HAND & SOUL

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MAD MENとの再会

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ひょなんなきっかけから「MAD MEN」というアメリカの連続TVドラマがあるのをサイトで知りました。
1960年代のニューヨークの広告マンたちの世界を舞台にした、今ではタブーとされる喫煙、職場での飲酒、セクハラといった、当時の風俗が克明に描かれた評判のテレビドラマで、多くのエミー賞やグローブ賞を獲得しています。
MAD MENとは、大手広告会社がひしめくマンハッタンのMadison Ave.の Menの意です。
二人の知人に聞いてみたら、一人は好きで前から観ていると言い、もう一人は友人がドッポリはまっているということで、すでに日本も相当に「MAD MEN」に浸食されているようなのです。

60年代・ニューヨーク・広告となると、1963年から26年間外資系広告会社に身をおき、67年にニューヨークの親会社で研修を受けていたジイジとしては、遅ればせながらも見過ごすわけにはいきません。
さっそく近くのTSUTAYAで第一巻をレンタルしてきました。DVDには3話入っていて、その第3話は、主人公のクリエイテブ・ディレクターが通勤電車のシートで雑誌に掲載されたフォルクスワーゲン(VW)の広告を見ているシーンで始まります。

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オフィスに着くや、朝一番の会議が始まりますが、担当する便秘薬の広告アイディアを出す会議のはずが、もっぱら話題は今朝のVWの広告で終始します。面白いというもの、地味すぎる、オレなら西ドイツ帰りのエルビス・プレスリーを使うという意見、ユダヤ人のディレクターがよくドイツの車の広告をつくるものだと揶揄するもの。貴重な朝の時間が担当商品のためにではなく、VWで浪費されているとぼやく担当役員・・・と言ったシーンです。

ジイジにとって、とりわけこのシーンの印象が強かったのは、実はジイジが広告業界に入ろうと思ったきっかけがこのVWの広告だったからです。
大学卒業後入社した女性専門のデパートは、職場としては申し分ないほど楽しく、やりがいのあるところでした。しかしときは日本の高度経済成長が始まった時期であり、大量生産、大量消費にギアが入り、広告すればモノがどんどん売れるといった時代にさしかかっていました。
1959年のご成婚、1964年の東京オリンピックと、日本のビッグイベントの度にテレビの普及率は一挙に高まり、テレビコマーシャルが広告媒体として大きな力を持つようになりました。
画家がタブローを1点描いても、たかだか数百人の鑑賞者を得る程度でしょうが、若いいちデザイナーが考えたアイディアが日本全国の人の眼に触れて、それで人々の心や行動に影響をおよぼすことができるなんて、なんとエキサイティングでやりがいのある仕事なんだろうと思えたのです。

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広告に興味がわいて、広告先進国とされたいたアメリカの雑誌を何誌も定期購読したりしました。
広告の参考というだけでなく、そこには大判カラーページに豊かなモノに囲まれた夢の暮らしがワンサと載っていたからです。
そうした華やかなページの中にひとつだけ白黒ページで写真は商品だけという、他と全く異なった地味ではあるが眼につく広告がありました。
”Lemon”という1語のキャッチフレーズの意味が分からず調べてみたら「欠陥品」という意味であることがわかりました。
自社の商品に欠陥品のレッルテを貼るとは、一体どういう訳で?と本文を読むはめになります。
辞書を頼りに読んでいくと、写真のVWは車内の一部のクロームに眼に見えないほどのキズがあるので、欠陥品として出荷を取り止めたました。VWでは他のどこの車より厳しい検査をして、ユーザーにより長くVWを楽しんでもらうよう心がけているというような内容がユーモアを含んだ文で述べられています。
ん〜、一般にキレイキレイのイメージで消費者を子供扱いするような広告が多い中で、読者の知性と判断力を信じていなければできない、こういう知的でユーモアのある広告もあるんだとすっかり感動し、広告の仕事の魅力と奥深さに触れた気がして、そういう仕事に就きたいとの思いを決定づけたのがこの広告でした。
若い頃のジイジにとってひとつの事件であったこの同じ広告が、半世紀前に本場のプロたちの世界でもやはり事件であったこととして「MAD MEN」で描かれていることが、すごく感慨深かったのです。

