HAND & SOUL

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カマクラある記 13 <坂の下>

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啓蟄より遅れること一月あまり、朝の寒気が緩み、温いふとんへの未練をそれほど感じなくなると、もぞもぞベッドを抜け出してジイジは朝の散歩を始めます。
デジカメと、ケイタイ(時計がわりです)と、ビニール袋(なにか拾うかもしれないので)をポケットに、気の向くままカマクラの路地を歩き回ります。以前は英語の耳ならしに携帯ラジオでFENを聞きながらでしたが、最近は止めてしまいました。これといった理由はありませんが、小鳥の声を聞いたり、すれ違う人と挨拶を交わすに邪魔と感じるようになったからです。こうして暮らしから少しづつ細かいことが削がれていくのも老化ということなのでしょうか。

海岸で石や貝がらや流木を拾うのと同じような感覚で写真を撮ります。路面の面白い表情、生垣のディテール、不思議な色合いの壁、変な看板・・・どれもしょうもないモノばかりです。これらは流木などと違って持って帰るわけにいきませんが、写真を撮ると自分のものにしたような気持になるのです。

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ここ二日ほど由比ケ浜海岸の一番西よりの「坂の下」を歩きました。海岸沿いの自動車道路から一歩入ると、ほんの100メートル四方ほど区域に、昔の漁村のなごりやサーファーの気配や民家が混在する、人がすれ違うのがやっとの路地が家並みを分ける静かな一画があります。このあたりの路地はかっては砂地でしたが、いまはどんな細い小径も舗装されてしまいました。
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ジイジが撮る写真には、そんな坂の下の風情を写し撮ろうという意図はさらさらありません。吹き寄せられた漂着物のなかに「面白い」を漁る流儀で、ひたすら景色の中のディテールを追いかけて楽しむのです。
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6時に家を出て坂の下まで約2キロ。写真を撮りながらぶらぶら歩きで往復すると1時間半から2時間の手ごろなウォーキングです。逆方向へ足早にすれ違う現役たちを横目に、若干の悲哀とともに気ままな身分を確認するひと時であり、これで錆びついた感性を少しでもリフレッシュできればなァという淡い期待もあるのです。


 
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by love-all-life | 2011-04-25 11:03 | カマクラある記 | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 72 <鏡よ鏡、私の背を高くしておくれ>

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妹が昔使っていた上丸の化粧鏡でした。藤蔓のフレームと小さな棚がついていましたが、傷んで使われていなかったのをバアバが目をつけ、リニューアルしてあげるとわ言って引き取ってきました。その後、妹は結婚してアメリカに行ってしまい、鏡の枠は壊れてわが家の庭の片隅に放って置かれたのを、今度はジイジが目をつけて杉板でご覧のようなフレームを付けました。

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お互いに廃材や流木や錆びたトタン板などを素材にしてモノづくりすることが多いジイジとバアバは、散歩していてゴミの山のような場所では必ず速度がゆるみます。
お互いに別のものに目をつけたり、同じ汚い板きれを宝物のように「美しいね」と言い合ったりします。そんな材料を拾ったときは、共有財産だけにどちらが使うかなかなか微妙な駆け引きがあるのです。
今回の鏡も、もしかしたらバアバが使いたいと思っていたかも知れません。ジイジはそんなバアバの気持を気づかぬ振りをして、「こんな鏡にしてはどうかね」と先回りしてしまったのです。
多分バアバは「しまった」と思ったでしょう。「こんちきしょう」と内心悔しがっているかもしれません。ジイジも「少し悪かったかな」と思っても口にはしません。逆のこともあって、お互いさまなのです。

出来上った鏡を展示するにも狭くて場所がありません。仕方なく同じスタイルの姿見の前の床に置いたのですが、前に立つとなんとファッションモデルのように脚がすごく長ァーく見えるではありませんか。まさにマジックミラーです。ウソだと思ったら一度来て見ていい気持になってください。

<化粧鏡>
枠480mm(w)×580(h)  鏡310(w)×500(h)  枠:杉板、乱れ凹凸柄、ペイント+サンダー仕上げ   ¥12,000
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by love-all-life | 2011-04-19 08:35 | 「モノ」がたり | Comments(0)

がんばれニッポン

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昨夜遅く友人との会食から帰ってテレビニュースをつけたら、原発事故以来、公演やイベントを取り止める外国人アーティストなどが続出するなかで、あえて日本公演を決行した世界のマエスロ、プラシノ・ドミンゴ(70歳)の公演の様子をレポートしていました。
「なぜいま日本公演なのですか?」というキャスターの問いに、「いままで私を応援してくれた日本への感謝と愛のしるしです」と答えていました。
1985年のメキシコ大震災では3人の近親者を失い、瓦礫のなかをさまよった経験をもつ彼は、こうした災害の痛みを人一倍強く感じるとも語っていました。
美しい声にいつも温かい人柄がにじみ出るドミンゴさんですが、昨夜はライオンのような顎ひげを蓄え、ややうるんだような眼で唱い上げる彼の姿にはたしかに慈愛が感じられました。
最後に(・・・だったと思いますが)、譜面を見ながらややたどたどしく日本語で唄った「ふるさと」には、中越大震災1周年の式典のときに山古志の小・中学生が唄った「ふるさと」に、おもわず涙腺がゆるんでしまった記憶が甦りました。


