HAND & SOUL

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臨時休業のお知らせ

10月1日(土)、2日(日)は、都合によりは臨時休業をさせていただきます。
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by love-all-life | 2011-09-29 12:59 | 臨時休業 | Comments(0)

台風一過

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太平洋沿岸各地に大きな被害をもたらした台風15号。湘南に接近した21日は、ギャラリーmu-anの「HAND & SOULの仲間達展」の搬入とオープニングで長岡に行き、台風の猛威から敵前逃亡したかたちになりました。
留守番の家人から、太い枝が折れるなどして窓ガラス3枚が割れ、庭の草花の鉢は塩を含んだ強風で壊滅状態だとの被害報告があり、やれやれ、軽微とはいえわが家も自然災害の被害者となったかと、いままで災害に会わなかったことは単なる偶然の幸せだったのだと思い知りました。

e0153357_1056227.jpg折れた枝が窓ガラスにあたって割れたと聞いて、気づいたのは、わが家には雨戸というものがあるのに、台風に備えて雨戸を閉めるという気遣いを誰もしていなかったとこです。実のところ、わが家ではここ何年も雨戸を閉めたことがないのです。
昔は、毎日の雨戸の開け閉ては、暮らすということとほとんど同義語ぐらいにあたりまえのことで、それは同時に防災や防犯や家のメンテナンスのための習慣として日常に組み込まれた暮らしの知恵でした。多くの家庭ではそれは子供の日課であり、子供に家事の責任分担の意識づけをするしつけともなっていました。
しかし、窓枠サッシやホームセキュリティなどというサービスが生まれ、雨風を防ぐことも、リスク管理も、自分の知恵や身体を使うより、お金を払ってそれぞれの専門素材や専門家に任かせるのが今の世の中です。人々のエネルギーはこぞってお金を稼ぐことに注がれ、子供でさえお金を稼ぐ予備行動として受験塾通いをします。
「素人のオレより、自分が稼いだお金で、より確かで安心な専門家の技術と知恵を買って何が悪い」と言われればその通りですが、相手もビジネスである以上、彼らの想定を越えた事態まで対応してくれるわけではありません。そうなると技術もない知恵も萎えてしまった素人が、一番困難な状況に裸身で立ち向かわざるを得ないという事態が生じないとはいえません。
e0153357_1105449.jpgこれは「税金を払っているのだから、何かの時には行政が全部面倒をみてくれるのが当たり前」という発想と似ています。もちろん今回の東北の大災害の被災で二重ローンを抱えてしまったようなお気の毒な人を救済する手だてをつくすことは当然だと思いますが、どんなときにも自分自身も対峙できる力と知恵を温存しておくという心構えと日頃の訓練は必要ではないかということを、割れたガラスを片づけながら感じた次第です。
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by love-all-life | 2011-09-27 11:05 | 時事・社会 | Comments(0)

HAND & SOULの仲間達


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9月21日から「HAND & SOULの仲間達」展が長岡のギャラリーmu-anで開催されます。
ギャラリーmu-anは、ジイジ・バアバが長岡にいたときから親しくさせてただいた長岡の旧家・立見さんの迪子夫人がオーナーをしておられて、わたしたちも今までに何度か展示をさせていただいています。


e0153357_113169.jpg長岡は、その昔、長岡現代美術館という、国内で初めて「現代」と銘うった前衛的なアートの拠点があり、開館と同時にスタートした長岡現代美術館賞は、審査を公開で行うなど大胆な試みをして注目を浴び、受賞者からは、その後の日本の現代アートを牽引する多くの人材が巣立っていきました。(1964〜1968)
その評判を聞いたニューヨークの近代美術館の館長が来館し、その取組みに眼を見張ったそうです。
新幹線も関越自動車道路もできる以前の、東京からみれば日本列島の裏側の米どころに、日本で最も先端的なモダンアートの拠点があったという時機があったのです。
いまでは長岡の市内には、新潟の県立近代美術館や歴史博物館、長岡造形大学など地域の文化を担う立派な施設がありますが、長岡で暮らしていると、街で美術や文化に関心を寄せる人たちには、近代化する街とは別に、長岡現代美術館が「あったこと」、「やったこと」の思い出が遺伝子のように住み着いていて、それぞれの方の地域への誇りや日常の活力の源泉になっていることを感じるときがしばしばです。

