HAND & SOUL

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HAND & SOUL「モノ」がたり 61 <宝箱> 

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「HAND & SOULさんでゴミ箱つくりませんか?」
「え?ゴミ箱ですか?」
「ええ、町内のゴミ箱が大分傷んでしまって新しいのと取り替えなければならないんだけど、HAND & SOULさんに作ってもらってはという声があるんですよ」
「ええ・・・ウチはたしかにモノづくりはしますが・・・戸外に何年も雨ざらしにするようなものをつくるの自信ないなァ・・・」

町内のまとめ役をしている方からの申し出をとりあえず断ってみたものの、その後なんとなく気になって、道を歩いていてもゴミ箱ばかり見ていました。
改めて世のクリーン・ステーションなるものを観察してみると、何種類かの規格もの、ただカラス害予防のネットをかぶせただけのものなどいろいろあります。規格ものにもアルミパイプに紐ネット、スチールのワイヤーで組立てるもの、折りたたみができるも、できないものとこれまたいろいろな種類がありますが、アルミパイプに緑色のネットで組立て式のものが最も普及しているようです。
現在までわが町内で使っているのもそのタイプです。比較的簡便ではありますが、以前からネットの色が派手すぎるなと感じていて、同じ緑色でもどうしてもっと自然になじむ色にしないのだろうといぶかっていました。
カタログで調べてみてもそれぞれ一長一短で、デザインの目や力がまだこういうところまでいき届いていないなということがハッキリ分かります。
そうこうしているうちにむらむらと身体の中が温かくなってきて、「よし、日本一のゴミ箱に挑戦してみるか」ということになってしまいました。

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まとめ役さんに「やってみましょう!」と返事をし、収容すべきゴミの容積を出してもらい、市のゴミ回収センターで留意すべき点などヒヤリングしてもらいました。
忙しいと渋る息子を駆り出し、敷地の地ならしは町内会の有志でやってもらい、ゴミ箱を固定する杭打ちは町内の植木屋さんにお願いし、奥さん方の応援や雑音があり、自称日本一のゴミ箱が出来上りました。

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出来上ったとき「これはゴミ箱ではなく『宝箱』にしましょう」と言ったまとめ役さんの言葉はうれしかった。
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by love-all-life | 2010-11-23 00:26 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL展


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バアバの作品のよき理解者でサポーターでもあり、ジイジ/バアバの共通の友人のN.H.さんは造形作家、詩人、小説家、写真家、ミュージシャン、サーファー・・・とスーパーマルチタレントです。
そのN.H.さんがこの6月に青山にギャラリーをオープンしました。
なんでもN.H.さんが昔から世話をしていた人から、この場所なんとかならないかと言われ、よし任せてくれと男気を出して開いたギャラリーらしいのです。
モノづくりを始めてから随分たつジイジ/バアバですが、そう云えばまだ都内でちゃんとした展覧会をしてなかったね、ということでN.H.さんにお願いしたところ快諾をいただき、晴れて青山でのHAND & SOUL展の開催ということになりました。

ショップを始めて以来手軽に買ってもらえるような小物をつくって、お客さんと四方山話を楽しむ暮らしが身につきはじめたところですが、ガッツ印のバアバが「これでいいのかしら?」とイエローカードを出したのです。
こじんまりしたスペースに、こじんまりしたHANDSでつくった作品展示ではありますが、SOULだけはたっぷり込めたつもりです。

HAND & SOUL 展
内藤三重子+ 鎌田豊成
TAMBOURIN GALLERY
2010.11.30(火)→12.4(土)
OPEN 11:00→19:00

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おついでがあったらご高覧いただければうれしいです。
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by love-all-life | 2010-11-13 21:17 | その他 | Comments(3)

GAMAN の KAKUGO はある?

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正しくは何と言うのか知らないけれど日本発世界語というのがあります。翻訳しようのない日本固有の「こと」や「もの」を横文字で記述するものです。日本の国際化に一役かっている言葉といえます。

古くはFUJIYAMA、GEISHAにはじまって、SAMURAI、HARAKIRI、KAMIKAZEなどとなにやら怖い日本人像をつくり、戦後になるとSUSHI、SUKIYAKI 、TEMPRAなどのWASHOKUのおいしさの発見があり、その後経済成長神話のキイワードとされたZAIBATSU、DANGOU 、NEMAWASHIなどがもてはやされ、最近ではKARAOKE、OTAKU、MANGA、ANIMEなどの文化風土が国際的な顔をもつようになりました。
ここにきてTSUNAMIが国際語になり、KYOTO議定書いらい地球温暖化防止で世界のリーダーたらんとMOTTAINAIを世界共通の価値観にしようとの試みが進められています。

さて、今度はGAMAN(我慢)を国際語にしようとする動きがあるらしいです。新聞報道によると、先頃の「国連地球生きもの会議」で日本水産学会が、水産資源の乱獲をセーブし持続可能な漁業をするために、目先の利益にとらわれないで「GAMAN」することが大切だとの提言をまとめて発表したとありました。

MOTTAINAI にしてもGAMANにしても「うん、そうだ!」と共感はしますが、気持のどこかで一抹のすっきりしないものを感じます。
というのは「勿体ない」も「我慢」も、いまこそそれが大切だというのはその通りなのですが、かけ声をあげているのがこのような生活態度の対極にある暮らしを一向に改めようとしない、アメリカに次ぐ浪費王国である他ならぬ日本だからです。

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真正面に向かい合うにはあまりにも難しい課題も、同じことを横文字にしてしまうことでなんだか気楽に取組めるよような気にさせてしまうところがあり、そのこと自体は決して悪いこととは言い切れませんが、苦い薬をオブラートに包んで飲み下すような、辛いこともできれば気安にお付き合いしたいというような、腰のふらつきを感じてしまいます。
戦中・戦後に徹底的に「勿体ない」「我慢」を強いられ、骨の髄までその辛さを体験したジイジ・バアバ世代は、横文字スローガンの軽ろやかさにどこまで本気かしらとつい「?」をつけてしまうのです。
だってこれらのことを本気で実行しようとしたら、それこそただ事でないKAKUGOが必要なのですから。



<資料>
上:昭和初期の輸出向けGEISHA印鮭缶ラベル
下左:戦後、朝日新聞に連載されたアメリカ漫画「ブロンディ」(チック・ヤング作)から
下右:戦後の焼跡のパン屋(毎日新聞)
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by love-all-life | 2010-11-01 20:39 | 時事・社会 | Comments(0)