HAND & SOUL

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HAND & SOUL「モノ」がたり (125) 「鎌倉・夏・ART」

今では一年を通し週末や祝日には観光客やウォーキングの人々で賑わいをみせる鎌倉ですが、かっては(というのは50年ほど前ですが)鎌倉の賑わいといえば、お正月の八幡様の初詣と夏の海水浴客でした。
海岸近くはまだ砂地の道が多く残っていましたし、町中といえども裸のままで麦わら帽をかぶった大人や浮き輪をもった子供たちが闊歩していました。ビーチにはよしずを張った海の家だけでなく、コルクの弾で人形を落とす鉄砲打ちゲームや卓球台を備えた店などもあって、海岸はちょっとした遊園地でした。
そんな海の家の中に、先日亡くなった大橋巨泉の店があって、そこだけジャズが鳴り響いていて,周辺と異なった雰囲気を醸していたことが今となってはなつかしく思い出されます。

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今どきのビーチではよしずはすっかり影をひそめ、ハワイのビーチを模したようなヤシを植えデッキを備えたペンキ塗りのビーチハウスが並び、パッとみると日本語より英文字ばかりが目に飛び込んできます。
朝、東京あたりから普通の恰好でやってきて、着付けの店で浴衣や着物姿に着替えたり、サーフショップでサーフィン用の出で立ちに変えて日中を過ごし、夕方着替え直して帰るのが流行っているそうです。
いずれにせよ風俗は時代とともに変わるのは当然としても、夏の鎌倉の独特の賑わいは相変わらず健在です。



そんな鎌倉の夏の新しい試みとして、いま「KAMAKURA DESIGN+ART WALK みずたまてん」が開催されています。
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鎌倉駅から長谷観音に至る由比ケ浜通りと、江の電長谷駅から大仏への長谷通りを中心として、多くの店が店頭に水玉模様のフラッグを掲げ、そのなかの20数店では、デザインやアート作品を店内に展示をして街の賑わいに彩りを添え、夏の鎌倉を訪れる人々に楽しんでもらおうという企画です。
仕掛人は,世界をまたにかけて活躍してきた鎌倉在住のデザイナーで、そのキャリアとデザインセンスとエネルギーを地元にも向けようと思い立って始まりました。
参加アーチストは東京、湘南、鎌倉の各方面の若手のグラフィック・デザイナー、イラストレーター、パケージデザイナー、クラフト・デザイナーなどの面々ですが、仕掛人の彼が子供の頃からの旧知の仲だったことでHAND & SOULにも声がかかりました。

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私たちは、由比ケ浜通りにある「するがや本店」という昭和12年創業で、戦前・戦中の兵隊さんから「長谷の大福餅」と評判だったという和菓子の老舗の店内をお借りしました。
手狭の店ですし、話が急だったこともあり手持ちの作品を持ち込んでディスプレーしただけの展示です。
「二人合わせて精神年齢20歳・実年齢160歳が、勝手気ままにつくりました」をショルダー・フレーズにして、参加作家の平均年齢を一挙に引き上げています。7月16日から31日までの展示なので、もうすぐ終わってしまいますが、今年が出発点ですので、これからが楽しみです。

KAMAKURA DESIGN + ART WALK みずたまてん 特設サイト HTTP://MIZUTAMATEN.COM/
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by love-all-life | 2016-07-29 19:47 | 「モノ」がたり | Comments(0)

民主主義は民主主義か?

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長いこと生きているといろいろ得難い経験をするものです。
思わず「え〜マジかよ!」と若者のような声をあげてしまったのが、英国のEU離脱vs.残留の可否を問う国民投票の結果です。その上さらに驚いたのは、離脱の結果が出た直後から、勝った離脱側からの「あれは本心ではなかった」「私の票は無効にして」みたいな後悔の声がなんと400万にのぼりさらに今後増える見通しだというのですから、「ど−なってんの?」と言わざるを得ません。
議会制民主主義のお手本だった英国、理性的でスポーツとスマートなユーモアを愛でる紳士の国で起った騒動だけに、悪い冗談では済まされないインパクトがあります。

そもそもEUとは近代まで政治・思想・文化の面で世界をリードしてきたヨーロッパが,一方で骨肉の争いのような戦争を繰り返し、ついに大量殺人兵器よる二つの世界大戦の壊滅的な悲劇を味わった経験から、人類の英知をあつめて二度とあのような愚かさをくり返さない世界をつくろうという理想をかざして生まれた国際連盟や国際連合などの国際協調の流れのなからヨーロッパをの一つの国とする実験として発展的に機能してきたものと思っていました。

ところが今回の英国の騒動から明らかになったのは、はじめから分かっていたはずの各国の経済的な規模や事情の差異や加盟国に課せられる規制や制約に加えて、移民や難民の流入によって奪われる仕事や格差や治安の問題、さらには現政権への諸々の不満のはけ口として離脱派が勢いを得たということのようです。
それにしても、あまりにも性急で過激な結果ではないかというのが,遠く離れた日本に住むわれわれの率直な印象です。
しかしこの状況ついての我が国の治世者の関心がもっぱらお金の損得勘定に向けられていていささか悲しくなります。
この出来事がこれほどの不安感をわれわれに与えるのは、たんに損か得かということより、われわれが拠って立つ地盤が揺れるような根源的なものであるとどこかで感じるからではないでしょうか。それは民主主義とは何かという問いであり、国民投票というコトの決し方への疑問です。
民主主義というのは言うまでもなく、意見が対立した場合、お互いに議論を尽くし、どうしても折り合いがつかない時は多数決という手段で結論を出すというのが基本的なルールであり、より多くの意見がより正しい判断を下すという信念です。だからすべての国民が投票してコトを決する国民投票は究極の民主主義的な手段でるという考え方が定着していると思っていました。
ところが,今回の英国の国民投票の成り行きをみる限りとても民主主義が正しいカタチで機能したようには見えません。多分投票にいたる前にもっともっと長く深い議論が必要だったのでしょう。

英国人中の英国人ウインストン・チャーチルの言葉によれば…
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」
という警句を発しています。
つまり民主主義は他より少しはましな政治形態に過ぎないということなのでしょう。

さて、われわれ日本人は憲法9条とか原発とか沖縄といったなかなか結論が出せない重要な全国民的課題を抱えていています。そしてこれらをいずれは国民投票という方法で決着をつけざるを得ないと考えている人も少なくありません。
それなのに、この参院選で与党の陣営が逃げまくっているのがこれらのテーマについての議論です。やれやれ。
   
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by love-all-life | 2016-07-22 14:38 | 時事・社会 | Comments(0)