HAND & SOUL

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「エッ、それはないだろう」の連続

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かって聞いたこともない意味も実体も理解できない数字、それでいてわれわれの命ばかりでなく、子々孫々にまで関わる数字にハラハラドキドキする毎日です。


当初ゆらゆらとメマイを感じるような揺れに、ヤヤッどこかで大きな地震が起こったぞと危ぶむ間もなく東北地方で大震災発生のニュース。つづいて大津波の被害が出たらしいと聞いても、停電ではそれがどれほどのものか確かめる術はありませんでしたが、テレビが点いて見たスザマシイ映像にただただ戦慄を覚えるのみでした。
そしてその副産物のように原発の事故が伝えられときも、やっかいな問題が起こったなという思いはあったものの、国をあげての安全管理体制がどれほどのものだっかを検証するよい機会だくらいに考えていました。
その後の公の発表も、今回の事故はチェルノブイリやスリーマイル島の事故とは次元が異なった軽いもので心配はいりませんという趣旨のものでした。
一部にはこれは深刻なクライシスだと伝える情報もありましたが、まだスーパーに買い占めに走る人を浅はかな連中だと蔑む気持をもつ余裕もありました。

ところが水素爆発で建屋が吹き飛ぶわ、住民退避の勧告が出るわ、牛乳はだめ、ホウレンソウは食べるなということになり、炉心溶融が現実味を帯びだし、外国人が日本からどんどん脱出を始めるという騒ぎに、「それはないだろう!」と慌てふためいて、シーベルトなどという分けも分からない数字に一喜一憂する事態となってしまったのです。

毎日のテレビニュースで紹介される、何事もなければ一生目にすることなかったであろう原子炉の内部の詳細な図面や専門の大学の先生の話を、原子力工学のむずかしい授業を聞く学生のように固唾を呑んで見、耳を傾けてきました。ところがだんだんと素人の目からも「何か変だぞ」という気持が高まってくるのを禁じえません。

現場が危険で核心に近寄れない?それならロボットを使えばイイじゃん。エッ、世界に冠たるロボット大国の日本にそんなロボットもないの?
決死の覚悟の作業員が足を被爆してしまいました。エッ、長靴も履いていないの?
とにかく原子炉を水で冷やすことが肝心と言う一方で、水をじゃんじゃんかけると放射能を含んだ水が外に溢れ出て危険。
・・・このような話は物理学のむずかしい話でも何でもなくて、中学生レベルの智恵の話ではないか。
日本の科学知の殿堂といっても過言ではない(と素人は考えていました)、究極のリスク管理をしてきたはずの原発で何故こんなことが起こるのか、疑問やいらだちは高まるばかりです。

どうも思うに(もちろん素人考えですが)、東電や原子力安全・保安院のリスク管理とは、予測し得るリスクに対してどう対処するかがリスク管理であって、予測し得ないリスクはそもそもリスクとは考えていないということではないのか?
「津波のリスクですか?はい大丈夫です。これまで来たこともない9メートルの大津波が来たってこのような対応策でしっかりと防ぎますよ。」とミエを切って済ましてきたのではないか?
とことろが10メートルをはるかに越える津波が来てしまったらどうなるか。「これはリスクではないのだから対応策もありません。たんなる災難です。」と言っているのが東電であるようにしか感じられません。
われわれはリスクと災難は同じものだと思っていましたが、東電ではどうも違うものらしい。

ついでにもうひとつ素人考えですが、福島第一原発の中味はGEが開発した設備らしいのです。つまり外国製の設備を導入して、マニュアルに従って運営されているのが福島第一原発なのです。自分たちが工夫してつくったものではないので、マニュアルに沿って運転しているかぎり支障はないが、ひと度マニュアルに書かれていないことが起こってしまうとボロがでてしまうというのが今回の状況ではないかと想像されるのです。
企業のリスク管理をいくら徹底しても、国民のリスク管理が不完全であれば結局は企業のリスク管理も破綻するというのが原発というものの宿命なんですね。

