩具」という本を携えてきました。自然豊かな日本には各地に伝承されてきた、身近に生えている草や木の葉で虫や動物などをつくる遊びとしての草玩具があります。それらを集めてつくり方を紹介した折り紙ならぬ「折り草・折り葉」の本です。目次を見るとカタツムリ、バッタ、ヘビ、、カエル、虫かごなど夏休みの主役たちの勢揃いです。

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早速近子供たちはススキやシュロなどの葉を採ってきて店内でバッタつくりのワークショップが始まりました。馴れないうちはバッタだかクモだかわからない草のモジャモジャからだんだんカタチを成してきて、それらを壁にピンで止めてみたら、店内は鎌倉に突如出現した新種、珍種のバッタ展示場と化しました。

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例年より一足早くやって来た盛夏の炎天下、毎日家にいる小学生の孫の相手をすることでHAND & SOULにも「夏休み気分」が漂いました。


「身近な草や木の葉でできるーー作ろう草玩具」 佐藤邦昭 築地書館
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by love-all-life | 2010-07-28 11:43 | 「モノ」がたり | Comments(2)

「不思議」


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前回の「砂茶わん」のブログで何か肝心なことを書き落としているように感じてモヤモヤしていました。

貝という下等な生物がベテランの陶工も顔負けの美しい造形をすることは驚きではありますが、このような不思議はなにも早朝に海岸まで行かなくてもいくらでも身の回りに転がっていることに気づきます。

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庭にゴーヤを1本植えました。芽が出てツルが伸びはじめました。支え棒を立てないでいたらツルは頼りなげに伸びてやがて20センチほど離れたシュロの幹に向かい始めました。いまツルはシュロの一番上まで伸びて、今度は隣の椿に向かいつつあります。ゴーヤには目があるか目に代わる不思議なセンサーを備えているとしか考えられません。
1本のチューリップが細い茎の頭にあんな大きな花をつけて強風にも耐えて立っていられる姿には、技術王国日本の粋を集めて作った東京スカイツリーも太刀打ちできないでしょう。
わたしたち日本人は昔からこのような不思議や自然の驚異を八百万(やおよろず)の神として素直に敬意をもって受け入れ、それらを祭り、楽しみ、文化としてしまうところがります。

ところがつい最近不思議の「不」をとった「思議」という言葉があることを知りました。
鈴木大拙の「東洋的な見方」(岩波文庫)の一節です。
「思議の世界と不思議の世界と、この二つがあることを知らねばならぬ。思議の世界は知性の世界である。知性の特性は、何でもを、まず二つに分けて、それから考え出すのである。」
大拙は、思議の世界は物事を分析し、白黒、正邪、善悪、をはっきりさせる西洋の世界観であって、それに対して物事を分けないで両方合わせ呑むのが東洋の世界観であると言っています。思議の世界からユダヤ教・キリスト教が生まれ、サイエンスが生まれ、不思議の世界から東洋的仏教思想が生まれたということのようです。


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夏というと昔は活発だったお化けや幽霊の存在も昨今はすっかり影が薄くなってしまいました。
普段西欧的現代生活を謳歌しているわれわれも、たまにはこころの奥に保持している東洋的スピリッツを取り出して、「不思議」とじっくり向かい合ってみるのも夏を楽しむ一策ではないでしょうか。


絵:お岩さん 葛飾北斎「百物語」
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by love-all-life | 2010-07-22 10:39 | 文芸・アート | Comments(0)

カマクラある記 12 <砂茶わん>




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海岸の漂着物に興味をもちはじめた頃、波打ち際に黒いゴムの帯を短く切ったものをクルリと巻いたような物体が一面に散らばっているのを発見しました。沖で船が座礁でもして積み荷の工業製品が岸辺に流れ着いたのかしらとなどと思いながら近寄って見ると、それは濡れてつやつや光って見えましたがゴムではなく砂でできていることがわかりましたが正体はわかりませんでした。その後ビーチコミングの会に参加したときリーダーの海洋研究員の方にあれは一体何だったんだろうと聞いてみたら、
「あ、砂茶わんですよ」と教えてくれました。そう言えばお椀を伏せたような形とも言えなくもありません。
「ツメタガイの卵なんです」
「エっ、あれが貝の卵??」
「砂を分泌物で固めて卵をその中に練り込むんでああいう形をつくるのです」
「?、 そうなんですか!」というわけで正体はわかりましたが、
目も手もない、もちろん道具も使わず殻をとったらギニャグニャの軟体動物が一体どうやってあんなに精巧な造形物をつくることができるのだろうか、驚きと言うほかありません。

