HAND & SOUL

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HAND & SOUL「モノ」がたり 76 < 神は、葉っぱのなかに>

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この時期には珍しく庭に落葉が散っていました。玄関前のコナラにテイカカズラの蔓がからみ幹を締め付けているようなので、蔓の根元をカットしたのが原因です。やっぱり可哀想なことをしたなと思いながら箒で落葉を寄せ集めてパイスケで掬い取りました。一面に散り広がった落葉は、掃き寄せるとこんもりとした小山になり、掬うと量に似合わぬ軽さで、ゴミのビニール袋ひとつにコンパクトに収まりました。
これきしの葉っぱが、コナラの太い幹に蔓が深く食い込むほどの力を太陽の光から吸取っていたのかと、最小限の材料で最大効果を生むエネルギー受容装置として、神が葉っぱに仕組んだデザインの見事さを再確認させられます。
われわれがこれほどの性能のよいソーラーシステムを得るのにはあと何年を要するのでしょうか。原子力から自然エネルギーへシフトすることを国として宣言した以上、一日も早く現実的なタイムテーブルを示して欲しいものです。
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これまでに人類が宇宙開発に向けてきた熱意と資金と技術力をもってすれば、地球上での現在のソーラーシステムの効率を50倍とか100倍に高めることなどお茶の子サイサイのような気もしますが、神に近づく道のりは宇宙よりもさらにさらに遠いのかもしれません。

ま、ここは科学技術のさらなる進歩に頼るほかないなと考えてきて、ん?またしても自分たちの日々の問題をエライ専門家に委ねてしまってよいのだろうか?フクシマの問題もそうした結果として起こってしまったのではないか?と、頭の中でブーメランが飛び交います。
本当は、遅れているのは科学技術ではなくて、自分たちの心ではないか。わたしたちはいつも自分の心や精神の未熟さを科学技術の未熟さと錯覚してきたのではないか。
世の中の不都合は科学技術の未発達のせいであって、どのような不平不満もお金と科学技術さえあればいずれは解決可能といつまでも信じていてよいのだろうか。たしかにいままではそうだったし、これからもそれはある程度可能かもしれません。しかし、お金や技術開発の必要は、とりも直さず膨大なエネルギーの必要を意味し、その結果の原発です。

葉っぱを掃きながらこんなことを想い、HAND & SOULの新商品アイディアを思いつきました。
拾った落葉に”SAVE ENERGY”とスタンプで印を押し、いま誰でもができる心構えのメッセージとして、胸に付けてお互いに確認し合えないだろうかと。
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<葉っぱのピンブローチ> 1葉 ¥500
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by love-all-life | 2011-05-30 10:20 | 「モノ」がたり | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 75 < Red & Whiteで元気を>

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この時期、自然はもっともよき姿を見せてくれます。5月の明るい光の慈愛を得て、すべての命は活力と喜びを発散しています。まるでふた月半前に東北で暴れ破壊しつくした凶暴な自らを申し訳なかったと埋め合わせをしているかのようです。

3.11の被災者の方々の悲しみや苦しみを推し量り、その痛みを感じる想像力をもつことは大切ですが、といって被害者でもないのに一緒になって沈み込んでしまうのは、隣の子がケガをしたのに一緒に泣いているようで変だし、復旧・復興に必死で取り組んでいる関係者のアラ捜しのような不平ばかりを鳴らしているのもいかがなものか、いずれもこれからの被災地の復興に向けて求められる創造的な姿勢でも生産的な態度でもありません。
いま必要なのは、これまでの暮らしや原発への反省と批判を片一方のポケットに納めながら、もう一方のポケットから元気を取り出して、それぞれの持ち場での動きを活発にすることではないでしょうか。