今回の事故からどのような教訓を得るべきか、まだ結論を出すには早過ぎるとは思いますが、
とりあえず、
国や企業が守ってくれる安全とは、国や企業が守れる安全であって、すべての安全ではないということ。
語彙や数字の意味は専門家にまかせてもよいが、いざというとき自分を守るのは個々人の智恵であること。
自然への畏敬はどれほど大きくても大きすぎることはないということ。
こんなことを感じる日々です。
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by love-all-life | 2011-03-31 19:56 | 時事・社会 | Comments(2)

HAND & SOUL「モノ」がたり 70 <アメリカン・カントリー風 ベンチ>

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厚手の板を組み合わせたガッチリしたアメリカン・カントリー風ベンチ。無骨ですが、使い込まれるほどに味わいを増します。

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ベッドエンドに置いたり、部屋の隅に置いて来客の折りのエキストラ・チェアとしたり、物置き台にしたり、ガーデンチェアにしたり・・・。

今回は3脚つくって、一脚はNAND & SOULの看板を門柱の脇に置かしていだたいているご近所に、ガーデニングの小道具にでもとプレゼント。
もう一脚は、扇ケ谷のニット・クラフトの作家さんが小物作品の撮影の台として使うと云って売約済みとなりました。

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<アメリカン・カントリー風 ベンチ>   910mm(w)×220mm(d)×420mm(h)  
杉材ペイント塗り・サンダーがけ仕上げ   1脚 ¥15,000


 
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by love-all-life | 2011-03-29 15:48 | 「モノ」がたり | Comments(0)

カラスはどれほど可愛いか 2

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人はスズメやウグイス、メジロ、文鳥といった小さな鳥をほとんど例外なく可愛いと思い、それらの鳥が身近にいると幸せとさえ感じます。ハトは決して小鳥というほど小型ではありませんが、神社などですぐ近くに降り立ちヨチヨチと近寄って来たりすると、自分が信用されているようで、ついつい気をよくしてエサをやってしまいます。なかには迷惑がる人もいますが子供たちは大喜びです。

翻ってカラスを好きと云う人はいません。ごくたまにカラスを飼っている人もいるようですが、世間はそういう人を何となく「変な人」とみてしまうのではないでしょうか。
なぜカラスはこれほど嫌われるのか。
その理由のひとつはカラスのもって生まれたフィジカルな特徴からくる、いわれなき偏見でしょう。
大きさや形が、可愛いと感じさせることを阻んでいることもありますが、何といってもカラスが損をしているのは黒という色でしょう。黒は心理的にも社会的にも不吉、不安、暗いといったイメージと強く結びつくからです。
さらに、あの「カーァ」という大きな鳴き声も、なんと無神経なヤツ、下品なヤツというイメージを人に与えてしまう大きな要因でしょう。
ときには二羽が身を寄せ合って小声で「グルル、ルル」とか「コゥ、ウウ」とか鳴いて、細やかな情を示し合っているかのような場面もありますが、かえって薄気味悪さを感じてしまうのは、こちらがカラスに抱いている悪者イメージがよほど強いからでしょう。

カラスにこれほどの悪者イメージを与えてしまったもうひとつの理由は、いわずと、生ゴミをあさり、道路を汚くちらかすカラスの傍若無人の迷惑行動であり、さらにその対抗策をことごとく見抜いて裏をかくズル賢さでしょう。

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私たちが愛おしむ小鳥は、小さくて弱々しく、かわいらしいキレイな声で鳴き、時たま姿を見せては、もっと見ていたいと思うときにはスっと姿を消し、こちらに何の被害ももたらさない・・・。
カラスの存在はまさにこの対極にあるのです。
つまりキタナイ、ウルサイ、ナマイキ、ズルイ、キモイ、クライ・・・こんな形容詞が真黒な羽の衣を纏って空を飛んでいるようなものです。
こんなカラスを「カワイイ」と感じるようになるには、余程の手練手管を労するか、こちらが「変な人」になるしかないのでしょうか。


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ところで、一時韓国に住んでていたとき、カッチという、日本では九州あたりだけに生息し、カササギとして知られている黒い鳥をよく見かけました。韓国の国鳥とも言われていて、日本のカラスよりひと回り小ぶりですが、ちょっと見はカラスによく似ていて、分類上も同じカラス科に属します。日本のカラスと違うところは、胸と羽の一部が白いことと尾羽根が長めです。しかしいちばん大きな違いは、なんと言っても人びとがカッチに対して抱いているイメージです。
カッチは韓国で縁起の良い鳥とされているのです。最近は増え過ぎてやや迷惑がられているとも聞きますが、公園の木立や街路樹などにカッチが飛来すると人びとは心なしかホッとしたような幸せな気持になるように見えます。カッチのほうもそういう人びとの気配を知ってか警戒の素振りをあまり見せません。

