HAND & SOUL

明治期のHAND & SOUL

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横浜市歴史博物館で開催されている「寄木細工 Art & History」展を見てきました。
日本で最大(ということは世界最大)の寄木細工のコレクションとされている金子皓彦氏の10万点におよぶコレクションから選ばれた150点ほどが展示されています。(11月11日まで)
寄木細工というと、ともすると箱根土産の可愛らしいカラクリ小物寄木などを連想しがちですが、今回の展示では江戸末期から明治にかけて西洋に輸出された大型の家具系の作品が多く展示されていのが特徴です。
とりわけ今回の目玉ともなっている、ライティング・ビューロー(上図)は明治20年〜30年頃に作られヨーロッパに輸出されその後お国帰りしたもので、日本最大のものとされますが、等身大の丈で幅が両手を広げたほどもあるスケールの大きさもさることながら、全身にびっしりと施された緻密な寄木の装飾の見事さは圧巻です。
コンマ以下のミリ単位の微細な木片をノコギリでで切り、カンナで削り、組み合わせ、はめ込み、接着する、気の遠くなるようなプロセスを積み重ねて完成させる美の世界です。
人の手がこれほどの技を発揮することができるのかという驚きと感動をかって経験したことがあると思い出したのは、バチカンのシスティナ礼拝堂の内部一杯に施されたミケランジェロの天地創造の図です・・・(ちょっと大げさかな?)。
歳をとって、口にしないまでも頻繁にこころに去来する「機械文明の発達に反比例して生身の人間の能力は劣化している」という思いを新たにした次第です。
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会場にはシリアなどの石や貝などを材料としたアラベスク模様の象眼工芸の例も展示されています。こちらはイスラム文化から生まれた抽象形体を組み合わせる数学的な正確さをもつ装飾模様です。
これらと比較すると日本の寄木細工の特色がいっそう鮮やかに浮かび出るように感じました。
まず寄木細工の材料がいわずと「木」であるということ。日本の風土がもたらす多様で豊富な木材の性質や色が寄木工芸品に独特のあたたかみ、柔らかさ、やさしさを与えます。
そして筆者が特に江戸末期や明治期の日本の工芸にいつも感じるのが、技は厳しく正確だが、こころは自由という感じです。
寄木細工には製法上の性質から連続柄が頻繁に使われますが、この連続性がもたらす単調さを壊す要素を巧みに配する工夫は寄木細工の大きな特色です。乱寄木といった不定形の組み合わせる手法。アシンメトリーな構成をふんだんに取り入れる。緻密な柄のなかの「粗」と「密」の巧みな組み合わせ。
これらの数々のテクニックが結果として醸し出す、粋、遊びごころ、伊達、などから生まれる洒落っ気こそ日本の寄木細工の真骨頂だと思いますし、なによりもその時代の職人たちの技がそれらを可能にするだけの力をもっていただけだはなく、こころ(感性)を身につけていた証拠ではないかと思うのです。

やっぱりHAND & SOULだよ。

画像は展覧会図録より
横浜市歴史博物館 https://www.rekihaku.city.yokohama.jp









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# by love-all-life | 2018-11-01 19:43 | 文芸・アート | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり (131) 「リサイクルからアップサイクルへ」

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過日テレビのワールドニュースで、ニューヨークの最近の話題として「アップサイクル」について紹介していました。
アップサイクル(UPCYCLE)とは、リサイクル(RECYCLE)から派生的に生まれた言葉で、いずれも不用になったモノを再利用することですが、リサイクルが廃物利用・節約といった「もったいないから捨てないで利用しよう」といった、「タオルが古くなったので雑巾にしよう」みたいな、どこかダウンサイジング的な感じがあるのに対して、「アップサイクル」は、UPする=価値をより高めるという意識が込められていて、より健康に、より美しく、より面白くといった魅力づくりへの創造的喜びを追求する精神が込められているようです。