ギャラリーmu-anもそのような街の文化の拠点の典型といえます。迪子さんのご主人の順一さんは代々長岡で開業医をされている生粋の長岡ッ子で、人口18万の旧長岡のことを、まるで180人の村の話をするように語ります。
ご自身も作家である迪子さんの周りには越後の大藩・長岡の文化の余韻が漂っていて、アートや文化を愛する人に開かれたサークルとなっていて、さらにそれに魅かれた若者たちが集うというかたちで人の絆が広がっています。実はジイジ・バアバも密に寄せられる蜂のように迪子ネットワークの一端に連なっているというわけなのです。

今回の「HAND & SOULの仲間達」は、ジイジ・バアバが長岡時代にmu-anを通じて仲間になった方、その後のHAND & SOULの仕事に共感してくれた方たちを迪子さんが束ねてくれたものです。若い作家さんや、ライフスタイルが通じ合う方々ばかりのグループ展というカタチです。
いま鎌倉に帰って、老後の生きがいと思って細々モノづくりを続けているジイジ・バアバにとって、この企画のお誘いは、「まだ、ボケさせないよ」という叱咤激励のエールであり、「若い人たちと一緒にいると元気が出るよ」という親心でもあると受け止めました。この展覧会がmu-anの設立4周年の催事であることも、ありがたく感謝しています。
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by love-all-life | 2011-09-13 11:09 | 文芸・アート | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 80 <椅子だった椅子 2 >

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取り壊しになった隣家の食卓の椅子三脚、ゴミみとして廃棄されるのを貰い受けて、こわし屋の孫と、つくり屋のジイジが共に遊んだ結果はこんな「椅子」に変身しました。

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<廃材で再生>
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e0153357_1612327.jpg昨夏訪れた瀬戸内の男木島は、古い船板やうち捨てられた漁具などがわんさとあって、ジイジにとってはまるで宝の島のようでした。高松の建築家Wさんに頼んで少し送ってもらい、いつか何かに使おうと庭に置いてあったものを、今回「椅子だった椅子」とドッキングさせました。もとの椅子の骨格部分はペイントで塗り分け、座にはごつい犬釘が顔を出したままの船板片を寄木にし、背はなにか漁の収穫物入れとして使われていたと思われる穴のあいた箱の断片を使いました。







<手編みで再生>
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e0153357_1614404.jpgバアバがストックしていた古布を細く裂いてミシンで繋いで紐をつくり、麻縄と合わせて座と背を編みました。ミシンといえばジイジが小学生の頃、母が踏んでいたシンガーミシンでを横からいたずらで使わしてもらって以来です。馴れない手さばきで針を何本も折り、バアバからは見ていられないという顔をされるし、嫁さんからは、75歳のおじいちゃんがミシンを習う姿ってカワイイとからかわれるし・・・。さらに編みは初めてとあって、目を間違えること数百回、失敗を重ねて座と背を編むだけに一週間かかりました。それにしても編み物とはまさに時間を編み込むものだと知りました。昔の人が糸一本、布片一葉をいかに大切にしたか実感です。





<工事板で再生>
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e0153357_16233074.jpg新潟にいた時に作品づくりによく使った板材に、工事現場などで拾う赤白の板があります。人に尋ねたら、赤白丁張板と教えてくれました(教えてくれた人は「コーハクチョーバン」といっていました)。土木工事で地形の測量などに使うものらしいのです。節がなく材質が均一で細工がしやすいので利用していました。長岡ではホームセンターでも売っているのに、なぜかいま住んでいる鎌倉界隈で見ることがありません。かって土建業者が日本一多かったといわれる土地がらのせいなのでしょうか。
赤と白に20センチで塗り分けてあり、この板を使うと作品が明るく華やかな感じになります。背の上にはバアバが好きなLOVE ALL LIFEの文字を入れました。座板などを止める釘は拾い集めてあった錆びた釘を使ってジャンクの材質感にこだわりました。
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by love-all-life | 2011-09-01 16:36 | 「モノ」がたり | Comments(0)