HAND & SOUL

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HAND & SOUL「モノ」がたり 55 <LOVE EARTH>


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岡倉天心の「茶の本」の第六章「花」はこんな言葉で始まります。
「春の東雲(しののめ)のふるえる薄明に、小鳥が木の間で、わけありそうな調子でささやいている時、諸君は彼らがそのつれあいに花のことを語っているのだと感じたことはありませんか。」
その物言いを借りるなら、
寄せては引く波が浜の小石をさらう音を聞いて、あなたは創造主がひとつひとつの小石に造形と彩色の呪文をかけていると感じたことはありませんか。

小石の表情に関心を持つようになってもう20年もたつでしょうか。きっかけはビーチコミングでした。流木、貝殻、ガラス瓶、プラスティック製品・・・大抵の漂着物はそのものの素性が何であったかを推し量ることができますし、想像でかっての姿と現在を比較してその変貌の様を味わったり、その経緯を辿ってみたりする楽しみがあります。また流木や貝殻のような生命体だったものや工業製品には一定の規則性や形式があり、自然物ではその秩序性が人に魅力を伝える力になりますし、かっての工業製品では逆にその秩序が崩れて行く様子に面白味を感じます。

小石は漂着物と云えないかもしれませんが、同じ自然条件にさらされて海岸に存在しながら実に謎に満ちています。18世紀の山師ならぬわが身としては、それぞれの小石の故事来歴は何一つわかりません。どうしてその形なのか、その色なのかすべて謎です。理解の手がかりとなるような規則性や秩序はどこにもありません。何色と名付けることもできない微妙な色味やフォルムや表面に表れたパターンの不規則性こそが小石の魅力の鍵であるように思えます。

手のひらにとった小石を眺めていると、宇宙の彼方に漂う惑星のようにも見えますし、宇宙から眺めた地球自身の姿であるようにも思えてきます。そこにはあたかも美しい音楽を聴いているときのようなすべての理性を超えて想像と感性だけで向き合う鑑賞の瞬間があるだけです。

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LOVE STONE 1個 ¥200から
参考資料:「茶の本」 岡倉覚三著 村岡 博訳 岩波文庫
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by love-all-life | 2010-08-30 17:55 | 「モノ」がたり | Comments(0)

夏休みのお勉強

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小学校3年の孫娘のE子の1学期の通信簿を見て家族一同「うーん」と唸ってしまいました。3段階評価の一番下の『もう少し努力しましょう』の覧に○がずらーっと並んでいたのです。
学校から帰るとカバンを玄関に置くや塾に行かない近所の子供を探しては夕方まで遊んでいるのですから当然の結果とはいえ、これじゃ学校に行っても面白くないだろうし・・・、現に学校から「E 子ちゃんがお腹が痛いといって保健室で休んでいるので迎えにきてください」と担任の先生からの呼び出しがかかったことも一再に止まりません。

「花や蝶を見て遊ぶのもいいが、学校嫌い勉強きらいになっちゃ困るね」ということになり、「よしッ、この夏休みはジイジがE子の勉強を見よう!」と宣言し、1日朝1時間半、元大学教授の個人家庭教師というちょっと贅沢な布陣を敷きました。(E子は少しもそう思っていないようですが。)
ということで迷惑顔をしているE子をいかにのせるかジイジにとってタフなチャレンジが続いていますが、それだけではなくこの時間ジイジにとっても結構なお勉強になるんです。


その1
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「じゃ次は『板』という字を書いてごらん」
「?」
「わかんない?板って何でできてる?」
「・・・木」
「そう!だったら左側は何扁?」
「キヘン?」
「そう。右側は?」
「?」
「わからないかな、反対のハンって言う字だよ。ソルとも読むんだよ」
と言ってハッと気づきました。そうか!木が反るから板なんだ。