前に韓国の歴史ドラマ「チャングム」を韓国語の勉強にとハングルで見始めたら、何の話かさっぱりわからず、日本語に切り替えたら面白くて、それ以後延々と日本語で見続けてしまったというほろ苦い経験があります。
「MAD MEN」はすでに4年分の話があって、これからも続きそうなので、付き合っていたら、長〜い長〜いノスタルジーの旅することになりそうだけど、ま、いいか。
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by love-all-life | 2012-11-25 21:54 | その他 | Comments(2)

HAND & SOUL「モノ」がたり 99 <小鳥が集う墓標>

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親しい長岡の画廊mu-anでHAND & SOULのことを知ったNさんが、上京のついでにと逗子在住のお友達のMさんと一緒に鎌倉まで足を延ばして訪ねてくれました。
Nさんと長岡時代の昔話に花を咲かせている間、Mさんは狭い店の中を丁寧に見ておられましたが、2週間ほどして、今度はご主人とご一緒に来られて、可愛がっておられるネコちゃんの墓標をつくって欲しいと言われるのです。
愛猫の「ひかる」がかなりの高齢で弱っており、余命いくばくもないと思う。人はお墓つくっておくと長生きできると言われるので、動物にも当てはまればと願い、墓標を用意しておきたいとのことした。
そしてデザインは、お店に展示してある小鳥のエサ台型の墓標にして欲しいというご希望です。いずれ「ひかる」が眠る場所にいつも小鳥が集まってくれれば「ひかる」も寂しくないだろうというお気持ちのようでした。

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いろいろな注文があるものだと思いながら、早速設計図などをメールでやりとりしていたら、Mさんからハナコの食欲が出てきたとのメールが入り、何日かして奇跡的に元気を取り戻したとの知らせがきました。「エッ!」と驚き、これはあまり完成を急がないほうがよいのではないか、いや,早くつくって「ひかる」が自分の墓標と長い時間共に過ごすのがよいのか迷いましたが、すべては天命のままにと、マイペースで制作を続けていたら、5日後にMさんから「ひかる」が逝きましたとお知らせがありました。Mさんの膝の上でとても安らかな最後であったとのことでした。
なんだかオペラ「椿姫」のヴィオレッタのような最期だなと、「ひかる」の冥福を祈った次第です。


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生前の「ひかる」が見ることは叶いませでしたが、これができあがった墓標です。下の小さな3つパネルにはMさんの直筆で銘が入ることになります。

合掌
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by love-all-life | 2012-11-21 08:55 | 「モノ」がたり | Comments(1)

カマクラある記 11 <小さな秋>

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最後の紅葉狩りは、中越の津南から秋山郷を分け入り奥志賀へ抜ける山林道のドライブでした。全山が錦の秋山郷を抜けて長野県との境をまたぐと、彩度が一段と高まった奥志賀の真紅に息を呑んだものでした。5年前のことです。

新潟から鎌倉に帰って、近辺の木々の色の変化に日々触れているせいか、改まって紅葉狩りに行こうという気も起こりませんでした。
以前このブログで触れましたが、鎌倉の秋は「この色を見よ」というようないわゆる紅葉狩りができる特定のスポットがあるわけではなく、あちこちの社寺の境内や路地の垣根越しに散見する紅葉樹や、枝に残った柿や、路端のひな菊や秋の紫色の花々などが秋の風情を演出するといった、こじんまりした秋です。
今年は台風の塩害などで紅葉の前に葉を落とした木も多く、鎌倉に紅葉だけを目当てに来たのでは期待はずれとなるかもしれませんが、受け身にただ眺めるだけではなく、少し感性を動員して自分なりの「鎌倉の秋」を発見しようとすれば成果は少なくありません。

