HAND & SOUL

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「舌を巻く」

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天野祐吉さんのコラム「CM天気図」を読むのは毎水曜日の朝刊の楽しみのひとつです。
今朝は、「『舌を巻く』というのは『キスがうまい』という意味だと思っている若者がいた。」と、”からだ言葉”が通用しなくなっていくことを嘆いているのを読んで、思わず苦笑・・・を通り越して、カラカラと笑ってしまいました。
というのも、たまたま昨日小学五年の孫娘の国語のドリル本を見ていたら、[ ]を巻く、[ ]をこまねく、[ ] を長くして待つ、[ ]をうたがう、[ ]をなで下ろす、[ ]が高い、などの”からだ言葉”の慣用句の問題がならんでいました。
つまり天野さんを嘆かしめた件の若者は、小学五年の学力にも満たないお脳の持主でありながら、男女の身体の付き合い方では大人も「舌を巻く」ほどのテクニシャンということのようです。
孫娘がキスの味を体験するときまで、小学五年で覚える”からだ言葉”を忘れないようにと願うばかりです。

近頃この手のカルチャー・ショックというのかジェネレーション・ギャプというのか、ま、当方の歳を痛感することが日ごとに増えていくような気がします。
これも朝日新聞からの引用になりますが、「ある人が幼稚園で講演したとき、若い母親に『お茶って自分の家で作れるんですか』と聞かれた。『はい』と答えると、彼女はこう言ったそうだ。『私のお母さんがお茶を作っているところを見たことがない。いつもペットボトルのお茶を飲んできた』。彼女はどうやら、お茶を「いれる」という言い方も知らないらしい。(中略)福岡県の県立高校の家庭科教諭が生徒にアンケートしたら、冬に家で飲むお茶を『急須でいれる』と答えたのは2割しかいなかった。」という一文がありました。
この記事を読んでから、会う人ごとに「こんな記事があったよ」と話すと、そう言えばうちでも最近はペットボトルからしかお茶を飲まない、という人が案外多いのにさらに驚いて、こちらの認識を変えざるを得ないの感を抱きます。
「日常茶飯事」という言葉がありますが、昔にくらべ「飯」の内容がすっかり異なってしまったとこは承知していますが、いまや「茶」も「チャ」とか「ティ」に変じているようです。
お膳で食べるご飯も、急須で点てるお茶も、いつの間にか文化の仲間入りをして、そのうちこの世から消えて行くのでしょうか。
「日常茶飯事」を「毎日セックスをすること」と答える若者が現れる日もそう遠くないかも・・・、くわばら、くわばら。


カット:芹沢銈介
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by love-all-life | 2013-01-30 15:48 | 時事・社会 | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり 102 <自分のためのモノづくり>

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バアバのモノづくりはいつも暮らしの中から生まれます。
バアバがお雛さまをつくり始めて15年ほどになりますが、次男の家族に最初の女孫が生まれたのがきっかけでした。でも、もとはと言えばバアバが子供の頃に、家にあった雛人形の着物を着せ替えたいのにのり付けしてあって脱がすことができまくて、着物を取り替えられるお雛さまがあるといいなぁとずーっと憧れていて、その夢を孫のための最初のお雛さまで実現しようとしたからでした。
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バアバがデザインするTシャツやYシャツなども、自分で着たい、あの人に身に付けてもらたいと思ってつくったものなのです。絵柄に登場するモチーフも、たとえば昔うちの庭に迷い込んで居着いたチャボだったり、蛙の鳴き声が聞きたいねと孫たちが池をつくって、オタマジャクシを採ってきたりしてるうちにバアバのTシャツにカエルの刺繍がついたりといった具合です。
このようにバアバのモノづくりは、お客さんのためではなくて、いつも最初は自分のため、家族のため、親しい人のためなのです。

バアバは1年半ほど前にお医者さまから狭心症ですと宣告されました。元気印で通してきたバアバとしてはまったくの青天霹靂だったのですが、入院してカテーテルという管を血管に通して血流を通す処置をしてもらいました。お陰さまで元気になったのですが、いまは万一の時のためにということでニトログリセニンというなんだかちょと怖い名前のクスリを肌身離さず携帯する身となりました。
バアバははじめニトロの名前が覚えられず、でもなんだか「これはえらいことになったものだ」と思ったようです。というのも会う人ごとに「わたしダイナマイトを身につけることになったのよ」と話していました。日頃から何か人に決められたことをキチッと守ることを嫌うタチのバアバは、このニトロの携帯をあまり重荷に感じずに、しかし決して忘れないようにするにはどうしたらいいかいろいろ考えました。そして思いついたのが「オシャレにならないかしら」でした。

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そうして生まれたのがこのポシェット型ネックレスです。愛蔵の1850年代からのプリントの古布コレクションから選んで手縫いで作ったポシェットにビーズのラインです。
ニトロでなくてもピルだったり、コインだったり、リングだったり、切符だったり・・・と小さくて大切なものを文字通り肌身離さず身に付けて、さらにオシャレをしてしまおうという魂胆です。
「リスクをチャンスに変える」なんてどこかのビジネス書の宣伝コピーみたいですが、そういうことを肩肘はらないでやってしまうのも「自分のため」が根っこにあるからなんでしょう。


ポシェット型ネックレス  ポシェエット部分、約40mm角   ¥3,000
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by love-all-life | 2013-01-21 13:17 | 「モノ」がたり | Comments(3)