そこで、さてHAND & SOULとしては何をすべきかねという話になり、やっぱり気分が晴れるようなモノづくりじゃないだろうかということになるや、・・・バアバはもうメリヤス生地が入っている段ボール箱を覗いて物色をし始めます。バアバはいつも瞬間的にイメージがひらめくのです。そして、ひらめくとすぐに身体が動き始めます。できあがったのは、赤白のボーダー柄のシンプルなTシャツと、同じく赤白ビーズのネックレスでした。
機先を制されたジイジは、「う〜ん、やっぱりメッセージじゃないかな」としばし考えて、「いまは、これしかないだろう」と決めたのは"SAVE ENERGY"を唱うメッセージ額です。

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バアバが娘時代に憧れたアメリカン・ポップ調の半袖Tシャツ。 
¥2,000



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これからの軽装に心も軽く、ビーズの小ぶりなネックレス。 
1本¥1,500



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土木工事現場に捨てられていた測量用赤白丸棒を半分に割ってつくった額縁です。スライスした枝にゴム印でS A V E E N E R G Yの文字を押しました。 
230mm×130mm ¥2,500
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by love-all-life | 2011-05-26 09:19 | 「モノ」がたり | Comments(0)

茹でカエル症候群

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「茹でカエル症候群」というのをご存知でしょうか。
カエルを熱湯に入れると熱くてすぐに飛出し一命を取り留めます。しかし水の中に入れて徐々に温めると、カエルは気持よく泳いでだんだん温まってきても気付かず、そのうちに茹で上がって命を落とします。
環境の変化に鈍感な組織への警句として、企業や自治体の危機管理の話によく使われます。
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毎日の新聞でフクシマ原発の記事を追っていてしきりと思い出すのがこの茹でカエルの話で、いま日本国民はまさに釜に放り込まれたカエルなんだなと思うのです。
問題は、福島第一原発の始末に負えない惨状をわれわれが熱湯と感じて飛出すか、それとも、なにやら水が少し温かくなってきたがまだ大丈夫、エネルギーを使い放題の心地よい日頃の生活から抜け出すのはゴメンと、汚染水のなかで泳ぎ続けるのか、ということです。
危険だと気付いていても原発釜から今すぐきれいさっぱり抜け出すわけにもいかないという事情があるにしても、飛出すという決断をすることが肝心です。そうい意味で管さんの浜岡原発操業停止の決定は評価できます。

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東日本大震災発生以来、悲惨な境遇にもかかわらず被災者の示す忍耐と自制の態度に世界から賞賛とエールが寄せられていますが、片や災害対応や情報開示について、東電と政府のだらしなさへのブーイングは高まる一方です。
複雑怪奇な大災害への憤懣の持って行き先が、当面の治世者に向かうのは致し方ないにしても、彼らの脚を引っ張るようなことは賢いことではありませんし、復興の道のりを長引かせるせることにしかなりません。
ボクは管政権は、これだけ無能者扱いをされ、党内外の障害や抵抗に耐えてよくやっていると思っています。むしろ日本人のガバナビリティ(被統治能力)の貧困を見る思いです。とりあえずいま汗を流している当事者の側に立つことこそが、被災者でもない、当事者でもない一般の国民が果たすべき復興支援ではないか。そういう意味で、いまの野党の態度や民主党内部の反抗勢力と称する輩の言動には失望を禁じ得ません。彼らの関心事は、日本より党であり、国より自分の利益、政治屋であって政治家とは到底いえないと感じます。
政治に暗く、そういう発言は極力避けていたジイジとしては、思わず口が(指が?)滑ってしまいました・・。

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カエルの話に戻すと、東電が原発災害について、どれほどの予知能力をもち、どれほどの情報持っているか隠しているか、本当のところよくわかりません。はっきりしているのは、いままでわれわれが信じてきた、あるいは信じたがっていた「安全神話」が完全に崩れ去ったということです。そうである以上われわれとしては、いままで浸かっていたぬるま湯は早晩熱湯に急変すると自覚して、この釜は危険と脱出の決心を固めるしかありません。

なぜなら飛出すことは自らの命を救うだけでなく、まだ生まれていないカエルが被害者になることを避けるためにもです。
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by love-all-life | 2011-05-19 12:04 | 時事・社会 | Comments(3)