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砂茶わんは、砂でできた底がない赤ちゃん用のお椀のような形で一方が開いています。伏せたお椀の下の縁は波形のフレアになっていてちょっと洒落っ気を感じさせます。観察していると、波を受けて波打ち際まで運ばれてきますが一方が開いていることが水を受けるのに具合がよく機能するようです。そして寄せては返す波に揺られているうちに次第に砂の中に埋没していきます。ここでは波形のフレアが役立っているように見えます。これはまったくジイジの個人的な見解であって学術的な裏付けははありませんが、そのように考えて見ると砂茶わんのフォルム、構造などすべてが類い稀なデザインの成果あるように思え、こんなすごい仕事をあのグニャグニャ野郎が成し遂げられるはずがない、どこかに全てを超越した創造の主の存在を感じざるを得ません。

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ところで親のツメタガイですが、わりあい何処にでもいる巻貝の一種で、獲物の貝を見付けると強い酸性の液体を噴射して相手の殻に穴を開け、中の実を吸い取ってしまうという結構なワルなのです。海岸で貝殻など拾っていると穴の開いたものがありますが、あれがツメタガイの仕業です。

近頃は砂茶わんを見つけることも少なくなってしまいました。以前はあれほど海岸に散らかるようにあったのに、今朝の散歩では由比ケ浜、材木座合わせて4キロの海岸線を歩いて見つけたのはたった1個だけ。(一番上の写真)
ツメタガイが減ったのかそのエサになる桜貝などの貝類が減ったのか、いずれにせよ海岸の生態系が侵されつつさることは確かです。そして見たのです、ツメタガイなんか足下にも及ばないワルを。
それは海水浴シーズンの海岸整備と称して波打ち際を走り回るトラクターの傍若無人の姿でした。

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by love-all-life | 2010-07-18 22:18 | カマクラある記 | Comments(0)

今年はタコ年?

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べつにタコ焼きファンでもないジイジにとって、タコといえば普段はお正月のおせちに入っているタコを2、3枚いただくほどのお付き合いしかありません。
ところが今年はどういうわけかタコと縁が深い年となりました。

ことの起こりはこの夏に開催される瀬戸内国際芸術祭と関わりができたことからでした。
近年なにかと話題の直島をはじめとする瀬戸内海の島々を舞台とする国際芸術祭に、親しいご近所の方の弟さんが公募するというので、新潟の大地の芸術祭を見てきた経験などお話していたら、なんとたくさんの応募のなかから難関を突破してプロジェクトが採用されたのです。そんなご縁で今回の芸術祭の舞台となる7つの島のなかでもいちばん小さな男木島でのプロジェクトのお手伝いで何度か島を訪れました。この過疎の離れ小島のことは話すことが一杯あるのですが、ここではタコの話に絞りましょう。

その昔源平の合戦があった海域に、周囲4キロちょっとの小山ひとつが浮かんだような男木島の産物と云えば海産物だけ。なかでもタコは島の特産物であるらしく島のいたるところにタコの存在を窺うことができます。

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民家の庭先や港にはタコ壷が山積みされていますし、集落の坂道のあちこちにそそり立つ竿は鯉のぼりの竿と思いきやタコの日干し用でした。ここで干されたタコはいわばタコのスルメですが、これがとても硬くて年寄りの歯には立ちません。
島のお料理と云えばほとんどが海産物ですが、そのかなでも定番は「タコ天」、その他にもタコの酢のもの、煮付けなどが食卓狭しと並びます。

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一夜島民の家に宿をお借りしました。港を足下に、浜風を受けながらはるかに島々が浮かぶ瀬戸内の落日を望む絶景の庭で薪を焚いての晩餐となりましたが、主人が用意してくれたメインディッシュは煮立った大鍋に3尾のタコをぶち込んだ茹タコでした。このタコは翌日の朝食にも昼食にも出てきました。
男木島の住民のほとんどはお年寄りだというのに、どんな食生活をしているのだろうか。タコを柔らかく食べる特別なレシピをもっているのだろうか、それともよほど健康な歯の持主たちなのだろうか、ジイジの単純な疑問でした。