記憶のキルト

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西高東低の典型的な冬型気圧配置で寒い晴天がつづく日、バアバと新年の散歩をしました
HAND & SOULから銭洗弁天への初詣の人並みを吸い込むトンネルがある坂道をさらに登り、葛原が岡神社からそれほど長くないハイキングコースを抜けて行くと20分ほどで北鎌倉に出ます。
JR北鎌倉駅に隣接する円覚寺境内にある踏切を渡って20メートルほどの線路沿に大きな古民家を移築した北鎌倉古民家ミュージアムがあります。開催中の前田順子・和のキルト展「紅絹でつないだ記憶」を、何の予備知識もないままふらりと入ってみました。http://kominka-museum.com/kikaku/20014.html

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昭和12年生まれの前田さんの祖父母、両親や姉妹が子供の頃から着ていた着物や、戦後の暮らしの大転換のなかで放出された和の布を丹念に集め、それらをキルトに綴った作品が、これも同じようにどこからか放出され再利用された古民家の空間のなかに具合良く調和をもって展示されています。様々な布片と手技が生み出す美の響宴に、思いがけないご馳走をいただいたような良い気分になって、足も軽く八幡様から鎌倉駅を回って一万歩ほどのウォーキングとなりました。


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その夜、かって会社勤めをしていた頃にチームを組んで毎週のように大阪のクライエント通いをしていた古い付き合いの仕事仲間から久しぶりに新年の挨拶めいたの電話がありました。
必然的に、彼は元気か?誰はどうしている?といった話しなりますが、この歳になるとそのなかに少なくない物故した面々も含まれるのはいたしかたありません。
そうした故人の思い出は、付き合いのあった人々の頭の中にちぎれちぎれの記憶として残っているだけで、それらの記憶の小片はお互いに繋がる部分もあるし、繋がらないところも少なくありません。やっぱりたまにはそんな記憶のかけらをみなで持ちよって故人を偲ぼうではないかという話になりました。

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そんな話しをしていて頭をよぎったのが「紅絹でつないだ記憶」で見たキルトのことでした。様々な暮らしの破片ともいえる古布を集めて繋ぎ合わされることで新たな命が現れる・・・かって親しかった故人を偲ぶのという行為も、まさにみなで記憶の小片を繋ぎ合わせるキルトづくりと似ているのではないか。そこに出現する記憶の集合体はもちろん生前の故人そのものの姿ではありませんが、故人の存在なしでは決して存在し得ない固有の絵柄に違いありません。

人が生前の造形活動によって残した作品はもちろんその人の生存の証しではありますが、それは作者の一方的なメーッセージに終始するのに比して、人の記憶のフィルターを通して現れ出るイメージは、彼または彼女の社会人としての質の高さまたは低さを映し出す鏡でもあるといえるのではないでしょうか。
そう考えてみると、自分がどのような記憶のキルトとして残されるのだろうか・・・すごく気になることです。

キルト作品 : 前田順子 作
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by love-all-life | 2013-01-12 18:53 | 文芸・アート | Comments(0)

どんな巳年

あけましておめでとうございます。
新年が皆さまにとって良き年となりますよう心よりお祈りいたします。

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今年は巳年。どなたも年賀状などでたくさんの蛇に会われたことと思いますが、加えて、昨日は3日で初巳ということで、蛇を神のお使いとする銭洗弁天こと銭洗弁財天宇賀福神社としては、「ミ」が三つ重なる、まことにまことに目出たい日だったわけで、朝から初詣と金運を求める善男善女(?)で大変な賑わいでした。

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そもそも銭洗弁天はなぜ金運と縁があるのか、今更ですが少し調べてみました。(50年間卑近に住んでいてこの不真面目さですから、金運から見放されても仕方ないのかも・・・)
一般にベンテンさんというのは、七福神のなかの弁才天のことですが、それが弁「財」天となって金運と繋がりができたらしいです。
弁才天はもともと水の神であって、蛇が水神の使いであることから巳の日が弁才天の縁日になっているのです。

銭洗弁天の境内の解説板によると、源頼朝が、1185年(文治 元年)巳の年、巳の月、巳の日、夢の中に宇賀福神が現われ,『この水を汲んで神仏を供養すれば天下は平和に栄えるであろう』とお告げを受けたので、早速この地におまつりしたといわれています。その後、北条時頼がこの霊水で銭を洗い、一家繁栄を祈ったのが今日の銭洗信仰の始まりだといわれている、とあります。
こんな謂れを知ってか知らずか、とにかくここでお金を洗えば何倍にもなるというのならそれで充分とばかり、近頃は参拝客が急増していますが昨日は特別でした。

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一般車通行止めをいいことに、いつもの数倍の人力車が客引きに集まり、それらのリキシャが走りづらいくらいの参道の人通りで、境内に入ると銭を入れるザルを手にした行列が参道の下まで長く続きました。

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ほんの目と鼻のさきにこれだけ人が群れているのに、当方のHAND & SOULにはそれほどのご相伴にあずかれません。
訪れるお客さんのなかには、店頭でしばらく中を覗き込んだ後で「ここは何屋さんですが?」と聞くお客さんがいた
りして、お金を貯めようとやってくる参拝客の心理と、お金を使ってもらいたい店のミスマッチを実感せざるを得ません。

巳年は金運の年、脱皮の年と,人によって期待値は様々ですが、当方を含め多くの高齢者には「細くも長く」という心境でしょう。ま、今年もあわてず、騒がず、その日その日を大切にすることを心がけようと思います。
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by love-all-life | 2013-01-04 10:54 | 時事・社会 | Comments(1)