HAND & SOUL「モノ」がたり 74 < 流木のシェフ人形 >

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バアバの流木人形シリーズのニューフェイスは、前掛けのポケットにナイフとフォークを入れてECO COOKを標榜するシェフ人形です。
例によって手、脚、頭が流木で、胴体は縫いぐるみになっています。鼻はあるものの、眼や口を描いていないのでちょっと小粋な感じです。鼻の頭が少し赤いのは、調理の合間にチョビチョビ呑むワIインのせいかもしれません。


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さて、これに使われている流木がフランスから流れてきたかどうか定かではありませんが、拾ったのは駿河湾の千本松原です。地名としては沼津市の千本浜というところです。富士山を背に千本どころか田子ノ浦まで30万本もの松林が延々続き、日本100景、日本の白砂青松100選にも選ばれているなかなかの景観です。松林の向うに富士山が浮かぶ写真が撮れることでも人気があるそうです。
かって静岡県の松林伐採計画に対して、歌人若山牧水が先頭に立って反対運動を起こし、計画を断念させたという自然環境保護の聖地としての顔もあります。
白砂青松といっても、沼津港をつくった影響で、砂が減り小石の海岸となっていますが、ここに漂着物を拾いに行くジイジ・バアバにとっては、収穫物が砂にまみれてなくて都合がいいし、ジイジにとっては好きな小石の宝庫でもあるのです。
残念なのは、海岸と松林の間に、東海地震説が発表されてからつくられたツナミ対策としての防波堤が走っていて景観を汚していることです。ジョギングにはもってこいのルートですが、今回のツナミ災害を知ってしまっては、この程度の堤が備えになるのかと頼りなげに見えて、イザとなったら何処に避難するのかなと思わず富士山の方へ目を向けてしまいます。

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ま、平時には誠に穏やかで風光明媚なところからやって来たシェフ人形のお得意メニュはと言えば、やはりシーフードでしょうか。

<シェフ人形> 身長 260mm  1つ ¥3,200
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by love-all-life | 2011-05-11 20:59 | 「モノ」がたり | Comments(0)

Play now, pay later.

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今の若い人にはO1O1と書かないと分からないでしょうが、昔「丸井」の有名なキャッチフレーズに「Play now, pay later!」というのがありました。
クレジット・カード社会のアメリカで使われていた言葉をそのまま借用して、広告などでキャンペーンをはったわけですが、「消費は美徳」という世相の風をとらえ、見事なヒットとなりました。

1950年代くらいまでは、一握りのお金持ちがご用聞きや百貨店などでツケでものを買うことがあっても、普通は買物は現金でするものでした。買物の代金を後で分割して支払う月賦は、質屋通いと並んで、貧乏人がこそこそと人目を避けて仕方なくすることでした。
その月賦のイメージから貧乏臭さを払拭し、高度成長の経済に弾みをつける、カッコいいライフスタイルのイメージに変えてしまったのがPlay now, pay later.という殺し文句だったのです。
欲しいものがあったらどんどん買ってまず楽しもう!代金はあとですこしずつ払えばいい。このような態度があなたの生活をエキサイティングにし、企業も潤い、そうすればあなたの月給も上がり、結果的にみんなが豊かな社会が実現するという理屈です。いや、経済を元気づけ企業が潤うためには、結果的にPlay now, pay later.でなければというのが本当の理屈だったのかもしれません。

ジイジが子供の頃には「我慢」する、「耐える」ということをやかましく言われました。自分の欲求をむき出しにすることははしたないこと、よわい人間のすることと教えられました。「武士は喰わねど高楊枝」なんていう古い言い回しがまだ生きていました。
世の中の富の量が限定されていて格差が大きな社会では、このような倫理観が必要とされていたのでしょう。しかしこうした考え方は「ねばならぬ」という、たんなる「しばり」というだけではなく、武士道から受け継がれたある種の美意識でもあったように思います。