うーん、何かこのへんにカラスとの関係改善のヒントがありそうな気がします。
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by love-all-life | 2011-03-26 18:06 | カラス | Comments(0)

カラスはどれほど可愛いか 1

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わが家の界隈に住み着いて暮らしている夫婦カラスがいます。塒(ねぐら)は道路を挟んだ向かい側の木立ですが、日中はほとんどわが家のコナラの枝を拠点として採餌をしています。わが家が高台にあって見晴らしがよいのと、家人が小鳥に与えるエサや、時折リスに与えるパン屑などを横取りできるらでしょう。
なんとか横取りさせない工夫はないものかとカラスを観察していると、あちらもこちらを実によく観察しています。こちらが彼らを見ているときは必ず彼らはこちらを見ています。
部屋の中で本を読んでいてふと窓の外に眼を向けると、外の枝に止まったカラスがジーっとこちらを見ていたりしてドキッとします。

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相手が動物とはいえ、この世に同じタイミングに同じ場所に生息しながら、お互いに憎しみと警戒だけが行き交う関係はというのは気持のよいものではありません。
近頃になって、いっそのこと関係改善の道はないものだろうかと考えるようになりました。
しかし考えてみると、もともとここに住んでいたのはこちらだし、そこへカラスがあるとき現れて、小鳥のエサを横取りするわ、菜園とも言えない狭い畑に僅かに成長したトマトがやっと食べごろになるときまって略奪するわ、水瓶のメダカを狙うわのイタズラのし放題で、こちらの防御対策をことごとく見破る賢さを身に付けているとあっては・・・、
なにもこちらからすり寄って好意を示す必要があるのだろうか。そもそも彼らがなにかこちらにとってよいことを一つでもしてくれたことがあっただろうか。
いやいやそういう思考回路では決して歩み寄りの道に近づくことはできないぞ。
ではどうすれば・・・?

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ということで、これから折りをみて『カラスは友人になり得るか?』、こんなテーマで、わが家にくる夫婦カラスを相手に実験的に取組み、その過程をこのブログで綴ってみようかなと企んでいます。あえなく挫折という結果になりそうで、とてもご期待ください!というほどの自信はありませんが・・・。
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by love-all-life | 2011-03-21 14:59 | カラス | Comments(0)

3.11

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「あの日」から一週間。
6年前は長岡にいたジイジにとって、3月11日まで「あの日」とは中越大震災が発生した10月23日でした。しかし今や3.11は、2.26や12.8(ジイジにとってはジョン・レノンが暗殺された日ではなく、太平洋戦争勃発の日として)や、終戦の8.15、またニューヨーク同時多発テロの9.11と同様に特別な歴史的な日となりました。これはすべての日本人、そして世界の防災関係者や原子力に関わりをもつ人びとにとっても同様でしょう。

この一週間、ただ呆然とテレビを見、停電時はロウソクの明かりでヤッケをまといラジオを聞き、ほとんど座っていました。そいう意味では生命の安全はあるもののテレビの中の被災者とあまりかわらない姿でした。
6年前の中越地震のときには大学の皆に声をかけ地域の復旧・復興に駆け回った記憶が残っているので、こういう時は何かしなくてはと考えれば考えるほど、いまや自分が非力な一老人であることを思い知るばかりです。

