HAND & SOUL

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<老いがい>の時代


神奈川県大和市は「60歳代を高齢者と言わない都市」を宣言しました。広報や案内にも69歳までは高齢者と表記せず、他の文書などもそのつど検討していくという(天声人語20104.4.17)ことです。 
高まる一方の高齢者の比率を是正するこれといった手だてもない行政がひねり出した苦肉の策というのは少し意地悪い見方かもしれませんが、自身も65歳の市長は「豊かな知識と経験は市の宝。はつらつと活躍していただきたい」というのが表向きの説明です。
近頃は行政にもなかなかの策士がいるものです。


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先日、新聞で「<老いがい>の時代ー日本映画に読む」という書籍広告が目にとまりました。 
はて、<老いがい>とは? 早速書店で求めて読んでみました。 
著者の社会学者の天野正子さんは冒頭に、「老いはもはや『生』のゴールではない。可能性にみちたスタートではないか。『生きがい』より<老いがい>の方が、『生』のよりふさわしい表現ではないのか。」と述べます。 
たしかに人生85年になった今、65歳の定年から人生の終点の20年間あまりは、人が生まれた0歳から一人前になるまでの時間と等しいのです。このような長さを、老後として人生の「余ったの時間」としてしまったり、それまでに蓄えてきた体力や知力を次第に喪失していく、生の終点へのモラトリアム期間としてひっそり過ごすにはあまりにも長い時間ではないか。そこには老いてはじめて知りうる人生の見方や、向き合い方や、意味づけの仕方があり、それらは人生の奥行きをいっそう深める価値があり、老いてはじ めて接しうる人生、いわゆる<生きがい>のヴァージョンアップしたカタチである<老がい>があるはずだいうのです。 

天野さんは、戦後から現代までの65本の日本映画に登場する<老いのカタチ>をとりあげ、戦後、経済成長、バブル崩壊、失われた10年と経てきた日本社会のなかで、かって「お手本」とされた時代から「社会問題」へと転落した老人の存在を日本の映画人たちがどう描いてきたかを解説しながら、<老いがい>について「人の生と老い、そして死をつなぐものは、何をしたかという成果や業績ではなく、ただ、自分を生き切るという行為なのである。」と結論づけます。


 映画はハリウッド型エンターテイメントとして接するのみで、さしたる理由もなく日本映画というものをほとんど観たことがない当方としては、日本の映画人が社会や時代を描くことにこれほど熱心だったとは知らず、いささか恥ずかしい思いを持つ一方、77歳の「老い」とどう向き合うかいまだ模索中の我が身に心地よい刺激をくれた1冊でした。


写真:小津安二郎監督「東京物語」1953年













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by LOVE-ALL-LIFE | 2014-04-19 20:22 | 時事・社会 | Comments(0)