今朝、しばらくぶりにバアバと朝の散歩をしました。HAND & SOULの裏の山を登り、鎌倉時代からの鎌倉への数少ない進入路のひとつであった化粧坂(その昔、合戦で討ち取った敵武将の首を洗ったのでこの名があるとされます)を反対側へ下り、花の寺として知られる扇が谷の海蔵寺へ寄り、踵を返して北条政子のお墓がある寿福寺の裏山を超えて源氏山公園から帰ってくるという道順でした。
距離にして2キロ半ほどですが、2時間ほどかけて、一枚の落ち葉に全山紅葉の景観を見立てたり、名も知らぬ木の実をかじってみたり、初めての細い路地に入ったりと、幼児の道草のような散歩でした。

今朝見つけた小さな秋の鎌倉です。匂いや、冷気はお届けできませんが、ま、ご覧ください。
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by love-all-life | 2012-11-11 21:30 | カマクラある記 | Comments(0)

大人の社会とは

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1960年代、初めてアメリカ大陸に渡り、車を借り、国際免許証でビクビクしながら走っていたら、「YEILD」という文字の道路標識がよく目に飛込んできます。交通標識っていうものは、大体が文字を理解しなくても分かるように図形化されているものですが、このYEILDは文字標識なので、当時のあやしい英語力では単語の意味がわらなくて、後で辞書で調べて「譲れ」という意味であることを知りました。交差点や追い越し車線で相手の車を優先させる指示標識なのでしょうが、「う〜ん、さすが車の成熟社会だなあ」と感心したものでした。当時の日本ではまだマイカーの普及が始まったばかりで、車を運転する人は「オレはエライんだぞ」とばかり、車所有を誇示するかのようにスピードを出していた時代でしたから、運転者の譲り合い精神に委ねる標識とは、なんと大人の態度なのだろうと感じたわけです。
また、街中で人の前をすり抜けるようなときに「Excuse me.」と小声を発したり、ちょっと肩が触れたりすると、瞬間的に「Pardon.」と謝す言葉が返って来るといった習慣に、身に付いた社交マナーが生み出す心地よさに触れた気がし、「大人の社会」ってこういうものかと思たものです。
しかし、その後アメリカに触れる機会が増えるに連れて、そのような一見洗練された社会の中味が、実は大変な弱肉強食の厳しい競争社会であることを知るのにあまり時間はかかりませんでした。そしてそのような激しい競争で世の中を醜くさせないようにする手だてとしての洗練された社交マナーが欠かせないのだろうと理解し、結果として出現するのが「大人の社会」なのだと気づくことになります。


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この大統領選挙戦は、まあアメリカの競争社会の極限の姿でもあるわけです。3回にわたるオバマ対ロムニーのディベートをテレビで観ていて、当初はむき出しの闘争心を上回る知性とユーモアのジャブの応酬がとても興味深く、なぜ日本の政治家は、こんなにかっこよく振る舞えないのだろうと思って見ていましたが、回を重ねるに従って、だんだんなり振り構わずの様相を呈してきました。垣間みるテレビCMの泥仕合は、アメリカのバックボーンであるはずのフェアプレイの精神さえ失われてしまったかのようです。それほどの激戦なんでしょう。

ま、対岸の火事だから勝手なことが言えますが、翻ってこちらの岸辺の離島問題はどうなるのか。
因縁試合ともいえる対立で、わんぱく小僧の一言でお互いに刀を抜いてみたものの、刃を交わさずにらみ合いを続けているといった状況です。弱者のそしりを受けながらも先に刀をサヤに納めるのが真の勇気だと思いますが、政治家ひとりが勇者になってもしょうがないので、国民が勇者と讃えられるにはどんな道があるか。ああ・・・政治は難しい。
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by love-all-life | 2012-11-06 13:06 | 時事・社会 | Comments(0)