災害時には、年寄りと子供はいつも弱者として扱われます。それはそれで大切なことと思いますし、子供の数が減っている昨今子供が少なくなるのは大いに困りますが、どの避難所でも圧倒的多数のお年寄りが、一挙に老け込んだようにうずくまっている姿には、気の毒と思う一方で本当にこれでよいのだろうかとちょっと気になるのです。
もちろん多くの老人が身体に何らかの欠陥をもっていながらさらに酷い災難を蒙ったのですから、まずは安静にというのが正しい対処ではあるでしょう。でもなかには元気なお年寄りも決して少なくないだろうし、災害時の単なるお荷物となりたくないという気概をもった方もいるのではないか。
自分が年寄りだから分かるのですが、たしかに若者とともに外へ出て同じように動き回ることなどできないのは当然です。しかし戦争を体験したり、戦後の窮乏時代を生き抜き、物資不足の時代に育ってきた世代には、「なにクソ!これきし」といった、近頃はあまり耳にしないやせ我慢精神とでも言うような精神的強がりがあるのではないか、そしてこのやせ我慢精神こそこういう非常事態を切り抜けるテコとなり得るのではないか。
だからといって、瓦礫の野に出て「ヤセ我慢シロー」と叫ぼうというのではありません。今後復旧から復興へと移って行くいく段階で、このような機会に子供たちや孫たちに「節約」や「我慢」「人の身になって考える」など、普段は言ってもなかなか耳を貸してもらえないことを、自分の体験なども話しながら聞かせるというようなことをしてはどうかと感じるのです。

ジイジは小学3年、バアバは5年で終戦を迎えました。6人の孫の二人がまったく同じ歳です。ジイジにしてもバアバにしても戦災や敗戦の時代の記憶は鮮やかに残っています。ということは孫たちもこの地震の体験をそれぞれが老人になっても決して忘れることはないでしょう。
この体験から子供たちが何を学習しこれから先の人生にどう活かすか、これこそ再生日本にとって最も重要なテーマではないか。
そしてここに、これだったら老人ができる、いや老人だからこそできる復興支援のひとつの道があるのではないか、そんなことを考えた一週間でした。
(写真:孫がつくったロウソク立て)
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by love-all-life | 2011-03-18 18:32 | 時事・社会 | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり 69 <ホワイト・デイ>

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すっかり縁がなくなったバレンタイン・デイですが、それだけにやっともらえたチョコレートは貴重品です。そんな少ない贈り物のひとつが孫娘からのものでした。
ママの差し金? 「宿題は?勉強は?」とうるさいジイジへの口封じ? いろいろ疑惑がないわけではありませんが、「いや、そんなことはない。純な敬意と親しみの証なのだ」と打ち消して喜び、ホワイト・デイを心待ちにしていました。
世の中には同じような心境のジイジたちがきっとワンサといることでしょう。こんな巨大な仮想市場に世の商魂がまだあまり向けられていないのが不思議なくらいです。

いろいろ考えた末に、植物博士を自任する孫娘にふさわしいだろうとラナンキュラスの苗を2株買ってきました。
しかしHAND & SOULの名誉にかけて、黒いビニールのポットに入ったままで差し出すわけにもいかず、使い残しの板材であたふたとビニールポットを入れる木箱をつくりました。相手の喜ぶ顔を思い浮かべながらの作業くらい楽しいことはありません。

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表面はエイジング仕上げとし針金でハートの飾りをつけたら、「もしかしたら、これ店に置いてもいいんじゃない?」と思いがけないバアバからおことば。
いくらにしようか? と早くも捕らぬタヌキの・・・です。

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by love-all-life | 2011-03-17 09:29 | 「モノ」がたり | Comments(0)

3月11日の夜

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子供の頃から大震災のイメージというと大正12年の関東大震災でした。平成7年の阪神・淡路大震災の惨状をテレビで見ても、平成16年の中越大震災を直近に体感しても、もっと酷い地震はあり得るし、関東大震災がそれであったという意識でいました。ところがついにそれを越える最悪の地震災害が起こってしまいました。

地震発生時の午後3時前、HAND & SOULの店番をしていてめまいのような感覚に襲われ、それが地震の揺れだと気付くまでに少し時間がかかりました。緩慢で大きな横揺れ・・・長岡の大学にいたきの中越地震の体験から、震源地は遠くしかもこの揺れなら震源地は相当の被害に違いないと予想はできました。
しかし停電が解除されてTVで見たツナミのによる被災地の映像はこちらの想像をはるかに越えるものでした。