前述のニューヨーク情報では、ビールを製造するときに排出される大量のカスを新しい食材として売り出すことで起業した女性が紹介されていました。
大麦や麦芽などを粉砕し絞ってでる大量のカスを乾燥して粉末にしたものをクッキーやパンにしたり、各種の料理に入れることで、独特の風味と食感を活かした高タンパクのスーパーフードとして人気を得ていると言うことで、投資家の支援を得てさらに事業を拡大する計画だといった内容でした。
ビールカスから生まれた製品といえば、日本には古くからエビオスという健康増進のクスリがあり、戦後派の筆者としては子ども時代の栄養不良社会を思い出してしまうのですが、ニューヨークでのケースは、どこか新しいの食文化の出現といったイメージが感じられました。
このニュースで関心をそそられネットで調べてみるとあるわあるわ内外を問わずすでに多くの「アップサイクル」製品を見ることができます。それらの事例に感じるのは、「アップサイクル」のモノづくりのキイワードが「オシャレ」「アート」「ユーモア」「思いがけない発想」といったもので、どれも笑顔のなから生まれたモノたちであるように見えます。

これほど「アップサイクル」に共感してしまうのも、そもそも私たちがHAND & SOULで10年ほど前から始めたモノづくりの原点に同じ想いがあったからでしょう。
身の回りにある一般的に価値をもたないと考えられているようなもの、一見取るに足らないと思われているモノのなかに魅力の芽を発見したり、面白いアングルを見つけて育てることに喜びを感じる、こんな「モノづくり」です。
作って喜び、店に来たお客さんには「まあ、カワイイ」、「へェ、面白い」と楽しんでいただく。残念ながらニューヨークの女性ようなビジネスセンスがないのがキズですが、そのかわり「生きがい」という充分の報酬を得ています。

では、HAND & SOULのアップサイクル的作品のいくつかをご紹介します。

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写真説明:
<上段>■バケツを傘にした「テーブルランプ」 ■チーズの空き箱や使い古した刷毛やコルク栓の「お魚」 ■廃材、ブリキ、古布などの「コラージュ額」
<中段>■ワインのケース箱が「おもちゃ箱」に ■小石の「メッセージSTONE」 ■木製シューキーパーでつくった「コーナーランプ」
<下段>■空き缶のヨット ■ワインの瓶を変形してつくる「チーズカッターまたはおつまみ入れ皿」 ■葉っぱの「ブローチ」

冒頭写真:NHKの@ NYC









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# by love-all-life | 2018-08-30 17:58 | 「モノ」がたり | Comments(0)

神に約束されたボランティア

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山口県の2歳児の藤本理稀ちゃんが行方不明になった事件は、2歳という幼い命がたった一人で三日間もさまよい歩く姿の連想や、「ヨシキちゃーん、お母さんよ〜」という母親の悲痛な叫びが報道されたりして、多くの視聴者が何とか痛ましい結末を聞きたくないと感じ始めていた68時間が経過した時点でボランティアの男性によって発見・保護されたという結果に、日本中が心から安堵と我がことのような喜びを感じた出来事でした。

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さらに翌日になって、発見者の男性の実像が明らかになってくるに及んで、新たな驚きと感動のうねりが広がりました。
報道されたところによると、発見者の尾畠春夫さんは78歳で、もともとは大分県で魚屋さんを営んでききましたが65歳で辞め、これからは社会への恩返しをすると決め、ボランティア一筋に人生を送っている人なのです。14年前の中越地震以来、東日本大震災、熊本地震、今年は大分県中津市耶馬渓谷町の土砂崩落の現場、7月の西日本豪雨や広島の呉市でも泥かきに汗を流しました。自宅の物置や自家用のワゴン車には救済作業用の各種道具や非常食などがぎっしりと詰まっていて、いつ何時でも出動可能な準備を整えているのです。
こうした彼の実績や心構えは当然称賛に値しますが、実際に彼をインタビューするテレビの映像を触れるとさらなる驚きと感動を禁じ得ないのです。
兎に角明るい、言説が明快、表情が豊か、自分のしていることに自信と喜びを感じていることを隠そうとしない。だからいろいろなアイディアをもって取り組んでいることを嬉しそうに披瀝する。コップ一杯の水以外は一切の謝礼を拒否する。出来過ぎと思われるかもしれませんが、実際にこういう人がこの国にいるのということに単純に驚きます。