しかし、戦後になって民主主義の世の中になり、誰もが平等に豊かになる権利があるとされ、そこに眼もくらむようなアメリカの物質文明がツナミのようになだれ込み、戦前までの価値観や美意識は「古い」ものとしてどこかへ押し流されてしまいました。そして、新しい夢の暮らしを実現する手だてがPlay now, pay later.でした。
欲求を満たすことは世の中の活力の源泉であるとして、新しい欲求が次々と生み出され、科学技術がその実現を可能にし、人々はカタチになった欲求の対象をどん欲に消化ますが、その排泄物としての公害や自然環境の破壊を自分で処理しようとはしません。

こう書いてきて、ん?どこかで似たものがあったなと気付いたのが「原発」です。使用済み核燃料の最終処理の手だてもなしに、エネルギーは必要なんだからと原発を後から後からつくり、平気でツケを後世に廻す発想こそPlay now, pay later.の最たるものではないか。
つまり現代社会のPlay now, pay later.的ライフスタイルの行き着く先が原発だったということではなかったかと思い至ります。
だとすれば今回の福島第一原発事故も、東京電力や原発や政府の対応だけをいくら責めてもコトの根本解決にはならないわけで、われわれのPlay now, pay later.的暮らしを改めることなしには解決の道はないのです。
昭和11年生まれのジイジとしては、人々がPlayの前に少しでけでも「我慢」や「忍耐」を日々の暮らしで試みてはどうかなと思うのです。そして、そういう試みを「つらい」とか「古い」としないで,「美しい」と考えてはどうかとも思うのですが、いかがですか。


[カット:1950年代のアメリカ漫画「ブロンディ」(チック・ヤング作)から]
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by love-all-life | 2011-05-04 19:31 | 時事・社会 | Comments(2)

HAND & SOUL「モノ」がたり 73 < & BOOKS >

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5月2週からHAND & SOULは開店日の金・土・日のうち金曜日を「& BOOKS」と称して本屋さんを兼業します。えッ、あのチッチャなお店に?とのご懸念は当然ですが、本当なんです。
店中央の平台と棚と入り口脇のポーチに本を並べるのです。この日は次男の連れ合いのナーヤこと村椿菜文が店を仕切ります。
ナーヤは文筆家、詩人、大工の女房、3児の母、そして本の虫なのです。彼女は本を書いたり、例えばバアバを取材して書いた「内藤三重子さんのこと」は細々とですがロングセラーです、仲間と同人誌を出版したり、定期的に読書会や詩のリーディングをやったり、本を読んだり、たくさんの友だちとおしゃべりをしたり、残りの時間で育児と亭主の世話をしたりします。その上今度は週一日で本屋の看板娘をすることになったのです。

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置いてある本は、ナーヤの著書、製本を個人でやっている友人とつくった手づくり同人誌Marguerite Press、彼女たちを「本」や「詩」の世界へと誘い啓発し、半月前に突然他界された詩人・アーチストの永井宏さんの著書・詩集、すてきと思うアーチストの図録、それに仲間の本の虫たちと話し合って「この本、ぜひ読んでほしいよね」と厳選した中古本などです。

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金曜日の朝、ナーヤ は車で段ボール箱2個ほどの本を持ち込み、ジイジは店のなかから必要なスペース分だけ作品をどけて、30分くらいでHAND & SOUL & BOOKSへと変身します。そして夕方になると映像の逆廻しみたいにもとのHAND & SOULに戻るのです。
ジイジはナーヤに「ちょっと狭すぎないかい」と言ったのですが、「このほうが、返って『是非!』って思うものだけに絞れるからいいの」という答えに、「うん、Less is Moreで大いによろしい」ということになりました。

かくして日本で一番小さい(多分)、ということは世界一小さい(多分)本屋さんが出現しました。
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by love-all-life | 2011-05-01 17:39 | 「モノ」がたり | Comments(2)