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HAND & SOUL「モノ」がたり (131) 「リサイクルからアップサイクルへ」

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過日テレビのワールドニュースで、ニューヨークの最近の話題として「アップサイクル」について紹介していました。
アップサイクル(UPCYCLE)とは、リサイクル(RECYCLE)から派生的に生まれた言葉で、いずれも不用になったモノを再利用することですが、リサイクルが廃物利用・節約といった「もったいないから捨てないで利用しよう」といった、「タオルが古くなったので雑巾にしよう」みたいな、どこかダウンサイジング的な感じがあるのに対して、「アップサイクル」は、UPする=価値をより高めるという意識が込められていて、より健康に、より美しく、より面白くといった魅力づくりへの創造的喜びを追求する精神が込められているようです。

前述のニューヨーク情報では、ビールを製造するときに排出される大量のカスを新しい食材として売り出すことで起業した女性が紹介されていました。
大麦や麦芽などを粉砕し絞ってでる大量のカスを乾燥して粉末にしたものをクッキーやパンにしたり、各種の料理に入れることで、独特の風味と食感を活かした高タンパクのスーパーフードとして人気を得ていると言うことで、投資家の支援を得てさらに事業を拡大する計画だといった内容でした。
ビールカスから生まれた製品といえば、日本には古くからエビオスという健康増進のクスリがあり、戦後派の筆者としては子ども時代の栄養不良社会を思い出してしまうのですが、ニューヨークでのケースは、どこか新しいの食文化の出現といったイメージが感じられました。
このニュースで関心をそそられネットで調べてみるとあるわあるわ内外を問わずすでに多くの「アップサイクル」製品を見ることができます。それらの事例に感じるのは、「アップサイクル」のモノづくりのキイワードが「オシャレ」「アート」「ユーモア」「思いがけない発想」といったもので、どれも笑顔のなから生まれたモノたちであるように見えます。

これほど「アップサイクル」に共感してしまうのも、そもそも私たちがHAND & SOULで10年ほど前から始めたモノづくりの原点に同じ想いがあったからでしょう。
身の回りにある一般的に価値をもたないと考えられているようなもの、一見取るに足らないと思われているモノのなかに魅力の芽を発見したり、面白いアングルを見つけて育てることに喜びを感じる、こんな「モノづくり」です。
作って喜び、店に来たお客さんには「まあ、カワイイ」、「へェ、面白い」と楽しんでいただく。残念ながらニューヨークの女性ようなビジネスセンスがないのがキズですが、そのかわり「生きがい」という充分の報酬を得ています。

では、HAND & SOULのアップサイクル的作品のいくつかをご紹介します。

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写真説明:
<上段>■バケツを傘にした「テーブルランプ」 ■チーズの空き箱や使い古した刷毛やコルク栓の「お魚」 ■廃材、ブリキ、古布などの「コラージュ額」
<中段>■ワインのケース箱が「おもちゃ箱」に ■小石の「メッセージSTONE」 ■木製シューキーパーでつくった「コーナーランプ」
<下段>■空き缶のヨット ■ワインの瓶を変形してつくる「チーズカッターまたはおつまみ入れ皿」 ■葉っぱの「ブローチ」

冒頭写真:NHKの@ NYC









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by love-all-life | 2018-08-30 17:58 | 「モノ」がたり | Comments(0)

神に約束されたボランティア

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山口県の2歳児の藤本理稀ちゃんが行方不明になった事件は、2歳という幼い命がたった一人で三日間もさまよい歩く姿の連想や、「ヨシキちゃーん、お母さんよ〜」という母親の悲痛な叫びが報道されたりして、多くの視聴者が何とか痛ましい結末を聞きたくないと感じ始めていた68時間が経過した時点でボランティアの男性によって発見・保護されたという結果に、日本中が心から安堵と我がことのような喜びを感じた出来事でした。

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さらに翌日になって、発見者の男性の実像が明らかになってくるに及んで、新たな驚きと感動のうねりが広がりました。
報道されたところによると、発見者の尾畠春夫さんは78歳で、もともとは大分県で魚屋さんを営んでききましたが65歳で辞め、これからは社会への恩返しをすると決め、ボランティア一筋に人生を送っている人なのです。14年前の中越地震以来、東日本大震災、熊本地震、今年は大分県中津市耶馬渓谷町の土砂崩落の現場、7月の西日本豪雨や広島の呉市でも泥かきに汗を流しました。自宅の物置や自家用のワゴン車には救済作業用の各種道具や非常食などがぎっしりと詰まっていて、いつ何時でも出動可能な準備を整えているのです。
こうした彼の実績や心構えは当然称賛に値しますが、実際に彼をインタビューするテレビの映像を触れるとさらなる驚きと感動を禁じ得ないのです。
兎に角明るい、言説が明快、表情が豊か、自分のしていることに自信と喜びを感じていることを隠そうとしない。だからいろいろなアイディアをもって取り組んでいることを嬉しそうに披瀝する。コップ一杯の水以外は一切の謝礼を拒否する。出来過ぎと思われるかもしれませんが、実際にこういう人がこの国にいるのということに単純に驚きます。

各所から現代のヒーローだ、理想の老人の姿だ、国民栄誉賞を与えるべきという声まで飛び出す騒ぎです。暗いニュースや不愉快な出来事ばかりの昨今、こういう騒ぎは大いに騒いで、拍手喝采し、この世も捨てたものではないと喜び、できれば全部とは言わないまでも少しでもいいから真似をしよう。尾畠さんも「何事も、対岸の火事だと思わずに行動できる人が増えて欲しいと」と願っているそうです。

すでに誰でも知っているいきさつを筆者があえてブログで取り上げようと思ったのには理由があります。NHKのテレビのインタビューの映像を観ていたら、尾畠さんが手を掲げて話す顔のクローズアップで、その手の指にトンボが飛んできて止まったのです。そのシーンは尾畠さんが神から約束された特別な人だと感じられる瞬間でした。(そのシーンを紹介できず残念です)

写真:テレビ映像から








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by love-all-life | 2018-08-18 18:34 | 時事・社会 | Comments(0)