各所から現代のヒーローだ、理想の老人の姿だ、国民栄誉賞を与えるべきという声まで飛び出す騒ぎです。暗いニュースや不愉快な出来事ばかりの昨今、こういう騒ぎは大いに騒いで、拍手喝采し、この世も捨てたものではないと喜び、できれば全部とは言わないまでも少しでもいいから真似をしよう。尾畠さんも「何事も、対岸の火事だと思わずに行動できる人が増えて欲しいと」と願っているそうです。

すでに誰でも知っているいきさつを筆者があえてブログで取り上げようと思ったのには理由があります。NHKのテレビのインタビューの映像を観ていたら、尾畠さんが手を掲げて話す顔のクローズアップで、その手の指にトンボが飛んできて止まったのです。そのシーンは尾畠さんが神から約束された特別な人だと感じられる瞬間でした。(そのシーンを紹介できず残念です)

写真:テレビ映像から








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# by love-all-life | 2018-08-18 18:34 | 時事・社会 | Comments(0)

HAND & SOUL「モノ」がたり (130) 「ゴミになった『ゴミ箱』」


わが町内のゴミ箱が古くなり壊れてきたので、新しいものと取り替えるに当たって、町内会からHAND & SOULにオリジナルなものを作って欲しいという要望がありました。「屋外に置くものは……?」と一旦は断ったものの、「自分が住む地域にふさわしい『ゴミ箱』とはどんなものだろうか?」を考えてみるよいチャンスと思い直して引き受けることにしたことは、以前このブログで取り上げたことがあります。8年ほど前のことです。
(写真は完成時のゴミ箱)
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出来上がった当初は、皆さんから喜ばれ、地域のテレビや報道でも取り上げられたりして、ちょっぴり評判にもなりました。
しかし3年も経つと、木製のゴミ箱は早くもあちこちキズがついたり塗料が剥がれたり、カラスが隙間からビニール袋を破くと言ったクレームがきたりして、その都度手入れをしなければならなくなりました。そのうち誰がこんな乱暴な使い方をするのだろうと思うような故障が起ったり、車がぶつかったのではないかと思うような破損が起きたりして、その都度の手当の度合いも頻度も大きくなり、見た目の体裁にも影響が表れるようになりました。
よく市の広報などで報じられる年間予算で、公衆便所や公園の遊具などの設置に何千万円、何百万円もの驚くような予算が計上されていて、「何たる税金の無駄遣い」と感じることもありましたが、私物と違って公共物は誰がどんな使い方をするかわからないので、リスク管理のために莫大な費用がかかるものだということをある程度理解するようになりました。
近隣の共有物とは言え、そんな公共物を半端な素人芸で引き受けてしまったことがそもそもの誤りだったと悔やんだりしましたが時既に遅しです。
地域の景観を高めるまではいかないにしても、せめて損ねないような「ゴミ箱」を目指したのに、だんだん修理の跡があちこちに目立つようになり、表立ったクレームは出なかったにしても,ここ何年かは何だか肩身が狭い思いで過ごしました。
設置から8年が経ち「刀折れ矢尽きた」ような姿になった姿に、さすがにご近所から「もうそろそろ寿命じゃないの」という声があり,新しい既製品と取り替えることになりました。 寂しさと悔しさを感じながら、製品が姿を消すまでがデザインの守備範囲であることを痛感した体験でした。
(写真は8年目の姿と、取り替えられた既製品のゴミ箱)

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さて、「ゴミ箱」はゴミとなり,市が廃棄してくれるということでしたが、「捨てるのは可哀想」「もったいない」などというという温かい声があり、町内の方のお知り合いで、いろいろな動物を飼っているという方が引き取ってくれることになり、撤去の日に軽トラックに乗せられて去って行きました。なんとアヒルの小屋になることです。 うれしい。




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# by love-all-life | 2018-07-16 18:39 | 「モノ」がたり | Comments(0)