さて、情報から遠ざかっていた島から帰るとサッカー・ワールドカップが大詰め。新聞に目を通すと飛込んできたのが試合の結果を予言してすべて的中させたドイツのタコの「パウル君」の話題です。

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ついには決勝戦のスペインの優勝までみごと的中させてしまいました。単に偶然が重なっただけなのかタコには超能力があるのか。日本では参院選挙戦の結果をタコに占わせていましたが、こちらのタコは最後まで選択をためらったそうです。日本の政局の複雑怪奇さを見抜くとはやはりタコには超能力があるのかもしれません。
となると男木島であれほどタコ三昧をしたジイジは幾ばくかの超能力を摂取したはずとの期待も高まろうというものです。


瀬戸内国際芸術祭2010 http://setouchi-artfest.jp/
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by love-all-life | 2010-07-12 21:03 | 文芸・アート | Comments(0)

初めてのワークショップ

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先日来店された女性4人組のお客さんからいきなり「こちらワークショップなんてやってないんですか?」と質問がきて、
H & S  「・・・? いや・・・私たちプロではないし、プロの技術なんてとても教えられませんし・・」
お客さん「木でつくったここにあるようなモノを自分でもつくってみたいと思うんですけど、つくり方教えていただくとかできないんでしょうか?」
H & S  「これでしたらわたしたちがつくったものですから、どうやってつくるかお話しすることはできないことはないですけど・・・」
お客さん「そういうワークショップやってみた〜い!」「わたしもやってみた〜い」「わたしも〜」
H & S  (・・・う〜ん、大きな工房があるわけではないし、道具の数も自分たちのものだけだし・・・)
H & S  「うちの庭でオープンスペースでよければできないことはないですけど・・・経験がないもので・・・道具は共有するということで、テストケースということでよければやってみましょうか」
お客さん「お願いしま〜す!」「!」「!」「!」
ということでHAND & SOUL初めての WORK-SHOPをやることになりました。

つくるものは「ポストカード・スタンドの額縁」です。送られて来るポストカードのなかには捨て難いものがあるし、ミュージアムショップなどで買ったお気に入りのカードなどポストカードって結構たまってしまうものです。それらの収納を兼ねたポストカードスタンドです。
その後別なお客さんにワークショップをやるんですよって話したら「私もやりいたい」という女性が2人増えて6人の生徒さんを相手のワークショップとなりました。
ホームセンターで材料や道具を買い足したり、資料の図面をつくったり、作業の段取りを確認するために1個サンプル作品を再度つくったりと、やや緊張気味に準備し、あとは梅雨どきの好天を望むばかりで当日を迎えました。

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当日は曇り、ちょっと青空も覗くまあまあの天候で胸を撫で下ろしたのもつかの間、講師役のジイジの説明や道具の使い方の練習などを終えて、イザ!これからというときなって雨が降り出しました。あわてて家の中に作業場を移したり、雨が上がったら、家の中は暗いからやっぱり外がいいねと再び仕事場を庭に移したり、接着剤の仮乾燥待ちをしたりなど、想定内の出来事とはいえ想像以上に時間をとられ、3時間の予定が完成までに結局6時間近くもかかってしまいました。
しかし全員ケガも失敗もなく見事に作品を仕上げました。大半の生徒さんが日頃から好きでモノづくりを経験しているということもあって先生としては生徒に恵まれたワークショップでありました。生徒の皆さんごお疲れさまでした。

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それにしても外見だけ見れば100円ショップで売っているものとさほどかわらない額縁ひとつをつくるのに人はなぜ6時間もこれほど夢中になれるのでしょうか?
自分の手が自分の意志どおりに機能しないもどかしさとそれを克服していく体感。一片の板が有為のものへと変身する不思議、それを成し遂げたのが自分であることの喜び、その喜びを分かち合える仲間の存在、これらすべてが「モノづくり」のなかにぎっしりと含まれているからなのでしょう。翻ってこれらの一切が欠落していることが100円ショップの安さの代償といえるのでしょうか。
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by love-all-life | 2010-07-05 14:10 | その他 | Comments(1)