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NHKのニュースは続いて、日本文学研究者で3年前に文化勲章を授章された、米国コロンビア大学名誉教授ドナルド・キーンさん(88歳)が日本国籍を取得し、日本永住を決意したことを伝えていました。キーンさんは今月末に行われる講義を最後に大学を退職する予定で、その後、日本に移り住んで研究生活を続けるということです。
今年に入って日本国籍の取得を考え始めたそうですが、東日本大震災が発生したことを受け、「今こそ力になりたい」とさらに思いを強くしたということです。
「『奥の細道』の地が大波に呑まれる映像を見て本当に衝撃でした」と語り、「震災があって、私は今こそ外国人は日本の未来を信じて日本人とともに生きたいという気持ちを示すのは、国籍を得ることだと思いました」と話しました。
88歳で祖国を捨て、新たな国籍を得るというのはどういう覚悟なのだろうか。災害で苦しむ人々に徹底的に寄り添う態度で示す支援としてこれほどの強いメーッセージはあるだろうかと感動を禁じ得ません。

この老いた二人の世界の才能と知性が示してくれた勇気と人間愛に、この一月間のごたごたバタバタをしばし忘れ、温かいものが身体を流れるのを感じ、本当の支援とはこういうものではないかと思い知りました。
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by love-all-life | 2011-04-16 21:38 | 時事・社会 | Comments(2)

パンドラの箱



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福島第一原発の事故の評価尺度がチェルノブイリとならぶ最悪のレベル7だとされました。
事故発生以来たいした事故ではない、人へ害を及ぼすほどのものではないと言われ続けてきたあげくの果てにです。
この疑念、不安、いら立ちをどこにぶつけたらよいのでしょうか。

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無惨に屋根が吹っ飛んでしまった四角い1号機建屋のTV映像を見てフと頭に浮かんだのは、決して開けてはならないとされていた箱を開けてしまった結果、ありとあらゆる災いが飛び出してきたとされる「パンドラの箱」の故事でした。
このギリシャ神話の内容はザッとこんな風です。


全能の神ゼウスはプロメテウスに、 神と同じ姿の生き物をつくらせ、それを人間と名付けました。そして「かれらに生きていくための知恵や能力を授けてやれ、ただし火を使うことだけは教えてはならない」と言いました。
しかしプロメテウスは、火がなくて困難している人間を哀れに思い、弟のエピメテウスに後を托し、ゼウスの命に背いて太陽から火を盗み出して人間に与えてしまい、ゼウスの怒りに触れて、山上で生きたまま鷲に肉を喰い散らされて命を落とします。
怒りのおさまらないゼウスは,人類に災いをもたらすためにこの世で一番美しいパンドラをエピメテウスの許に送ります。
パンドラは美の神アフロディーテから美しさを、アポロンから音楽と癒しの力を、そしてゼウスからは好奇心を与えられていました。
エピメテウスはパンドラの美しさに心を奪われ、「ゼウスからの贈り物を受け取るな」というプロメテウスの忠告にもかかわらず、自分の妻にしてしまいます。
神はパンドラを地上に送るとき、ひとつの箱を「決して開けてはならない」と言ってわたしましたが、この箱には病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる悪が閉じこめられていて、それらが人間の世界に出て行くのを防いでいました。
ある日パンドラは好奇心から箱を開けてしまいます。そしてありとあらゆる悪しきものが世界に飛び散ってしまったのです。パンドラはあわてて箱を閉じますが、なかに「希望」でけが残ってしまいます。
こうして、この世がどんなひどい目にあっても、人類には希望が残されているのです。


神の戒めとして、美しい姿を纏って地に遣わされたパンドラを核エネルギーと置き換えてみると、なかなか示唆に富んだ隠喩となるのではないでしょうか。パンドラの箱は言わずと福島第一原発です。

さて、ではパンドラの箱にとりのこされているはずの「希望」とは何でしょうか?
従来ですと「希望」とか「夢」というものは、科学技術の発展の先にあるもの、誰かが何かをしてくれるブレイクスルーを期待しがちですが、パンドラの箱を隠喩として考えると、「希望」とは私たちの「外」にあるのではなく心の「中」に潜んでいるもの。例えば、核エネルギーに見切りをつけ、エネルギー消費を控えるライフスタイルへ切り替える「勇気」、そのために少々の不便を我慢する「覚悟」などといったものの先にしかないのではないかと思うのですが、皆さんにとって希望とは何でしょうか?
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by love-all-life | 2011-04-13 16:13 | 時事・社会 | Comments(1)

HAND & SOUL「モノ」がたり 71 <お誕生、おめでとうございます。>

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奈良のNさんから、「知人の赤ちゃん誕生のお祝いにベビー服をプレゼントしたい、石文を添えて。」とうれしいリクエストがきました。それもお二人ですって。SARAちゃんとKAIちゃん。

3月までのお雛様づくりを終えて一息ついていたバアバは、和の古布の山を脇へに押しのけて、早速フリースの入った箱を取り出しました。
「しばらくお雛様とばかり向き合っていたから、頭の切り替えがたいへん」と言いながらイメージにある動物のスケッチをしばらくしていましたが、「お手本をみると、かならず失敗するのよね」と、そそくさとスケッチを切り上げて、型紙をとり、ハサミとミシンを鉛筆と絵具のように使ってフリースでアプリケをつくり始めます。

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出来上がりは、この世に仲間入りした幼い命を動物たちが祝福している絵柄ですが、また同時に、SARAちゃん、KAIちゃんに、地球上のすべての生き物たちが仲良く幸せに暮らせる世界をつくって欲しいというバアバの願いが込められています。

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SARAちゃん、KAIちゃんへ、愛をこめて・・・
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by love-all-life | 2011-04-07 18:12 | 「モノ」がたり | Comments(1)