生きるために、何でも作った。


「生きるために、何でも作った。」という小さな見出しに目を奪われました。新聞の片隅のその広告は「魂のモノ語り…シベリア抑留展」を告知するものでした。
コピーは「シベリアに抑留された日本人は、飢え、寒さ、過酷な労働と闘いながら、食器、衣類、娯楽用品…などさまざまなモノを作りました。生きて日本に帰る!その希望をつないだ作品の数々をご覧ください。」と続きます。

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1945年、第二次世界大戦で日本の敗戦が決定的になった時点で、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して宣戦布告をし、多くの居留民を擁し日本軍が支配していた満州地区に攻め込みました。
駐留していた60万人ともいわれる日本軍兵士がソ連軍の捕虜となり、労働力としてシベリアに送られ、零下20度を超える酷寒の地で、食料・衣料をはじめとしてあらゆる物資が不足するなか、劣悪な衛生状態の収容所での生活を強いられ、1割に当たる6万人の抑留者が命を落としたとされます。
終戦時に小学3年であった筆者は戦後間もなく流行った[異国の丘」という歌謡曲を憶えています。この曲はシベリア抑留日本人の間で唄われ、シベリアからの引き揚げ者が、当時まだラジオ放送だったNHK「のど自慢」で唄って評判になりヒットしました。筆者は、その自らを奮い立たせようするようでいながらどこか哀調を帯びたメロディと歌詞を今でも思い出すことができます。
「魂のモノ語り展」の広告を見たとき、自分の体のどこかに記憶として残っている「シベリア抑留」のイメージが蘇り、道具も材料も乏しい環境のもとで、抑留者たちがどのような「モノづくり」をしていたのかに強い興味をそそられ、同時にそれらがどんな「モノ」だったか思い描こうとしました。
そして頭に浮かんだのが、無駄を一切省いた「シンプルこの上ない造形」のイメージです。食べるために、寒さを防ぐために、最小限の道具と材料を、最大の工夫と労力を尽くして、必要最小限の満足を満たすためのデザインといったものです。シェーカーの家具に近いようなものかなというイメージも少しありました。
そして展覧会場の平和祈念展示資料館(新宿住友ビル33階)に足を運びました。

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会場には、シベリアをはじめとして敗戦を海外で迎えた日本人が帰国を果たすまでの過酷な運命を示す写真や解説などの資料が、彼らが命をつなぐために作ったモノたちとともに展示されています。
それらは食器類や手袋や靴下などの衣類などの生活用具ですが、なかには火打石と糸くずの携帯用セットなどという、彼らの暮らしがどれほど不自由だったかを無言で語っているものや、麻雀や将棋の駒といったの遊具なども含まれています。
いずれも、満足な材料も道具も入手困難のなかで、よくもまぁこんなに器用につくったものだと舌を巻く出来栄えですが、思い描いていたシェーカーのモノとは大分異なったものでした。
おそらく彼らにとってそれらの「モノづくり」は、昼間の過酷な強制労働の対極にある、憩いと安らぎをもたらすかけがいのない営みであったろうと想像されます。その証拠が、つくられた用具の随所にみられる遊び心やユーモアのセンスです。
ある手提げ袋に施された刺繍はなつかしい赤提灯か屋台のおでん屋か、いずれ酷寒の地で夢見る極楽の世界でしょう。スプーンの柄にヌードを刻む手の感触に作者は至福の時を味わったのでしょうか。
家畜とそれほどかわらない過酷な日常のなかで、残されたわずかな自由時間に自らの手で「モノをつくる」ことは、彼らにとって人間らしさの証しであり、幸せと安らぎを得る、故国へ帰る希望の灯を点し続ける力の源泉となる営みだったのに違いありません。
抑留民にとってスプーンは命を繋ぐために不可欠な用具です。ところがそこにヌードを刻み込むことで、そのスプーンは単なる食器から生きる喜びをもたらすモノとなったはずです。
ここに「手でつくる」が故に「こころに届く」ものが存在するという関係が生まれるのです。

まさにHAND & SOULの典型の姿を見た思いでした。


資料:平和祈念展示資料館










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# by love-all-life | 2018-04-21 21:32 | 時事・社会 | Comments(0)