TV映像を見ていてしきりと思い出されたのは太平洋戦争時の敗戦から戦後の悲惨な国難の状況でした。
今回の災害は東日本大震災と命名されましたが、これはまさに国難です。ですから一地方の災難として罹災した方々を気の毒がるだけではなく、自分の国の災難として国民全体で対処するくらいの覚悟をもつべきでしょう。
戦後の奇跡の復興がそうであったように、日本人は切羽詰まればスゴい能力を発揮する民族であると自ら信じようではありませんか。この災害を、国力がどんどん低下の一途をたどっているこの国にとっての「泣きっ面にハチ」とするのでなく、なんとか起死回生のきっかけとするというくらいの政治指導の道もあるのではないか、と戦後世代のジイジ、バアバは考えるのですが。

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さて11日の夜、逗子に住んでいる次男の家族が津波を避けて高台の鎌倉の家に避難してきて、二家族が停電の一晩を過ごしました。テレビもなしゲームもDVDもなし、ケイタイさえ思うように使えない時間をどう過ごしたらよいか一同が戸惑うなか、ロウソクの明かりを囲むいつもと違う雰囲気に、一番下の2歳の孫とジイジ・バアバが妙に元気です。
「これが江戸時代の人びとの暮らしなんだよ。それに戦争中や戦後、ジイジがちょうどお前達の歳の頃にはこんなことはしょっちゅうだったんだ。空襲警報のサイレンが鳴ると・・・」、絶好のお説教の機会到来というわけです。
年長のKはホルンの練習を始める、小学生の男の子たちは将棋を、女の子はロウソクの明かりでお絵描きと、ジイジ・バアバにとっては図らずもかなり満足すべき、まるで17世紀の画家ラ・トゥールの世界が出現したのでありました。
(災害写真:産経ニュース)

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by love-all-life | 2011-03-13 15:45 | 時事・社会 | Comments(2)

臨時休業

3月12日(土)は都合により臨時休業とさせていただきます。
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by love-all-life | 2011-03-09 13:51 | 臨時休業 | Comments(0)

HAND & SOUL<モノがたり> 68  水兵さんのアクセント・テーブル

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部屋の片隅に置いて、ちょっとものを乗せたり飾ったり、何も乗せなくてもそれだけでインテリアのアクセサリーとして空間づくりに一役かうアクセント・テーブル、ジイジの新作です。

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テーブルトップの絵柄は、古いピクトグラム(絵文字)の本で見つけた第一次世界大戦時代のアールデコ調の水兵さん(上カット)がお手本です。作者はドイツのゲルト・アルンツ(Gerd Arntz 1900〜1988)というグラフィック・デザイナーで、O・ノイラートとともにアイソタイプという絵文字を考案しました。


e0153357_17155843.jpg水兵さんの図柄をパソコンでテーブルトップ用にデザインを起こし、杉板を切り抜いて着色し張り合わせます。そういうジイジの作業をバアバは横目で少し蔑むように見ています。なぜならパソコンが使えないバアバは徹底したハンドメイド主義者だからです。






同じ人でないのだから当然ですが、HANDとSOULでモノづくりという点では一致していながら、ジイジとバアバでは多少流儀が異なります。バアバのモノづくりは気の赴くまま手の向くまま自由闊達で、悪く言えば行き当たりバッタリ型、ジイジは一応出来上がりまでの見通しをつけてからとりかかる慎重型。だからバアバはアーチストでジイジはデザイナーといった人がいますが、なるほどそうかもしれません。ジイジはバアバの融通無碍な作品の出来上がりに、これはオレにはできないと密かに舌を巻いていますし、バアバは収拾がつかなくなったときにの「神頼み」とジイジに仕上げを頼んだりします。まぁ、持ちつ持たれつの弥次喜多コンビといったところでしょう。

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さて、アクセント・テーブルですが、細かいところでの気遣いとしては、水兵の木片にはそれぞれサンダーをかけて角に丸味をつけ画面に柔らかみを出すと同時に境界の隙間などを目立たなくするという下心もあります。天板以外の部分はダークグレーと白を塗り重ねて上からサンダーでエイジングをかけた仕上げにし、脚には中間に飾り穴のついた棚を設けました。

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水兵さんのアクセント・テーブル(杉材)  320mm×320mm×680mm(H)   1台 ¥20,000
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by love-all-life | 2011-03-07 17:26 | 「モノ」がたり | Comments(0)