その2
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読む力を身につけるための例文に『めだか(杉浦 宏)』という文章があります。めだかのような小さく弱い魚がどのように身を守る特殊な能力をもっているかを記した文です。
めだかが水面近くを泳ぐのは敵が少ないからであること、すばやく泳げること、底にもぐって水を濁らせて身を隠すこと、強い繁殖力で群れをなして敵の襲撃をかわすこと。まためだかは身体が小さいので何日も雨が降らなくても小さな水たまりでも、温度が40度くらいでも生き延びることができるし、大雨になって川から海まで押し流されても塩水にも耐えられやがて川へもどることができるというような内容です。
どうです、これだけでもちょっと博識になりますね。
生きるに厳しい環境にいる生物は繁殖力が強いし、生きるための知恵をいろいろ身につけている。逆に生きるために格別の苦労をしなくても長生きできる文明人は必然的に繁殖力が弱くなるということなのか。高齢化・少子社会は自然の摂理なのかと妙に納得したりしています。



参考酢料:小学国語 3・上 「ひろがる言葉」 教育出版
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by love-all-life | 2010-08-20 18:34 | 文芸・アート | Comments(0)

戦争体験

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昨日は終戦65年目の8月15日、バアバの誕生日でもありました。敗戦の日バアバは11歳、ジイジは9歳、ちょうど孫たちと同じ年齢だったわけで、彼らにもわれわれの戦争体験を伝えておこうと思い、さて何を話したらよいのだろうかと考えてみました。

10歳そこそこの子供が75歳の老人の子供時代の思い出話を聞くということはどういうことなのだろうか、自分のことに置き換えてみると、ちょうど明治維新直後に生まれた古老の幼少期の話を聞く感じになると気づいて、エーッそんな大昔のことになるのかと時代の落差の大きさに驚きます。それは例えば、チョンマゲをした人がまだ歩いていた話、食べてはいけないとされていた牛肉を恐る恐る食べたら意外とおいしかったというような話になるのです。

ジイジ・バアバの戦争体験といっても戦争に行ったわけではありませんから、いわゆる銃後の暮らしと戦後体験であって、それも大人たちが家族の命を守るのに大変な思いをしている姿を通じてのものです。
現にジイジにしたところで、一夜にして10万人もの戦災犠牲者をだした昭和20年3月10日の東京の下町の大空襲の記憶ははっきりありますが、目黒の家の防空壕から大人が止めるのも聞かず怖いもの見たさで顔を出して見たら、サーチライトが交錯するなか真っ赤に染まった東北方の上空にB29の編隊が悠々と爆弾を投下しながら飛行する周りをからみつくようにパラパラと飛ぶ赤とんぼのような日本軍の戦闘機や、敵機には届かない高射砲の炸裂の様子を見上げて「わーッ、スゴいな、きれいだな」と感じたものです。命の危険を直接感じる歳ではなかったのです。

子供ごころに身体で直に感じた戦争の記憶は何と言っても「ひもじさ」、つまり空腹感です。とにかく一日中お腹が空いていました。煎った大豆を一粒一粒数を争いながら食べた記憶、サツマイモの茎の味、母が隣家に茶わん一杯のお米を貰いにいった姿。そういう中で畑の大麦をとって口に入れてガムをつくる方法とか、白い絵具が甘いことを知って食べたことなど子供ながらの工夫もありました。
つらい思い出とは裏腹に「おいしさ」の体験も鮮やかです。甘いものと云えばサトウキビをまるかじりするくらいだった戦後しばらくして食べたカリントウの豪華な甘さ、親が進駐軍のベースで働いている子が分けてくれた一片の食パンのとろけるようなおいしさ。

親が「もっと食べなさい」と云い「もうお腹一杯」と云うの孫たちの暮らしをみていると「ひもじさ」とこれほど遠い生活はないと感じます。この子供たちはいままでに身体が震えるような「おいしさ」を知らないだろうことの不幸を思わざるを得ません。
まずは、普段好き嫌いを決して云わないジイジがサツマイモやカボチャを食べない理由あたりから話し始めるとしますか。
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by love-all-life | 2010-08-16 11:38 | 時事・社会 | Comments(0)

灯台もと暗し

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生き物にとって豊かな環境というのは、例えばアフリカの奥地とかアマゾン流域とかグレイトバリアリーフとか、どこか遠くに行けば行くほどスゴイ環境があるように思い込みがちですが、なんと日本の近海がオーストラリアを抑えて海の生物の多様性が世界で一番豊かだと報道されました。それも三浦半島近海がとくに豊かと聞いて、エーッすぐ目の前じゃんと、なんだかポカンとしていいいのかキャーッと狂喜していいのか気持がうまくまとまりません。
(観音崎)灯台もと暗しとはこのことです。



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海岸で流木などを拾い集めるようになって20年ほど経ちます。こちらが目にするのは海中ではなくもっぱら岸辺ですが、以前暮らしたことがある日本海沿岸に比べて三浦半島の漂着物はかなり見劣りするねとぼやいていたものです。でも考えてみれば漂着物というのはいわば御用済みの廃物ばかり、命ある現役たちはまだ海中でしっかりと生息しているというわけなんだと納得しました。

若い頃、葉山でシュノーケルを口にくわえてポチャポチャと水深1メートルほどの岩場で海中探索の真似事をしたときに眼にした幻想的な視覚世界は今も記憶に鮮やかに残っていますが、あれが世界一の景観の一端だったとは、新たな感慨が湧いてこようというものです。

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それにしても海中の世界というのは何とたくさんの奇想天外な命を育んでいるところでしょうか。そしてそれぞれの命がそれぞれの形で究極の合理性をもっているというのですから、どんな無神論者もスーパーパワーの存在を感じないわけにはいきません。
100歳を過ぎた、かのレニ・リーフェンシュタールが彼女の最後の活動の場を海中に求めたのも「神」に近づこうとしたからではないでしょうか。

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もしこの世で神さまに会えるとしたら、最も手近な手段は水中メガネをかけて息を止めて海面に顔を浸けた瞬間かもしれませんね。
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by love-all-life | 2010-08-06 20:24 | 自然 | Comments(0)

臨時休業のお知らせ

誠に勝手ながら8月8日(日)は 都合により臨時休業とさせていただきます。

HAND & SOUL
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by love-all-life | 2010-08-01 20:25 | 臨時休業 | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 54 <なんでも手づくり>


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世にも弱小のHAND & SOULですが、その弱小が強みになるということもありあます。小さいからこそ小屋そのものも自分たちで組立てられましたし、商品台や棚やレジ台も手づくりの範囲内です。と言うより既製品ではスペースがなくて入らないのです。仕方がないので狭いスペースや陳列する作品に合わせて手づくりしてしまいました。結果的に世界でも珍しいほど小さな棚ができたりします。

「かわいい!」ってお客さんが言うので商品のことかと思ったら棚のことだったりすることも一再ではありません。
「これ売り物ではないんですか?」
「ええ、まぁ・・」
「同じのをつくってもらえないですか?」
「・・・」
「これも手づくりなんでしょ?」
「まぁ」
こんなやり取りから「そんなはずじゃなかった商品」が2つ誕生しました。小物棚と、カードスタンドです。

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小物棚は、もともとはバアバの流木人形を展示したり、ジイジのミニハウスを置くために、壁の狭いところを有効利用しようとしてつくったものです。何事も小さいものを愛玩する傾向のある日本人に案外向いたインテリアグッズなのかもしれません。

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カードスタンドは、HAND & SOULのカードをいくつかのギャラリーなどに置いてもらっているのでお互いさまで、鎌倉界隈の展覧会やおすすめのお店を紹介するカードコーナーとしてつくったものです。
曲げた針金を板につけただけのものですが、知人のギャラリーオーナーが見て、うちも狭いからこれぜひ作ってというリクエストから商品の仲間入りしました。

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小物棚(左) H1,100mm×W40   カードスタンド(右) H900mm×W60  共に1コ ¥8,000
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by love-all-life | 2010-08-01 12:31 | 「モノ」がたり | Comments(0)